05



「八百万の勉強会に参加する奴、この指とまれー!!」


 期末テストを目前とした六月の最終週。1年A組の教室に、上鳴電気の声が木霊する。トイレから戻ってきた名前が何事かと目を丸めていれば、ふいに近くにいた尾白が声をかけてくれた。


「期末テスト対策で、八百万が家で勉強教えてくれるんだってさ。今のところ耳郎と瀬呂と芦戸が行くみたい」
「えっ!!それはぜひとも参加したい・・・!」
「真珠、数学が苦手だもんね。俺も行くつもり」


 名前は五月に行われた中間テストでは、十位というちょうど中間あたりの順位であった。座学は比較的できる方なのだが、尾白の言った通り数学が不得意で、いつもテスト前になると頭を抱えながら机にかじりつく羽目になっている。
 そのため、なんとも魅力的な誘いに目を輝かせていれば、名前の声に気がついた上鳴がウキウキな様子で近づいてきた。


「えっ!真珠も来ちゃう感じ!?」
「うん。もし百ちゃんや皆がかまわないなら参加したいな。今回の数学の範囲、かなり手こずってて・・・」
「もちろん、大歓迎ですわ!」
「わーい!楽しくなりそー!ヤオモモがいけるのが土曜日らしいんだけど、真珠もその日は大丈夫そ〜?」
「ど、土曜日っ・・・!!」


 芦戸からの土曜日という提案に、名前は眉を八の字に下げながら、しょぼんと肩を落とした。


「土曜日は、声楽教室のボランティア活動があるんだ・・・」
「えっ!ボランティア?何してんの?」
「老人ホームとか養護施設に行って、歌を歌ったり楽器演奏したりしてるんだ。先生と生徒の何人かでチーム組んでるから、その日は一日埋まっちゃってて・・・。残念だなぁ」
「うへ〜!テスト前なのに大変だな・・・」
「いつもはテスト前には開催されないんだけど、先方の予定の都合でどうしてもその日になっちゃったんだ」
「そうなんですの・・・。ごめんなさい真珠さん。私は逆に、日曜日にお茶のお稽古がありまして・・・」
「ううん!大丈夫!参考書と睨めっこしてなんとか頑張るよ」


 こればっかりは仕方がないと、名前は申し訳なさそうな顔をする八百万に「気にしないで」と笑顔を向けた。元より、テスト勉強は己自身で頑張らなければならないものだ。分からない部分は数学担当のエクトプラズムに聞きに行こうと、名前は彼らと別れ、自分の席に戻っていく。
 すると斜め前の爆豪の席の前に立っていた切島が、「なぁなぁ」と声をかけてきた。


「さっき向こうで話してんの聞こえてきたんだけどさ、真珠、日曜日なら時間あんのか?」
「えっ?うん、日曜日は勉強に一日費やすつもり」
「それならさ、日曜日に爆豪に勉強教えてもらう予定なんだけど、一緒にやらねぇ?こいつ数学得意だし。それに真珠は英語得意で中間で英語は一位とってただろ?俺めちゃくちゃ苦手だから教えて欲しい!」
「な・・・っ!クソ髪、てめェ何勝手に・・・!」


 頼む!と拝んでくる切島の横で、突然の展開に爆豪がこれでもかと言わんばかりに目をかっぴらく。爆豪の反応を見るに、あまり賛成ではなさそうだが、こちらとしては願ってもない提案だった。


「えっと・・・。爆豪くんがいいなら・・・すごく助かる」


 つり上がった赤い瞳にちらりと視線を向けながら名前が恐る恐る口を開けば、爆豪は吠えかけた己の口を抑え込むようにして下唇を噛んだ。まるで膨らんでいた風船に穴が空いて、一気に萎んでしまったかのようである。
 しかしながら、そんな爆豪の反応など気にも止めていない切島は、そのまま彼の背中をバンバンと豪快に叩いた。


「だってさ!いいよな爆豪?」
「チッ・・・好きにしろ」
「ファミレスでやろうぜ!ドリンクバー奢ってやるからよ!」
「・・・飯代も込みに決まってんだろ、クソが」
「おう!でも千円までだかんな!真珠もなんか奢る!」
「えっ!?そんなっ、いいよ!私も教えてもらう側だし・・・」
「馬鹿かお前。ンなもん、黙って奢られときゃいいんだよ」


 相変わらずズケズケと悪態をついてくるが、以前ほどの刺々しさはあまりない。許可をもらえて良かったとほっと胸を撫で下ろし、名前はスマホのカレンダーに「勉強会」というメモを残した。


