職場の同期たちとお昼を食べていた時、丁度食堂のテレビにヒーローニュースが流れる。オール・フォー・ワンが倒され、長い月日が流れたと言えどもヒーロー人気は相変わらずで、当然皆が画面に釘付けとなった。
内容は昨日都内で起きた立てこもり事件。それを解決したNo,2ヒーロー・ショートがインタビューに答えている姿を見て、隣に座る同僚が黄色い声を上げた。
「はぁ〜やっぱショートってイケメンだよねぇ。うちらと同い年だっけ?」
「そうそう、ヒーロー黄金世代ね。私あの世代ならインゲニウムが好きだな」
「えー!意外!私はダイナマ〜!」
「うそぉ!あの人実力はあるけど、性格難ありじゃん」
「顔がかっこいいからいいの〜!でも、やっぱり一番はベストジーニスト♡渋おじたまらん」
「えぇ〜!それなら私は〜・・・」
ニュースの詳細なんてそっちのけで、彼女たちはきゃいきゃいとどのヒーローが好きかと話に花を咲かせている。それを横目に名前がカツ丼のカツをさくりと齧っていれば、ふいに三人の視線がぐるりとこちらに向けられた。
「ねぇ名前って確か雄英出身なんでしょ?ショートとかダイナマとかに会ったことある?」
「え?いや、雄英っていっても私普通科出身だから、ヒーロー科とは全然関わりないよ。そりゃ校内ですれ違ったりくらいはあるけど」
「ちぇ〜そうなんだ〜。合コンとか組んでもらえるかなあって思ったのに」
「えへ。期待させてごめんね」
「んで、その雄英出身の名前が好きなヒーローって誰なの?あんまりこういう話乗ってこないじゃん」
話の流れ的にそうなるのは必然だろう。あー、う〜ん、と言葉を濁す名前の姿に、同僚たちはただ好奇の視線を送ってくる。ここで変に答えなければ、やはり雄英のヒーロー科のものと何やら繋がりがあるのではと疑われるのも面倒だ。
数秒思案した後、「ナイトハイド」と答えれば、三人は艶やかな瞼をパチパチと瞬かせた。
「・・・誰?」
「知らない〜。その人ってヒーローチャート入ってる?」
「入ってないよ。アングラヒーローで露出もほとんどしてないから」
「へぇ〜。えーっと"ナイトハイド"っと・・・うわっヒーロー名簿に名前しかプロフ載っけてないじゃん」
「ほんとだ。写真も検索したけど、なんかブレブレの白い紐みたいなのしか写ってない」
「あはは。ずっとそんなだから、きっと写真に映るのも嫌いなんだと思う。でも、昔からの推しなんだ」
そう、それはもう十年近く。多分この先も自分の中のNo,1ヒーローは変わることはないだろう。
怪訝な顔をしてスマホを眺める三人の反応に苦笑いをしつつ、名前は椀の味噌汁をかき込むと「ごちそうさま」とぱちりと両の手のひらを合わせた。
君はハルモニア
「皆がナイトハイドのこと知らないのが悔しい!裏のコアなニュースサイトでしか報道されてないけど、この間リューキュウが活躍した大きな事件だって、裏でナイトハイドが動いたから解決できたやつなのにね・・・!」
ガヤガヤとした喧騒の中、カウンター席でなみなみと入ったビールのジョッキを煽る。もうかれこれ三杯目だろうか。いつもより飲むスピードが早い気もするが、こればっかりは飲んでなければやってられない。
そんな名前の様子を横並びで見ていた当の本人のナイトハイドこと心操人使は、少し目を丸めながらも、もみもみと枝豆のさやから実を取り出し、それを口に放り込んだ。
「まぁ俺は積極的に露出したくないし、個性的にも機密性が高い方がいいから、知名度なくても別に気にしてないんだけど」
「・・・ほんと学生時代から変わらないね、心操くん」
「それって褒めてる?」
「褒めてるよ!心操くんは私たち普通科の星で、私の推しなんだから」
息巻いてそう言えば、こそばゆそうに心操は口角をあげた。無造作に伸ばされた髪の毛がさらりと揺れ、かつての少年さが抜けた色気のあるその笑みに、名前の心臓はどきりと跳ね上がる。
雄英高校一年生の時の元クラスメイトだった心操人使と名前が偶然再会したのは、今からちょうど半年ほど前。出張先に向かおうと新幹線に乗った際、たまたま同じ車両に乗り合わせ、取っていた席がちょうど通路を挟んで反対側という奇跡の連発を起こした再会だった。
思わず『グリーン車じゃないんだ』と聞けば、『うち、弱小事務所だから』と黒いマスクをズラしながら、彼はニヒルな笑みを浮かべていた。そんなこんなでせっかくだしと連絡先を交換し、時たま飲みに行くような仲になったというわけだ。ちなみにこうして二人で会うのも、今日で四回目となる。
「名字って、なんだかんだ昔からずっと俺の事応援してくれてたよな」
「当たり前だよ!元クラスメイトだもん!うちの代のヒーロー科って、みんな軒並み上位にランクインするくらい人気者だけど、やっぱり心操くんを贔屓目にみちゃうよね。ちなみに元C組は全員そうだと思うよ。三井くんなんて、今年息子が産まれるから、心操くんにあやかって名前を"ひとし"にしようかなって言ってたくらい」
