01
「
雄英高校に入学して早一ヶ月。クラスメイトの女子たちと食堂でランチをとっていれば、ふいに芦戸三奈から振られた話題に名前は思わず箸を止めた。一体どこから話が漏れたのだろうかと目を瞬かせていれば、名前の右隣に座っていた葉隠透が「私も聞いた!」と興奮したようにスプーンをぶんぶんと振り回す。
「この間食堂で経営科の人たちが噂してたよね!『数々の声楽コンクールの賞を総なめにしてきた彼女は、ぜひとも歌姫ヒーローとして売り出すべきだ!』って」
「げっ、経営科ってどっから情報仕入れてんだよ・・・」
「ネット検索して出てきたものは、とりあえず全てデータベースに吸い上げられてそうですわね」
葉隠の言葉に、お茶を飲んでいた耳郎響香と八百万百がそろって眉をひそめる。いかにヒーローを売り出し、人気者に育てあげるかを勉強している経営科にしてみれば、ヒーローたちに関する情報は宝に匹敵するのだろう。しかしながら、確かに己の情報を根掘り葉掘り調べあげられているのは気持ちのいいものではない。
今後は色々とプライベートなども気をつけないといけないななどと考えていれば、ふいに女子たちの視線が自分に集まっていることに気がつく。好奇心旺盛なのは、彼女たちもさして変わらないらしい。
「ほんと大した理由じゃないから拍子抜けされちゃうかもだけど・・・」
「聞きたい聞きたい!経営科のやつらには言わないから〜!!」
「えっと・・・。私ね、個性が『人魚』でしょ?幼稚園の時とか小学校の頃に『半魚人』って呼ばれたりして虐められることが多くて、自分の個性があまり好きじゃなかったんだ」
場の雰囲気が暗くならないよう、務めて明るい声色で告げる名前ではあったが、クラスメイトたちの顔色は少し曇ってしまった。様々な個性がある中で、少なからず皆も実際差別を体験したり、見たりしてきているから当然といえば当然だろう。
特に名前の個性『人魚』は、代々母の家系から引き継がれてきた異形型に分類される個性だ。普段は人間の足なのだが、水に数秒浸かると瞬時に足がコバルトブルーのヒレに変化し、乾くと元に戻る。他にも歌で人を夢うつつ状態にしたり、身体から泡を発生させたりなどと、人魚にまつわる伝説の類のことができる珍しい個性であった。
異形型ということだけで、幼少期はいじめのターゲットになりやすい。さらには『人魚』という物珍しさもあって、名前は余計狙われやすい対象だったのだろう。いじめっ子たちに校内の噴水池や用水路に突き落とされ、濡れたヒレをバタつかせながらよく泣いていたのを覚えている。
「そんな時、出先の海でたまたま溺れてる子を見つけて、咄嗟に飛び込んで助けたの。同い年くらいの子だったんだけど『助けてくれてありがとう』って言って貰えてね。私の個性でも人の役にたつんだって、誰かを助けることができるんだなぁって分かって、それから自分の個性が好きになったんだ」
小学一年生の時だったろうか。祖父母の住む街の海岸通りを歩いていた時、突然の高波に攫われた子が目に入って、気がつけば無我夢中で海に飛び込んでいた。
もがく男の子を必死に掴んで防波堤まで何とか引き上げた時、震えた声でお礼を言ってくれたルビーレッドの瞳を、名前は多分死ぬまで忘れることはないだろう。
「それ以来自分にも自信がついて、昔から好きだった歌ももっと上手くなりたいと思って教室に通って、コンクールに挑戦したりしてたんだ。有難いことに賞も貰えて、音楽学校の推薦もきたんだけど・・・。でも将来を考えた時に、やっぱり『ヒーロー』になりたいなと思って雄英を選んだんだ」
「名前ちゃん・・・色々と辛い思いをしてきたんだね。嫌なこと話させちゃってごめんね」
「ううん。今はもう大丈夫だから、気にしないで。ありがとうお茶子ちゃん」
「にしても、虐めなんて許せんー!もし次そんな奴が現れたら、私が溶かして懲らしめてやるからいつでも言ってね!」
「私も!背後からパンチをお見舞いしてやる!」
「あんたら、それシャレにならないよ。ていうか、そんなに凄いのなら今度あんたの歌聞かせて欲しいな」
「私もぜひ聞きたいですわ。個性を使用した方の歌ですと、すぐ頭が真っ白になってしまって、いつもほんの少ししか聞けないので」
話終わったと同時、次々とかけられる優しいクラスメイトたちの言葉に、名前は思わず眩しそうに目を細めた。
