雨宿りはこちらから
※少しですが事後を匂わす表現があります。ご注意ください。
薄い腹に白濁液を吐き出した後、ようやくスモーカーは我に返る。ベッドに縫い付けていた細い腕を解いてやれば、ナマエは肩を上下したまま、恍惚とした表情でこちらを見つめていた。
薄暗い部屋の中で、その瞳はまるで夜空に輝く星のように瞬く。
「スモーカーさん。もっと、ください」
「・・・煽るな」
「嫌・・・最後の思い出ですもん」
その言い方はまるで幼子のようで、十近くも歳の離れた女に手を出してしまったことへの背徳感にさらなる拍車をかけた。
そう、ナマエはスモーカーの恋人などではなく、直属の部下であった。さらにはあのセンゴクの孫娘なのである。
面倒を見てやれとクザンがスモーカーの元へ連れてきてから早五年。ナマエは気がつけば色気を醸し出す年齢になり、いつしかスモーカーに対して熱い視線を送ってくるようになっていた。その視線に気づいていたものの、スモーカーは自分や相手の立場、年齢差など、全てを加味したうえで牽制をしていたつもりだった。
けれど恋に一直線の若い女とは末恐ろしいもので、そんなものは関係ないと言わんばかりのアプローチが続き、ついには「スモーカーさんが好きなんです」と面と向かって宣うほどになっていた。
年上の男に憧れ、追いかける恋が楽しい年齢なのだろうと、いつか飽きる時が来るだろうと思い、スモーカーはいつもそれを軽く否していた。その通り、終わりは突然だった。
『えっ!少佐ちゃん、お見合いするの!?』
『そうなんですよ〜。おじいちゃんがそろそろちゃんとしろってうるさくてうるさくて』
『スモやんのこと諦めんのか!?』
『あんなに好きだ好きだって言ってG-5にまで追いかけてきたんじゃねェか!俺ら応援してたんだぞ!』
『いやぁだってほら、私もう100回はフラれちゃってるんで望み0ですもん。いい加減諦めて、お見合いで素敵な人見つけますね!』
G-5での宴会で、いつもは絶対にスモーカーの隣を死守しているナマエが、今日は離れた席に座っていると誰もが思っていた矢先であった。野郎共の悲鳴に混じって、ジョッキを片手にあっけらかんと笑う声。いつものように葉巻を吸いながら酒を流し込んでいたスモーカーの耳にも当然それは入ってきた。
瞬間、腹の中で何かが巻き起ったような感覚を覚える。ああ、これはとスモーカーは咄嗟に酒を煽った。
それから二時間はたったであろう。会自体がお開きになり、さっさと帰路に着く者、飲み続ける者、酔い潰れる者と三者三様の姿を見せていた。
大樽を開けたのにも関わらず、けろりとした顔でスモーカーは新しい葉巻に火をつけて席を立つ。
ナマエの姿はなかった。いつもなら、執拗に絡んできては部屋まで送ってくださいと無邪気に腕を絡ませてくるはずが今日は当然それもなく、スモーカーは少し手持無沙汰な気持ちでその場を後にした。
宿舎に続く道すがら、そこにナマエの姿を見つけた。ぽつんと一人、海沿いのベンチに座り、丸い月が浮かぶ空をただ眺めているようだった。いつもなら捨て置くその光景を、自ら拾い上げに行ったスモーカーもきっと、確信犯だったのだろう。
気がつけば自室のベッドに小さな身体を組み敷いていた。唇に噛み付けば、ナマエは吐息をもらしながら首に腕を絡ませてくる。見た事もない彼女の表情に、スモーカーは自身の中の熱がむくむくと登りあがってくるのを感じた。
そのようになってしまった男女がやる事と言えばひとつしかない。汗ばむ柔肌を揺さぶれば、ナマエは譫言のように「好き」とスモーカーへの愛を繰り返し囁いた。
「後悔してます?」
「・・・」
「あ、図星だ」
まるで他人事のようにナマエはくすくすと笑った。いたたまれなくなったスモーカーは近くにあったタオルを鷲掴むと、彼女の腹の上のものを拭う。そしてベッドサイドに置いてあった葉巻に火をつけ、そのまま枕を背もたれにして寝転ぶナマエの横に腰を下ろした。
「本部に行く準備をしとけ」
煙を吐き出しながらスモーカーがそう告げれば、ナマエが小さく息を吸ったのが分かった。そして瞬間、スモーカーの方へ顔をあげると、その大きな目を涙で潤ませながら口を開く。
「・・・嫌です。私、今夜のこと絶対誰にも言いません。それにもうスモーカーさんのこと、諦めるって決めたから・・・迷惑もっかけません、だから」
「これからも傍に置いてください」という言葉とともに、頬に零れるナマエの涙。さめざめと泣く姿はまるで母親に置いていかれた子供のようである。
面食らったスモーカーは自身の目を思わずその大きな手で覆うと、煙とともにため息を吐いた。
この一件でG-5から本部に送り返されるとでも思ったのだろうか。真意がまるで伝わっていない。が、言葉足らずの自分に問題があることは重々承知ではあった。
スモーカーは手を伸ばしその涙を擦るように拭うと、顎を掴みこちらに顔を向けさせる。突然の行為に、ナマエはぱちぱちと目を瞬かせた。
「部下に手を出しちまったからじゃねぇ」
「・・・え?」
「おれ自身の気持ちにわざと蓋をして、色々と時間を無駄にしちまったことを後悔してんだよ」
直属の部下で、あのセンゴクの孫娘である。嫌でも慎重になるに決まっているだろう。
ようやく言葉の意味を理解し始めたのか、次第に赤くなる頬をスモーカーが優しく撫ぜてやれば、ナマエはまたぽろぽろと涙を流し始めた。
「俺が好きでもねぇ女に手を出す男だと思ったか?」
「・・・いいえ」
「俺は一度気に入ったモンを手放す趣味はねぇんだ」
「覚悟しとけ」とかぶりついたナマエの唇は、今までになく甘美の味だった。
一週間後、突如現れた二人からの言葉を聞いて、センゴクの歓喜とも悲痛とも取れる絶叫が海軍本部に鳴り響いたという。