04



「要救助者、確保!」


 高らかな声をあげて名前が水面から顔を上げれば、途端に周りが凍てつくような冷たさになり、パリパリと小さな音をたてて水が一気に氷結し始める。早くヒレを水の中から出さなければと思った時には、既に時遅し。しかしながら、迫り上がってきた氷の塊の中に下半身を氷漬けにされつつも、名前は何とか要救助者の代わりであるマネキンを、凍る陸地に置くことに成功していた。


「はいっそこまで!演習は以上です。講評に移りましょう。今からそちらに向かいますので、轟くんと真珠さんはその場で待機しておいてください」


 災害救助のスペシャリストと名高い、雄英高校教師の"スペースヒーロー13号"の機械音混じりの声が頭上のスピーカーから聞こえると、炎によって一気に周りの氷が溶かされる。
 身体の拘束が解け、再び水に戻った池をマネキンを持って悠々と泳ぎ、近くの陸地から上がろうとすれば、ふいに名前の目の前に大きな手のひらが差し出された。


「悪りぃ。凍らせるタイミングが早すぎた」
「ううん、大丈夫。何かしらの合図を先に決めといた方が良かったね」


 現れたのは、訓練でペアを組んでいた轟焦凍であった。轟はマネキンを引き上げたあと、すぐさま名前の腕を取ると、いとも簡単に水面から身体を引きあげてくれる。
 他のクラスメイトの男子達に比べると細身な方に見えていたが、それでも名前一人を持ち上げることなど彼にとっては造作もないらしい。骨ばった指先が触れた体温にドキマギしながら「ありがとう」と礼を告げれば、轟はただ小さく口角を上げた。
 水中に入っていたため、当然名前の足は個性によって下半身が魚のヒレへと変化している。髪を絞りながらパタパタと尾を左右に動かして水滴を弾いていれば、轟が物珍しそうな顔でこちらを見下ろしていた。
 

「それ、乾いたら元の足に戻るんだよな?」
「うん。季節にも寄るけど、自然乾燥だとだいたい一時間くらいかな。タオルでちゃんと拭いて、サポートアイテムで乾燥させたら、十分前後で元に戻るんだけど」
「表面だけ乾いても駄目ってことか」
「そうなの。だからコスチュームとかサポートアイテムも色々改良中で・・・」


 その場でしゃがみこんだ轟は、真剣な顔付きでまじまじと名前のヒレを眺めてくる。体が触れてしまいそうなほどの距離感に、少しばかり気恥ずかしさが湧いてくるが、依然として轟の視線はヒレに向けられていたため、峰田とは違って彼に下心が無いことは明白だった。
 とはいえ、轟は芦戸曰くクラス1イケメンというほどの整った顔立ちの持ち主である。他の科や学年でもすでに彼を狙っている子がいるそうで、そんな顔を目の前にして緊張するなという方が無理な話だ。
 むくむくと湧き出てくる照れを誤魔化すように、名前が手ぐしで髪の毛を整えていれば、轟の肩越しにこちらに歩いてくるいくつかの人影が目に入った。白い宇宙服に身を包んだ13号を筆頭に、瀬呂、砂藤、口田、爆豪の四人が後に続いている。
 ヴィラン襲撃事件後、再建されたUSJにて行われている今日の災害救助訓練では、5〜6人ごとに1グループに分けられ、その中でさらにペアに別れての訓練が行われていた。先に訓練を終えた四人は、13号と一緒にモニター室で名前と轟の救助訓練を眺めていたのだろう。
 「お疲れ〜」と手を上げる瀬呂と砂藤の声に手を振り返していれば、ふいに一番後ろで気だるそうに歩いていた爆豪の目がかっと開かれる。いつもの如くさらに目を吊り上がらせた彼は、ずんずんと他を追い抜かして猛スピードで近づいてくると、己の首にかかっていたタオルを名前の顔面に向かって勢いよく投げつけてきた。


