23



 エッジショットの尽力により、息を吹き返した爆豪が、オール・フォー・ワンに見事勝利を収めた。爆破という己の個性を極限まで高めた技を繰り出し、これまで積み重ねてきた力を全てぶつけた彼は、見事その手で完全勝利を掴み取ったのだった。
 ──そして戦いは、いよいよ最終局面を迎える。


「真珠さん!」


 大怪我を負ったベストジーニストやミルコ、そして天喰や波動が救急隊によって運ばれていく姿を見送っていれば、背後から己の名を呼ぶ声がする。土埃を払いながら名前が振り向けば、傷だらけの八百万がこちらに駆けて来る姿が見えた。


「百ちゃん・・・!」
「無事で良かった・・・!お怪我はありませんか?」
「うん、私は大丈夫。デクをここまで運搬する役目になったから、奥渡島では戦闘はせずに雄英に来たの。それに・・・こっちでもデクや爆豪くんが戦ってくれてたから」


 気心知れた友人の姿を見て、ほっと気が抜けたらしい。遅れてやってきた感情の波でじわりと滲んだ涙をこらえていれば、ふいに八百万の手がそっと名前の肩に触れた。


「爆豪さんが無事で、本当に良かったですわ」
「・・・っ、うん。でも、まだ終わりじゃない」


 まだ、デクが──クラスメイトの緑谷が命を賭けて戦ってくれている。先程相澤から全体に情報発信が行われ、制御可能となった黒霧の力を使って、動けるヒーローたち総動員で死柄木弔と緑谷が戦う戦場に向かうことになったのだ。
 己を奮い立たせるように涙を飲み込むと、名前は八百万の方へと真っ直ぐに向き直った。


「行こう。みんなで、絶対に勝とう」



***



「最後の大仕事だ!!」


 プレゼントマイクの号令と共に、黒霧のワープゲートによって最終局面の地に降り立ったヒーローたちが、緑谷の援護をするために一斉に走り出す。時を同じくして、八百万や上鳴たちとともに雄英高校からワープしてきた名前も、死柄木弔に向かっていった。
 青山が緑谷の手を取り前へ進ませ、繰り出された光線を葉隠が防ぎ、八百万と上鳴の合わせ技で活路を開く。そして瀬呂や砂藤、尾白や口田が猛攻を受け止め、障子と梅雨が緑谷の身体を前へと投げ飛ばした。
 殆どが手負いの状態にも関わらず、最後の力を振り絞り、揺るがない意志をもって立ち向かうヒーローたち。少しずつ、けれど確実に、みんなの力を借りた緑谷が死柄木へと近づいていく。


「ガンバレ」
「がんばれ!!」
「頑張れ・・・!!」


 オールマイトにはなかった緑谷の"弱さ"が、何度でもみんなを立ち上がらせ、想いを繋げていく。
 たくさんの人々の願いや希望を受け止めた緑谷は、仲間の尽力によって戦場を駆け抜けると、渾身の力を込めて死柄木へ拳を打ち込んだ。
 爆発的なパワーが打ち込まれた衝撃音の後、一瞬の静寂とともに死柄木の身体が崩れ始める。ついにやったかと思ったのも束の間、個性を繋ぎ止めた死柄木の中のオール・フォー・ワンが咆哮した。


「僕だけが夢を為す!誰にも・・・!継がぬ・・・紡がぬ!!魔王は常に唯一!!器を!!!」
「もうやめろオール・フォー・ワン!!」


 空に響き渡る緑谷の叫び声に釣られ、繰り出した泡を爆破させて死柄木の攻撃をいなしていた名前は息を飲んで空を見上げる。それと同時、突然緑谷の目の前に漆黒の渦が現れた。
 ヒーロー側が掌握していたはずの、黒霧のワープゲート。最後の最後で、黒霧の意識が元に戻ってしまうという、最悪のシナリオだ。
 誰もが絶望したこの状況下で、ふいに遠くから耳慣れた爆破音が連続して聞こえてくる。一気に近づいてきたその音を辿って、名前が後ろを振り返った次の瞬間、視界の端に一条の光が──炎を宿したルビーレッドが映りこんだ。



