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「ランドリーの作業台に置きっぱなしの鍵があったんだけど、これ誰のだ〜?」


 名前たちがショッピングモールに出かけてから早三日。仮免取得のために、必殺技を編み出す圧縮訓練に明け暮れくれる日々を過ごしていたとある日の夕刻頃。風呂上がりに爆豪や切島、瀬呂、上鳴たち数名の男子が談話スペースでだべっていた時、ふいに洗濯カゴを持った砂藤が現れた。
 掲げられた手の中には、四角い形をした青いキーチャームのついた鍵が握られている。深い青色は光が透き通って見え、まるで本物の海のようだ。


「知らねぇ」
「俺も違うぜ」
「なんか見た目的に女子のっぽくね?」
「確かに。もうすぐ風呂から上がってくるだろうから、聞いてみたら?」


 スマホを弄りながら興味なさげに答える爆豪を筆頭に、次々と首を横に振るクラスメイトたち。瀬呂の提案に砂藤がそうだなと同意を示した時、ふいに遅れてやってきた轟と飯田が姿を現した。


「どうかしたのかい?」
「いや、ランドリーに誰かの部屋の鍵が置きっぱなしだったから持ち主を探しててよ。お前らのじゃないよな?」
「うむ。残念ながら俺のではないな!」


 鍵を見せる砂藤に、飯田は違うと即答する。轟も同じ反応を見せるかと皆が思ったのも束の間、彼の口から出てきた答えは予想外のものだった。


「それ、真珠のだ」
「そうなのか!お前、人のもんなのによく覚えてんな〜」
「いや・・・覚えてたも何も、俺がこないだ真珠にあげたキーチャームだから」


 そう、その言葉の破壊力は絶大だった。しーんと静まり返った数秒後、男子陣の大絶叫が寮を揺るがすほどに全体に響き渡った。


「おっ、俺たちのマーメイドがぁぁぁ!!」


 突然上鳴がソファーに突っ伏して、おいおいと泣き散らかす。他のクラスメイトたちも頬を赤く染めながら驚いた表情で轟を眺めるも、当の本人は意に介した様子もなく不思議そうにこの騒がしい情景を眺めていた。


「なになにー?どしたのー?」
「上鳴くんのすごい悲惨な声が聞こえてきたんやけど・・・」


 騒ぎを聞きつけたのか、風呂上がりの女子たちが談話スペースに現れる。タオルを首にかけ、芦戸、お茶子、梅雨に続いて顔を覗かせた名前は、砂藤の指に摘まれていた己の鍵を見て慌てたように声を上げた。


「あっ、それ私の!ごめん、どこかに忘れてた?」
「お、おう。ランドリーに置きっぱなしだったぞ」
「わっ!そうなんだ、ごめんね。洗濯物入れてから慌ててお風呂に行ったから、そのまま置いていっちゃったみたい・・・。ありがとう、砂藤くん」


 御礼を言って鍵を受け取るも、何故だか砂藤は気まずそうに視線を逸らしたままだ。不思議に思った名前が辺りを見回せば、男子たちの視線が自分に集中していることに気がついた。
 その中で、一際じっとこちらを見つめる爆豪の姿。注がれたルビーレッドの熱に、名前の心臓はとくりと跳ね上がった。


「えっと・・・私なんかしちゃった?」
「・・・あっ、あのさ」
「うん・・・?」
「轟と真珠って、付き合ってんの?」


 流れる微妙な雰囲気を打ち壊すかのように、ふいに瀬呂から飛び出てきた質問に、次は名前と女子たちが大声をあげる番だった。


「へ!?名前ちゃんが轟くんと!?」
「クラスからついにカップル爆誕ってことー!?」
「ちが、ちょっ、待って・・・なんでそんな話になってるの・・・!?」
「いやその・・・真珠の鍵についてるやつ、轟が自分があげたやつだって言ったからさ」
「えっ!?確かにそうだけど・・・!だからって付き合ってるわけじゃなくて・・・!!」


 顔を真っ赤にさせてあたふたと答えると、名前は両手を振って否定する。そしてそのまま轟の方へ向き合うと、気にとめていない様子の彼の服の裾をグイグイと引っ張った。


「とっ、轟くん・・・!轟くんもちゃんと否定してくれないと、大変なことになるから!」
「・・・?そうなのか?」
「そうだよ!私なんかと付き合ってるって勘違いされちゃったら、轟くん迷惑でしょ・・・!?」
「・・・いや、俺は真珠となら間違えられても別に気にしないけど」


 天然とはほとほと末恐ろしい。好意があるというわけではなく、比較的仲の良いクラスメイトとならばという意味で言われていることは充分理解していたが、今はその気遣いが全くもって逆効果だ。
 興味本位でやんややんやと騒ぎ立てるクラスメイトたちに、名前は赤く染まった顔を覆い隠すように己の両頬にタオルを添えて、思わず声を張り上げる。


「ほんとに、私と轟くんはそういうのじゃないからね!これはこないだ、プレゼント選びを手伝ったお礼に貰っただけで・・・」
「もーっ!照れちゃってー!真珠ってば可愛いな〜!」
「いや〜まぁ実際お似合いだよなぁ。美男美女カップルって感じで」
「轟くん!真珠くん!こ、校則では恋愛禁止というわけではないが、せっ節度は守るように!!」
「だから、飯田くん違うんだってば・・・!!」


