09
爆豪の救出作戦は無事に成功したものの、全てが完全勝利とはいかなかった。
オール・フォー・ワンとの死闘の末にオールマイトが力を使い果たしてしまい、彼は第一線から退くこととなる。突然訪れた、オールマイト時代の終幕。ヒーローへの信頼は何とか繋ぎ止められたが、平和の象徴を失ったことで、人々の心に暗い影を落とすこととなった。
そして神野事件の余波は、当然名前たちにも降り注ぐ。生徒の保護を目的として、雄英高校は全寮制を導入することが決まったのだ。
「名前!ちゃんと荷物持った?忘れ物ない?」
「うん、大丈夫。もし足りないものがあったら送って欲しいって連絡するね」
「そっ、そうね!あっ!あとちゃんと毎日連絡してね?朝起きた時と寝る前と、必ずね!」
玄関先に見送りに出てきた母は、狼狽した様子で名前に声をかけてくる。そんな母を落ち着かせるように、父が母の背中に手をあてがった。
「母さん、落ち着いて」
「わっ、分かってるわ。でも、名前は個性のせいでヴィランに狙われたんだもの・・・。次もまた狙われて命を奪われてしまうかもしれないと思ったら、心配で心配で・・・!」
目元を潤ませて動揺する母の姿に、名前はぐっと下唇を噛んだ。
神野事件の当日、警察から連絡が来て概要を聞いた母は、大層取り乱したらしい。自分の個性を引き継いでしまったせいだと己を責め、雄英に通わせるのは不安だと父に吐露していたそうだ。
しかし「プロヒーローになりたい」という名前の確固たる意志と、担任である相澤とオールマイトからの謝罪の言葉や今後の対策を聞いて、何とか雄英に通い続けることを許可してくれたのだ。
今自分が両親を安心させてやれる根拠は、あまりないのかもしれない。けれど、これだけは伝えたいと、名前は目に涙を貯めた母の手を優しく取った。
「お母さん。私、雄英でもっともっと強くなる。
二度とヴィランに連れ去られたりしないように、ちゃんと力をつける。助けを求める人たちの手を取りこぼさないような、立派なヒーローになるためにも・・・」
「名前・・・」
「お母さんたちを安心させられるように、そしていつか『雄英に行かせてよかった』って思ってもらえるように頑張るから。だから──・・・私の背中を見ていてください」
精一杯の気持ちを込めて吐露した名前の言葉に、母の目から一筋の涙がこぼれ落ちる。噛み締めるようにして頷くと、母はぎゅっと手を握り返しながら名前の目を見据えた。
「・・・分かったわ。貴方のことを、ずっと応援してる。お母さんとお父さんが、"パルメイド"のファン第一号だもの」
「・・・っありがとう、お母さん」
「何かあればすぐ連絡しなさい。お母さんとお父さんはいつでも名前の味方だからな」
「うん、ありがとうお父さん。お母さんのこと、よろしくね」
両親と挨拶を済ませた名前はキャリーケースを手にピンッと背筋を伸ばす。不安を吹き飛ばすように、とびきりの笑顔で「行ってきます!」と高らかに声を張り上げ、名前は夏の青空の元へと新たな一歩を踏み出した。
***
雄英高校の敷地内。校舎から徒歩五分のところに建築された、"ハイツアライアンス"。前面に『1-A』とデカデカと掲げられた建物が、名前たちの新たな住まいとなった。
登校して早々に寮の説明を受け、各自荷物を運び入れる。名前は四階で、お茶子と隣の部屋になった。すでに届けられていた段ボールを開いていきながら、名前は先程担任の相澤から告げられた事を思い出す。
『正規の手続きを踏み、正規の活躍をして、信頼を取り戻してくれるとありがたい』
名前たち神野にいた六名は爆豪救出の件について咎められ、たくさんの人たちの信頼を裏切ったと指摘された。実行したメンバーはもちろんのこと、止めようとしてくれたクラスメイトたちも除籍処分になってしまうかもしれなかったのだ。昨今の状況から今回の行動は不問とされたが、処分無しで口頭注意だけで済んだのは奇跡といえるだろう。
信頼を取り戻すために、二度と同じ過ちは繰り返さない。そして今後正規に活躍するためにも、次の目標に掲げられた仮免取得に励もうと、名前は相澤の言葉をしっかりと受け止め、己に誓った。
しかし、気がかりはそれだけでは終わらない。
鮮やかなコバルトブルーのカーテンを吊るし終わると、名前は小さくため息をつきながら天井を見上げた。各自部屋に別れる前に、病院で念を押して止めてくれた梅雨に謝りに行こうとしたのだが、声をかける暇もなくすぐに姿を消されてしまったのだ。
