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──これから紡がれるのは、平和のために戦ったヒーローたちの幸せな未来の物語。
上層階から乗ったエレベーターを降りるや否や、名前は警備員の立つ通用口を通り抜ける。そのままビルの裏口に繋がる重い鉄の扉を開ければ、外からは死角になっている乗降スペースに、一台のスポーツカーがハザードをたいて停まっているのが見えた。
艶やかにライトを反射させる美しいボディーは、紛うことなき彼の車だろう。念の為ナンバーを確認しようと目を細めていれば、ふいに後部座席の窓が開き、「おーい!」と豪快な声が聞こえてきた。
顔を覗かせたのは元クラスメイトの切島で、彼は大きな手をぶんぶんと振ってこちらに合図をする。「てめぇ!目立つことすンな!」と怒号が続けて飛んできたことから、名前は駆け足で車に近づくと、滑り込むように空いていた助手席に乗り込んだ。
「お待たせしました!」
「よっ!お疲れ〜!」
「真珠さん、お疲れ様。ごめんね、僕までご一緒させてもらっちゃって」
「ううん。こちらこそ、ちょっと収録が長引いちゃってごめんね」
「名前、ベルトしろ。出すぞ」
「あっ、うん。勝己くんもお迎えありがとう」
後部座席のふかふかのシートに埋もれた緑谷と切島に声をかければ、運転席から伸びてきた爆豪の手がポンッと名前の頭を撫で、かぶっていた黒のキャップをさらっていく。慌ててシートベルトを止めれば、すぐさま車は動き出した。
「今日は何の収録だったの?」
「"僕らの歌"っていう番組だよ。知ってる?」
「もちろんだよ!凄いなぁ真珠さん。ヒーロー業だけじゃなくて歌手としても活躍してるだなんて」
「カバーアルバム聞いたぜ!あの歌入ってたな!一年の後夜祭で歌ってたやつ」
「えっ!?そうなの!懐かしいね!高一ってことは、もう八年も前になるのかぁ」
濃密に過ごした三年間の思い出もあって、ブランクを感じさせない雰囲気は話を自然と弾ませていく。
あのヴィラン連合との熾烈な戦いから早八年。元A組の生徒たちは皆二十代半ばを迎え、それぞれが最前線で活躍を見せていた。
粗野な言動で人気が右肩下がりながらも、その実力はTOP3に並ぶと評されるチャートNO.15の爆豪。男性に圧倒的人気を誇り、正統派ヒーローとして活躍を続けるチャートNO.12の切島。雄英高校の教師として後進の育成に励みつつ、密やかにヒーロー活動を続ける緑谷。そして、ヒーローと歌手の二刀流をこなし、老若男女から人気の高いチャートNO.25の名前。
そんな四人が所属していた元雄英高校A組の同窓会が行われることとなり、今まさに爆豪の車で会場に向かっているところなのだ。
卒業してからは全員で集まることはなかなかできておらず、先日、緑谷のアーマーの件で集まれたのが実に数年ぶりであった。立て続けに旧友たちに会えることで気分が昂っているのか、少しばかり名前の中でむくむくと老婆心が疼き出す。
「そういえば緑谷くんって、お茶子ちゃんと仕事でよく会ってるんだよね?」
「うん。小学校や施設訪問の時に、一緒に行ったりしてるよ。真珠さんも変わらず仲が良いんだよね?」
「うん、梅雨ちゃんと三人で時たま遊んでるよ。梅雨ちゃんもだけどさ、お茶子ちゃん、すごく大人っぽくなったと思わない?」
「え?あっ、うん、そうだね。飯田くんとか轟くんとかも、髪型変わってすごく大人っぽくて羨ましいなぁって思う!僕、童顔で威厳がなさすぎるから、髭でも生やせって相澤先生に言われてて・・・」
親友の幸せを願って質問を投げてみたものの、返ってきた答えは期待していたものとかなり違っていた。上手くアシストをしたかったが、緑谷の天然具合にはなかなか難攻不落のようだ。
少し残念そうに唇を尖らせた名前の隣で、ハンドルを握る爆豪がはぁと呆れたようなため息をもらした。
「名前。そいつ鈍感バカだから、なんも分かってねーぞ」
「ん?かっちゃん、なんか言った?」
「シートに耳が埋もれちまって、お前らの声が全然きこえねぇー!!」
きょとんと目を丸める緑谷とケラケラと楽しげな声を上げる切島の姿に、名前も肩を竦めて笑うしかなかった。
そんなこんなで、思い出話をしているうちに車はあっという間に目的地にたどり着く。
