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いよいよ待ちに待った文化祭本番当日。
朝からみんなで揃いのTシャツや衣装に身を包み、準備を終えた一年A組の生徒たちは、各々のチームに別れて本番前の最終打ち合わせを行っていた。
名前も舞台袖で進行表を持ちながら自分の動きの確認をする。氷を駆け上がるタイミング、泡の量、そして締めのポーズなど、一つでも漏れがないようにと真剣な表情で紙と睨めっこしていれば、ふいに背後からこつんと頭を小突かれた。
こんなことをする人物は一人しかいない。慌てて振り返ればそこにはやはり爆豪がいて、彼はくいっと顎で舞台の方を指した。
「一回舞台に集まんだと。早く来い」
開演まであと三十分。十分後には体育館が開場され、客が入り始める。
頷きながらも急いで爆豪の後に続いていけば、各々確認を終えたクラスメイトたちが舞台上に集まってきている姿が見えた。しかしそこに緑谷の姿がない。少し前に「デクくん見とらん?」と焦ったように彼を探すお茶子や飯田の姿を見ていたが、まだ見つかっていないのかもしれない。
「爆豪くん」
「なんだよ」
「緑谷くん、買い出しから戻ってないらしいんだけど・・・まだ見つかってないのかな?」
「そーみてぇだな」
「・・・心配じゃないの?」
大きな背中にそう問かければ、ふいに爆豪が歩みを止め、ゆるりとこちらに振り返る。目の前のルビーレッドからは以前のような薄暗い色は消え、仄かな光を灯していた。
「あいつなら大丈夫だ」
「・・・」
「クソきめぇけど、バカ真面目なのがあいつの取り柄だからな。時間までにはひょっこり戻ってくんだろ」
悪態をつきながらも、その言葉にはどこか温かみがあって、名前は何だかこそばゆい感情に包まれる。思わず口元が緩んでしまっていたのか、名前の反応を見た爆豪は少し不服そうに口元を歪ませた。
「・・・何笑ってンだよ」
「ううん、何でも」
「・・・さっさと行くぞ」
「うん!」
今日という晴れ舞台を心から楽しもうと、名前は爆豪の元へと駆け寄った。
***
午前十時。ブザー音と共に幕を上げた一年A組の出し物は、無事に大成功に終わった。姿をくらませていた緑谷も何とか開演前にクラスに合流でき、誰一人欠けることなく無事に全員がステージに立つことが出来たのだ。
爆豪の怒鳴り声と爆発音を皮切りに始まったバンド隊の演奏は観客を震え上がらせ、ダンス隊の一糸乱れぬ踊りは人々を魅了する。さらに様々な趣向を凝らした演出は舞台に華を添え、凄まじい歓声を巻き起こすことに成功した。
氷の壁を駆け上り、天井から泡を撒く名前の視界に、クラスメイトや観客たちのキラキラとした笑顔が映りこむ。目の前に広がる素晴らしい光景をしっかりと目に焼き付けながら、名前も七色に輝くステージを全力で楽しんだのだった。
そんなこんなで出番を終えた一年A組の生徒たちは、余韻でまだ熱を帯びた体を冷ましながら、後片付けに奔走していた。
「轟!ここの氷早く溶かしてくれ!!」
「そこっきびきび動け!!」
「ゴミはこの袋にまとめろ!!」
クラスメイトたちの中で、一際目立つ声。いつものだらけた雰囲気とは打って変わって、キリッとした表情で指示を飛ばして動き回る峰田の様子に、箒でゴミを集めていた名前はくるりと目を丸めた。
「峰田くん、何だかすごい気迫だね・・・?」
「あいつ、早くミスコン見にいきたくてうずうずしてんだよ。場所取りは早いもん順だからさ」
「確かB組の拳藤さんと波動先輩が出るんだよねー!」
「そうそう。あっ、名前ちゃんってミスコン見る時間はある?」
耳郎と葉隠の言葉に耳を傾けていれば、ふわふわと氷の塊を浮かせて運ぶお茶子から声をかけられ、名前は近くにあった柱時計へと目を向けた。
