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 両の手のひらから生み出した泡を無数に漂わせた名前は、泡の向こう側に佇むエクトプラズムの分身の姿を確認する。空を舞う虹色に輝く無数の泡はまるで御伽噺の一説にでてきそうな情景だが、残念ながら今は圧縮訓練の真っ只中だ。ふぅっと一息、己を落ち着かせるかのように息を吐くと、名前は緊張した面持ちながらもしっかりと前を見据えた。
 風に乗って、泡たちが対峙するエクトプラズムの分身に近づいたのを確認したと同時。名前は手のひらサイズの薄い貝殻のようなものを腰に備え付けた収納ケースから取り出すと、真ん中に付いたスイッチを押して、そのままブーメランのように泡の中へと投げ込む。
 勢いよくシューッと火花を散らしながら回転して飛んでいく貝殻。その火花が泡に触れた次の瞬間、バンッと初めの泡が爆発音と共に炎を上げると、それに誘発されるようにバンバンバンと数多の泡が連鎖して勢いよく爆裂していく。"蟻のひと噛み巨象を倒す"とはよく言ったもので、ひとつひとつは小さな力といえども、それが百千と集まると破壊力は一気に跳ね上がる。巻き上がる爆風と燃え盛る炎の攻撃を受けたエクトプラズムの分身は、ゆらゆらと揺らぎ、塵となってその姿を消していった。


「できた・・・!!」


 名前が思わず感嘆の声をあげれば、それを後ろで見ていたオールマイトも「やったじゃないか!」と満面の笑みを浮かべていた。


「凄いぞ、真珠少女!」
「はい、ありがとうございます!前回オールマイトがアドバイスをしてくださったおかげです」
「いやいや、君の努力と発目少女の創意工夫の成果だよ」


 興奮さめやらぬ様子で名前が頭を下げれば、オールマイトは照れくさそうに頬をかく。
 林間合宿を経て個性のひとつである"泡"の放出量を上げることはできたものの、それを攻撃技に結びつけることが名前はなかなかできずにいた。そんな中、1年A組の圧縮訓練を見学しに来ていたオールマイトに、自分の個性に攻撃性をつけるにはどうしたらいいかと相談したところ、『君の個性のひとつである”泡”はどういった仕組みで身体から出ているんだい』と問われたことが、技を作り出すきっかけだった。


『小さい頃に調べてもらったことがあるんですけど、私個性の影響で特殊な皮膚をしているんです。水中でも息ができるように、皮膚が水中の酸素を取り込んで二酸化炭素を排出する、いわゆる魚のエラ呼吸のようなものを皮膚で行っているようで・・・」
『なるほど。てっきりアザラシやイルカなどの水中に住む哺乳生物のように、息を止めて泳いでいると思っていたんだが、違うんだね』
『エラがないので普通はそう思いますよね。ちなみに陸地でもその呼吸方法は可能なんですが、通常は肺呼吸で事足りているので、有り余った気体は常に肌から排出されています。個性発動時には魚のように肌が粘液で覆われるので、そこにその気体を注入するイメージで泡を生み出しているんです』


 名前からの解説に、オールマイトはふむと噛み締めるように呟いた。
 ちなみに粘液は人魚にフォルムチェンジしている時にも大いに役立っている。粘液のヴェールに肌を包むことで水と肌の抵抗が無くなり、海中生物を遥かに凌ぐスピードで泳ぐことができるというわけだ。


『ならばその自給自足できる気体と、泡を作る仕組みを上手く利用して攻撃に転用してみてはどうだろうか?』
『えっ・・・?』
『ここからは理科の実験に近い考えになるかな。クラスメイトの爆豪少年がいいお手本になると思うよ。仕組みについては色々とサポート科の人に相談してごらん』


 頭上に疑問符を浮かべる名前とは裏腹に、にっこりと白い歯を見せるオールマイトの後ろで、大きな爆撃音とともに爆発が起きる。もちろんこんなことができる者は彼しかいない。もくもくと土埃が上がる岩の隙間から見えた爆豪の横顔を見て、名前の心臓はどきり跳ね上がった。
 しかしながら彼をお手本にするといえども、オールマイトのいう実験や仕組みの意味を理解しないと何も始まらないだろう。ともかく善は急げと、その日の放課後お茶子と飯田と共に開発工房に行ったところ、爆発と共に現れたサポート科の発目明を紹介された名前は、彼女にその件を相談することにしたのだ。