 ヒューヒューと口笛を吹いて茶化す場の雰囲気に、さすがに穏便な性格の名前もキャパシティがオーバーしかけてしまう。思わず涙目になった名前の顔と、「もうみんなやりすぎ!」「違うと言ってるのだから、これ以上はやめましょ」と助け舟を出してくれたお茶子と梅雨の声のおかげで、ようやく皆は冷静さを取り戻した。


「あ・・・っ、ごめんな」
「悪りぃ、ちょっとからかい過ぎた」
「ごめんね、真珠」
「えっと、いや、その・・・分かってもらえたなら全然大丈夫」


 しゅんとなったクラスメイトたちからの謝罪の言葉に、しゅーっとまるで穴が空いた風船のように名前の中の興奮ゲージが一気に下がっていく。小さく息を吐いて気持ちを落ち着かせると、名前は先程とは打って変わって少しおどけた表情を浮かべてみせた。


「とりあえず、皆の誤解が解けて良かった。轟くんも、これからは勘違いされない発言をしてね?」
「ん・・・悪りぃ」
「うん、よろしくね。じゃあちょっと気分を落ち着かせるために、外で涼んできます・・・!」


 皆に気を遣わせないよう、できるだけにこやかに、そして素早く要件を伝えると、名前はそのまま足早に談話スペースを後にした。そそくさと歩いて外に出れば、むわっとした夏の生ぬるい空気が肌をなぞる。近くの草むらからは、ジージーと夏らしい虫の音が鳴り響いていた。
 そんな寮の前に置かれたベンチに腰を下ろし、名前は再びふーっと深い息を吐く。
 しかしながら普段の自分らしからぬテンパり具合に、周りをさぞかし驚かせてしまったことだろう。実はというと、名前自身もこの己の動揺具合に驚いていた。ただ単純に笑い飛ばして違うよと言えば済む話だったし、いつもならばそれができていたはずなのに。
 両頬を手で軽く挟みながら、じっと先程の出来事を思い出す。きっかけは、たぶんそう、あの時だ。爆豪の視線が自分のものと交わって、その後弾け飛んだように気持ちが爆発してしまった。いつもの自分でなくなってしまうような不思議な感覚。この感情の名前は、一体何というものなのだろうか。
 そんなことをぼんやりと思い返していれば、ふいに背後から寮の扉が開く音がする。梅雨あたりが心配して来てくれたのかと後ろを振り返れば、こちらに向かって歩いてきた人物の姿に名前は再び心臓を跳ね上がらせた。


「・・・爆豪、くん」
「・・・・・・」
「えっと・・・何か用?」


 全く可愛げのない言い方だ。予想打にしなかった爆豪の登場に、名前はぐっと怯んだように下唇を噛みしめながら彼を見上げる。
 しばらく続いた沈黙ののち、先に口火を切ったのは爆豪だった。


「・・・あいつのこと、好きなんか?」
「あいつ・・・?」
「話の流れ的に、半分野郎しか該当者がいねぇだろ」


 先程の話題はまだ続いていたらしい。確かに『付き合っていない』とははっきり宣言したが、あの話だけでは名前が轟のことを好きかどうかなんて誰も分からないだろう。むしろあれだけ動揺してしまったのだ。恋心があるのでは?と勘ぐられてもしょうが無い。
 爆豪に聞かれたことで、一瞬轟の顔が名前の脳裏に過ぎった。真面目で優しくて、何より志も高い彼はとても素敵な人だ。彼を好きになってしまう女の子の気持ちは当然よく分かる。けれど、それが名前の中にある感情にぴったりと合致するかと問われれば少し違うような気もして、よく分からなかった。
 むしろ何故だかモヤモヤとした感情が胸を覆い尽くす。どうして爆豪がそんなことを聞いてくるのか、聞いてどうするのかと感情が揺れ動く中、気がつけば考えるよりも先に言葉が口から飛び出していた。


「わっ・・・分かんない」
「・・・・・・あ゙?」
「轟くんはとってもいい人で好きだけど、・・・その好きが友達としてなのか、恋愛としてなのかとかあまりよく分からなくて・・・」
「・・・じゃあなんだ、告白でもされたら付き合うかもってことか?まぁあいつも満更じゃなさそうな感じだったもんな」
「え?いや、そういうわけじゃ・・・!」


 感情が伝播するように、爆豪の言葉尻にも次第にトゲトゲしたものが現れる。これでは互いに売り言葉に買い言葉だということは分かっているはずなのに、じっとこちらを射抜く赤に、名前は再び己の感情の制御をできなくなってしまっていた。


「っ・・・そもそも、なんで爆豪くんにそこまで言わなきゃいけないの?」
「は?」
「私が誰と付き合おうと、私が誰を好きになろうと・・・爆豪くんには関係ないじゃない」


 ギュッと拳を握りしめて声を振り絞る。
 「風紀を乱すな」「恋愛に現を抜かしてる暇があるなら訓練に集中しろ」と、舌打ちとともに至極真っ当な正論が返ってくると思っていたのに。


「・・・そうだな」


 返ってきたのは吐き捨てるような萎んだ声。まるで夢から覚めたようにゆるりと瞬きをし、こちらを一瞥した爆豪は、そのままあっという間に踵を返して寮の中に戻っていく。
 いつだか梅雨が言っていた。爆豪は『春の嵐』のような人間だと──。
 扉に消えていった背中を見送りながら、名前はぽつりと呟いた。


「・・・もはや大型台風だよ、梅雨ちゃん」


 そう──いつも彼は名前の感情をかき乱し、存在を刻むように心の奥深くに爪痕を残していく。




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