「轟!名前!手ぇ貸せ!!」



 現れたのは病院に運ばれていたはずの爆豪で、爆破の勢いにのって猛スピードで現れた彼は、轟と名前の名を叫んだ。
 もしかすると、爆豪ならこの絶望的な状況を打破してくれるかもしれない。そう、いつだって緑谷と競い合い、己を高めてきた爆豪ならばきっと──。
 すぐさま彼の作戦を理解した轟が瞬時に氷のジャンプ台を作り上げたのと同時、駆けつけた名前は大量に作り上げた泡を登り口一面に漂わせる。そして、爆豪がジャンプ台に差し掛かったのと同時、名前はそのままサポートアイテムの貝殻を使って、一気に泡を引火させた。
 轟く無数の爆破音と共に巻き起こる爆風。名前の繰り出した技に背中を押されるようにして、さらに加速してジャンプ台から空中へ飛び上がると、爆豪はそのまま緑谷の隣へと躍り出る。そしてワープゲートに食らいつき爆破を起こせば、緑谷の腕が渦の中から解き放たれた。


「轟と名前の力を借りたけどよォ〜!俺に追い越されてンなよな出久!!」


 相も変わらぬ悪態ついた叱咤激励。けれどもう、以前のような薄暗い色はない。互いに認めあったライバルからの後押しによって、腕の自由を取り戻した緑谷は、再び拳に力を込めると、真っ直ぐに目の前の死柄木とその中に巣食うオール・フォー・ワンに向かい合った。


「オール・フォー・ワン・・・!!おまえを許しはしない。けれど理解できない化け物だとも思わない!!」
「・・・やめろ!」
「おまえは魔王なんかじゃない!!」
「見るな!!」
「おまえはただの、寂しがりな人間だ!!」


 その言葉と同時、緑谷の重い拳が強く死柄木へと打ち込まれた。
 拳から拳へと、心の奥底に想いが伝っていく。正気を取り戻し、穏やかな表情を見せた死柄木の体は塵となり、憎しみを昇華させるかのように天を埋めつくしていた暗雲を吹き飛ばすと、そのまま空に舞いあがっていった。
 一陣の風によって、世界はようやく青空を取り戻す。たくさんの命を犠牲にした長い長い戦いが、こうして幕を閉じたのだった。



***



 ────爆豪が目を覚ました。その報せを相澤から受けた名前は、真上から降り注ぐ太陽の下を駆け足で病院へと走っていた。

 世界を巻き込む壮絶な戦いから早一週間。アメリカをはじめとするたくさんの国からの支援もあり、復旧作業は猛スピードで進んで行っていた。
 そんな中、舞い込んできたのがこの吉報だ。
 無事で良かったと、すぐにでも駆けつけたい気持ちはあったものの、ヒーローとしての自分がそれを許さない。今日の分の作業を終えてから見舞いに行こうとした名前とは裏腹に、クラスメイトたちは口を揃えて『今すぐ行け!!』と捲したててきたのだ。


『でもまだここの作業が残ってるし・・・』
『俺らで真珠の分もやっとくから、気にせず行けってー!!』
『相澤先生がわざわざ電話かけてきたんでしょ?イコール抜けていいってことだって!』
『キィィィー!!ついにクラスからカップル爆誕かよォォォ!!』
『きっと目が覚めた瞬間に、今すぐリハビリさせろと喚いてるだろうから、お灸を据えてきてあげて。それは名前ちゃんにしかできないお仕事よ』


