人の気配を感じスモーカーが目を覚ますと、風にのって緩やかにゆれるカーテンが目に入る。そしてそのすぐ近くのテーブルには見慣れた女の後ろ姿。正義のマントを翻す女は、シーツのこすれる音に気がついたのか、ゆっくりとこちらに振り返った。
「・・・どうしてお前がここにいる」
「たしぎちゃんから連絡を受けたの。無茶ばっかして部下に心配かけちゃだめよ」
飄々とした様子で告げるナマエの姿に、スモーカーは慣れない休みのせいでぼんやりとしていた頭を働かせる。
任務の途中に大怪我を負い、ニューマリンフォードにある大病院に強制入院を言い渡されたのはつい二日前だったろうか。絶対安静やら検査やらで五日は病院に拘束されると聞いた時は、すぐに抜け出してやろうと画策した。けれどそんな海兵たちをごまんと相手にしてきたナースたちから鉄壁ディフェンスを受け、女に手を上げる訳にもいかず、今回ばかりはスモーカーも白旗をあげるしかなかったのだ。
大人しく入院といってもベッドの上では特段やることもない。溜まった書類をさばこうとしたが、『とにかく休んでください!』とたしぎに全て取り上げられてしまった。そのため眠るか食うかの二択しかやることがなくなってしまったため、久方ぶりに惰眠を貪ることになったのだ。
「まぁでもその様子なら大丈夫そうね。よかった」
そんな最中に現れたナマエは、薄くピンクに色づいた唇に弧を描きながら、手にしていた小さな花瓶を窓際に置いた。そしてテーブルの上にあった小ぶりな花束の麻紐を解くと、花々を花瓶に丁寧に挿していく。彼女の手の中で可憐に黄色の花弁を揺らす向日葵を見て、スモーカーは思わず眉間にしわを寄せた。
「なんで花なんて生けてる」
「お見舞いの品よ。幼い頃に慣れ親しんだ花を見てたら、貴方もあの頃の純粋無垢な気持ちを思い出して、少しは無茶しなくなるんじゃないかと思ったの」
ああ、いつの間にこんなにも口が立つ女になったのだろうか。じとりとスモーカーが視線を送るも、少し年下の昔なじみはちっとも意に介していない様で、生け終えた花を満足そうに眺めている。
スモーカーとナマエは所謂幼なじみで、幼少期からの付き合いだ。向日葵畑が有名な観光地である島で共に育ち、十六の時に海軍に入隊したスモーカーの後を追うように、数年後彼女も海兵となった。若い頃は共に東の海で切磋琢磨していたが、スモーカーが三十の時、突然ナマエが本部に異動になったのだ。
『昔一緒に働いてた上司の引き抜きで、本部に行くことになったの』
『・・・そうか』
『・・・ねぇスモーカー、私ね』
別れの日──ナマエは何か言いたげな表情をしていた。何となく彼女の言いたい事は分かっていたし、本当は自分も同じ気持ちだったのかもしれない。けれどまだまだ強くなりたいという上昇志向と、生温い感情を天秤にかけた時、己が選びとったのは前者だった。
愛用の葉巻を咥えながら、ナマエの言葉を遮るように『達者でな』と呟けば、彼女は目を瞬かせた後、ぎゅっと口を結んで俯いた。
その姿はまるで、夏の終わりを告げるしおれた向日葵のようだとスモーカーは思った。
その後お互い違う海で働くことになったものの、任務で本部に訪れる時には連絡をとって酒を飲み交わすこともあり、変わらずに細く長い付き合いは続いている。
なんだかんだ切っても切れない縁なのだろう。そして何食わぬ顔をしつつも、自分もナマエとの繋がりをいつまでも手放せなかったのだ。
幼い頃から常に後ろを引っ付いてきて、海軍にまで追いかけてきた女。さらには今日のように相も変わらず健気な姿を見てしまえば、己の意地ももうここらが潮時なのかもしれない。
「・・・お前が傍にいて帰りを待っていてくれるなら、無茶しなくなるかもしれねェな」
ベッドの横にあるサイドテーブルに置いていた葉巻を手にしようとしたが、いつの間にやら無くなっている。恐らくたしぎかナースの仕業だろう。口寂しさから顔をしかめながらぶっきらぼうにスモーカーがそう告れば、ナマエはたと動きを止めた。
そして何やら思案するように視線を宙にさ迷わせたあと、彼女は恐る恐るこちらに近づいてきてベッドの縁に腰掛ける。
「ねぇ、それってG-5への引き抜き?」
「あんな無法地帯にお前を連れて行けるか」
「・・・ならそんな顔して言う台詞じゃないと思うんだけど」
言葉の意味を理解したのか、ナマエは目に涙を貯めて恥ずかしそうにはにかんだ。それは幼い頃、手を繋いで共に見ていた太陽に微笑む向日葵によく似ていた。
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