普段の彼女であれば、「片付けが終わったら部屋に遊びに行かせて」などと、声をかけてくれていたはずなのに。信頼を裏切ってしまったのだから、当然といえば当然の結果だろう。けれど自分のせいとはいえ、せっかく心を許せる友人になれたのに、このまま話もろくにせずに息苦しい関係になってしまうのはとても悲しかった。
一人で自問自答してもしょうがないと、スマホを手に取ると、名前は梅雨に『あとで話がしたい』と端的にメッセージを送る。返事がどう返ってくるかは分からない。関係が元に戻れるかも分からない。けれど、やらずして後悔はしたくなかった。
「よしっ・・・!」
己を奮い立たせるように声を出すと、名前は再び段ボールに手をかけた。
その後昼食と夕食を挟んで黙々と作業を進めれば、なんとか無事に片付けが終わったため、クラスメイトたちの様子を見に行こうと名前は廊下に顔をのぞかせる。すると、そこにはすでにお茶子と芦戸の姿があり、二人は名前の姿に気がつくと楽しげな声をあげた。
「名前ちゃんも片付け終わった?」
「うん、なんとか。二人も?」
「ばっちりー!ねねっ、あとで見せ合いっこしよって麗日と話してたんだけど、他の子らにも声かけにいこーよ!」
「いいね、楽しそう!」
わいわいと盛り上がりながら、他の階の女子の様子を見に行けば、同じように皆片付けを終わらせて廊下に出始めている頃であった。八百万、葉隠、耳郎と合流するも、梅雨の姿はない。
「あれ、梅雨ちゃんは?」と首を傾げる葉隠と芦戸は、当然梅雨と仲の良いお茶子と名前の方へ視線を寄越してきた。
「えっと・・・私、今日は梅雨ちゃんとまだ話せてなくて・・・」
「そうなんだ!まぁずっと片付けでバタバタしてたもんね」
「まだ終わってないのかなぁ?部屋行ってみる?」
「あっ!待って!梅雨ちゃんちょっと気分が優れんらしくて・・・!!」
五階に呼びに向かおうとする二人を、慌ててお茶子が静止する。その言葉に、名前はゆるゆると眉を八の字に下げた。
先程部屋を出る際にスマホを確認した時、梅雨に送ったメッセージは既読になっていたが、返事はまだ無かった。お茶子の話を聞くに、今日彼女と話すことは恐らく難しいだろう。溝が深まりそうな予感に思わず気分が落ち込みそうになるが、事情が事情のため梅雨の元へ押しかけるわけにもいかなかった。
「心配ですわね。朝は元気そうでしたのに」
「なんかね、片付けとかで疲れちゃったみたい」
「そっか・・・今日はそっとしておいた方が良さそうだね」
「明日は元気になってたらいいね」
「うんうん!じゃあとりあえず、先に男の子たちの部屋でも見に行こーよ!」
また明日話せますようにと密かに願いながら、葉隠の声を皮切りに、名前はみんなの後に続いてそのまま共同スペースへと向かった。すでに男子たちは片付けを済ませ談話スペースに集まっており、ソファーに腰を下ろしながらわいわいと楽しげに会話を交わしている。
そこに突入していく女子たち。そして芦戸からの提案で、クラスメイトの部屋を順に巡る、お部屋披露大会が開催されることとなった。
オールマイト尽くしの緑谷の部屋から始まり、各々のセンスを爆発させた男子たちの部屋を順に訪問する。それを見て好き勝手に講評し始めた女子たちの言葉が癇に障った男子たちの反撃が始まり、爆豪と梅雨を除くクラス全員参加のインテリアセンスNo,1決定戦の幕が切って落とされた。
当然否応無しに名前も巻き込まれ、芦戸の部屋の後にお披露目をすることになり、楽しげな表情を浮かばせるクラスメイトたちが名前の部屋の前に押し寄せた。
「特に面白みも何も無いと思うけど・・・」
そう言いながら名前が部屋の扉を開ければ、クラスメイトたちは瞬時に目を輝かせる。
「素敵〜!海がモチーフのものがたくさんやね!」
「清楚な感じが真珠にぴったりだな〜!」
「カーテンの色、名前ちゃんのヒレの色だね!ヒトデと貝殻のクッションもあるー!」
「はぁ・・・なんか、すんげぇいい匂いがする・・・」
コバルトブルーのカーテンに、パールを彷彿とさせるこっくりとした白のフリルのついた布団カバー。中央に置かれた丸いラグもカーテンの色に合わせてあり、全体的に海をイメージしたシンプルで爽やかな部屋に仕上げていた。
こうして披露するのは照れくさいが、自分の部屋を褒められるのは案外嬉しいものだ。降り注ぐ賞賛の声に、名前は照れくさそうに笑みを浮かべた。
その後八百万の部屋を最後に、談話スペースにて集計が取られ、得票数六票を獲得した砂藤が優勝を飾った。理由はもちろん彼のお手製のケーキで、女子全員が砂藤に投票していたのは言うまでもない。
そんなこんなで賑やかな催しが終わりを告げた頃、飯田と名前の間に立っていた轟がふわっと大きな欠伸をした。
