手の鳴る方へ
ナマエがヤマトと初めて出会ったのは、十歳の頃であった。ナマエの父親が都で着物の仕立て屋を営んでおり、その腕を買われカイドウたち百獣海賊団のお抱えとなったことから、鬼ヶ島に出入りすることになったのだ。
ある日父親に同伴してナマエが鬼ヶ島に訪れた時、厠を借りようと用意された部屋をでたところ、道に迷ってしまった。四方八方に入り組んだ通路は薄暗く、幼子のナマエからすれば祖国を襲った敵の根城の真っ只中である。もう二度と父たちと会えないかもしれないと、途方に暮れて泣いていた時に現れたのがヤマトであった。
「どうして泣いてるの?」
キラキラと薄暗い部屋で輝く美しい月のような白髪。こぼれ落ちそうなほど大きな瞳がナマエの顔を覗き込んでいた。
「君、最近出入りしてる仕立て屋のとこの子だよね?」
「・・・うん」
「もしかして部屋に戻れないの?案内してあげる!」
そう言って差し出してきた傷だらけのヤマトの手は、とても暖かかった。
それからナマエは、鬼ヶ島に訪れる度にこっそりと部屋を抜け出しヤマトに会いにいくようになった。いつもナマエを笑顔で迎えてくれたヤマトは、毎度光月おでんの武勇伝を誇らしげに語り、いつか海に出るんだと息巻いていた。
「その時はナマエも一緒だからな!」
「えっ?私はヤマトみたいに強くないしきっと役にたたないよ・・・」
「そんなことない!君が傍にいてくれたら僕は元気がでるんだ!約束だぞ!」
「・・・うん!」
屋根裏部屋での秘密の約束。ナマエとヤマトが向かい合い、指切りをしてから十六年。
ナマエはすでに女盛りの二十六となっていた。
「え・・・結婚?」
「そう。カイドウ様から大看板か真打ちのどなたかとどうだって話が来てるらしいの。父はこれで百獣海賊団との結びつきがさらに強くなると大喜びだったわ」
着物の生地見本を纏めた冊子と睨めっこをしながらナマエがそう告げると、床に寝そべっていたヤマトはすぐさま身体を起こしこちらに顔を向けた。相も変わらず大きな瞳は、突然のナマエの発言を聞いて、これでもかというほど見開いている。
「そんな、ちょっと待ってよ・・・。ナマエはそれでいいの?」
「・・・このままワノ国で生きていくにはそうするしか方法がないじゃない。断ったりしたら一族郎党どうなるかなんて目に見えてる」
「・・・っあのクソ親父!!」
ダンっと拳を床に打ち付けて激昂するヤマトの姿を、ナマエはまるで他人事のような気分で見ていた。
大方、好いた男もいなければ言い寄る男を虫けらのように追い払う娘を見かねて、父もナマエが断れないような相手を求めカイドウに泣きついたのであろう。店はすでに長子の兄が継ぐことに決まっている。せいぜい女の自分の利用価値は、こういう類のことだけだ。
「・・・ごめんナマエ、僕に力がないせいだ」
「ヤマト、やめて。ヤマトのせいじゃない」
「でも・・・!」
「いいの。それにだってほら、百獣海賊団の誰かと結婚したら私もここに住むことになるでしょ?そうしたら毎日ヤマトと会える。私はそれだけで頑張れる」
悔しさから涙を流すヤマトの手をそっと撫でれば、彼女は下唇を噛んでふるふると首を横に振るだけであった。そんなヤマトにナマエがそっと身体を寄せると、ヤマトはそのまま優しくナマエを抱きしめた。
同じ性別といえども、二人は大人と子供くらいの体格の差があるため、ヤマトの腕の中にナマエはすっぽりと収まってしまう。
「・・・ねぇ、ナマエ」
「なぁに?」
「もし・・・僕が男だったら・・・」
「うん」
「君の結婚相手に、なれたかな?」
こぼれ落ちるヤマトの言葉。ナマエはそれを噛み締めるように息を吸い込むと、そのままヤマトの頬に口付けをした。
赤い紅が、ヤマトの頬を色付ける。ゆらゆらと炎のように瞳を揺らめかせながらこちらを見るヤマトに、ナマエはうっそりと微笑んだ。
「ヤマト。貴方はいつか、カイドウを倒して、光月おでんのように海に出るんでしょ?」
「・・・うん」
「そうしたら、私のこと、攫いに来てね」
−−約束よ。
その言葉は夜の闇に溶けて消えた。