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季節は移ろい、あっという間に冬を迎える。そんな二学期も終わりに近づく十二月初旬頃。放課後の談話スペースで一年A組の生徒たちが各々会話に花を咲かせていれば、ふいにパンパンと手のひらを合わせる音が部屋に鳴り響いた。
「はいはーい!みんな注目ー!!」
元気よく声をあげたのは芦戸で、彼女は上鳴と二人肩を組んで立ち上がる。
「さてさて皆さん、十二月にある楽しいイベントといえばー!?」
「え?何だよ突然」
「イベントって、クリスマス・・・?」
「はいそこ、正解!!」
「ってことで、皆でパーティーすんぞー!!」
突然の粋な提案に、皆は目を輝かせ一気にテンションをぶち上げた。本来であれば年末年始は家族と過ごすものなのだろうが、生憎昨今の不穏な状況を踏まえて帰宅は大晦日の一日しか許されていない。
さらには下旬は授業も休みになる。宿題と自主練以外は暇を弄ぶことになりそうだと誰もが考えていたため、こうしてクラスで盛り上がれる行事があるのは、とても有難いものであった。
「プレゼント交換とかしたら楽しそうやね」
「ツリーだけじゃ味気ないから、もうちょい飾り付けしたりしてぇな」
「女子はぜってぇサンタコス一択だかんな!!」
「会費や予算を決めて、買い出し班を作らなくては!!」
「あっ俺、料理担当するわ」
「いよっ!さすがシュガーマン!!」
「ケロッ、相澤先生とエリちゃんにも声をかけてみましょう」
各々がわいわいと盛り上がり、次々と妙案が出されていく。そんなこんなで全体の運営係には提案者である芦戸と上鳴がそのまま就任し、会計に飯田、料理担当に砂藤など、スムーズにチーム分けがされていった。
ちなみにその他はくじ引きが行われ、名前は葉隠と梅雨とともに買い出し班となった。男子からは瀬呂、障子、爆豪が選ばれたが、爆豪は風呂から上がると早々に自室に戻っていたため、彼がそのことを知るのは明日の朝になるだろう。
「勝手に決めちゃったから、爆豪くん怒りそうだね」
夜の冷えからか、眠そうにソファーの上で縮こまる梅雨にブランケットを掛けながら名前がそう呟けば、瀬呂は首を横に振りながら楽しげに白い歯を見せた。
「ダイジョーブ。文句垂れながらも、絶対来るから」
後日、見事に瀬呂の予想は的中する。メンバーの予定を合わせ、週末にショッピングモールに買い出しに行く休日の朝。私服に着替えた名前が談話スペースに降りれば、そこにはどかりとソファーに腰を下ろす爆豪の姿があったのだった。
***
気温が下がるとは聞いていたが、まさかの極寒の日にぶち当たるだなんて何とも運が悪い。雪がチラつく鈍色の空の下、日曜日の昼下がりにショッピングモールに到着すれば、先頭を歩いていた瀬呂が上着のポケットからメモを取り出した。
「梅雨ちゃんが欠席だから五人だな。どうやって回るかな・・・」
底冷えの寒さにやられてしまった梅雨は、本日はやむなく欠席となってしまっている。しおしおと元気なさげに謝っていた彼女に、何か温まるお土産でも買っていこうと名前が考えていれば、葉隠が瀬呂のメモを覗き込んだ。
「食材の買い出しは砂藤くんが行ってくれるんだよね?」
「そうそう。尾白と青山が手伝うって。青山が美味しいチーズが売ってる行きつけの店を紹介するって息巻いてた」
「ってことは、今日買うものってみんなのサンタコスと飾り付けくらい?」
「いや、あったら買ってきて欲しいと砂藤に頼まれたものが一個あってな。見本の写真をもらってはいるんだが・・・」
障子はそう言いながらスマホを取り出し、送られてきたという画像を表示させる。そこにはビュッフェ会場などでよく見かける、チョコレートが噴水のように流れる機械が写し出されていた。
「チョコフォンデュするやつか」
「絶対楽しいじゃんー!」
「簡易のものではなく、随時チョコが流れ出るようにきちんと温め機能がついてるやつがいいらしい」
「さすが砂藤くん、本格的だね。家電量販店とかキッチン用品の店とか入ってるから、そこら辺にならきっとあるんじゃないかな」
