フィーネの口づけ




「マルコ隊長と五年も付き合ってるのに、結婚しないんですか?」

 ふいに振られた若いナースからの素朴な疑問に、ナマエは思わず首を傾ける。
 拾い子として五歳の時からこの船に乗って早二十数年。物心ついた頃からマルコと共に過ごしているせいか、五年もなのか、五年しかなのか、果たしてどちらが正しいのか分からなくなっていた。


「昔からずっと一緒にいるから、五年が長いのか短いのかよく分かんなくなっちゃって・・・」
「えーっ長いですよ!マリアさんもリリーさんも一年くらいで結婚してるじゃないですか」
「確かにあの年代の子たちはみんな早いね」
「二人とも初対面の時から『この人だ!』ってビビッときたらしいですよ。ナマエさんがマルコ隊長と初めて会った時はどうでした?」
「いや〜どうだったかなァ・・・」


 そう問われても全くもって記憶にない。年齢差が十五もあることから、幼い頃は兄を通り越してもはや父親に近い存在としてマルコを見ていたことだけは覚えている。
 そんな彼への気持ちが、自分の中で家族愛から異性愛へと変化したことに気がついたのが十年前。年の差や今までの関係性が壁となり、初めはもちろん相手にされなかった。けれどイゾウやサッチの協力もあり、最終的にナマエの並々ならぬ熱意にマルコが折れた形で決着が着き、晴れて恋人同士になったのが五年前だ。

 長い紆余曲折があったからか、もちろん恋人として大切にしてもらってはいるけれど、五年経った今でも、マルコが自分のことを本当に一人の女性として好きなのかとナマエは疑問に思うことがある。なぜなら、未だかつてマルコが自分に対して独占欲のようなものを発揮する姿を見た事がなかったからだ。彼からすればこの関係はもはや家族愛の延長線で、周りの目もあって惰性で付き合ってくれているのではと少し不安になる時がある。
 そんなことから結婚というワードにあえて触れてはこなかったし、無論マルコの口からそれが出たこともなかった。いつか大好きな人の花嫁になりたいと思う気持ちがないわけではない。けれどそれを望むことによってマルコとの関係が終わりを告げてしまうのならば、それは自分にとって必要のないものだと思っているのがナマエの本音であった。


「でも五年も付き合ってプロポーズしてくれないなんてやっぱり酷いですよ!貴重な女の二十代を何だと思ってるんですかね?さっさと切り替えて次に行きましょう!」


 若さとは末恐ろしい。悪意なく発破をかけてくる彼女をなだめつつ、ナマエは探していた資料を手に取ると、そのまま部屋の扉に手をかける。


「ナマエさんのこと可愛いって言ってる人が船員の中に何人かいるのに勿体ない〜!」
「ほんと?じゃあもしマルコが結婚してくれなかったら、諦めてその中の誰かに拾ってもらおうかな」


 冗談を零しながら資料室を出ようと扉を開けば、出入口のすぐ傍に誰かが立っていることに気がつく。ふいに視界に入った見慣れた顔にナマエが笑い声を止めれば、すぐ後ろに着いてきていた後輩はあからさまに顔を引き攣らせた。
 そしてすぐさま「私が資料届けてきますね〜」とこちらから紙の束を奪うと、逃げるように走り去っていく。裏切り者!と彼女を視線で追いかけていれば、目の前のマルコは気まずそうに頭をかいた。


「・・・聞くつもりはなかったんだよい」
「うん・・・マルコがわざと立ち聞きするような人じゃないって分かってるから。気にしないで」


 聞かれたところで何も後ろめたいことはない。憤怒していたのは後輩だし、よくあるたらればの話だ。
 なんとも言えない雰囲気にナマエが「また夜にね」とその場を去ろうとすれば、ふいにマルコに腕を掴まれた。


「マルコ・・・?」
「・・・この先もずっと、おれはお前を手放すつもりはないよい」


 あまりに突然の告白に目を瞬かせながらマルコを見あげれば、彼は少し悲しそうに眉を下げて言葉を続ける。


「だから・・・冗談でも他の男のところにいくようなこと、言わないでくれよい」


 ゆっくりと降りてきたマルコの指先が、そのまますりっとナマエの左の薬指を撫ぜる。熱のこもった行為に声を上ずらせて「ごめんなさい」と漏らせば、彼の瞳がこちらをまっすぐと見据えた。


「おれのもんだって印、やっぱり付けとかなきゃいけねェか」
「っ、それって・・・」
「お前はまだ若いから、縛っちゃいけねェし、いつでもおれから離れられるようにって思ってたんだが・・・いざ他の男に奪われるのを想像したら、耐えられねェもんだな」


 思わぬ展開に顔を赤くしながら口をはくはくと上下させるこちらの反応を見てか、マルコの唇が薄く弧を描く。腰を折って近づいてくるマルコの顔に、ナマエは思わず彼の手をぎゅっと握り返した。


「ナマエの可愛い花嫁姿、一番近くでおれに見せてくれねェかい?」


 触れあった唇には、不器用な彼の愛がたくさん詰まっていた。


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