「えっ、マジ?」
「うん、マジ」
真剣な表情で尋ねてくる心操に名前も同じく神妙な面持ちで返せば、彼は「責任重大だわ」と今度は白い歯を見せて笑う。
そんな昔と変わらない笑顔は、会っていなかった空白の期間をぎゅっと埋めてくれるような気がして、名前はほんのりと染まる頬を誤魔化すかのようにまたビールを煽った。
実はと言うと、学生の時から名前は心操に憧れと恋慕を混ぜたような感情を抱いていた。普通科に入学しても折れずにヒーローを目指し続けたその姿はとてもカッコよくて、気がつけばいつも彼の背中を目で追いかけていたのだ。
クラスが離れてからは関わることも減ってしまったけれど、体育祭の時などは心操のことを一番応援していたし、卒業後も彼のヒーロー活動の動向は欠かさずチェックしていたため、昔からの推しということに嘘偽りはないだろう。
そしてこの感情は恋というよりファン感情に近いものだったはずだ。なのに、こうして再会して関わるうちに、いつのまにやらその感情はむくむくと成長して欲ばりになってしまったらしい。
いちファンとしてきちんと節度は守らなければと、名前は空になったビールジョッキを端に寄せながら、四杯目はどうしようかとメニュー表と睨めっこをし始めた。するとふいに横に座っていた心操の身体がぎゅっとこちらに近寄り、彼の腕が名前の腕にぴとりと触れ合う。何事かと弾かれるようにして顔を上げれば、すぐ横に心操の顔があった。
「メニュー一緒に見ていいか?」
「へ?あ、うん。どうぞ」
「名字は次何飲むの?」
「えっと・・・焼酎の水割り」
「ふーん、俺も焼酎にしようかな。芋?麦?」
「芋、かな」
「じゃあ俺もそれで」
骨ばった指先が、メニュー表の焼酎の文字をなぞる。心操はそのまま後ろを振り返ると、通路を通った店員に声をかけ、酒の追加注文をした。
店員が去っていくのを見送り、前を向くと、彼は何処吹く風で再び枝豆を剥いて食べ始める。けれど何故だか肌が触れ合う距離は変わらなくて、ほんのりと伝わってくる人肌に、すでにアルコールで早まっていた名前の心音は今にも爆発してしまいそうであった。
「でもさ、やっぱこうして飲み屋とかも気兼ねなく使えるから、俺はこのままがいいや」
「へ?な、なにが!?」
こちらの緊張など露知らず、突然会話が再開され、気が動転して声が裏返る。そんな名前の様子に一瞬目を丸めたものの、すぐに心操は薄っすらと隈をこさえた目を猫のように細め、楽しげな表情を浮かべた。案外彼もすでに酔いが回り出しているのかもしれない。
「さっきの話の続き。知名度低くていいのかってやつ。顔が割れ出したら、報道陣に追い回されておちおち友達と飲むことも、好きな奴とデートもできないからさ。俺はこのままがいいよ」
「あっ、うん。そうだよね・・・」
高校の時から密かな人気はあったものの、浮いた様子の見えなかった心操の口からデートという単語が出てくるだなんて意外だった。けれど、もうそれなりにいい歳だし、まさしく彼の言う通りだろう。有名なプロヒーローともなると、プライベートもへったくれもなくなるし、恋人を作ることや結婚なども難しいとよく聞く。
口ぶりから察するに、彼には好きな人がいて、その人とデートをしているのだろうか。少しずきりと痛む胸を誤魔化すかのように「ヒーローも大変だねぇ」と乾いた笑い声を出せば、ふいに心操がポケットから何やら紙切れを取り出した。
「っていうわけで、これ」
ずいっと差し出されたのは二枚の名刺サイズの紙。キャラクターが印字されたそれは、都会にある有名なテーマパークのパークチケットで、それを心操から受け取った名前はくるりと目を丸めた。
「名字、こないだ行きたいって話してただろ?クリスマス期間のイルミネーションツリーが久しぶりに見たいって」
そういえば前回の飲みの時に、たまたま居酒屋で流れたCMを見てそんなことを呟いたっけ。まさか覚えてくれていただなんてと思いつつ、状況の理解が追いついていない名前は、動揺したように心操の顔と手元のチケットに何度も視線を往復させる。
そんな名前の様子に、心操は照れくさそうに頭をかきながらこてんと首を傾けた。
「一緒に行かない?ってことなんだけど」
「え!?そっ、それって・・・」
「もちろん、デートのお誘い」
「冗談・・・じゃないよね?」
「俺がそんなことするタイプに見える?」
問いかけにぶんぶんと勢いよく首を横に振る。
まるで夢みたいな出来事に頬を染めながら、「行きたいです」と名前が声を上ずらせて答えれば、心操はまた白い歯を覗かせて無邪気な少年のような笑みを零すのだった。
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