店にはすでにほとんどのメンバーが集まっており、名前は車に乗り合わせたメンバーに轟を加えた五人と同じテーブルについた。
「元A組の轟焦凍がチャートNO.2にランクアップした事を祝しまして!!カンパ〜イ!!」
無事に全員が揃ったところで、主役の轟とともに前に出た上鳴のかけ声で乾杯が行われ、同窓会がスタートした。それぞれのテーブルでは、昔話や近況報告など様々な話題に花が咲く。
轟の話を聞きながら切島の横で食事を口に運んでいれば、名前の耳に突然「キャアア」と黄色い声が飛び込んできた。
「黒色くんと希乃子ちゃん付き合ってンの〜!?」
「マジっす!」
「前チームアップした時はそんな感じしなかったのに!」
きゃいきゃいとはしゃいでいるのは葉隠と芦戸の二人で、どうやら女子特有の恋愛話を楽しんでいるようである。元B組からカップルが誕生していたとは全くの初耳だった。思わず聞き耳を立てていれば、隣のテーブルに座っていた上鳴が「いやいやいや〜!」と声高らかに身を乗り出す。
「こちとらA組には、爆豪&真珠カップルがおりますけどォ!?」
「なんでアンタが対抗心燃やしてんのよ」
ジュースの入ったジョッキを掲げながら得意げに笑う上鳴に対し、耳郎が呆れ顔でツッコミを入れる。面倒くさい話題が振られそうだと、爆豪の眉間にしわが寄り始めたちょうどその時、もちろんそんな楽しげな話題に食いつかないわけがないと、瀬呂が間髪入れずに爆豪に追い討ちをかけてくる。
「でも一度も週刊誌にすっぱ抜かれたことないのもすごいよなぁ。今何年目よ?」
「八年目」
「長っ!!」
「がち熟年じゃん!スゲー!」
いつもの如く飄々と告げる爆豪の答えに、周りからは感嘆の声があがる。
話に出た通り、あの戦いの後、互いの想いを確認しあった名前と爆豪は交際を始め、今日まで恋人関係を続けていた。卒業式後、ヒーロー活動が軌道に乗り、それぞれが独立して忙しくなったものの、特に大きな喧嘩もなく八年間円満に過ごしてきたというのはかなり珍しい部類だろう。
「つーかさ、爆豪を振らずに八年も付き合ってきた真珠がすごいんだよ」
「そうそう。そんじょそこらの人じゃ、絶対に爆豪のかっちゃんは乗りこなせないって」
「はぁ!?」
「昔より性格が随分マシになったとは言え、ねぇ?」
今がチャンスとばかりに好き放題言い始めるクラスメイトたち。ついに目くじらをたてて立ち上がった爆豪は、近くにいた上鳴の首根っこを捕まえ始める。ぎゃーすかドタバタと学生の頃のように騒ぎ出したクラスメイトたちの姿に、名前は思わず笑みを零した。
目の前に広がる、あの頃と少しも変わらない、懐かしくも輝かしい情景。たくさんの涙を流し、たくさんの悲しみを乗り越えて掴み取った明るい未来の姿を改めて噛み締めていれば、戯れる爆豪たちを後ろで眺めていた青山と峰田がふと声を漏らした。
「でもまさか、あの傍若無人なダイナマが、こんなにも一途な男だとは世間が知らないのは残念だね☆」
「いっそのこと公表しちまえこんちくしょー!ギャップでチャート爆上がりだろ!」
「あ゙?付き合ってるなんて言うわけねーだろアホか。ンなことしなくても、俺は実力でNO.1取んだよ」
間髪入れずに返答する爆豪の言葉に、ほんの少し、名前の心の奥でざらりとしたものが撫ぜた。
爆豪の言っていることは何も間違っていない。彼なら実力でNO.1になれるのは当たり前だし、お互いヒーロー活動を第一優先に、支障が出ないような付き合いをしようと約束も交わしていた。もちろん当たり前の事だし、それを念頭にこれまで何ひとつ問題なく過ごしてきていたはずだった。
しかし、十代と二十代半ばでは、少しばかり気持ちの変化が出てしまうのはどうしようもないことだろう。きっと爆豪の言葉に深い意味はないとは分かっている。けれど、それなりに適齢期に近づいてきている名前にとって、些細な事が小さな棘となって胸に突き刺さってしまったのだ。
「真珠!俺の中学の同級生、大手企業に勤めてるやつ多いから、爆豪に嫌気がさしたらいつでも紹介するからな」
「私も私もー!うちに今年入ってきたサイドキックで名前ちゃんファンの子がいるんだけど、凄くいい子だよ!」
誰も酒など飲んでおらず、ソフトドリンクのはずなのに、茶々を入れる声が次々と駆け巡る。
