爆風に巻き込まれ、吹き飛ばされた身体を誰かが受け止めてくれる。目深く被った帽子から覗き出る金色の髪、首元には海軍の印である青いスカーフ。助けてくれた海兵の顔を見上げれば、男は安心させるかのようにその大きな瞳を緩ませて、ナマエの肩をぎゅっと抱き締めてくれた。
『歩けるか?』
男の問いかけに、混乱する頭のまま必死に頷いて自分の足で立とうとする。しかし上手く力が入らない。どうやら先程の衝撃で左足を痛めてしまったらしく、ナマエはその場にへたりと座り込んでしまった。
『・・・っ!』
『足、挫いちまってるな・・・。よし、ちゃんと捕まっとけよ!』
『え!?』
背後で銃撃音が鳴り響く中、海兵の男はナマエをさっと横抱きにすると、そのまま勢いよく地面を蹴りあげた。人を抱えているとは思えないほどの身軽さで、男は海賊と海兵の小競り合いの場に成り果てた港を駆け抜けていく。
土埃が舞う中、必死に男の首にしがみつくこと約五分。街の人々が集まっていた避難場所へとたどり着くと、男はふぅーとため息をつきながら、ようやくナマエを地面へと下ろした。
『怪我、誰かに診てもらえるか?』
男の声に、ナマエは慌てて周りを見回す。人だかりの中に、懇意にしている町医者の姿を見つけ、こくりと頷いた。
こちらの返答に男は安心したように口元を緩めると、ナマエの頭を軽く撫でた後、帽子を深く被って踵を返す。今から鉛玉が飛び交うあの戦場に戻るというのだろうか。海兵としては当然の責務と言えども、ナマエは命の恩人と呼ぶべき人物の無事を祈らずにはいられなかった。
『あの・・・!』
思わず呼び止めると、男が不思議そうな表情でこちらを振り返る。黄金に輝く髪がふわりと風に乗って揺れ、彼の目元に大きな火傷の跡が垣間見えた。
戦いの勲章だろうか。市民の安全を守るため、戦地に赴く勇ましい男の姿を、ナマエはしっかりと胸に刻んだ。
『ご武運を!!』
ナマエの声に男は白い歯を見せて笑うと、再び土埃の舞う戦場へと飛び込んで行った。
──そんな出来事から数ヶ月後。自分の命を救ってくれた男に憧れて、立派な海兵になりたいとナマエは海軍の門を叩いた。そして真実を知ることになったのは、そのすぐ後のことであった。
***
「待てこの野郎ー!!」
普段の姿からは想像もつかないほどの鬼の形相で、ナマエは銃剣を持って石畳の上を走り抜ける。正義のマントを翻しながら見上げる屋根の上には、そんなナマエをからかうようにして舌を出す男の姿がいた。
「毎回毎回しつけェなぁ。勝手に勘違いしたのはそっちだろー?」
「あの時貴方が変装して、海兵に成りすましてたのが悪いんでしょうがー!!」
「ナマエ大佐ァ〜!!お待ちください〜!!」
必死に止めに入ろうとする部下の声なんて全く耳に入っていない様子で、ナマエは男に狙いを定めて銃弾を打ち込んだ。ひゅんっと弾が男の上着の裾をかすめ、黒いコートに小さな穴が空く。その様子を見て、男は楽しげにひゅうっと口笛を鳴らした。
「惜しいなー!にしてもまた銃の腕をあげたか?偉いなナマエ!」
「気安く名前で呼ぶな!!いいから大人しく止まれっ革命軍参謀総長!!」
風で飛ばされてしまわないよう、トレードマークのシルクハットを抑えながら、男──サボは快活に笑う。
彼とナマエの追いかけっこに着いて来れるものはそうそういない。気がつけばいつの間にやらサボとナマエの一騎打ちになっており、ナマエは歯を食いしばりながらも一心不乱にサボの跡を追っていた。
「今日こそ絶対に捕まえてやるっ!!」
「お〜!頑張れよー!」
必死の形相のナマエとは裏腹に、サボは息も切らさず余裕の表情を浮かべている。それもそのはずだ。サボが任務をしているところにナマエが鉢合わせ、彼と追いかけっこをするのはかれこれ今日を含めて十回目。今のところサボが全勝しているのだから──。
そんな二人の出会いは三年前に遡る。故郷の島で海軍と海賊の小競り合いが起き、その戦闘にナマエが運悪く巻き込まれてしまったのが始まりだ。
ちょうど海軍に潜入していたサボがその場にたまたま居合わせ、ナマエを助けた事から二人は偶然の出会いを果たす。そしてサボのことを海兵だと思い込んだナマエは、彼のように誰かを守れる立派な人間になりたいと、その後すぐに海軍に入隊したのだ。
いつか自分を救ってくれた海兵との再会を夢みて切磋琢磨していた時、たまたま目にした手配書。そこに映る男の姿を見て、ナマエは悲痛な叫び声を上げることになる。
金色のウェーブがかった髪に、左目の火傷の跡。見まごう事なきあの時自分を救ってくれた海兵の男。しかし、写真のすぐ下には、皮肉にも『革命軍参謀総長・サボ 6億200万ベリー』という文字が踊っていた。
運命とはなんとも残酷なものだ。憧れの命の恩人が、憎き敵に変わった瞬間に感じた絶望を、ナマエは
そこからナマエは革命軍とやり合うことが多い海軍本部に移動するため、東の海で血反吐を吐くような努力をし、大佐の肩書きを手に入れ、マリンフォードに乗り込んだのだった。
