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 事の発端は、寮生活がスタートして二日ほどたった、夕食後の談話スペースでの出来事だった。


「ショッピングモールに買い出しに行きてぇンだけど、週末の土曜日に誰か一緒に行ける奴いねぇ?相澤先生に外出許可書もらいに行ったら、しばらくは二人以上で行動するようにって言われてさ」


 ソファーに座りながらたわいもない話で盛り上がっていれば、瀬呂が風呂上がりにジュースを片手にやってくる。
 その提案に、すぐさま手を挙げたのが切島と芦戸であった。


「はいはーい!私も服と棚整理するやつ買いに行きたいー!」
「俺も!めちゃくちゃ爆音の鳴る目覚ましが欲しい!」
「俺も行こっかな〜。新しいキッチンツール色々と見てぇし」
「あっ、木椰子区のショッピングモールなら私も行きたい。丁度新しいピック買いに行きたかったんだよね。あそこなら楽器店あるから」


 続いて砂藤や耳郎も手を上げる。続々と参加者が増えていく様子を見ながら、名前は先日部屋の整理をしている時に新しいスリッパと鏡が欲しいなと思っていたのを思い出す。丁度その日は声楽レッスンがない土曜日のため都合も良い。
 「私も」と名前がおずおずと手を挙げれば、たまたま隣にいた轟も同じタイミングで手を挙げていた。


「真珠と轟もね。ってことはえーっと・・・全員で七人か。じゃあとりあえず十時にここ出発ってことで。外出許可書は各自出しといてくれよな」


 瀬呂の号令に、各々が了解の返事をする。
 クラスメイトと買い物に出かけるのは、林間合宿前に行った時以来である。まだ一ヶ月もたっていないというのに、その間に色々なことがありすぎて、それが随分と前の出来事のような気がした。


「真珠も行くんだな」
「うん。部屋で使うもので、色々買いたいものがあって。轟くんも?」
「あぁ。お母さんの誕生日がもうすぐだから、プレゼントを買いに行こうと思って」
「えっ!とっても素敵だね・・・!」


 ふいに話しかけてきた轟の言葉に、名前は零れんばかりに目を輝かせた。
 このところ、休みの日に轟は母親の入院する病院にお見舞いに行っているらしい。彼の家庭事情は傍から見るに何だか色々複雑そうではあるが、入学当初と比べて穏やかな顔をすることが増えてきていることから、きっといい方向に進んでいるのだろう。


「何にするかだいたい決めてるの?」
「いや・・・親に誕生日プレゼントを渡すだなんて久しぶりすぎて、全く目星がついてねぇ。ただ消えもんじゃなくて、形に残るものがいいなとは思ってて・・・」


 名前からの問いかけに、轟はぼやくように呟いた後、数秒何かを考えるように動きを止めた。「どうかした?」と首を傾げる名前を見下ろしながら、轟は少し遠慮がちに口を開いた。


「真珠さえよければなんだけど、プレゼントを選ぶの付き合ってくんねぇか?」
「えっ、私!?」
「ああ。女の意見があった方が、色々と決めやすそうだし。・・・駄目か?」
「えっ、いや、全然お役にたてるなら協力したいけど・・・!私なんかでいいのかなって・・・」
「それなら大丈夫。こないだ皆の部屋巡りした時に見たけど、お前の部屋にあったもの、お母さんが好んで持ってるもんの色とか雰囲気によく似てたから」


 責任重大だと怯みかけたが、事情が事情なうえに、期待を含んだ眼差しを向けてくる轟の頼みを断ることなどできなかった。幸い自分は買うものも多くないし、元から雑貨屋などに入る予定だったので、その店の中からだと色々と見つけやすいだろう。


「分かった!私でよければぜひお手伝いさせて」


 こうなれば乗りかかった船だと、胸の前で両手をぐっと握りしめて名前が頷けば、轟は花が綻ぶように微笑んだ。


***


 土曜日に予定通り決行されたショッピングモールでの買い物。到着後、目的によってグループを作ろうということになり、昼ごはんの時間までは芦戸と切島と瀬呂、砂藤と耳郎、轟と名前と三つのグループに別れて行動することになった。
 ということで、轟と名前の二人はさっそくお目当ての雑貨屋に入ることにした。入院中はもちろん、退院後も使えるものはどうだろうと、スリッパやマグカップ、はたまた髪ゴムなど、色々なものを提案する名前の声を聞きながら、轟は真剣な表情で陳列された商品を吟味する。
 そんな彼の横で他にいい物はないかと棚を眺めていれば、ふとあるものが名前の目に入った。手に取って広げてみると正体は淡い水色のブランケットで、柔らかな肌触りが気持ち良く、これからの季節にまさしくぴったりな品である。