今は午前十一時を回った頃で、ミスコンは十二時から中央ステージで行われるらしい。ちなみに出番がある後夜祭のステージは、午後五時から開始予定である。ピアノとの音合わせや舞台の最終確認、衣装やメイクの用意などで午後二時には音楽室に向かわなければならないが、片付けを終えてから二時間ほどはあるので余裕だろう。
「うん。二時には音楽室に行かなくちゃいけないけど、ミスコンと他のクラスの出し物もちょっと覗いて、軽くお昼は食べれそうかな」
「やった!みんなで見に行って、さくっとお昼も食べよ!」
「そうね。名前ちゃんは何か食べたいものあるかしら?」
大きく頷けば、クラスメイトたちも嬉しそうに声を弾ませてくれ、梅雨が学園祭のパンフレットを手渡してくれた。様々な食べ物の文字やイラストが踊るカラフルな紙面は、見るだけでもお腹が鳴ってしまいそうになる。
「からあげにポテトにフランクフルト・・・それにタコスとかおでんまであるね。どれも美味しそう」
「たこ焼きとか焼きそばとかの王道系も捨てがたいわ」
「うんうん。わ〜っクレープの屋台もあるよ」
「美味しそうですわね。何味があるんでしょう?」
「私、カスタードに苺がトッピングしてるやつが好きなんだけど、あるといいな〜。でもお昼食べてすぐは入らないかな・・・」
「おいコラそこの女子たちィ!!きびきび働かんかい!!」
やんややんやと女子たちで集まって話に花を咲かせていれば、目を釣りあげて現れた峰田に叫ばれてしまい、みんな慌てて持ち場へと舞い戻った。
とりあえず、目の前の掃除が終わらない限りは何事も進まない。名前は再び箒を握り直すと、目の前のゴミを急ピッチで片付けていった。
そんなこんなで掃除を終え、無事に前方でミスコンを観覧した後は、名前はクラスの女子たちと食べ歩きをしながら校内を色々と巡り始めた。C組の心霊迷宮を体験したり、男子たちのアスレチックバトルを見学したりなど、短い時間ながらも十分に文化祭を満喫することができたのだった。
「頑張って名前ちゃん!」
「楽しみにしてんぞー!!」
「最前で見てるからねー!」
賑やかに見送ってくれたクラスメイトたちと別れ、名前は最終の音合わせのために音楽室に向かった。今回ピアノの伴奏を買って出てくれたのは経営科三年の先輩で、彼女もコンクールの経験者だそうだ。互いに音楽に真摯に向き合ってきた経験がある事から、即席ながらもいいコンビで練習を重ねて来れたと感じている。
音楽室で最後の練習を気持ちよく終えると、舞台の最終確認のために、名前はすぐさま先輩と共に舞台袖へと駆け足で移動した。
文化祭の最後を飾る後夜祭。何ヶ月もかけて作り上げてきた経営科の三年生たちの烈々たる思いが込められた最後のステージともなれば、熱量も半端ない。何より名前の歌唱はミスコンの結果発表前という大事な局面で、場の空気を温めて最後のステージに繋ぐ大切な役割があるのだ。
漏れがないように確認を終えると、名前は控え室に転がり込み、舞台衣装へと身を通す。昔自分のヒレの色に合わせてオーダーメイドで作った、お気に入りのコバルトブルーのマーメイドドレスに身を包めば、気分は一気に舞台モードへと切り替わった。
舞台に映えるようメイクもしっかりめに行い、髪の毛も軽く巻き、パールとビジューがあしらわれたヘッドドレスをつければもう準備は万端だ。
「わっ!名前ちゃんとっても似合う!可愛いうえに大人っぽい!!」
「えへへ。ありがとうございます。先輩もとっても綺麗で素敵です」
まるで夕焼け空のようなテラコッタカラーのドレスに身を包んだ先輩に褒めてもらえ、名前はようやくゆるゆると笑顔を浮かべることができた。