「皆ありがとう。何かあった時はお願いするね」
むくむくと飛び出てきてしまいそうになる自分の感情を抑え込むように、笑顔を取り繕って名前がそう答えれば、「テメェら、あとで覚えとけよ!!」という爆豪の怒号が続く。それと同時、四方八方からけたたましい警告音が鳴り響いた。
『南区二丁目ガレキ通りにて盗難車を追跡中!!個性による妨害が激しく、大事故に繋がる恐れがある!』
ヒーローたちに届いた応援要請。全員の顔つきが変わり、ヒーロースーツの入ったスーツケースを片手に一斉に店を飛び出していく。
平和な世に一歩ずつ近づいているとはいえ、残念ながら、閑古鳥が鳴くのはまだまだ先のようだ。
己を奮い立たせるようにぱちりと自分の両頬を叩くと、名前もクラスメイトたちの背中を追うように、夜の喧騒の中を走り出した。
***
「じゃあな爆豪、真珠!また近々飯でも行こうぜ。また連絡するわ」
「へいへい」
「うん、またね。気をつけて」
白い歯を見せて豪快に手を振る切島に別れを告げ、爆豪の運転する車は夜の歓楽街を走り出す。
元A組全員で出動した盗難事件は、あっという間に解決した。上位ランクのヒーローたちが軒並み駆けつけたのだ。今回のヴィランはとびきり運が悪かったと言う他ないだろう。
その後、会はお開きとなり、爆豪と方面が一緒の切島・上鳴・芦戸から新車に乗せろコールが巻き起こったため、運転席に爆豪、助手席に名前、そして後部座席に三人が座る形で帰宅することになったのだ。
途中の駅前で上鳴と芦戸を降ろし、続いて切島を自宅前に送り届け、最後はいつも通り名前の家に向かっていた。
「ごめんね、明日エッジショットの帰国のお迎えで朝早いのに」
「問題ねぇよ。お前こそ朝からテレビ局はしごして、ハードスケジュールだったんだろ?帰ったら早く寝ろよ」
爆豪からの気遣いの声に「ありがとう」と呟きながら、名前はそのまま窓の外に視線を移した。過ぎ去っていく景色は、絵の具を垂らしたかのようにすっかりと夜の色に染められており、煌びやかなネオンが漆黒に彩りを添える。
大丈夫。頭の中ではきちんと整理ができている。問題なのは心の方だ。けれどこれもきっと、しばらく日がたてば元に戻るはずだから。
そんなことを考えていれば、ふいに右サイドから「名前」と己の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「なに?勝己くん」
「お前なんか怒ってンだろ」
ハンドルを握ったまま、真っ直ぐと前を向く爆豪の口から続いて出てきた言葉に、名前は思わずたじろいだ。
「え?別に、怒ってなんか・・・」
「嘘つくな。顔に書いてるし、声にも出てる。だてに八年付き合ってねーんだよこっちは」
問い詰めるような怒りの口調ではない。至っていつも通りの声色。けれどあまりに図星すぎて、カチカチとリズミカルなウインカーの音に合わせるように、自分の鼓動が早くなっていっているのが分かった。
「ごめん、大丈夫。こっちの問題だから、勝己くんは気にしないで」
「俺に言えねぇことか?」
「・・・・・・」
「名前」
取り繕ったとて、もう彼にはお見通しのようだった。名前の住むマンションの裏口に乗り付けると、爆豪はブレーキを踏んで車を停車させた。
薄暗い車内で、光を放つルビーレッドが名前を射抜く。もうここまで来ると白状するしかないだろう。下手に嘘をついたところで、状況がおかしな方向へ行ってしまいかねないと、名前は目線を下にむけたまま、おずおずと唇を開いた。
「あのね。勝己くんが、今日、『付き合ってることを公表する気はない』って言ってるのを聞いて・・・」
「・・・青山と峰田としてた話のやつか?」
「うん、その・・・なんか、ね。ずっと伏せた関係のまま行くってことは・・・勝己くんはその先の未来を考えてないってことなのかなって、思っちゃったの」
どんな反応をしているのか、怖くて爆豪の顔を見ることができない。続く無言が答えなような気がしてきて、名前はこのなんとも言えない雰囲気をかき消すように顔に笑顔を貼り付けると、慌てて爆豪へと向き合った。