「ぶっ・・・!!」
「お、おい爆豪!お前、女の子に何してんだよ!」
「うっせえ!!全身びしょ濡れで目障りなんだよ!!」
「訓練だし、真珠の個性上濡れるのはしょうがねェだろ」
「・・・真珠、大丈夫か?」
「だ、大丈夫・・・。轟くんは当たってない?」
「ああ、俺は別に」


 毛を逆立てた猫のように怒りをむき出しにする爆豪を、他の者達は呆れ顔で眺める。おろおろとした表情で爆豪の投げたタオルを拾い上げ、代わりに新しいバスタオルを渡してくれた口田に礼を述べながら、名前はタオルで髪を拭った。
 以前職業体験で爆豪を救い、過去の接点に気づいてから彼とは少しばかり距離が縮まったような気がしていのだが、とんだ勘違いだったのかもしれない。触らぬ神に祟りなしと、縮こまってヒレに乾燥用のサポートアイテムを巻き付けていれば、様子を見守っていた13号がパンっと手のひらを打ち合わせた。


「はい。雑談はそこまでにして、講評に入りましょう。まずは爆豪くんと瀬呂くんのペアからですね」


 モニターに映像を映しながら話し出した13号の声に、全員瞬時に表情を切り替えて耳を傾ける。自分の強みや弱みを聞くことはもちろん、他者の挙動を観察して今後の参考にすることなども、さらなる飛躍へと繋がる大切なものだ。
 一番目、二番目と次々と講評が終わると、最後は轟と名前ペアの番となる。水辺を得意とする名前を主軸とした救助プランを組んで取り組んだ課題ではあったが、やはり最後の場面で起きたことを指摘されてしまった。


「やはり轟くんの氷を出すタイミングが早すぎましたね。君の技は威力がある分、他者に干渉しやすいです。コミュニケーションをきちんと取り、ペアと救助者の安全をまず第一に確認しましょう」
「・・・はい」
「真珠さんは陸地に上がった後が課題です。サポートアイテムの改良は要必須。今回の場合ですと、ペアの轟くんに氷の滑り台のようなものを作ってもらえば良かったかなと思います。氷の上をヒレのまま滑って移動すれば、危険な場所から素早く救助者を安全地帯に移動できますしね。ペアの相手の能力を把握して、自分の弱点を補える工夫をしていってください」
「はい、分かりました」


 13号からの講評が無事に終わり、今日の訓練のノルマはこれで終了となった。相澤から訓練後は着替えてバスに集合と言われていたため、他のゾーンにいたクラスメイトたちも、恐らく更衣室に向かっている頃合だろう。
 「行こうぜ」という瀬呂の声を皮切りに歩き出す男子達を見送りながら、名前はサポートアイテムについている丸いボタンを押した。途端にサイドに付いている小さな液晶モニターに、『5m30s』という乾燥完了までの残り時間が表示される。大きなタオルにくるまっていれば風邪をひく心配もないだろうし、この残り時間であればバスの出発時間にも充分間に合うはずだ。
 元に戻るまでここで待っていようと顔をあげた名前の目の前に、またしても黒い影が落ちる。とっくに更衣室に行ったと思っていたはずの轟が、再びじっとこちらを見つめていた。


「足、まだ時間かかりそうなのか?」
「あっ、うん。でもあと五分くらいだから気にしないで。バスに遅れないように急いで追いかけるね」
「・・・早く頭とかも乾かさねぇと風邪ひくだろ。良かったら更衣室まで運ぶけど」
「え!?だ、大丈夫!ほらっ私重いし!!」
「そんなことないだろ。・・・いや、でも俺に触られんのも嫌か」
「あのっ、誤解しないで欲しいんだけどね、轟くんが嫌だとかそういう訳じゃなくて・・・!!」


 真っ直ぐに向けられた曇りなき純粋無垢な親切心を、誰が無下にできようか。
 己の中の感情と天秤にかけた結果、名前は恥を捨て、尻すぼみながらも「お言葉に甘えてお願いします」と呟くことを選んだ。
 轟は任せろと言わんばかりに「ん」と短く声を出すと、ゆっくりとこちらに近づいてくる。背負われるか、はたまた米俵のように肩に担がれるか。伸びてきた腕に身を任せていれば、ヒレと背中に彼の手が回り、そのまま名前は颯爽と持ち上げられた。
 これは所謂、お姫様抱っこというやつじゃないか──。ぐっと距離が近くなった轟の顔を間近で見て、一気に名前の身体中に熱が回る。