ショッピングモールの壁に貼られた地図を眺めれば、今いるエリアの三階と二階のフロアに家電量販店や大型の総合ディスカウントショップが集合しているようだった。飾り付けが売っていそうな百円ショップや文房具店はモール内の別のエリアとなっているため、二手に別れた方が良いだろう。
「グーとパーで別れる?」と握り拳を作る名前に対し、葉隠が慌てたようにすかさず手を上げた。
「はいはーい!私、サンタコス選びたいからこっちのフロアチームがいい!あとチョコフォンデュの機械が重いだろうから、障子くんはこっちのチームに来てもらってもいい?」
「ああ、かまわない」
「なら、私も服選びの方にいった方がいいかな?」
「ううん!男子だけだと困るかもだから、名前ちゃんは飾り付けチームの方をお願い!」
威勢よく話す葉隠の勢いに押され、名前はおずおずと頷く。その様子を見ていた瀬呂が、何かに気がついたかのように目を見開くと、彼もそそくさと葉隠と障子のそばに寄った。
「俺もこっち行くわ!爆豪の扱いなら、真珠が一番手馴れてっしな」
「あ゙!?てめぇ、人を犬みたいな扱いしてんじゃねーぞ!」
「ほら〜すぐそうやって怒ンじゃん!」
ぎゃーすかとじゃれ合い出した爆豪と瀬呂を、障子が呆れ顔で止めに入る。そんな最中、すすっとこちらに寄ってきた葉隠が、そっと名前の耳元に唇を寄せた。
「ゆっくり楽しんできてね」
「へ!?」
「えへへっ。どうだったかまた話聞かせてね」
透明な口元から出た柔らかな吐息が、耳元をくすぐる。小鳥が囀るように軽やかに耳打ちされた言葉に、名前の顔は一気に赤くなった。
仲の良い梅雨やお茶子にはもちろんのこと、誰一人として爆豪への気持ちなど話したことはないのに、なぜだか彼女には筒抜けのようだ。観察眼に長けた彼女だから出来ることなのか、はたまたあからさまに顔に出てしまっているのか。
しどろもどろになった名前にひらひらと手を振ると、葉隠は「行くよー!!」と瀬呂と障子の腕を取り、一直線にエスカレーターへと走っていってしまった。
残ったのは当然、爆豪と名前の二人のみ。
はぁと深いため息をついたあと、「さっさと行くぞ」という掛け声とともに歩き出した爆豪の後ろ姿を、名前は慌てて追いかけたのだった。
飾り付けのみの買い出しとあって、買い物は小一時間ほどで終了した。
購入したのは、光沢感のある色とりどりのモールや窓に貼る星のステッカー、クリスマスモチーフのバルーンなど。数がありすぎて選ぶのに苦労したが、途中から名前が二択まで絞り、最後は爆豪が選ぶという手法にしたところ、スムーズに決めることができた。
そして買い出し後に食品売り場に寄り、梅雨にお土産の紅茶のティーパックを買うこともできたので、二人の用事はあっさりと終わったのだった。
「うーん・・・透ちゃん、まだ既読にならないや」
「こっちも電話に出ねェ」
ベンチに座り、スマホを握りしめた名前と爆豪は、振動しない画面と睨めっこをしたまま小さくぼやいた。
買い出しが終わったことを葉隠たちに連絡したのだが、未だに反応が返ってこないのだ。
チョコフォンデュの機械が見つからず片っ端から店を回っているのか、はたまたサンタコス選びで盛り上がっているのか。もしや二人きりの時間を多めになんて、変に気を遣われているのかもしれない。
「とりあえずあいつらのいるエリアに戻るか」
「うん、そうだね」
このままだと埒が明かないと、スマホから顔を上げた爆豪の提案を受けて、二人は肩を並べて歩き出した。
クリスマスが目前ということで、ショッピングモール内はきらびやかな電飾や飾り付けが施されており、館全体がクリスマスムードに包まれている。さらには休日ということもあってか、カップルで訪れている者も多く、何やら館内は全体的に甘い雰囲気が流れているような気がした。
爆豪と自分も、傍から見れば恋人のように見えるのだろうか。ちらりと彼の横顔を盗み見たが、爆豪は周りの甘酸っぱいムードなど全く意に介していない様子で、ルビーレッドをただ真っ直ぐに前に向けていた。