コンクールよりは気負いせずにいけるだろうと踏んでいたが、やはり少ながらずプレッシャーを感じて顔が強ばっていたらしい。本番までにもう少し緊張を解きほぐしておかなければと思った矢先、ふいにテーブルの上に置いてあった名前のスマホが軽く振動した。
画面を見れば、時刻は午後四時十五分。メッセージを受信を知らせる通知バーには爆豪勝己の名前と共に、「今どこだ」とぶっきらぼうな文字が踊っていた。
慌てて「中央ステージ横校舎の一階の控え室にいるよ」と返せば、「時間あるか?」とすぐに返事が来る。「三十分くらいまでなら」と返信すれば、次は「外」とたった一文字だけ戻ってきた。
「すみません先輩、ちょっと抜けますね。すぐ戻ります」
先輩に断りを入れ、名前は控え室を後にした。ミスコンの出場者たちや運営係などが行き交う廊下を、ヒールの音を弾ませ小走りに駆け抜ける。外に出れば、校舎入口の隅で一人スマホを片手に立っている爆豪の姿が見えたため、息を整えながら名を呼べば、彼はゆるりと面を上げた。
視線が交わったと同時、爆豪のルビーレッドの目はまるで鳩が豆鉄砲をくらったかのようにぐるりと丸まる。先輩に似合っていると言われたのだが、馬子にも衣装などと思われているのかもしれないと、名前は緊張を誤魔化すかのように手ぐしで前髪を整えた。
「えっと・・・何かあった?」
「・・・」
「・・・爆豪くん?」
再び名を呼べば、ハッと我に返ったかのように肩を揺らした爆豪が、そのまま勢いよく目の前にビニール袋を突き出してくる。無言のまま渡されたそれを大人しく受け取り、中を覗けば、袋の中にはフードパックに入れられたミニサイズのクレープが一つ入っていた。
こっくりとしたクリームにイチゴがのったそれはまさしく大好物の味で、名前は混乱したまま爆豪とクレープに視線を行き来させる。
「お前、片付けの時にクレープ食いてえってぎゃーすか騒いでただろ。さっきフードトラックの前通ったら、ちょうど閉店間際の呼び込みやってて、アホ面たちが食いてーって言うからしょうがなく一緒に買うはめになっちまって・・・」
視線を斜め下の方向に向けながら、しどろもどろに告げる爆豪の耳はほんのりと夕陽色に照らされていて、思わぬ光景に名前の身体はどんどんと熱を帯びていく。
固まったままの名前の反応を伺うように視線をこちらに戻した爆豪は、珍しくしおらしげに唇を尖らせた。
「・・・いらねぇなら、俺が食うけど」
「──っい、いる!今すぐに食べる!!」
次に我に返るのは名前の番だった。勢いよく返事をすると、名前は紙に包まれたクレープを中身が零れないようにパックから器用に取り出すと、「いただきます」と声高らかにかぶりつく。
濃厚なカスタードクリームにイチゴの甘酸っぱさがアクセントとなった味はまさに自分好みのもので、その美味しさに肩の力が抜け、緊張が解けていくのが分かった。
「すっごく美味しい・・・!!」
目を輝かせて名前がそう呟けば、爆豪は肩を揺らして吹き出すと、そのまま白い歯を見せる。
「お前さ、そんなめかしこんでんのに、クリーム付けてたら台無しだろぉが」
自然と伸びてきた爆豪の指先が、名前の頬についたクリームをすくい取った。
まるで恋人のような自然な仕草に胸が爆発しそうになると同時、名前の中で一気に感情の波が押し寄せる。
彼にずっと隣に立っていて欲しい。そしてその笑顔を自分に向けて欲しい。他の誰でもないし、他の誰かに代わられるのも嫌だ。きっとこれが、紛れもない"愛おしい"という感情なのだろう。
すとんと胸の中に収まった感情を噛み締めながら、名前は「爆豪くん」と大切に彼の名を呼んだ。
「私、一生懸命歌うから・・・。だからね、」
「・・・」
「私の歌を、爆豪くんに聞いて欲しい」
