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「真珠!障子!二時の方向!百五十メートル先にいるよ!」


 耳に飛び込んできた耳郎からの指示に、名前はすぐさま方向転換して視線を右斜めへと向ける。遥か先には追っていたヴィランの後ろ姿があり、港の倉庫街へと入っていくのが見えた。
 このままだと巻かれてしまうか、海に逃げられてしまうかもしれない。指示を仰ごうにも、インターン先のサイドキックはヴィランの攻撃を受けて戦闘不能状態となっており、今自由に動けるのは索敵担当の耳郎を除くと障子と名前の二人のみになっていた。
 こうなればもう、自分たちで考えて行動するしかないだろう。


「障子くん!あっちにむかって私を投げて!」


 最悪海に飛び込まれたとしても、自分ならば捕まえられる。隣を走る障子に声をかければ、彼は名前の意図に気づいたのか、大きく頷くと、たくましい腕を三本こちらに伸ばし、名前の身体を掴みあげた。


「頼むぞ!!すぐに追いつく!!」


 振りかざされた障子の腕が高く頭上に振りかぶり、名前はそのまま勢いよく投げ飛ばされた。彼の腕力は凄まじく、身体はいとも簡単に宙を舞い、猛スピードで空中を駆け抜ける。風圧に負けないように大量の泡を放出して体制を保ちつつ、名前は必死に真下に目を向けた。
 敵の姿を視界にとらえ、距離が十メートル以内になったと同時、空中で大きく息を吸い込むと己の歌の個性を炸裂させる。声の振動で空気が激しく揺れ動き、幻想的な歌声が辺り一面に反響した。
 そんな名前の歌を聞いて意識を失った敵が、ばたんと地面に倒れた姿が目に映る。やった!と喜んだのも束の間、気がつけば防波堤のコンクリートを飛び越えて下に足場がなくなってしまっていたため、名前は海へと落下していくしかなかった。
 急いで腕を伸ばして頭から入水体制をとれば、水飛沫とともに身体中が水に包まれる。数秒後、個性で変化したコバルトブルーのヒレを動かした名前はすぐさま水面へと顔を覗かせた。
 圧縮訓練やインターンで技を磨いたことから、歌の個性の効果時間は一分から二分へ、効果距離は半径十メートルへと各々記録を伸ばしている。とはいえ、すぐにでもヴィランの確保に移らなければと、名前は急いで近くの防波堤のへりに手をかけた。
 水面から上がれば、追いついた障子がすでにヴィランを地面に押さえつけて確保しており、ほっと胸を撫で下ろす。腕を使ってずるずると下半身を引きずる形で彼らの方に近づけば、歌の効果が切れて目を覚ましたのか、ヴィランは目をきらりと輝かせながら野太い声をあげた。


「いや〜ん!!あなたマーメイドなの!?すっごくキュートねぇ〜♡」


 低い音程に似合わず、クネクネした甘い言葉尻でヴィランは名前に熱い視線を送ってくる。彼、否彼女というべきか。よく見れば瞼にはラメのシャドウが艶やかにのっており、唇にはくっきりとした赤いリップが分厚く塗られている。筋肉隆々な体つきではあるが、いわゆる乙女心を持つ人物なのかもしれない。
 思わぬ状況に名前が固まっていれば、ヴィランの頭上で障子がマスク越しに深いため息をついた。


「・・・捕まっているのにえらく口が達者な奴だな」
「あらぁん〜!あなたみたいな腕っ節のいい男も私の好みよ!」
「・・・はぁ。悪いが真珠、ヴィランの確保連絡を警察にしてくれるか?」
「う、うん!」