***


「だーかーら!ここはx=3になるだろうが!」
「なるほどー!ってことはy=3×3+2で・・・」


 向かいの席に隣同士で座る爆豪と切島の会話をBGMに、名前はひたすら問題集の数式と睨めっこをしていた。約束通り、日曜日の朝十時に三人の自宅から中間にあるファミレスで催されることになった勉強会。切島の英語の問題集の添削をし、アドバイスをし終わった名前は、昼休憩を挟んだ後、己の不得意分野である数学に取り掛かっていた。
 分からない部分を時たま爆豪に尋ねれば、彼はぶっきらぼうながらも、分かりやすく順序立てて教えてくれる。口調がキツイのが玉に瑕だが、頭の回転が早い彼は、意外と人に何かを教えることには長けているらしい。この調子でいけば、テスト範囲内の苦手な部分は、今日でなんとかクリアできそうだ。
 そんな中、ふいに机に置いていた切島のスマホから、ブーブーと小刻みにバイブ音が鳴る。ただの通知ではないのか、しばらく震え続ける様子に切島は慌ててスマホを手に取った。


「電話?」
「うん、婆ちゃんからだ。なんだろ。もしもしー!婆ちゃん?どうした?うん、うん・・・えぇ!?マジかよ!!」


 耳にスマホを当てながら会話を始めて数秒後。素っ頓狂な声を上げた切島は、そのまま困ったように眉をしかめながら通話を続ける。


「親父たち、確か今日は遠出してんもんな。いいよ、俺が今から帰るから。足首だよな?とりあえずデカめのやつ買ってくから、じっとしとけよ!!」


 まくし立てるように言うと、そのまま通話ボタンを切った彼は、勢いよく両手を顔の前で合わせて名前と爆豪に頭を下げた。


「ごめんっ!一緒に住んでる婆ちゃんが、家の階段で足捻っちまったみたいで・・・。ちょうど親も出かけてて連絡繋がらないらしくて、湿布買ってきてくれって言われたから俺先帰るわ!」
「え!?全然大丈夫!気にしないで早く帰ってあげて」
「真珠、ありがとな。爆豪も悪りぃ!」
「ンなことでいちいち謝んな、うぜェ」
「サンキュ!えーっと、俺食った分とお前らに奢る分で・・・これくらいか?足りなかったらまた明日学校で言ってくれ!じゃあな!」


 大急ぎでリュックサックに教科書やノートを詰め込むと、切島は財布の中から抜き取った千円札三枚を机に置き、颯爽と走り去っていった。
 普段の言動から、彼が正義感溢れる人だとは思っていたが、家族思いというのもまさしくイメージ通りである。本当に1年A組のクラスメイトたちは、ヒーローになるに相応しい人物ばかりだなと赤い髪を見送りながら名前が考えていれば、ふいに爆豪から「おい」と声が投げかけられた。


「てめェは何時までここで勉強やんだよ」
「えっ?えーと、夕方には帰るつもりだから・・・四時くらいかな」


 集まる時間は決めていたものの、解散時間は特に決めていなかったうえに、二人きりになるのは想定外だった。じっとこちらを見つめてくるルビーレッドに、名前は少し緊張した面持ちで首を傾ける。
 今は昼の二時のため、残りは約二時間程か。駅から徒歩十分のファミレスを選んだことが幸いしてか、日曜日といえども客足も多くなく、まだ店にいても問題はないだろう。ただ彼をそこまで拘束するのも忍びない。


「爆豪くんも帰るなら遠慮なく帰ってね?」
「・・・・・・」
「ほら、私が教えて貰ってばっかだと、爆豪くんの勉強時間が減っちゃうし・・・」


 彼との間にあった壁が前より取り払われたとはいえ、二人きりはまだまだ緊張してしまう。悲しいがな、怒鳴られることが減ったとはいえ、舌打ちされる回数はあまり変わっていないのだ。
 名前が遠慮がちにそう言えば、案の定大きく舌打ちをされてしまう。しかし、そんな態度とは裏腹に、彼は名前の前に広げられていた数学の問題集を鷲掴むと、自分の方へと引き寄せた。


「まだこの問題やってんのかよ。隣、さっさと来い」
「え?」
「・・・図を書くのに、反対からだと手間かかんだよ」


 教科書に目線を落としたまま、彼はぼそりと呟いた。その声に、名前の心にほんのりと何か温かいものが広がっていく。
 傲慢な態度が目立つ爆豪だが、垣間見えた不器用な優しさが彼らしくて、何だか少しこそばゆい。思わず小さく笑みを零せば、彼は眉をしかめながらも「早くしろや」とシートをバンバンと叩いた。
 名前がノートを持って急いで爆豪の横に座れば、彼はすぐさまシャープペンを手に、白い紙に図を書き込んでいく。真っ直ぐに描かれていく美しい筆跡は、まるで夏の青空に伸びゆく飛行機雲のようだった。
 後日、名前が数学のテストでかつてないほどの高得点を叩き出したことは、言うまでもない。




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