流星を追い越して




「今日で海軍を辞めさせていただきます!お世話になりました!」


 ハキハキと大声をあげて深々とお辞儀をするナマエ。そんな彼女の姿を見て、先程までソファでだらけきってコーヒーを飲んでいたクザンは、思わず口の中のものを全て吹き出してしまうところであった。そしておいおいおいと、そのまま荷物を持って出ていこうとするナマエの腕を思わず掴みあげる。


「いやいや、待って、とりあえず落ち着きなって。何があったの」
「・・・何も聞かないで下さい!私にはもうこうするしかないんです!」
「おれが最近ちょっと怠けすぎた?いや、それなら少〜しは改善するからさ、そんな早まりなさんなよ」
「いえ、クザンさんは何も悪くありません!このまま海軍にいたら私、・・・私っ絶対にお嫁に行けないんです!!」


 今にも泣き出しそうなナマエのその言葉を聞いて、クザンはなぜこの状況が起きているのか全てを理解した。またあれかと思わず頭を抱えたくなるも、彼女の立場を考えれば少し哀れみを覚えてしまうのも無理は無い。


「またバレたのか」
「・・・はい」
「んで、振られたの?」
「〜っ!本部にきてもう3回目なんですよ!?『元帥の孫娘となんて怖くて付き合ってられない』って言われたの!!もう振られるのはイヤ〜!!」


 普段の可愛らしい健気な部下はどこに行ったのか。仕事とプライベートはやはりまったくの別ものらしいと、クザンはとりあえず机に置きっぱなしにしていた貰い物の高級菓子をナマエの目の前にチラつかせた。


「はっ!それはなかなか手に入らないと噂の高級クッキー・・・!」
「正解。これやるからとりあえず座りなさい」


 珈琲を入れてやるからと告げれば、現金なものでナマエはクザンの言う通りにソファーに腰をおろした。
 そう、何を隠そうナマエはあのセンゴクの孫娘なのである。さらにはまだ二十代でありながら大佐の地位についている実力者で、青キジの部下としてここ海軍本部に身を置いていた。といっても本部にきたのはつい一年前で、それまでは東の海で仕事をしていたため、彼女がセンゴクの孫娘だと言うことを知るものはほんのひと握りである。
 色眼鏡で見られたくないと言う本人の意向で伏せられているのだが、それが仇となっているのか、ナマエに近づいて来る男たちはみんなその事実を知るや否や、しっぽを巻いて逃げ出していくのだ。
 クザンが特製の珈琲を入れて持っていってやれば、すでにクッキーをたくさん口に頬張っていたナマエは少し落ち着きを取り戻していた。


「落ち着いた?はい、これ」
「・・・すみません。ありがとうございます」


 給湯室にあったナマエの水色のマグカップを渡せば、彼女はフゥフゥと息をかけて冷ましながら珈琲を口に含み、「美味しい」とふんわりと笑う。こうしてみればただの愛らしい女性なのだが、確かに背後にセンゴクの姿がチラつくとなると話は別であろう。


「まぁ、あれだ。別にお前さんを振った男どもはセンゴクさんにビビってる腰抜け野郎なだけで、べつにナマエ自身に何か問題があるわけじゃないんでしょーよ」
「・・・それはそうなのかもしれないんですけど。でも、私ももう二十代後半ですよ?海兵としか出会いがない状態でこんな風になっちゃうなら、もう辞めて婚活でもしようかなぁって思っちゃって・・・」


 時は金なり。確かに女性にとってはそれは深刻な問題だ。しかし四十代後半で未だ独身を謳歌しているクザンに相談されても、どうアドバイスをしたらいいのか困る内容でもある。
 ぽりぽりと頬をかきながら、クザンはどこかにセンゴクが認めるような骨のある男が近場に居ないものかと思いをめぐらせる。
 スモーカー、メイナードetcと考えてみるもどうもしっくりこない。それもそのはずである。根底にクザンがナマエのことを好意的に見ているという事実があるからだ。過去に何度かクザンからナマエにモーションをかけてみたものの、彼女は上司である自分の言葉は全て冗談であると思っている節があり、いつものらりくらりと流されていた。


「やっぱりもうおれにしとく?」
「うーん・・・ほんとにもうクザンさんくらいしかいないんですよね、それなりの地位でおじいちゃんに一切臆さない人って」
「付き合い長いし、何だかんだおれには甘いからねェあの人」
「私が四十過ぎても貰い手が見つからなかった場合はどうぞよろしくお願いします」


 話の流れついでに、クザンがさらりとナマエにそう告げるも、もちろん彼女からの返答もいつもの通りであった。


「あらら、今回も冗談だと思ってる?ナマエが四十になるまで待ってたら、こっちはもう初老のじぃさんよ?」
「・・・こちらも毎度言ってますけど、二十も歳が離れてる小娘なんかに絶対興味ないでしょうクザンさん」


 それが興味あるんだよなぁなんて言ったとしても、軽くいなされて終わるのが関の山だ。果たしてナマエにどうすれば伝わるのか、クザンは珈琲を口に含みながら思いを巡らせた。



***


「あーもうっ!!またいない!!!」


 ナマエが海軍を辞める宣言をしてから一週間後。とりあえず保留と言われクザンから退役の許可を得ることができず、ナマエは未だ海兵として仕事をしていた。
 しかしいつものことながら、今日も今日とて上司の姿がいつの間にやら見当たらない。「飯行ってくるわ」と言って昼前に出ていったので、もうかれこれ二時間は姿を消しているだろう。
 まだ書類の束が山のように残っているクザンの机を睨みながら、己の仕事の処理を行っていれば、ガチャと執務室のドアが開く音がする。いつものように気だるそうに欠伸をしながらクザンが入ってきたため、ナマエは彼に物申そうと立ち上がった。


「やっと帰ってきた!クザンさんこの書類早く・・・」


 「片付けてください」と言い終わらないうちに、ポケットに入っていたクザンの手がナマエの前に突き出される。
 大きな手に握られている小さな黒い箱。怪訝そうな面持ちでナマエがクザンを見上げれば、両手を出すように促され、ナマエは大人しく指示に従いそれを受け取った。


「なんですかこれ」
「開けてどーぞ」
「・・・なんか変なものじゃないですよね?」


 眉を寄せながらナマエはその箱を恐る恐る開ける。そして現れた物を見た瞬間、ナマエは目を見開いて、箱の中身とクザンの顔の間で何度も視線を往復させた。


「こっこれ・・・え?」
「ナマエってば、おれの言葉いっつもさらっと流しちゃうでしょ。だからこういうものがあった方が真剣味が増すかなと思って」
「な、・・・えっ?えぇ!?」
「調査したからサイズは一応合ってると思うんだけど。どうよ、少しは意識してくれた?」


 現れたのは見たこともない大きさのダイヤが輝くシルバーリング。こちらに伸びてきたクザンの手がナマエの左手に触れると、そのまま薬指をすりっと優しくなぞる。
 その瞬間、ナマエは全身からぶわぁっとなにかが溢れ出てくるような感覚を覚えた。先程まで目の前のクザンに不平不満をぶちまけようとしていた気持ちは何処へやら。バクバクと心音が鳴り止まない。恐らく真っ赤になっているであろう顔でナマエがクザンを見上げれば、彼は満足そうに笑みを浮かべた。


「返事は少しなら待ってやるからさ。海兵やめないで、仕事もプライベートもまかせてくんない?おれくらいなんでしょ、お眼鏡にかなうの」


 口をはくはくと動かしたまま、ナマエは思わずクザンの手を握りしめた。



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