ついこの間まで三十度超えの真夏日続きで、いつになったら涼しくなるんだと喚いていたのに、急に秋が本気を出してくるなんて聞いていない。朝はまだ平気だった。昼はシャツだけでちょうどいい感じ。なのに帰り道は一気に気温が下がってアウト。なんてややこしい季節なのだろう。
腕を擦りながら茜色に染まる駅のホームでくしゅんとくしゃみを出していれば、ふいに後ろから「おい」と声が投げかけられる。慌てて視線を後ろに向ければ、そこにはいつの間にやらクラスメイトが立っていた。
「あ、ローくんだ」
「部活終わりか?」
「うん。ローくんがこんな時間に駅にいるの珍しいね?」
「ああ。委員会の定例会議があったんでな」
確か彼は保健委員に所属していたはずだ。医者になるという夢を持つ彼は部活には入っておらず、代わりに日々勉強に明け暮れているらしい。顔良し、スタイル良し、その上頭までいいだなんて天は二物を与えずなんて嘘っぱちだ。
そんな事を考えていれば、ふいにひんやりとした風が頬を撫で、再びくしゃみが飛び出できた。
「お前上着は?」
「それが、夕方こんなに寒くなると思ってなくて持ってきてないの」
「・・・天気予報くらい見ろよ」
「いや〜・・・ごもっともです」
こちらの返答を聞いて呆れた表情になる彼は当然防寒対策ばっちりで、白シャツの上にベージュカラーのカーディガンをはおっていた。冬になると派手な黄色のパーカーを学ランの中に着込む彼からすれば、今の季節の服装は珍しく爽やかで清楚な雰囲気を醸し出している。確かクラスメイトや同学年、さらには先輩後輩たちまでもが彼の服装を見て一日中色めきたっていたっけ。
そう考えると、今のこの状況は非常によろしくない。ホームには自分たち以外にも部活や委員会終わりの生徒がチラホラいて、先程からこちらに視線を送ってはこそこそと何かを小声で話し込んでいる姿が見受けられた。
学園でも五本の指には入るであろう人気の高い彼と変な噂をたてられでもしたら、明日からの自分の命は無いかもしれない。よし、忘れ物をしたと学校に戻るふりをしようと彼の方に面を向ければ、なぜだかそこにはカーディガンを脱ぎ去った彼の姿があった。
「鞄置け」
「え?」
「いいから、さっさとしろ」
言われるがままに近くのベンチに鞄を置けば、そのままふわりとベージュのカーディガンを肩にかけられた。混乱する私など気にもとめていない様子で器用に袖の中に私の腕を通すと、彼は腰を折りながらもくもくとボタンを留めていく。
一体何が起きているのだろうか。いつもは見上げる高さの彼の顔が至近距離にあり、思わず口を上下させていれば、一番下までボタンをしめ終わった彼がゆっくりと顔を上げた。
「着て帰れ。そのままだと風邪引くだろ」
「えっ!?いやっでも、ローくんが・・・!」
「おれはこれくらい平気だ。お前が乗る普通電車はさっき行ったばかりだから、しばらく待たないといけねェだろ。おれは次に来る電車で帰れるし、駅から家まで五分もかからねェ」
確かに自分の乗る電車が来るまではまだ十分ほどあるうえに、家まで自転車だから彼の優しさは大変ありがたかった。けれど後ろや横から突き刺さるするどい視線に、先程から身の危険しか感じない。
さらには着せられたカーディガンは裾も丈も自分のものよりかなり大きく、すっぽりと包まれている感覚がして無償にむず痒さを感じた。極めつけには、動く度に何だか妙に色気のある香りが漂うもんだから、もう頭の中は大パニックである。
いやいやでもと首を横に振っても、彼は何が不満なのだと言わんばかりに顔をしかめるだけ。もうこれははっきり言わないと伝わらないだろうと、私はそっと声をひそませた。
「ほら、カーディガンを貸してもらったなんて噂が回ったら大変だからさ」
「なんでだ」
「そりゃ、ローくん女の子からめちゃくちゃ人気だもん。彼女なんじゃないか〜なんて勘違いでもされちゃったら困るよ」
『黄色い点字ブロックの内側までお下がりください』というアナウンスと共に、ガタンゴトンと急行列車がホームに入ってくる。慌ててカーディガンのボタンに手をかけたところ、ふいに彼の大きな手が伸びてきてぽんぽんと私の頭を軽く撫でた。
弾かれるようにして面を上げれば、そこには少し楽しそうな笑みを浮かべる彼の姿。そんないたずらっ子のような彼の表情を見たのは初めてで。思わず目を瞬かせて固まっていれば、軽快な音と共に電車の扉が開き、彼はするりと車内に乗り込んでしまった。
「じゃあな」
「待って、ローくん!カ、カーディガンを!」
「おれは別にいいぞ」
「へ?」
「勘違いされても」
一体どういう意味なのか、問いただしたくても思考が上手く回らない。ボタンも上手く外せない。そんな私を置き去りに、あっという間に扉がしまって、電車は彼を乗せて走り出していく。
ホームに取り残された私の顔はきっと、背後から差し込む夕陽より真っ赤に染まっていたことだろう。