「ねみぃ・・・。もう部屋に戻っていいのか?」
「お疲れ様。轟くん、ずっと眠そうだったもんね。もうお開きっぽいから大丈夫だと思うよ」
「うむ!ケーキを食べたので、歯磨きは忘れずにな!」
「・・・ん」
ぼんやりと虚ろな目でパチパチと瞼を上下させた轟が、そのまま自室に向かおうとしたその時、ふいに慌てたお茶子の声が後ろから投げかけられた。
「あっ、轟くん!ちょ待って!」
「・・・?」
「轟くんだけじゃなくて、名前ちゃんとデクくんと飯田くん・・・あと切島くんと八百万さんも、ちょっといい?」
「 もちろんだが、どうしたんだい麗日くん」
お茶子に呼び止められたのは、爆豪救出作戦を行った六名だった。各々心当たりがなかったのか、名前はもちろんのこと、全員がはてなマークを頭上に浮かべている。
そんなメンバーに対して、お茶子はゆっくりとみんなの顔を見渡し、おずおずと口を開いた。
「梅雨ちゃんが、みんなに話したいことがあるんだって」
***
夜も九時をまわり、クラスメイトたちもほとんどが自室に戻って行ったため、寮の前はとても静かだった。
呼び止められた六人が横一列に並んで待っていれば、お茶子に連れられた梅雨が現れる。顔色は特に悪くないが、彼女の表情はいつもより固く、少し憂いを帯びていた。
「私、思ったことはなんでも言っちゃうの」
俯きながら、梅雨はぽつりぽつりと言葉を漏らし始めた。
「でも何て言ったらいいのか、わからない時もあるの。病院で私が言った言葉、覚えてるかしら」
もちろん、しっかりと覚えている。緑谷の病室で、切島が爆豪を救出に行くと宣言した時に梅雨が言ったものだ。『ルールを破るというのなら、その行為はヴィランのそれと同じなのよ』と、厳しくも諭してくれた事は、名前の胸の奥に未だに小さな棘となって突き刺さったままだった。
皆も同じだったのか、緑谷がもちろんと頷く声に、梅雨はそのまま言葉を続けていく。
「心を鬼にして、辛い言い方をしたわ・・・。それでも皆行ってしまったと今朝聞いて、とてもショックだったの。止めたつもりになってた不甲斐なさや、色んな嫌な気持ちが溢れて・・・」
絞り出すような震える声。ようやく名前たちの方へと顔を上げた梅雨の目には、大粒の涙が浮かんでいた。
「何て言ったらいいのかわからなくなって、皆と楽しくお喋りができそうになかったのよ。でも・・・それはとてもとても悲しいの。だから・・・まとまらなくてもちゃんとお話をして、また皆と楽しくお喋りがしたいと思ったの」
ボロボロとこぼれ落ちる大粒の涙を拭いながら、梅雨は本音を打ち明けてくれた。その言葉に全員がはっと息を飲む。
仲間の信頼を裏切り、優しい友の心を傷つけてしまったという事実。誰かを救うことに躍起になって、傍に居る人を傷つけてしまうだなんてそれこそ本末転倒だろう。ヒーローが一番近くにいる仲間を思いやれなくてどうすると、名前は自分の不甲斐なさに拳を握りしめた。
「梅雨ちゃんだけじゃないよ」
梅雨の小さな背中を支えながら、隣に立つお茶子もゆっくりと口を開いた。
「皆すんごい不安で、拭いさりたくて、だから・・・部屋王とかやったのもきっと、デクくんたちの気持ちはわかってたからこそのアレで・・・。だから責めるんじゃなく、またアレ・・・なんていうかムズいけど・・・」
しどろもどろながらも一生懸命に想いを紡いだお茶子は、最後に顔を上げ、晴れやかな笑顔を浮かべた。
「また皆で笑って・・・頑張ってこうってヤツさ!!」
皆を元気づけようと拳を突き上げる彼女の姿は、とても輝いて見えた。
「梅雨ちゃん・・・」
恐る恐る名前が梅雨の名を呼ぶ。零れそうな大きな目がこちらの姿を捉えた瞬間、名前は梅雨に歩み寄り、そのまま彼女に抱きついた。
「・・・っ、心配かけて・・・悲しい思いをさせて本当にごめんね」
「ケロ・・・名前ちゃん・・・・」
「もう絶対にこんなことはしないって約束する。私もまた、梅雨ちゃんといっぱい笑って、楽しくお話したい」
ぎゅっと小さな身体を抱きしめながら想いを伝えれば、彼女はケロケロと声をあげて子供みたいに泣きじゃくった。
「梅雨ちゃん・・・すまねえ!!話してくれてありがとう!!」
「蛙水さん!」
「蛙水、すまねぇ」
「梅雨ちゃん君!!」
「あす・・・ゆちゃん!!」
他の皆も次々と梅雨の名を呼び、彼女の傍に駆け寄る。
こうして本音を告げるのに、一体どれだけ勇気がいっただろう。けれど、いつもの日常に戻そうと、わだかまりを溶かそうと、彼女は自ら歩み寄ってきてくれたのだ。
優しい友の気持ちをもう二度と傷つけまいと、名前は涙ぐみながら夏の夜空の下で己に強く誓うのであった。