本当によくある動機かもしれない。けれど、今はその小さな頃の出来事をきっかけに、夢を抱いて挑戦して良かったと心底思っている。雄英高校に入学したお陰で、こんなにも自分を受け入れてくれる素敵な仲間たちに出会えたのだから──。
つい涙ぐんでしまいそうになるのを誤魔化すように「もちろん」と大きく頷くと、名前の左隣に座っていた蛙水梅雨がぺろりと舌を出しながら口を開いた。
「でもUSJで初めて変身した姿を見せてもらったけど、名前ちゃんの海みたいに綺麗な青いヒレ、とっても綺麗だったわよ。本物の人魚姫かと思っちゃったわ」
「ほんとほんと!峰田くんと上鳴くんなんか、鼻血出しながら永遠に『リアル人魚最高ー!!』って叫んでたよね」
「そうそう。あの爆豪ですら、目が釘付けになって固まっちゃってたもんね〜」
最後に芦戸から出てきた人物の名前に、名前は反射的に小さく肩を揺らした。男女問わず、心優しいクラスメイトが多い中で、唯一名前が苦手意識をもつ男──爆豪勝己。口が悪く粗暴な態度が目立つ彼は、かつての虐めっ子たちを思い出してしまうのか、爆豪からの視線を感じると、名前はいつも蛇に睨まれた蛙のように縮こまってしまうのだ。
しかも何故だが、一週間前のUSJ事件以降、名前は彼に睨まれることが増えていた。事件が起きた際、名前は梅雨と緑谷出久、峰田実と共に水難ゾーンにワープさせられており、爆豪とは共に戦う場面はほぼ無かったというのに、果たして何か彼の気に入らない事をしてしまったのだろうか。
「でも爆豪くんってば、デクくんとまではいかないけど、名前ちゃんに結構当たり強い、よね・・・?」
「ケロケロッ。そうね、妙に名前ちゃんに突っかかることが多いかも」
「・・・やっぱり?悲しいがな、私も実感あるんだ」
「えー!そうなの!?もし爆豪になんかされたら言いなよ!私がこらしめてやるから!」
「私も!私も!手伝う!!」
「って、まじであんたら物騒だな」
「・・・はっ!皆さん大変ですわ!あと二十分で昼休みが終わってしまいますの!」
キャーキャーと楽しげな声があがる中、八百万の声によって皆ははたと我に返り、慌てて残りの食事をかき込みだす。午後からは実践訓練のため、コスチュームに着替えて一時には演習場についていなければならないのだ。
急いで食器を片付けて教室に戻れば、更衣室に向かおうとする男子陣と丁度廊下ですれ違う。「君たち遅れないように!」と片手を垂直にあげる飯田の声に後押しされながら、名前が急いで教室に入ろうとした時だった。
「おい
「はっ、はい!」
突然呼ばれた蔑称に当てはまるのは自分しかいないし、きっと呼ぶのも彼しかいない。
名前が恐る恐る振り返れば、そこにいたのは予想通り爆豪で、列の最後尾にいた彼は仏頂面のまま、つかつかとこちらに近づいてきた。思い当たる節がまるでないが、何かやらかしてしまったのだろうか。
目の前でぴたりと止まった爆豪の顔を怖々見上げれば、彼はずいっと何かを前に差し出してきた。
「え?」
「お前のだろ。教室の後ろに落ちてた」
「あ、ありがとう・・・」
彼の手に握られていたのは、淡い水色のハンカチ。人魚の可愛らしい刺繍が施されたそれは、母が『名前にぴったりだから』と買ってきてくれたものだった。
ほっと胸を撫で下ろして、差し出されたハンカチに触れるも、何故だが爆豪はなかなか手を離してくれない。互いにハンカチの端と端を持ち合うという謎の状況に名前が目をぱちくりとさせていれば、視線をハンカチに向けたままの爆豪がゆっくりと口を開いた。
「お前、出身はどこだ」
「とっ、東京です・・・」
「・・・静岡の海には行ったことあるか?」
「えっと・・・市内におじいちゃんとおばあちゃんが住んでるから、小学生の頃は遊びに行ったら必ず海に泳ぎに行ってたけど」
「どこら辺の海水浴場だ」
「確か・・・さがらサンビーチとか、御前崎の海水浴場とかだったかな?」
「・・・・・・」
「あの・・・もしかして爆豪くんって海好きなの?おすすめの所教えようか?」
きっと最後の質問がいけなかった。先程までは比較的穏やか表情をしていた爆豪の眉間が一気に中央に寄り、鋭い目がさらに釣り上がる。
「うるせえボケェ!!」
「えぇっ・・・!?」
「この雑魚クソ脳みそが!!」
突然怒鳴り声をあげた爆豪の頭からは、何やら白い湯気が出ており、今にも爆発してしまいそうなほどだった。ぐるりと踵を返して更衣室へと向かっていくその背中を見送りながら、名前は今日の実戦訓練のペアが爆豪にならないようにと静かに祈るのだった。