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※アニオリ設定が含まれています (第2期19話参照)
海難ヒーロー「セルキー」の元へ梅雨とともに職場体験に向かった名前が、いつものように朝から船の掃除や雑用などを行っていたとある日のこと。
梅雨と二人呼び出された名前は、セルキーからシリウスとペアを組んで見回りに行くようにと命じられた。先日密航を企てたヴィランと対峙したことから、海上保安庁からの協力要請でしばらくは巡視を定期的に行う事になったらしい。小型船二隻に別れて見回りを行うそうで、梅雨はセルキーチームに入るそうだ。
共に切磋琢磨することで仲が深まったクラスメイトと離れるのは少し不安ではあるが、プロヒーローを目指すからにはそんなことは言ってられない。荷物を運び入れた名前は、気合いを入れ直すように己の頬をパチリと叩くと、ヒーロースーツに身を包んで船に乗り込んだ。
「じゃあ"パルメイド"は前方での監視をよろしくね。私は後方に回るわ」
「はいっ分かりました!」
シリウスの指示を受けた名前は、双眼鏡を胸に携え甲板に出た。天気は快晴で、波がキラキラと光を乱反射させ美しく輝いている。きっと海の中もさぞかし綺麗なのだろうと考えながらも、不審船がないか目を光らせることに専念した。
しかしながら、二時間ほど沖で見回るも特に問題がなかったため、最後に東京湾をぐるっと周ってから本拠地へと折り返そうと決まった矢先の出来事であった。
双眼鏡をのぞいていた名前の視界に、ふと黒い影が横切る。慌てて影を追いかければ、何やら東京湾のフェリー乗り場で追いかけっこする複数の人影が見てとれる。そして次の瞬間、凄まじい爆音とともに何かが吹き飛び、黒い塊が二つ、海へと勢いよく落下したのが目に映った。
「なに!?今の音!」
「シリウスさん!フェリー乗り場で爆破あり!恐らく人が二名海に落下しました!!」
「・・・っ!すぐ出れる!?」
「はい!援護お願いします!」
返事よりも先に身体が動いていた。双眼鏡を放り投げ、名前はそのまま海へと飛び込む。無数の水の泡に包まれた足が瞬時にコバルトブルーのヒレへと変化したのを確認すると、水を蹴って一目散に人が落下した方角へと向かった。
波も低く穏やかで、最近は晴れの日が続いていたため濁りも少なく視界も悪くない。海に漂う男を一人見つけた名前は、すぐさま肩に担ぎあげるとそのまま水面へと顔を出した。
防波堤にはヒーローらしき人物たちの姿が数名見受けられる。ヴィランを追っていて、攻撃の爆風で海へと飛ばされてしまったのだろうか。「こっちだ!」と手を伸ばしてくれたヒーローの一人に救助した男を受け渡すと、名前はそのまま彼らに問いかける。
「海に落下したのは二名ですか!?」
「ああ!一人は今助けてくれたこのヴィランで、もう一人は職場体験に来てる学生なんだ!顔はまだ何とか水面に出てるが、あっちの方に流されてる!」
指さす方を見れば、波の揺れに合わせて浮き沈みする豆粒くらいの人影が見える。今救助したヴィランは意識を失っていたものの、落下から時間がそこまでたっていないことから、人工呼吸をすぐにでも施せば大事には至らないだろう。
『職場体験』『学生』のワードに、一気に胸がざわつく。すぐ助けなければと、名前は再び水中へと潜った。
猛スピードで水をかき分け、水面を見上げれば救助者の足が見えてくる。黒地にオレンジのカラーリング。まさかと思いながら、もがく身体の背後に周り太い腕を肩に担げば、荒い息遣いとともにルビーレッドの瞳がこちらを凝視していた。
「っ爆豪くん・・・!」
「っは・・・テメェ、がっ・・・なんでココっ、に!」
「落ち着いて!もう大丈夫だから!」
意識はしっかりあるようだが、水を飲んでしまったのか呼吸がかなり苦しそうだ。息がしやすいようにと、そのまま背中に背負うような体制を取れば、途端に大きく舌打ちされてしまう。
けれどもさすがに言い返す気力はないらしく、名前はこちらに救助に向かってきていたシリウスたちの乗る小型船へと、大人しくなった爆豪を運んで行った。
引き上げられた後は、すぐさま爆豪の介抱が行われていく。幸い海面に打ち付けられた時についた打撲くらいで大きな怪我はなかったが、念の為に病院に行った方がいいとことで、このまま東京湾に彼を送り届けることになった。
「えーっと、ベストジーニスト事務所に職場体験中の雄英高校一年爆豪勝己くんね。体育祭で派手にやらかしてた噂の子か・・・。とりあえず事務所に連絡取ってみて病院の手配をしてもらうわ。ヴィラン追走中に、誤って海に転落ってことで間違えないわね?」
「転落なんかしてねえ!!奴が海に逃げようとしたから、爆破の勢いで追いかけて捕まえただけだ!!」
「はぁ・・・はいはい、分かりました。じゃあ"パルメイド"、しばらく横で様子見といてあげて」
タオルを頭に被りながらキャンキャンと吠える爆豪の様子に深いため息をつくと、シリウスは外部との連絡を取りに船内に入って行ってしまう。濡れ鼠のようにびしょ濡れで甲板に座る爆豪の横で、名前は尻すぼみの気弱な返事をした。この状態の爆豪と二人きりだなんて、あまりにも具合が悪い。