しかし現実はそこまで甘くなかった。革命軍参謀総長、そして革命軍NO,2の実力者というのはそう簡単に誰もが手に入れられるような代物ではないと、ナマエは身にもって思い知らされることになる。
初めて敵としてサボと対峙した時、彼は赤子の手をひねるようにして、ナマエをいとも簡単にねじ伏せたのだ。
『っ・・・!悪りぃな。女と言えども、海兵相手に捕まるわけにはいかないんだ』
『革命軍参謀総長を見かけた』とのタレコミを受けて、潜伏先の島の一角で息を潜めて彼の背後から近づいたつもりだった。けれど気がつけば身体を地面に叩きつけられ、腕は簡単にひねり上げられていた。
痛みはするが、女ということで少しは手加減されているらしい。それが余計に悔しくて、ナマエはキッと鋭い目でサボの顔を睨みつけた。
『あれ・・・お前、どこかで会ったことあるか?』
しかし彼はナマエの視線など全く意に介していない様子で、不思議そうに首を捻った。
出会った日の優しい彼の笑顔がふと脳裏に蘇る。今の自分の不甲斐ない状況と相まってか、ナマエは思わず涙声で彼の問いかけに答えた。
『・・・っ二年前、ミコリ島で貴方に命を救われた!』
『ミコリ島・・・って、あぁ!あの時助けた女の子か?!そりゃ、なんでまた海兵なんかに?』
『っ・・・──から』
『え?』
『貴方が海兵だと思って、助けてくれた姿に憧れて海兵になったんだよ!!なのにっ、なんで革命軍なんだよ馬鹿野郎ー!!』
ナマエの絶叫を聞いて、サボが腹をかかえて大笑いしたことは言うまでもない。
その日を境に何だかんだと遭遇することが増え、鼠と猫のように追いかけっこを繰り広げるのが二人の恒例行事と化していた。
そして気がつけば彼はナマエの事をいつの間にか名前で呼ぶようになり、ひとしきりナマエを翻弄して楽しんだ後は、何故か毎度ナマエの動きや作戦についての総評を述べるようになっていた。
──まさに今もちょうどその状況である。
「誘導して裏路地まで追い込んだのは良かったけど、途中女の子の方に気を取られて隙を作っちまったのが今回の敗因だな」
洗濯物を干すために家々の間に張り巡らされた紐に足を巻き付けられ、逆さまに宙吊りになったナマエを前にして、サボは呑気に今日の振り返りを行っていた。
あと一歩のところだったのだ。しかしサボを追い詰めかけた時に、タイミング悪く幼い少女が家から飛び出してきてしまったため、市民の安全確保を第一優先に動いた事からサボに裏をかかれてしまった。
そしていつの間にか形勢逆転して彼に誘導されていたようで、まんまと紐の罠にかけられてしまったというわけだ。ひっくり返ったまま、不貞腐れたようにサボを睨み続けるナマエを前にして、彼は眉を上げながら少し楽しそうに笑った。
「まぁ任務より子どもを優先して助けたのはいい事だ」
「・・・それはどうも」
「適わない相手に何度も立ち向かうっていう諦めない心もあるし、お前革命軍の素質があるよ。どうだ、一緒に来ないか?」
「っ!?誰が!革命軍なんかに!!」
「だって、お前間違って海兵になったんだろ?元からおれが革命軍って分かってたら、普通に革命軍に入ってたんじゃねェのか?」
確かに彼の言うことには一理ある。しかしきっかけはそうだったとしても、ただ男に憧れただけで、この三年間海兵を続けてきたわけではない。
ナマエはしっかりとサボの目を見据え、己の中で育ててきた思いを吐き出すように口を開いた。
「・・・始まりはそうだとしても、今は自分なりの正義のあり方を見つけて、海兵であることに誇りを持って生きている。海兵になったことにひとつも後悔なんてないの。今は勝てないかもしれないけど・・・これからもっともっと強くなって、いつか絶対貴方にぎゃふんと言わせてやるから!覚悟しときなさい!!」
逆さまに吊るされたまま息巻いたところで、しょせん負け犬の遠吠えだと笑われるかもしれない。憧れが、一度は憎しみへと変わってしまった。けれど対峙して彼の実力を知ったことで、敵といえども、純粋に格上である彼に勝ちたいという目標ができたのだ。例え月日がかかったとしても、絶対に成し遂げてみせる。
そんなナマエの宣戦布告を黙って聞いていたサボは、一瞬にしてその大きな目をキラキラと輝かせたかと思えば、すぐさま白い歯を見せた。
「いいな。そういうお前のひたむきなところ、おれは好きだぞ」
「・・・は?」
「でもおれも諦めが悪りぃからさ、おいそれとお前のことを逃がすつもりはねェよ」
「な!?」
告げられた台詞はまるで、愛の告白のようで──。
サボの突然の言葉に、顔を真っ赤にさせて困惑するナマエを他所に、彼は指先を伸ばしてナマエのおでこに人差し指をそっと当てた。
「ナマエが海兵の間は死んでも捕まってやれねェけど、革命軍に来てくれたらいつでも捕まってやるよ」
澄み切った青空に浮かぶ太陽のように眩しい笑顔が、いっそのこと清々しい。
平和な世が訪れたいつの日か、ミイラ取りがミイラになる日が来るかもしれない。