『なるほど、貴方の個性から生まれる泡を活用して攻撃に転じれるようにしたいと!!』
『うん。辺りに漂わせた泡を好きなタイミングで破裂させて、衝撃波のようなもので攻撃できたらすごい理想的なんだけど、それがサポートアイテムでできることなのかなって・・・』
『できますよ』
『えっ!?そっ、そんな簡単に・・・!?』
『えぇ。呼吸しているということは肌から酸素を排出しているということなので、その酸素に合わせてガスや水素を一緒に注入して引火させれば、浮いた泡での爆破攻撃は可能ですね!!ひとつ引火させれば連鎖させて無数の泡を爆破させることができると思いますので、それなりの威力の衝撃波と炎を出すことができるかと!課題は肌から酸素のみを抽出する方法と、それを混ぜて高密度の気体を泡に注入して浮かせる仕組みを作ることです』


 即答した発目はぶつぶつと呟きながら、ペンを物凄い速さで動かしていく。白い方眼紙に計算式や設計図のようなものが書かれていく様子を名前が目をパチパチさせながら眺めていれば、彼女はぐるりと勢いよく紙面から顔を上げた。


『身体から出ている酸素を集約し、他の気体と混合したものを泡に入れるという作業をするためには、肌をウェットスーツみたいなもので覆う必要があります!!まぁ超薄手の特殊素材を使ったらいいので、そこまで動きには制限はでないかと思いますが、少なくとも泡を出す手のひらと両腕は必須ですね!!足はどうしますか!?』
『えっと私の個性上、水の中に潜ることが多いから足は覆わずに開けておきたくて・・・』
『なるほど!完全防水と簡易の着脱機能を付ける必要ありですね!では上半身のみを覆う形にしてそこから酸素を取り込みましょうか!!ということは腰に酸素を貯めるタンクを備えて、ガスは・・・ブタンかな。水素とブタンの缶はカードリッジ式にして、ここに細い管を二本通してっと・・・』


 そんなこんなであっという間に設計図が出来上がり、なんと半日後には目をギンギンにした発目が完成品を持ってきてくれたため、驚異的なスピードで名前は新たに泡を爆破させて攻撃することができるサポートアイテムを手に入れることができたのだった。
 しかしながら道具を手に入れたとて、それを使いこなせなければ意味がない。圧縮訓練中はもちろんのこと、放課後も一人で居残り練習をして、何とか混合された気体で泡を作るコツを掴むことはできた。けれど、攻撃に最適な泡の量や引火のタイミングなどが上手くいかず、名前はスランプに陥ってしまったのだ。
 他のクラスメイトたちは皆、必殺技をどんどんと身につけていっている。早く皆に追いつかなければ。それに、必ず追いつくと、背中を見ていて欲しいと爆豪に言ったのに、何も出来ていない自分の不甲斐なさが、名前はただひたすら歯がゆかった。
 そんな遅れをとっているという焦りは、悪循環を生み出す。ここ数日、放課後から就寝直前まで自主練を行っていた名前は、今日も夜の九時半頃に泡まみれで寮に帰宅した。


『ケロッ。名前ちゃん、もしかしてこんな時間までやっていたの?』


 ヘロヘロになりながら名前が玄関で靴を揃えていれば、談話スペースにいた梅雨が慌てて駆け寄ってきてくれる。


『あ・・・うん、ただいま梅雨ちゃん』
『ご飯もまだでしょう?少しやり過ぎなんじゃないかしら』
『練習前におにぎり食べたから大丈夫だよ。ごめんね、心配かけちゃって・・・』

 
 風呂上がりにみんなで集まっていたのか、ソファーに座っていた他の女子たちも心配した面持ちで声をかけてきてくれる。
 

『もうっ帰ってこないってみんなで心配して待ってたんだからね!ご飯と休息は大事だよ名前ちゃん!』
『無理したら元も子もないからね。明日の自主練は早めに切り上げなよ』
『もし明日も遅いようなら、演習場まで迎えにいきますからね?』
『うん・・・ごめんね、ありがとう。ほら、みんなも湯冷めしちゃうから早く部屋に上がってね。私も早くお風呂に入って寝るよ』


 着替えとタオルを取りに行くからと、名前はクラスメイトたちの背中を押して階段を登っていった。渋々とそれぞれ部屋のある階に戻っていく彼女たちと別れ、名前は部屋からお風呂のグッズを持って出ると再び一階へと降りていく。
 自主練や外出、はたまた緊急時を除いて、基本的に十時には各自部屋に戻るようにというルールがあるため、共有スペースは先程までとは打って変わって静まり返っていた。そんな静けさの中、疲れた身体に鞭を打って何とか風呂に入った名前は、今にも寝てしまいそうな目を擦りながら、共有スペースのキッチンにある電気ケトルに水を入れた。
 最後にひとつだけ、今日の技の実験の記録をノートにまとめたかったのだ。珈琲を飲んで眠気を覚まそうと、マグカップに多めの粉を入れて湯を注ぐ。ゆらゆらと白い湯気がたつそれを持って談話スペースのソファーに腰をおろし、ノートにボールペンを走らせていく。泡に入れた気体の量、飛ばした個数、引火のタイミングや距離など項目ごとに書いた記録はすでに四日分貯まっていた。
 珈琲を流し込みながら、何とかメモをまとめ終わる。そのまま部屋に帰ろうと思ったが、足が鉛のようになって動かない。少し休んでから部屋に戻ろうと、ソファーに深く腰かけた名前は、いつの間にやら意識を手放していた。