ただ声をかけないわけにもいかないと、名前は恐る恐る爆豪の方へ顔を向けた。
「その・・・怪我、大したことなくて良かったね」
「チッ!!」
心配してかけた言葉すら舌打ちされてしまうだなんてと、あっという間に心が折れかける。きっとエベレスト級にプライドの高い彼のことだ。同級生に助けられたという事実と、それを風評されてしまうかもしれないことに苛立ってるのかもしれないと、名前は言葉を続けた。
「あの・・・私、クラスの子たちに今日のことは言わないから心配しないで。梅雨ちゃんは情報共有で知っちゃうかもしれないけど、あの子もペラペラ喋るような子じゃないから」
「・・・・・・」
「それに海は私の得意分野なだけで、普段は爆豪くんの足元に及ばないような人間だし。ほら海では便利だけど、ヒレが乾くまで時間がかかるから、陸に上がるとしばらく身動きが取れないっていう超絶デメリットがあって・・・」
「・・・違う」
「え?」
「・・・腹たってんのは、自分にだ。お前にじゃない」
しどろもどろに一方的な会話を続けていれば、どうやら少しは気を沈めてくれたらしい。いつもの刺々しい言葉尻とは違い、意気消沈したような声に思わず息を飲めば、爆豪の視線がようやくこちらを向いた。
「・・・お前に助けられたのは、これで二回目だ」
「二回目・・・?って、あれ?一回目なんてあったっけ?」
「・・・っとに、てめえは脳みそがミジンコ以下だなぁ・・・!」
再びギリリと歯を食いしばりながら目尻を上げる爆豪に、名前は「ごっごめんなさい!」と小さな悲鳴を上げながら思わずヒレをばたつかせた。
ペチペチと甲板の上に広がった水を弾く名前のターコイズブルーのヒレを目にした爆豪は、はぁぁぁっと深いため息をつき、そのまま怒りを飲み込んだ。
「・・・小一か二か、そんくらいの時だ。俺は多分昔お前に海で助けられたことがある」
「小学生の時に、海で・・・?」
「こないだ聞いただろ。御前崎の海でだ。高波に攫われて溺れかけたところに、お前みてぇな青いヒレのちっちぇ『人魚』が現れた」
爆豪から告げられた言葉を、名前はゆっくりと復唱する。
高い波。泡立つ海。漂うクリーム色。震えた声。ルビーレッドの瞳。ふいに頭を過ぎった映像たちが、パチパチとパズルのピースがはまるようにして組み合わさっていく。そして、かつて名前がヒーローを夢見るようになったきっかけを作った少年の姿が、目の前の爆豪とぴたりと重なった。
「もしかして、あの時の子が爆豪くんだったの!?」
言われてみれば髪の毛の色や目の色も、あの時助けた少年と爆豪は全く同じだ。体格がかなり成長しているうえに、まさかこんなところで再会するなんて思ってもいなかったことから、名前がその事実に気づかなかったのにも無理はないだろう。
身体の奥からジワジワと何かが込み上げてくる感覚に思わず震えながら、「凄い偶然だねぇ!!」と感嘆の声を漏らす名前とは打って変わって、爆豪はギュッと眉間に皺を寄せた。
「・・・何がそんなに嬉しいんだよ。二度も俺を救ったっていう優越感か?」
「へ?違うよ!そういうのじゃなくて・・・」
「・・・んだよ」
「えっとね、爆豪くんにとっては嫌な思い出かもしれないけど・・・あの時のことは、私にとっては唯一無二の出来事だったんだ」
仲間はずれにされたり気持ち悪いと言われたり、嫌いだった自分の個性が、かけがえのないものに変わった。あの事件がなければ、自分はもしかしたら今ここにはいなかったのかもしれない。
爆豪を助けた時に感じたこと、自分がヒーローを目指すキッカケになった出来事だったということを一言一句大切に語ると、名前は改めて爆豪に向き合った。
「あの時、『助けてくれてありがとう』って言ってくれてありがとう。爆豪くんのおかげで、今の私がここいるんだよ。本当に、君に会えて良かった」
爆豪からすれば名前のこれまでの経緯など知ったこっちゃないだろう。けれど感謝を伝えずにはいられなかった。
しばらく呆然とした表情でこちらを見つめていた爆豪だったが、突然我に返ったように立ち上がると、勢いよく被っていたバスタオルを名前に投げつけてきた。
「っ・・・バッカじゃねえの!!何で助けたお前がお礼言ってんだよクソが!!」
変わらずギャーっと吠えてくるも、耳がほんのりと赤い爆豪の姿を見て、流石の名前も彼の性格をなんとなく理解した。屈折してるなぁ、思春期なんだなぁなんて、自分と同い年の男の子に対して抱く感想ではないが、苦手だと思っていた言動に思わず笑みが零れる。
「あの時は溺れかけたけど、今日は溺れてたわけじゃねえからな!」「いい気になんなよ!」と一通り吐き出すとすっきりしたのか、彼は再びどかりと名前の横に腰をおろした。
「・・・いつか『NO,1ヒーローを二回も救ったヒーロー』としてメディアに自慢しやがれボケボケ女」
青空の下、そっぽを向いて吐き出された小さな声。きっと今日の出来事も忘れられないものになるだろうと、名前は弾けるように高らかな声で返事をした。