君と貴方とワルツを


「はぁ〜今日も素敵だなぁ。ナマエ少将」


 ふいに聞こえてきた声に、コビーは大盛りパスタの皿から視線を上げた。近くの席に座っていた女海兵たちの目線の先を辿れば、そこには何やら誰かと話しこんでいる様子の将校の姿がある。
 コビーもよく知る人物。歳は確か四つほど上だったろうか。髪を一つに束ねた中性的な顔立ちの先輩海兵であり、海軍本部に来たばかりのコビーとヘルメッポの世話をよく焼いてくれたナマエであった。
 若くして少将の位にいる彼は、その実力と海兵らしからぬ物腰柔らかな立ち振る舞いから、この海軍本部では女海兵たちの中でファンクラブができるほどの人気ぶりである。


「下手したらほんと女より綺麗よね〜」
「分かるっ!こないだ資料渡しに行った時、睫毛なっが!!ってなったもん」


 きゃいきゃいと小鳥のように囀る彼女たちの言葉を聞いて、コビーは素知らぬ顔でパスタを咀嚼しながら、心の中では同意するように大きく頷いていた。
 自分より少しばかり背が高いもののその柔和な雰囲気から出会った当初、コビーはナマエのことを女性だと思っていたのだ。のちにそれを知ったガープから「こいつはこう見えて立派なもんが付いとるぞ!」と笑い飛ばされたことによって、ようやく男だと認識したほどである。
 当の本人は「なんかよく間違えられるんだよね〜」と呑気に笑っていたが、毎年その事実を知らずに彼に恋心を抱き、無惨にも散っていく男海兵たちが何人もいるそうだ。

 そんなことを思い出していれば、話が終わったのか、話し相手と別れたナマエが食事ののったトレーを手に、きょろきょろとあたりを見回している姿がコビーの視界に入った。
 ちょうどお昼時のためか、生憎ほとんど空席がない。彼の近くで空いている席といえば、一人でパスタをかきこんでいた自分の目の前のみである。頬張っていた麺を慌てて飲み込むと、コビーは手をぶんぶんと振り回してナマエの方に合図した。


「ナマエさ〜ん!ここっ空いてるので、こちらにどうぞ!」


 コビーの姿を見るや否や、ナマエの顔がぱぁっと晴れ渡る。そしてすぐさまこちらに駆け寄ってくると、彼はコビーの目の前の席に腰を下ろした。


「助かったよ、ありがとうコビー」
「いえ!僕もちょうど一人だったので、久しぶりにご一緒できて嬉しいです」
「そう?それなら良かった。今日はヘルメッポは一緒じゃないの?」
「はい。ヘルメッポさんは任務で外に出ていて・・・」

 
 そこまで言うと、コビーはふいにナマエの口元がゆるゆると緩み出したことに気がついた。長いまつ毛を携えた大きな瞳が、こちらをまじまじと見つめている。
 何かおかしな事でも言っただろうかと思わず口をきゅっと結びながら首をかしげれば、彼は「ごめんごめん」と吹き出すようにして破顔した。


「コビーが大佐に昇進したのは聞いてたんだけど、コート姿の君を見るのは初めてだったからつい見とれちゃった」
「なっ、へ・・・!?」
「よく似合ってるよ、かっこいいじゃん」


 頬杖をつきながらウインクをするナマエの姿は、同性であっても見惚れてしまうレベルだ。現にその笑顔を目撃した近くの席の女海兵たちは、声を揃えて悲鳴をあげていた。
 反射的に赤くなった頬をぱたぱたと仰ぎながらコビーが礼を述べれば、ナマエは何かを閃いたように手を打つと、こちらに大粒のさくらんぼが何粒かのった小皿を寄越してきた。


「出世祝いに良かったらどうぞ。ちゃんとしたものはまた今度渡すね」
「え、いやっそんな・・・悪いですよ!」
「気にしないで。こう見えても後輩の昇級をお祝いできるくらいの給料はもらってるからね。それに、これは食堂のおばさんがおまけにくれたやつだから気にしないでよ」


 ファンクラブがあるレベルにまでなると食堂のおばさんから特別支給が出るほどなのか。出会った当初から何かと世話を焼いてくれる彼の優しさは、少将という位になっても変わらない。

 コビーが海軍本部にやってきた時、ナマエはガープの元で大佐として働いていた。来たばかりの新参者の自分が海軍大将になりたいという夢を語った時に、笑い飛ばさずに真剣に話を聞いてくれたのがガープと彼だったのだ。
 それならばと厳しい訓練を笑顔でつけてくれたのももう二年も前の事か。その甲斐もあってかコビーは大佐に、そしてナマエはガープの元を離れてその若さで少将へと昇級していた。ガープと同じく自分を育ててくれた恩人であると同時に、コビーにとってナマエは自分の目指すべき憧れの先輩でもあるのだ。

 そんな彼から褒められて嬉しくないはずがない。ほくほくする気持ちを抑えながらもとコビーは礼を言ってさくらんぼを受け取ると、それをぱくりと口に含む。甘酸っぱい味が口いっぱいに広がり、思わず笑顔を浮かべると、ナマエはその姿を見て優しげに目を細めた。