想いを伝える勇気はまだないけれど、今の自分なりの精一杯の気持ちを、歌を通じて届けたい。そんな名前の真っ直ぐな言葉に、爆豪は目を瞬かせたあと、一拍置いていつものように少しふんぞり返って首を傾け、静かに口の端を上げた。
「クラスの奴らが『早めに行って場所取りする』ってはしゃいでたからな。しゃあねぇから聞いてやるわ」
「っ・・・ありがとう!私、頑張るね!」
「分かったからはよ食えや。もうすぐ四時半になんぞ」
爆豪が突き出してきたスマホの画面を見れば、表示された数字は二十八分で、名前は慌ててクレープを平らげる。すぐに食べれるミニサイズで良かったやら、戻ったらリップを塗り直さなければやら、頭をフル回転させながら、それじゃあと校舎内に戻ろうとした次の瞬間。
ふいに背後から「真珠」と優しい声が投げられる。
「頑張れよ」
彼の唇から紡がれる言葉は、まるで不思議な力を秘めた魔法のようだ。そのまま去っていく爆豪の背中に再び「ありがとう」と告げると、名前は柔らかな感情を胸に、軽やかに控え室へと戻っていった。
──その後、ついに迎えた後夜祭。
華やかなピアノの音と共に、舞台に登場した名前は、アップテンポのリズムに合わせて高らかに歌声を響かせる。黄色い声援とともに巻き起こる手拍子。声楽のコンクールや発表会とは違い、観客の歓声が巻き起こるステージに、名前の緊張はすでに吹き飛んでいた。
ライトに照らされる中、コバルトブルーのドレスを揺らしながら観客の方へと視線を寄越せば、前方にいるクラスメイトや爆豪たちの姿が目に映る。
入学してから約半年間。一年A組の仲間たちと共に切磋琢磨し、友情を育んだ大切な思い出が名前の脳裏を過ぎっていく。自分を受け入れてくれ、互いに高め合い、常に上を目指す素晴らしい仲間たちとの未来が、素晴らしく輝かしいものになりますようにと、そんな期待をこめて、名前は一曲目を伸びやかに歌いきった。
巻き起こる拍手や口笛を受けながら、乱れた呼吸を整える。そして伴奏者に名前が目で合図を送ると、先程の曲とは打って変わって、ピアノから穏やかで優雅な旋律が流れ出した。
オレンジ色に染まる空を見上げ、静かに息を吸いこむ。そしてずっと大切に歌ってきた『真珠の唄』の歌を、名前は空に響き渡らせた。
夕暮れの波間に、人魚が一人。人間の若者への懸想を紡いだ柔らかなメロディーを、人々は静かに聴き入る。
恋とは儚く、きらめく真珠のように美しい。どうか願わくば、広大な海の中、貴方に私という一粒の真珠を見つけて欲しい。けれどもしそれが叶わなかったとしても、胸の中で育てたこの感情は決して無駄にはならないだろう。誰かを愛したという心の輝きは、自分の中でいつかきっと、大切な力に変わるはずだから──。
そんな人魚の想いと共に、名前は己の気持ちを静かに歌詞にのせて、スポットライトに照らされながら最後まで歌い上げた。
「真珠ー!!」
「名前ちゃーん!」
「最高だったよー!!」
「よっ!雄英の歌姫ー!!」
反響した歌声が夕焼け空に溶け入ったと同時、惜しみない拍手ともに、大歓声がステージに降り注ぐ。耳に飛び込んできたクラスメイトたちの声。達成感と高揚感から込み上げてきたものを飲み込みながら、名前は観客に向かって深々とお辞儀をした。
しばらくして、ゆっくりと顔を上げた名前の視界に真っ先に飛び込んできたのは爆豪の姿であった。こちらの視線に気がついたのか、彼はルビーレッドの瞳を少し細めながら、上出来だと言わんばかりにふっと柔らかな笑みを浮かべてくれる。
ぶわっと胸に広がる感情に、名前は改めて爆豪の存在を胸に刻み込む。
いつか君の背中に追いついた時。君の背中を支えられるような人間になった時。この気持ちをちゃんと言葉にして伝えさせて欲しい。
そんな願いを胸に、きらめく雫を拭うと、名前は最後にとびっきりの笑顔で観客へと手を振った。