 相手のペースに呑まれないのが障子らしい。彼からの指示に、名前は慌てて腰の備え付けポーチからスマホを取り出した。

 三学期が始まってすぐの一月初旬。突然インターンが再開され、名前は障子や耳郎とともにギャングオルカの元で研修に参加していた。仮免試験で披露した音による攻撃や水中に特化した能力がお眼鏡にかなったらしく、ギャングオルカから直々にご指名を頂戴することができたのだ。
 毎日ダメ出しを受け、厳しい罵声を浴びせられるも、やはりプロヒーローとともに現場で活動をすることは何よりも成長に繋がる。己の技を磨き、仲間やサイドキックたちと協力し合い、名前は何とかギャングオルカの洗礼に食らいついてきていたのだった。
 そんな最中、パトロール中に偶然居合わせたこのヴィランは、ギャングオルカが事務所を構える地域でお尋ね者となっていた者である。何でも相手を洗脳する個性を持っているらしく、壮年の男性が数名被害にあっていたそうで、指名手配のヴィランとして名前たちもその顔を認識していた。
 ちなみに同行していたサイドキックは、ヴィランを見つけた際に早々に筋肉ラリアット攻撃を食らって脳震盪を起こしてしまったため、公園のベンチで休ませてきている。
 サイドキックを欠いた状況でもヴィランを無事に確保ができたのは、性格や個性を互いに見知ったクラスメイトで協力しあったおかげだろう。仮免試験後、仲間との連携を課題に掲げていた名前からすれば、今回のインターンはとても良い経験ができていると感じていた。
 自分の成長具合に少しばかり誇らしげな気持ちを持ちつつ、スマホの通話画面を開いていれば、ふいに隣からぶつぶつと小さな呟き声が聞こえてくる。


「歌声が武器のマーメイドなんて、リアル人魚姫じゃない。いいわ・・・!すごくいい!」
「・・・え?」
「うふふ。あなたたち、ここいらでは見ない顔だからきっとインターンか何かの学生さんでしょ?私が青春に彩りを添えてあげる」


 障子が押さえ込んでくれているという安心感から、少し気が緩んでしまっていたらしい。嬉しそうに声を上げたヴィランの方を見れば、ぐりんと上がったまつ毛の下で揺れる、七色に光り輝く瞳とかちあう。
 二つの視線が交わった瞬間、ふいにヴィランの手が伸びてきて、名前のコバルトブルーのヒレの先にちょんと骨ばった指先が触れた。


「"愛の束縛ラブ・バンテージ"!人魚姫の美しき声は、王子のキスで再び咲き誇る!」


***


「「「ええー!?声が出なくなっちゃったー!?」」」


 一年A組の寮に鳴り響く、つんざくような悲鳴の数々。談話スペースでクラスメイトたちに囲まれた名前は、降り注ぐ声にしおしおと萎れた表情で小さく頷いた。


「ヴィランの能力って・・・持続性は!?」
「どうやらかけた本人いわく、今回のレベルの制限だと五日はそのままらしい」
「五日!地味に長いやん・・・!!」
「そりゃショックで落ち込むよな〜」
「いや、真珠が落ち込んでるのは、ミスによる不甲斐なさと、シャチョーに『最後まで気を抜くな!!』ってしこたま絞られたからなんだって」
「うわ〜!お前らのインターン先ってギャングオルカだろ?おっかねぇ〜!!」


 声を出せない名前の代わりに事情を説明してくれる障子と耳郎の言葉に、名前はただ苦笑いを浮かべる。
 今回の事件の発端となったヴィランの能力は『シャックル』というものであった。目を見て触れた対象者に何か制限を一つ加えることができるという個性らしく、名前は突然声を封印されてしまったのだった。
 ちなみに解除方法も発動者が設定できるそうで、枷を取るには指定された解除方法を実行するか、自然と効果が解ける五日後まで辛抱して待つかしかないらしい。取り調べをしてくれた塚内から聞いた話を障子が説明すれば、黙って話を聞いていた梅雨が不思議そうにこてんと首を傾けた。


「ちなみに、その設定された解除方法っていうのは何なのかしら?」


 彼女の発言に、名前、障子、耳郎の三人は揃って目線を明後日の方角へと泳がせた。


「あっ、なんか三人で隠してる!」
「なになにー?教えてよ耳郎ちゃん!」
「いや、なんていうか・・・私の口から答えにくいっつーか・・・」
「えー!もったいぶんなよ!」
「障子も知ってるの?」
「・・・俺には何も聞かないでくれ尾白」
「よく分かんねーけど、俺たちに手伝えることがあるなら、遠慮なんてすんなよ」
「そうですわ。何か必要なものがあるなら、すぐにでも創造しますので何でも仰って下さいね」