 血の涙を流しながら叫ぶ峰田以外、全員が名前の背中を後押しする。クラスメイトたちの温かな言葉を胸に、後ろ髪を引かれながらも名前は現場を後にして病院に向かったのだ。
 病院に到着するや否や、受付を済せてすぐに爆豪の病室に向かい、目の前の無機質な白いドアをノックする。けれど残念ながら返事はない。もしかすると検査かリハビリにでも出ているのだろうか。しばらく待たせてもらおうと、壁に背中を預けたちょうどその時、廊下の先から「もー!ほんとあの子ってばー!」と高い女性のため息声が聞こえてきた。
 慌てて背筋を伸ばして声の方に視線を向ければ、自分の親くらいの年齢の男女がこちらに歩いてくる姿が見える。恐らく、否、どこからどう見ても爆豪の両親だろう。特に母親は髪の毛の色や目元なんて爆豪と瓜二つである。
 こちらに気づいた二人は少し不思議そうな顔をしたものの、数秒後には目を輝かせた母親が名前の方に勢いよく近づいてきた。


「もしかして、真珠名前ちゃん?」
「はっ、はい!こんにちは、そのっ私・・・相澤先生から、爆豪くんの意識が戻ったって聞いて・・・」
「そうなのねー!わざわざ来てくれてありがとう!あっ私は勝己の母で、こっちは父です〜」


 上機嫌に話す母親の横で、爆豪の父親が「こんにちは」と朗らかに会釈をする。
 対面することがあるかもしれないと言う覚悟はして来たものの、いざ好きな人の両親を前にして緊張するなというのは難しい。カチコチに固まったまま、「初めまして」と何度も頭を下げる名前の緊張を解すように、明るい口調のまま、爆豪の母親は話を続けた。
 

「前に勝己から貴方のこと聞いてたのよ!」
「えっ・・・?私のことをですか?」
「うんうん!クラスメイトにすごく歌が上手な子がいるってね。前に入院した時も、何度かお見舞いに来てくれてたんでしょ?すれ違いでなかなか会えなかったけど、あの子から特定の女の子の名前が出てくるなんて初めてだったから、私がつい根掘り葉掘り聞いちゃってね。そしたらあの子ってば、すごく怒っちゃって〜!」


 ねぇと視線を向けた母親に同意するように、父親も苦笑いをしながら頷いた。そんな雰囲気に、爆豪がとても愛され、そして大切に育てられてきたことを感じる。
 大切な人の大切な部分に触れられたような気がして、ほんのりと心の奥が温かな気持ちになっていれば、そんな名前の様子に気づいたのか、視線をこちらに戻した母親と父親は、揃って柔らかな笑顔を浮かべていた。


「勝己なら今屋上にいるわ。あの子、私に似て気が強いしプライドがものっすごく高いから、泣いてるとことか弱ってるとことか人に見せたくないの。でもきっと、貴方なら大丈夫」
「勝己のこと、よろしくね」


 二人からの言葉をしっかりと噛み締めながら、名前は気持ちを込めて「はい」と返事をすると、再び深々とお辞儀をして病室を後にした。
 目指すはもちろん屋上。エレベーターに乗って最上階につけば、廊下の端に屋上に続く銀色の階段を見つけ、一段ずつ登っていく。面を踏みしめる度に鳴るアルミの軽やかな音を聞きながら、名前は今までのことを順々に思い出していた。
 小さな頃、ひょんなことから爆豪と出会い、彼を救ったことで自分のことを好きになれたこと。
 真剣に歌と向き合い、自分の弱さを受け入れたことで、さらに上を目指すことができたこと。
 夢を見つめ直し、ヒーローを志して入学した雄英高校で、爆豪とたくさんの仲間たち、尊敬できる教師やヒーローたちと出会い、時に傷つきながらもさらなる成長ができたこと。
 そしてこの先もずっと、隣で歩んでいきたいと思える人ができたこと。
 どれかひとつでも欠けていたら、この明るい未来はなかったかもしれない。
 懐かしく、そして大切な思い出を胸に、名前は屋上の重い扉をゆっくりと開いた。
 開け放たれた外の世界では、春の穏やかな日差しが降り注ぎ、柔らかな風が頬を撫でる。光の先に、愛しい人の背中を見つけた。
 軋んだ金属音に気づいてこちらを振り返った爆豪の姿は包帯だらけで、見るも痛々しい。無事で良かったと安堵感に包まれる一方で、白い布に覆われた腕と指先から事の重大さが伺えて、名前の感情はぐちゃぐちゃにかき乱された。
 