「ブランケットか・・・」
「うん。ちょっと寒い時とかに、膝にかけたり羽織れたりできるからいいよね。あっ・・・でもお母さんって氷の個性なんだよね?冷えてる方が好きなのかな?」
「まぁな。でもそれなりにちゃんと冬は防寒してるし、病院もだけど、うちの家も古くて底冷えしやすいからちょうどいいかもしれねぇ。そこまでぶ厚くないしな」


 名前の手からブランケットを受け取ると、厚みを確認するように触りながら、轟はそのまま目線を下ろしていく。すると突然「あ」と何かに気がついたような声を小さく漏らした。


「どうしたの?」
「・・・雪の結晶のマークが刺繍されてる」
「あっほんとだ!銀色の糸で綺麗だね」


 電飾の光を浴び、裾のあたりでキラキラと輝くそれは、まるで本物の雪のような美しさである。まさしく氷の個性を持つ彼の母にぴったりのモチーフだろう。
 轟もそう思ったのか、その後の決断はとても早かった。レジでプレゼント用に綺麗に包装してもらい、無事に目当てのものを手に入れることができた轟は店を出ると腕時計にチラリと視線を寄越した。


「昼の集合までまだ少し時間があるな・・・。真珠は他に行きたいとこはねえのか?」
「うん。スリッパも鏡も買えたからもう大丈夫。轟くんは?」
「俺も特に。時間潰しに飲みもんでも買いに行くか」
「そうだね、賛成」


 約束の集合時間までは四十分ほど。轟の提案に同意を示すと、名前は彼の隣に並んで歩き出す。
 二人きりでショッピングモールを回ると決まった時、最初は話題に困ったらどうしようかと不安だったが、蓋を開けてみればそれも随分と杞憂に終わっていた。
 互いに口数がそこまで多くはないものの、轟はどんな話題でも熱心に耳を傾けてくれたし、チラホラと自分のことや家族のことを話してくれたため、結局は困るような場面は一度も訪れなかったのだ。教師をしている姉と大学生の兄がいる末っ子で、冷たい蕎麦が好き。それが今日共に過ごして新しく知った彼のこと。
 きっとこれからも寮や学校で一緒に過ごすうちに、彼の色々な一面を垣間見ることができるのだろう。大切なクラスメイトとまた少し距離が縮まった気がして、名前は密かに心を弾ませていた。
 そんな穏やかな空気に包まれながらフードコートに向かっていれば、その道中、何やらイベントスペースで雑貨マルシェのようなものが開催されているのが目に入る。少し速度を緩めて陳列された商品を見ながら歩いて行けば、ふいに気になるものを見つけ、名前ははたと足を止めた。
 その様子に気がついた轟が、半歩進んでいた足を戻して横に並び立つ。


「なんか気になるもんでもあったか?」
「うん。これ、海みたいで綺麗だなって・・・」
「ほんとだ。お前のヒレの色にも似てるな」


 波たつ海をイメージして作られたであろう、レジン素材のスクエア型のキーチャーム。透き通るコバルトブルーは 、轟の言う通り名前が人魚になった時のヒレの色にそっくりだった。


「それ気に入ったのか?」
「うん。ちょうど寮の鍵をつけるのにもいいし、買おうかなって」


 好みのデザインのキーチャームやキーケースが見つからなくて、丸裸のままで財布の中に入れっぱっなしだった寮の鍵のことを思い出す。
 さっそく購入しようと手を伸ばした瞬間、ふいに名前より先に隣にいた轟の手が伸びてきて、件のキーチャームを掴み取る。そしてそのまま彼は近くにいた店員に声をかけ、「これください」と告げながら流れるように財布を開いた。
 呆気にとられてその姿を眺めていれば、茶色の小さな袋に包装されたキーチャームを店員から受け取った轟が、ゆっくりとこちらに振り返る。ふっと優しい笑みを浮かべた彼は、手の中のものを名前の方へと差し出した。


「やる」
「え・・・?」
「さっきプレゼント選びに付き合ってくれた礼だ」
「いや、でもっ、そんな・・・!」


 突然の贈り物に目を泳がせる名前とは裏腹に、轟は光にきらめく波間のような美しい目を細めながら名前の手を取り、その包みをやんわりと掌に乗せた。


「お前に使ってもらえたら、俺は嬉しい」


 眩しいくらいに純粋な言葉に、心の中がじんわりと暖かくなる感覚に包まれる。彼の気持ちが素直に嬉しくて、轟から向けられた穏やかな声と視線を噛み締めるように頷くと、名前はそっと袋を握りしめた。


「ありがとう、轟くん。大切にするね」


 満面の笑みで答えれば、轟も再び嬉しそうに口の端をあげるのだった。



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