 野次馬根性よろしく、目を輝かせる芦戸や上鳴とは裏腹に、轟と八百万からは心配そうな視線が名前に送られる。これ以上騒ぎが大きくなっても面倒なうえに、二人の純真無垢な想いを無下にするのはとても心苦しい。
 ポケットから取り出したスマホのメモアプリに文字を打ち込むと、名前は気まずそうに目線を下にずらしたまま、画面をクラスメイトたちの方へ向けた。



「えーっと、なになに・・・『王子様のキスで解除されるらしい』って・・・キ、キスぅ!?ってかそもそも王子様ってなんだよ!!」
「『人魚姫の話をモチーフにした制約をかけたって自供してるみたい』・・・か。人魚姫の話って、確か初めは人魚の方が王子に恋してたんだっけ?」
「イエス☆有名な長編アニメの方は二人が結ばれる結末で終わるけど、原作の童話では、恋に破れた人魚姫が最後は泡になって消えちゃうんだよね☆」
「そっ、それなら単純に言って、真珠さんの恋愛対象者が相手にならなくちゃいけないって意味でいいのか・・・な?」
「いやぁでも逆もありえるくね?キスして声を元に戻せたら、そいつが真珠の運命の相手=王子様だって分かっちゃう感じの!!」
「ハァハァ・・・!それなら俺が今すぐキスして試してやるよ。さぁ遠慮すんな真珠」
「峰田くん!!それはセクハラだぞ!!」
「まぁ不特定多数はともかく、真珠に好きな人がいるなら、キスして元に戻るか一回試してみるってのもありな感じだよね〜」


 芦戸の声に、全員の視線が一気に名前に向けられる。思春期の高校一年生ともなれば、みんな恋愛話に食いつくのはしょうがないことだろう。
 ソファーの端に座り、静かに話を聞いていたであろう爆豪の視線もばっちりとこちらに向けられており、名前の体はカッと熱を帯びたように熱くなった。それを払拭させるかのように、勢いよく画面に文字を打ち込んでいく。


「『好きな人とかそういうのは、まだよく分かんなくて』って・・・またまた〜!そんなこと言って実はいたりすんじゃねぇー?」
「ゲロっちまったほうが楽だぞ!!」
「もう!上鳴くんと峰田くん、めっ!そういうの追求するのってあんま良くないよ!」
「そーだそーだ!女子会ですら、名前ちゃんの恋愛話ってまだ聞いたことないんやからね!!」


 女子が総動員で味方についてくれるのは頼もしいことだ。ブーブーと巻き起こるブーイングに、上鳴や峰田はたじたじと引き下がっていく。それによって、他のクラスメイトたちもこれ以上はこの話題に触れないほうがいいと、一気に場の興奮状態が収まっていった。


「とにかく!真珠くんは五日も声が出せないんだ。みんなで彼女のフォローをしっかりしようじゃないか!!さぁ話はこの辺にして、明日からの通常授業に備えて今日は早く寝るように!!」


 学級委員長らしく飯田が話をまとめると、その場はお開きとなった。インターンが早く終わり、帰宅が早かった者はすでに風呂を済ませているようで、大半がすんなりと部屋に戻っていく。その姿を見送っていれば、梅雨がつんつんと背後から肩をつついてきた。


「私とお茶子ちゃんはもうお風呂が済んだから部屋に戻るわ。もし何か困ったことがあったらいつでも言ってね」
「そうそう!お隣さんやし、遠慮なく!」


 優しい言葉の数々が心に染み渡る。名前はふにゃりと笑顔を浮かべると、『ありがとう』『おやすみ』と身振り手振りで伝え、階段を登っていく二人の背中を見送った。
 警察の事情聴取があったため、名前は耳郎と障子より帰宅が一時間ほど遅れた上に、相澤に報告をしに職員室に寄っていたことから、まだ荷物も片付けておらず、制服も着たままだ。
 一息をついたあと、早く部屋に荷物を取りに行って風呂に入ろうと立ち上がれば、ふいに隣に置いていたトートバッグの中身が目に入った。
 はたと頼まれていた用事を思い出した名前は、慌ててキョロキョロと辺りを見回す。すると、ちょうど目当ての人物が風呂セットを持って風呂場に向かおうとしている姿を見つけたため、急いで彼の元に駆け寄り、自分の存在に気づいてもらおうと、目の前のトレーナーの裾を掴んだ。