黙っていれば、ただのイケメン。口を開けば、ただの狂犬。クラスメイトたちは皆、口を揃えて爆豪のことをそう称する。実際口の悪さが露呈する前は、轟と並んで普通科の女子生徒たちにキャーキャー言われていたようだが、彼の女子人気は体育祭の閉幕後とともに一気に鎮火されたようだった。
そして緑谷いわく、普段の傍若無人な態度から、小中ともに女子に敬遠されて過ごしてきたそうで、爆豪の浮いた話は今までずっと聞いたことがないらしい。加えて爆豪自身もどうやら女子に苦手意識を持っているようで、基本的には男子と行動していることがほとんどであった。
そんな中で、紆余曲折がありながらも距離を縮め、色々と世話を焼いてもらっている名前はかなりの稀有な存在といえるだろう。第三者から見れば、爆豪の恋愛対象者なのではと思われているのかもしれないが、彼の感情の色が名前には全くもって分からなかった。助けられた恩を返そうとこちらにかまってきている様子があるため、時折見せる彼の優しさにどういう感情が含まれているのか、上手く判断できないでいるのだ。
自分のことをどう思っているのかなんて、本人に聞いてしまうのが一番手っ取り早い。けれど今のこの居心地の良い関係を壊すのは怖い。そして、彼の隣に並び立てる人間になるまでは気持ちを伝えたくないというのも本音のひとつであった。
恋愛感情とプライドがせめぎ合う。なんとも複雑な状況だなと、ぼんやりと己の感情と向き合っていた名前の耳に、不意にガチャガチャと騒がしい音が飛び込んできた。
エリア内を繋ぐ通路に現れたのはゲームセンターで、ピコピコと電子音が辺りに鳴り響き、人々の楽しそうな声が聞こえてくる。音に釣られるようにそちらに視線を向けながら歩いていれば、突然爆豪の「あ」という気の抜けた声が上から降り注いだ。
「どうしたの?」
「あれ」
ぼそりと呟く爆豪の指先を辿れば、大通りに面したUFOキャッチャーの中に何やら塊が見える。それは以前、爆豪に似ているとクラスメイトたちと盛り上がった、目つきの悪いオレンジ色のペンギンの大きなぬいぐるみであった。
「"とげトゲペン丸"だね」
「それだそれ。お前が前に送ってきたガラの悪りぃペンギン」
以前メッセージでスタンプを送ったのを覚えていたのか、爆豪は台の中のぬいぐるみを覗き込みながら、少し興味ありげに声をあげる。
機械の中には"とげトゲぺん丸"の他に、同じ会社から出ている、猫やうさぎがモチーフの可愛いらしいぬいぐるみも入っていた。
「でっかくて可愛いね。抱き枕にできちゃいそう。でもこんなの取れる人いるのかな」
やり慣れた者が何千円とつぎ込んでようやく取れるような代物だろうと何気なく名前が呟けば、なぜだか爆豪の中に火をつけてしまったらしい。彼はおもむろに取り出した財布を開くと、躊躇すること無く百円玉を投入口に放り込んだ。ちゃりんと小気味よい音とともに、けたたましい電子音が台から鳴り響く。
「これくらい余裕で取れるわ。見てろ」
「爆豪くん、UFOキャッチャー得意なの?」
「中坊の時にちょこちょこ通ってた。んで、お前どれが欲しいんだ」
「へ・・・?」
「ぬいぐるみなんて、俺が部屋に置くわけねぇーだろ。あのリボンつけた猫みたいなやつがいいんか?なんか白い犬みたいなのもいんぞ」
選べと顎でぬいぐるみを指す爆豪に、名前は慌てて台の方へと目を向ける。ここで無下に断るのは、彼の性格上宜しくないだろう。それに、好きな人にぬいぐるみを取ってもらえるだなんて、まるで漫画の世界じゃないか。
ほんのりと赤くなる頬を隠すように、名前は真っ直ぐに前を向いたまま、恐る恐る目当てのぬいぐるみを指差した。
「・・・えっと、これがいい」
「あ?ンだよ、やっぱりこの目つき悪りぃペンギンかよ。こっちの水色のやつとかじゃなくていーのか?」
仏頂面で鎮座する"とげトゲぺん丸"を選んだ名前に、爆豪は不思議そうに首を傾けながら眉をしかめる。
「うん。私はその・・・、これが好きだから」
そんな彼の問いかけに、名前は少し下唇を噛んだ後、ゆっくりと頷いた。