「そのっ、色々と話が飛躍しすぎなのは自分でも分かってるの。そもそも活動に支障が出るから、交際していることは伏せたままにしようっていうのは、プロになる前に二人で決めたことだし・・・。勝己くんは何も間違ってないし、色々と忙しいうえにまだ二十代だから、先のことを考えられないなんて当たり前だしね・・・!」
「・・・・・・」
「突然変なこと言っちゃってごめんね。勝己くん、いつも私のことちゃんと考えてくれてるのに。だから、今言ったことは全部忘れ・・・」
そこまで言ったと同時、ふいに名前の言葉を遮るように爆豪の口から深いため息が漏れ出た。
ああ、これは駄目なやつかもしれない。爆豪にすれば寝耳に水の話なうえに、まだまだヒーローとして上を目指す最中の彼にとって、この件は足枷になってしまうかもしれない話なのだ。
ぐっと握りこぶしを作り、覚悟を決めて答えを待っていれば、そのまま爆豪の手が伸びてきて、大きな手のひらが名前の目元を覆うように塞いだ。
「か、勝己くん・・・?」
「そのまま目ぇつぶれ」
「え?」
「いいから」
状況が上手く飲み込めていないが、名前は言われるがままに目を閉じた。しっかりと目を瞑っているのを確認したのか、ぬくもりが離れていった後、パカっとグローブボックスを開ける音と共に中を漁る音が聞こえてくる。しばらくして音が鳴り止んだあと、ふいに名前の左手を爆豪がすくい取り、ひんやりと冷たく硬いものが薬指を通っていく感覚を覚えた。
まさか、と一気に跳ね上がる心音。耳元で「開けていいぞ」と穏やかな声色が響き渡り、ゆっくりと瞼を開ければ、爆豪に握られた左手の薬指には、一粒のパールを中心に、アームに細やかなダイヤモンドがしきつめられた指輪が美しく輝いていた。はっと息を吐き、目を見開いて爆豪の顔を見れば、彼は少し不服そうに口を尖らせる。
「ンだよその顔。もっと嬉しそうにしろや」
「──っ、だって、これ・・・!いつ用意してたの?全然、そんな素振りなかったのに・・・」
「あのなぁ。俺だってちゃんと色々と考えてンだよ。ただ、上手くタイミングが合わなかっただけで、半年くらい前から色々動いててだな・・・」
「・・・タイミング?」
「その・・・お前に渡すのは、NO.1になってからじゃねーとって思ってたんだよ。それに峰田に言ったのは言葉の綾っつーか・・・。世間に公表すんのは安全面も考えて、きちんとケジメをつけてからの方がいいだろって思ってただけだ」
声には悔しさの色が滲む。きちんと彼なりに、この先の二人の未来を考えてくれていたのだ。けれど、己の中で目標を掲げていたものの、なかなかチャートが上がらないことに爆豪自身もずっとヤキモキしていたのかもしれない。
本音を紐解いたことで、彼の想いは理解した。では、今この指輪を自分に渡してきた意味は──?
その答えが知りたくて、名前はじっと爆豪の瞳を見つめる。炎のように揺らめくルビーレッドがほんの少し瞬いたあと、意を決したように爆豪はゆっくりと唇を開いた。
「一年以内に上にいる奴ら全員ぶち抜いて、俺が必ずNO.1になる。そしたら、俺と結婚して欲しい。この指輪は、その時までの予約だ」
ずっと望んでいた言葉。すりっと肌を撫ぜる指の腹の熱が愛おしくて、名前は思わず滲み出てきた涙をぽろぽろと零しながら、爆豪を見つめた。
「泣くなよ」と、困ったように笑う爆豪の指先が名前の目元を拭う。
「だって、っ・・・夢、みたいで・・・」
「ちゃんと現実だから、安心しろや。つーか、ほら、返事は?」
いたずらっ子のように白い歯を見せて笑う、愛しい人。答えなんて分かりきったような自信たっぷりな表情は、あの頃からずっと変わらない。
「もちろん、喜んで」
恋に敗れ、泡となる人魚はもういない。
名前はとびきりの笑顔で、歌うように愛を紡ぐのだった。
そんな爆豪の宣言から半年後。有言実行と言わんばかりに、ここ数年不動の首位に君臨していたヒーロー・ルミリオンを追い抜き、安定的な人気を誇るショートがNO.1、そしてチャートを急上昇させた大・爆・殺・神・ダイナマイトがNO.2に躍り出る。
そしてさらにそこから半年後。悲願のNO.1になったダイナマこと爆豪が、可憐な歌姫ヒーロー・パルメイドこと真珠名前と結婚発表をして、世間を驚愕の渦に巻き込むのだった。
掴み取った明るい未来は、きっとこれからも海の中できらめく真珠のように、美しく輝き続けることだろう。
2025.07.27 fin.