「──っ!・・・真珠か。ビックリした。どうしたんだ?」


 目をくるりと丸めて振り返る轟に、名前はごめんねと言わんばかりにペコペコと頭を下げる。声が出ないと引き止めるのも本当に一苦労だ。
 すぐさまスマホに文字を打ち込むと、そのまま画面を轟の方へと向ける。


『突然ごめんね。轟くんにお願いがあって』
「お願い・・・?何だ?」
『ギャングオルカの事務員の人が体育祭で見てから轟くんのファンになったらしくて、良かったらサインが欲しいってお願いされたんだけど・・・頼めるかな?』


 一週間前にギャングオルカの事務所に行った際、初めましての挨拶をした瞬間に、『あの轟焦凍くんと同じクラスだよね!?』と息巻いて声をかけられたのもすでに懐かしい。お世話になっている間もとても良くしてもらっていたため、轟の許可が出ればという条件付きでサインをもらってくると約束をしてきたのだった。



「俺なんかでいいのか?」


 少し遠慮がちに問うてきた彼に、名前はもちろんと赤べこのように何度も首を縦に振る。それを見て安心したのか、「わかった」と頷いてくれた轟に、名前はパァっと顔をほころばせた。


『ありがとう!私も今からお風呂に入るから、十時にまた談話スペースで待ち合わせしてもいい?』
「了解。それじゃあ後でな」


 ふっと柔らかい笑みを浮かべると、轟はそのまま風呂場へと向かっていった。無事に快諾してもらえて良かったと、名前は浮かれ気分で荷物を取って自室に続く階段へと向かう。
 声を失ってしまった時はどうしたものかと頭を抱えたが、五日経てば元に戻るがいうことも分かったため、不安は少しばかり小さくなっていた。あとはすんなりと元に戻ることを祈るのみだと階段を数段を上がれば、ふいに後ろから「おい」と耳慣れた声が鳴り響く。振り向けばそこには爆豪がいて、きゅっと唇を結んだ彼はただじっとルビーレッドを名前に向けていた。
 『どうかした?』と首を傾けるも、爆豪は何も話さない。クラスメイトはすでにもうほとんど自室に戻っており、残った数名の笑い声が談話スペースの方から鳴り響くのみだ。ちょうどここからは死角になっているため姿は見えないが、恐らく切島と上鳴、そして瀬呂の声だろう。
 インターン先での話で三人で盛り上がっているのだなとそんなことを朧気に考えていれば、爆豪の口からようやく小さく息を吐く音が聞こえた。


「──やっぱり、あいつなのかよ」


 毛羽立った声に、名前は目を瞬かせる。
 あいつとは、一体誰のことだろうか。思考が追いつかず固まる名前とは反対に、爆豪は一段ずつ階段を登りながら、じりじりとこちらに距離を詰めてきた。


「さっき轟と話してるのが聞こえた」


 どうやら先程のやり取りを見られていたらしい。けれど、話が全く読めない。少し困ったように眉を下げる名前の様子に、爆豪はしびれを切らしたように言葉を吐き出した。


「あいつに・・・頼んだんだろ?キス、してくれって・・・」


 くしゃりと歪んだ表情は今まで見た事のないような色をしていて、喉に何かが引っかかったように息が詰まりそうになる。
 勘違いだよとすぐにでも弁明できればいいのに、生憎声が出ないからそれも難しい。そして慌ててスマホを出そうにも、ふいに下から伸びてきた爆豪の手が、逃すまいと言わんばかりに空いていた方の名前の腕を掴み取った。
 なんで、そんなに辛そうな顔をするのか。
 なんで、そんなに余裕のない声色なのか。
 全部、全部、勘違いしてしまうじゃないか。
 掴まれた腕が、じんじんと痛いほどに熱を帯びていく。
 