「りょーかい」と眉間のシワを取り、アームの先と睨めっこを始めた爆豪の隣で、『君に似てるから、好きになったんだよ』と、名前は密やかな想いを心の中で静かに呟く。
ずっとこんな時間が続けばいいのになんて、願った時に限って時間が過ぎるのは早いものだ。UFOキャッチャーが得意だというのは本当だったようで、掴んでは落としを数回繰り返して落とし口へ寄せると、最後はアームの爪をタグに引っかけ、爆豪はぬいぐるみをすんなりとゲットした。そしてそのまま、取り出し口から現れた大きな"とげトゲぺん丸"が、名前の前に突き出される。
「ほらよ」
「ありがとう・・・!すごいね爆豪くん、本当にすぐ取れちゃった」
「こんくらい、物理的法則を考えてやったら余裕だろ」
「いや、そうだとしても普通はこんな簡単に取れないよ。あっ、お金払うね。千円で足りるかな?」
慌てて財布を取り出そうとする名前の顔面に、ぎゅうっと容赦なくオレンジ色の塊が押し付けられる。「ちゃんと持て」と言われ、驚きながらも慌ててぬいぐるみを受け取れば、ようやく力が緩まり、爆豪の手がゆるりと離れていった。
「金はいらねぇ。やるっつっただろ」
「いや、でもそんな、悪いよ・・・!」
慌てて首を横に振るも、爆豪の眉に再びシワが刻まれるだけだ。いつものようにそのまま勢いで押し切ってくるかと思いきや、ふいにルビーレッドを真横に泳がせた彼は、そのままぼそりと小さく呟いた。
「・・・前にあいつからは何かもらってたじゃねぇーか」
「あいつ・・・?」
「・・・・・・半分野郎だよ」
以前轟がくれた、寮の鍵につけているキーチャームのことを言っているのだろうか。思わぬ発言に名前が目を瞬かせていれば、彼はほんのりと染まった耳の色を誤魔化すかのように、名前のおでこを軽く小突いた。
「とにかく。俺はお前のために取ったンだから、お前は素直に受け取って、喜んだらいいんだよ」
オレンジ色のペンギン越しにこちらを見る爆豪の表情は、普段の姿からは想像できないほど余裕なさげで、ひとつひとつの言葉がまるで瞬く星々のように強い光を放つ。熱に当てられ、浮かれて踊り出した己の心音を噛み締めながら、名前はぎゅっとぬいぐるみを両手で抱きしめると、そのまま真っ直ぐに爆豪を見つめ返した。
「ありがとう。大事にするね」
名前の感謝の声に、ようやく爆豪の口元が三日月を描くのだった。
その後は無事に連絡が取れた葉隠たちと合流を果たし、五人は夕方には寮にたどり着く。大荷物をぶら下げて帰宅してきた買い出しメンバーたちを、談話スペースでクラスメイトたちが迎え入れてくれた。
「おかえり〜!」
「お疲れ様、目当てのものはあったかい?」
「うん!ばっちりだよ!!」
「後でレシートとかもろもろ渡すな〜」
「うおー!!さっさとサンタの衣装見せやがれ!!もちろん女子のやつな!!」
「やけにでかいな。これは何を買ってきたんだ?」
「チョコフォンデュ用の機械だ。砂藤に確認してもらいたいんだが・・・」
「砂藤さんなら、部屋で食事メニュー考えるって言ってましたわ」
わらわらと集まってくるクラスメイトたちの様子を、荷物の整理をしながら眺めていれば、ふいに芦戸が名前の手元を指さして「あー!!」と大きな声をあげた。
「真珠、それ"とげトゲぺん丸"じゃん!」
「とげ・・・?なんじゃそれ」
「えっ!切島知らないの!?サムリムのキャラじゃん!見てほら、見た目が爆豪にそっくりっしょ。こないだ女子で似てるって盛り上がったんだよね〜」
「・・・・・・は?」
「確かに!オレンジ色だし、髪の毛ツンツンなとことか目つき悪いのとかそっくりだな」
ぬいぐるみを見て盛り上がる芦戸と切島とは裏腹に、名前の隣に立っていた爆豪は、とんでもない爆弾発言を受け間抜けな声をあげる。
図星だと言わんばかりに顔を赤く染めあげた名前は、「梅雨ちゃんのところにお土産渡してくる!」と声高々に告げると、そのまま逃げるようにぬいぐるみと共に階段を駆け上っていった。そんな後ろ姿を、同じく顔を真っ赤にした爆豪が、狼狽えたように口を上下させながら見送ったのだった。