 カサカサと紙がすれる音が耳に入り、ぼんやりと目を開ける。身体を起こせば、ずるりと肩から何かが落下して、名前は慌ててそれを受け止めた。
 黒い大判のスポーツタオル。恐らくいつの間にやらソファーでうたた寝してしまった名前を気遣って、誰かがかけてくれたのだろう。壁の時計を見ればすでに夜中の0時を回っていた。とっくに就寝時間を過ぎているのに一体誰がと考えたものの、その答えはすぐに分かってしまった。
 寝入ってしまう前に隣に置いていたはずのノートが目の前の机の上に置かれていて、開かれたページの上にシャーペンと消しゴムが転がっている。寝ぼけ眼を擦りながら名前がノートに視線を走らせれば、そこには自分が書いたものではない数や文字が書き込まれていた。
 名前が行った五日間の細かな記録から色々な計算をして割り出したのか、数式とともに攻撃に最適な泡の量や敵との距離、引火のタイミングなどを予測した数値が記入されている。その整った文字に、名前は見覚えがあった。


『・・・爆豪くんだ』


 普段の言動からは想像できない美しく丁寧な文字は、以前勉強会をした時に見たものと同じである。じんわりと染み渡る何ともいえない感情を噛み締めながら細かく書かれた数字や文字を辿っていけば、ページの隅に小さく何かが書かれていることに気がついた。
 他の文字よりも一回り小さな文字で、"放課後一時間だけなら訓練に付き合ってやる"──と書かれた一文。なぜかそこだけ一度消しゴムで消されたような跡があって、名前は思わずくすりと笑い声を漏らす。
 轟とのことを問い詰められた一件以来、爆豪と話す機会がほとんどなかったが、その文字の裏に"この間は悪かった"という彼の想いが含まれてるような気がして、そのくすぐったい感情は自然と名前の口角を上げていた。


『・・・ありがとう、爆豪くん』


 また明日、直接本人に伝えよう。名前はコップを洗い、タオルとノートを手に取ると、明日の訓練に備えて足早に自分の部屋に戻っていった。
 言葉通り翌日に爆豪の元にお礼を言いに行けば、放課後訓練に付き合ってくれ、彼の計算してくれた数字を元に実践を重ねた結果、理想通りの攻撃方法を編み出すことができたのだった。
 爆豪がいなければ、たどり着くのにもっと時間がかかったことだろう。名前が何度も頭を下げて礼を述べれば、彼は『舐めんな、ボケ。爆破関連は俺の十八番だ』とぶっきらぼうに言うだけであった。
 そんな濃密な訓練の日々を思い出していれば、目の前に立っていたオールマイトは片手の親指をたててサムズアップのポーズをしながら、改めて名前に笑顔を向けてくれた。


「この調子でもっと技を磨きなさい。君の元来の力でもある"歌"の個性も合わせたら、きっと強い武器になるよ。仮免試験、頑張って!」
「はい!ありがとうございます」


 他の生徒の様子も見に行くというオールマイトの姿を見送って、名前は再び現れたエクトプラズムの分身と向き合った。
 たくさんの人を救えるヒーローになるためにも、もっともっと上を目指さなければと意気込むと同時、ドンッとふいに背後の崖から爆発音がする。音につられて顔を上げれば、そこには爆豪の姿があった。
 土埃が舞う中、流れる額の汗を拭う姿に名前の心臓はどんどんと鼓動を早くする。こちらの視線に気づいた爆豪のルビーレッドの目が、名前の姿を捉えた。瞬時に身体が熱くなり、一瞬わたわたと焦ったように視線を泳がせるも、名前は意を決したように真っ直ぐに頭上を見上げると、両手を口元に添えた。


「できたよ爆豪くん!ありがとう!」


 手をメガホンのようにして、大きな声で彼に向かってそう叫べば、爆豪は意表を突かれたように一瞬目を丸める。そしてすぐさまふっと小さく吹き出した後、満足げに唇の端をあげた。
 見たことの無い彼の表情に、パチパチと胸の中で感情が弾け、流れ星のように強い光を放つ。そのままひらりと片手をあげて無言のまま立ち去っていく爆豪の姿を、名前は見えなくなるまで見つめていた。



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