***


 時刻はすでに午前一時を回っている。余程のことがない限り夜の海に出動がかかることはないため、こんな時間に本部で活動している者といえば、警備のものや非常時に備えた夜勤担当者しかいないだろう。静まり返った執務室で羽根ペンを走らせながらコビーは欠伸を噛み殺していた。
 最近ルフィを始めルーキーたちが大暴れしているせいもあって出動回数が激増したため、締め切りの近い書類に手が回っていなかったのだ。任務から帰還後、担当者に「この書類の山の締切りは明日の朝までですよ」と告げられた時、コビーの頭は真っ白になっていた。
 ヘルメッポが手伝おうかと声をかけてくれたものの、自分の責任であるため、同じく疲労が溜まっている彼の手を煩わせるわけにもいかない。丁重に断り、気合を入れて書類に挑んだものの、三分の二まで済ませたあたりでついに眠気がやってきてしまったのだ。


「はぁ〜・・・とりあえずシャワーでも浴びて眠気を覚まそう」


 そんなことを呟きながら、コビーは予備で置いてあったタオルを手に室外に出ると、覚束無い足取りで廊下を歩き出した。
 基本的に風呂は宿舎で入るものの、海軍本部内には将校以上が使用出来るシャワールームがいくつかある。事務室に予約表があり、それに名前を書き込んで予約を取れば自由な時に使える仕組みだ。といってもこんな時間に使用する者などほとんどいないだろうが。
 案の定、事務室で予約表を確認したものの誰の名前も並んでいない。そのためコビーはそのままシャワールームに向かい、しょぼしょぼした目を擦りながら、三つあるうちの一番近い扉に手をかけた。

 シャワー室に足を踏み入れた瞬間、室内に灯されている光が目にしみる。そして同時に「えっ!?」と何やら聞き覚えのある声が耳に入ってきたかと思えば、視界にとんでもないものが飛び込んできた。
 女性の裸体──ほんのりとピンク色に染まる肌、そして乳房や尻など普段は布で覆われているものが全て丸出しとなっており、コビーは反射的に己の手で目を覆った。


「わー!!!すっすみませんー!!!」


 まさか先客がいたなんて!予約表には書いていなかったはずなのに!というか女性の裸を見てしまった!etcと色々混乱しながらも、コビーは目を瞑ったまま慌てて部屋の外に出ようとした。
 しかし急ぎすぎたのか、己の落としたタオルで足を滑らせてバランスを崩し、床に倒れ込みそうになる。「危ない!」という声とともに、声の主の手がコビーの腕を掴んだが、一歩遅かった。声の主はコビーを支えきれず、そのまま二人仲良く床になだれ込む。
 むにゅりと全身から柔らかい感触を感じ、弾かれるようにして身を起こせば、女性の腹の上にコビーが馬乗りになるような形になってしまっていた。ちょうど真下にある女性の瞳と己の瞳がぶつかり合う。そこでようやく、コビーはこの女性が誰なのかということを認識した。


「へっ、ナマエ・・・さん?」


 紛うことなき尊敬する先輩であるナマエの顔。そのまま視線を下にすれば、そこには男性にはないはずの豊満な胸がある。
 コビーの視線が一心に胸に注がれているのを感じ、ナマエは頬をほんのりと染めると、自分の手でそろりと胸元を覆い隠した。


「・・・コビーのえっち」


 その言葉の破壊力は絶大であった。コビーは噴火しそうなほど顔を真っ赤に染め上げると、慌てて体を退かして後ずさりをする。そしてその場に頭をめり込ませるようにして平伏した。


「も、もっ申し訳ありません!!」
「いやいや、私もこんな時間だし誰もいないと思って予約表に名前書かなかったうえに、鍵も閉めてなかったのが悪いからさ。気にしないでよ。あっ、ちょっと待っててね」


 のらりくらりと答える彼、いや彼女か。頭上で布の擦れる音がしばらくしたかと思えば、「もう顔を上げていいよ」という声が投げられる。
 口を真一文字に結んだままコビーが恐る恐る面を上げれば、そこにはいつも通りのナマエの姿があった。大きく膨らんでいた胸はぺたんこになっている。一体全体どういうことだとコビーが目を瞬かせていれば、ナマエはさも愉快そうにくつくつと笑い声をもらした。


「混乱させてごめんね。私、本当は女なんだけど、普段は色々あって男の振りしてるの」
「そっそうだったんですね・・・」
「このこと知ってるの、大将たちとおつるさんとガープ中将だけなんだ〜。あっあとおじいちゃんもか」
「おじいちゃん・・・?」
「うん、今は大目付のセンゴク元元帥。実は私のおじいちゃんなの。色んな意味で狙われやすいってことで、おじいちゃんの提案で男装して入隊することになったんだ」


 色々と爆弾発言が多すぎる。かのセンゴクの孫娘の裸を見てしまい、さらにそれに直接触れてしまっただなんて、このまま自分は海王類の餌にされてしまうのかもしれない。コビーが青ざめた顔で頭を抱えれば、ふいにナマエが膝を曲げてこちらに顔を寄せた。
 ふわりと香るシャボンの香り。同じ男性として見ていた頃は何も感じなかったものが、異性だと認識した途端に、なんと甘美なものへと変わるのだろうか。
 思わずごくりと喉を鳴らせば、目の前のナマエは濡れた髪の毛を耳にかけながら、口元に人差し指をあてる。そして彼女のピンク色に染まる唇が、ゆっくりと弧を描いた。


「だから、今日のことは私とコビーだけの秘密ね?」


 高鳴る胸の鼓動を抑えるように、コビーは赤面したまま大きく首を縦に振った。
 その日からコビーがナマエに翻弄される日々が始まったのだが─・・・それはまた別のお話。


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