「行くな」

 
 ようやく息の吸い方を思い出した頃には、すぐ目の前に宝石のように美しいルビーレッドがあった。揺れる睫毛がゆっくりと閉じられ、そのまま唇に柔い吐息がかかったと同時。



「──っばくごぉく、ん・・・!」



 ふいに名前の口から、情けない声色が漏れだした。


「・・・な、」
「っあ、あれ・・・?」
「おま・・・!声・・・!?」
「もっ、戻ってる・・・?」


 唇が重なるまであと数センチというギリギリのところで瞬時に動きを止めた爆豪は、目を見開いて勢いよく名前の手を放すと、そのまま階段を後ずさる。同じく急に声が復活したことに狼狽える名前のポケットから、突然けたたましいスマホの着信音が鳴り響いた。
 慌ててスマホを取り出せば、画面には担任の相澤の名前が表示されている。名前はわたわたと階段に荷物を置くと、慌てて通話ボタンを押した。


「──っもしもし、相澤先生?」
『おー。やっぱり、声、戻ったみてぇーだな』
「は、はい。今ちょうど突然声が出るようになって・・・」
『そうか。実はさっき塚内さんから電話が来てな。技の効果が五日間も続くってのは嘘で、ほんとの効果は六時間前後だってのが判明したんだと』


 ヴィランを追撃していたのは今日の午後三時頃で、今はすでに九時半だ。ちょうど辻褄が合う状況に、名前は気負っていた肩の力が抜けたかのようにほっと小さく息を漏らした。


「実際の効果は六時間だなんて、すごく盛られてたんですね」
『ああ。なんでも、取り調べ中に突然「ほんのイタズラで、若人の青春にスパイスを添えたかった」と白状したそうだ。ったく、ほんとはた迷惑な奴だ。まぁ、無事に元に戻ったようで良かったよ。またもし何か不具合や症状が出たら連絡してくれ』
「はい、分かりました。わざわざありがとうございました」


 『それじゃあな』と渋い声とともに、プッと電子音が途切れる。声が戻ったことで胸いっぱいに広がる安堵感を噛み締めていれば、はたと五段ほど下にいる爆豪の姿が目に入った。
 真っ赤に染まる彼の顔に、先程までの一連の出来事がゆっくりと脳裏に蘇る。手塩にかけて育ててきた花の蕾がほころぶかのように、胸に温めていた想いが一気に身体を駆け巡った。
 ──ねぇ、私もそこまで馬鹿じゃないよ。


「あのね、轟くんに頼んでたのは・・・その、キスとかじゃなくて・・・ただ別の用事をお願いしてただけなの」
「・・・・・・」
「だから・・・っ、もしかしたら勘違いしてるかもしれないけど、それはただの誤解で・・・。それから、私が好きな人は轟くんじゃなくてね・・・」


 奥底に大切に閉まっていた宝石を取り出すように、丁寧に一つずつ言葉を紡ぐ。
 以前『轟が好きなのか』と問われた時は、上手く答えられなかった。名前をつけることができない感情だった。けれど、今ならはっきりと伝えることができる。


「・・・爆豪くん、私──」
「ええっ!?なになに?真珠、声戻ってんじゃん!!」


 突然飛び込んできたノー天気な声。階段下の右側の死角から突然にょきりと現れた黄色に、名前の心臓は喉から飛び出そうになった。


「か、上鳴くん・・・!」
「良かったじゃんかー!でもなんで突然戻ったん?王子のキスとか言ってたくね?」
「えっとね・・・なんかそれはブラフで、本当の持続効果は六時間だけだったみたいなの。今さっき、相澤先生からヴィランが取り調べで白状したって連絡がきて・・・」


 キッチンスペースに行くところだったのだろう。上鳴はマグカップを片手に、にこにこと人懐っこい笑顔を階段の下から向けてくる。
 名前がしどろもどろに事情を説明していれば、ふいに彼の隣に立っていた爆豪の足が勢いよく振りかぶり、上鳴の臀部に直撃した。


「いっだー!!」


 悲鳴をあげる上鳴などおかまいなしに、爆豪は舌打ちをかますと、そのまま名前の横を過ぎ去って風のように階段を上っていく。


「なんだよー!俺なんかしたー!?」


 涙目になった上鳴の、情けない声が吹き抜けの階段にこだまする。
 先日とはすっかり立場が逆転してしまったようで、勢いよく視界から消えていく爆豪の背中を、名前はほんのりと頬を染めたまま静かに見送った。

 胸の中のきらめく宝石が光を浴びて輝く日は、案外すぐそこまで来ているのかもしれない。




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