「悪りぃ。持ちにくいから、首元に手ェ回してくれるか?」
「わっ、分かった・・・!」
「あと胸に体を預けてくれた方が楽だ」
「・・・はい」


 このまま轟の姿を直視し続けていれば、あまりのまばゆさで心臓が破裂してしまうかもしれない。そんなことを考えながらも指示通りに体制を整えれば、幾分か持ちやすくなったのか、彼の歩くスピードは格段に上昇する。
 さすれば、米粒ほどの大きさだった爆豪たちに追いつくまであと少しというところで、他の災害ゾーンで訓練していたクラスメイトたちとぱったり鉢合わせた。


「はっ・・・!そ、そのお姿はっ!美しきマーメイド・・・!!」
「おい轟ぃー!!てっめぇ!何羨ましいことしてんだよこの野郎ー!!」


 ひゃっと頬を赤らめて足を止める上鳴に、瞬時に足元で金切り声をあげる峰田。何事かと振り返った前方の瀬呂たちの黄色い声も加わり、その場は騒然とした空気に包まれた。


「なになに!何で轟が真珠のこと抱っこしてんの〜!?」
「・・・真珠の足が元に戻るまで、まだ時間かかるっつーから」
「轟ってばただでさえ顔のレベル高けぇのに、そんな紳士的なことまでしちゃってずりぃよな〜」
「な、なら俺が運んでやるよ。遠慮すんなよ真珠・・・!ハァ・・・ハァ・・・!」
「いや峰田くん、君は体格的に彼女を運ぶのは無理があるだろう!」
「飯田くん・・・突っ込むとこ、そこかな?」
「ひゃあ〜!二人の姿、まるで絵本の中の王子様とお姫様みたいやね〜!」


 わいわいと囲んでくるクラスメイトたちの輪の中で、轟はきょとんとした表情を浮かべながら立ち止まる。まるで見世物小屋の動物のような気分になるこの状況を、とにかく早く抜け出したいと名前が願い始めた次の瞬間。ふいに出入口付近で何かの破裂音が鳴り響き、みんなの視線が一斉にそちらに向けられた。
 頭上に手を真っ直ぐと掲げているのは爆豪で、爆破の個性を使ったのか彼の手からはもくもくと白い煙が昇っている。


「てめえらチンタラ騒いでねぇでさっさと動け!集合時間に遅れたら連帯責任って言われてんだろ!!」
「こっわ!!」
「えっなんかむちゃ機嫌悪くね!?」
「うるせぇ!ぶち殺すぞ!!」


 ギロリと鋭い視線を向けてくる爆豪の声に、クラスメイトたちは慌ててに更衣室に走り出す。名前を抱えた轟も、それに倣って爆豪の横を通り過ぎようとすれば、ふいに「おい、半分野郎」とドスの効いた声が投げかけられた。
 揺れる赤が、轟と名前の姿を交互にとらえる。


「なんだ?」
「・・・・・・」
「早く行かねぇと、着替える時間なくなっちまう」
「・・・・・・チッ」


 自分から声をかけたのにも関わらず、出てきたのは舌打ちだけ。そのまま何も言わずに去っていく後ろ姿に、轟と名前は二人揃って首を傾けた。
 怒ったかと思えば、突然萎んだようにだんまりになったりと、今日の爆豪はいつもよりなんだか様子がおかしい気がする。
 何かあったのだろうかと考えていれば、クラスメイトたちの列の最後尾にいた蛙吹梅雨がぼやくように小さく呟いた。


「爆豪ちゃんは、さながら春の嵐ね」
「・・・・・・春?」
「蛙吹、春はとっくに終わってるぞ」
「ケロケロッ。これは骨が折れるわ」


 ペロリと出ていた舌をしまい込んで歩き出した梅雨の姿に、再び二人は不思議そうに首を傾けた。



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