「なんつー顔してんだよ。約束通りちゃんとお前ンとこに戻ってきたんだから、素直に喜べや」


 なんとも言い難い表情で爆豪を見つめる名前を見かねてか、柔らかな声とともに傷の浅い左手がゆっくりとこちらに伸びてくる。
 優しく抱き寄せられたその身体はほんのりと消毒液の匂いがして、堰き止めていた名前の目から涙がこぼれ落ちた。


「・・・っ、おかえりなさい、勝己くん」
「・・・おう」
「無事で、っ・・・本当に良かった・・・!」


 ずっと呼びたかった彼の名を、心を込めて唇から奏でる。今はただ、そのぬくもりが傍にあることすら奇跡に感じる。手を伸ばし、存在を確かめるように大きな背中を力いっぱい抱きしめ返せば、爆豪は小さく呻き声をあげ、ぴくりと身体を揺らした。
 身体の傷に触ってしまったかもしれないと、慌てて腕の力を緩めて離れようとしたものの、名前の背中に回った爆豪の腕は解けることを知らない。


「ごめん、痛いよね・・・?」
「大丈夫だから離れンな」
「でも、怪我が・・・」
「──っ、頼むから・・・今は、こうしててくれ」


 消え入りそうな掠れた声が、青い空に溶けてゆく。肩を濡らすのはきっと、梅雨には少しばかり早い、通り雨のせいだろう。
 名前はただしっかりと爆豪を抱きしめ、彼から紡がれる言葉に静かに耳を傾けた。
 腕の手術は成功したが、動けるようになるかは分からないこと。けれど、どんな辛いリハビリも乗り越えて、必ず元通りにしてみせるということ。
 そして、死柄木弔を討ち果たしたことで、緑谷の個性が残り火を最後に消滅してしまったということ。
 対等に歩みながら、ヒーローとして高めあっていく未来が消えてしまった今、爆豪の胸中に渦巻く後悔の念はきっと簡単に消せるものではない。長い月日を重ねてすれ違ってきた彼らの関係性ともなると、因果はとても根深いものとなっていて、今まで名前でも容易には触れられない部分でもあった。
 けれど恐らく、爆豪がこんなにも弱った姿や本音をさらけ出せる相手は自分しかいない。だからこそ、きちんと彼を受け止め、向き合わせることが自分の仕事だと、名前は腕の力を再びぎゅっと強めた。


「どれだけ後悔しても、過去には戻れない。でもね、未来なら自分次第で少しずつでも良くすることはできるから・・・。だから、一緒に考えよう。緑谷くんからもらったたくさんのものを、彼にいつか返せるように・・・小さなことでもいいからひとつずつ」
「──・・・っ」
「大丈夫。勝己くんなら、絶対できるよ。だって君は、最高のNO.1ヒーローになる男なんだから」


 名前からの激励に、爆豪は噛み締めるように小さく息を飲むと、そのまま名前の肩口に埋めていた顔をゆっくりとあげる。その瞳は光を取り戻し、すでに雨は上がっていた。


「当たりめぇだろ。俺にできないことなんてねぇからな」


 いつものように唇の端をあげて、不遜に笑う彼のルビーレッドが美しく輝く。


「名前」


 ぽとりと水面に落ちる一粒の雫のように、心にしみ入る名を呼ぶ声に、名前はしっかりと目の前の爆豪の顔を見つめた。



「これから先も、ずっと隣で俺を見ててくれ」



 いつからかずっと待ち望んでいた言葉。「もちろんだよ」ととびきりの笑顔で答えれば、二人の想いを繋ぐように、爆豪のかさついた唇が名前のものに静かに重なった。



backtop