ビターなお味がお好きでしょ?




 からんころんと景気のいい音が鳴り響き、輝くゴールドの指輪が洗面所の排水溝に呑まれていく。その瞬間、ナマエの顔は真っ青に染まった。


「えっ!うそでしょ!?」


 叫び声をあげても時すでに遅し。丸い穴をいくら覗き込んでもその姿は見る影もない。
 騒ぎを聞き付けた同僚たちがなんだなんだと駆けつけてくれ、パイプを解体して中を見てくれたものの、その指輪が出てくることはなかった。


「で?指輪無くしたって言えなくて、それからずーっとサボくんのこと避けてるわけ?」


 ランチのハンバーグをつつきながらそう小さくため息をつくコアラの声に、ナマエは意気消沈したまま頷いた。
 そう、一週間前までナマエの右手の薬指についていた指輪は、恋人のサボからもらったものであったのだ。ずっと付けていて欲しいと言われ、仕事中も入浴の時も基本的には付けっぱなしであったのだが、あの日は少し事情が違った。
 革命軍で保護した子供たちの遊び相手をしていたところ泥だらけになったので、指輪も綺麗にしようと洗面所で外してしまったのだ。


「もらってまだ半年くらいしか経ってないのに失くしちゃったんだもん・・・言えないよ〜!」
「でもどうするの?この先ずっと言わないまま?」
「ううん。一週間後に買い出しで島外に出るから、その時に似たやつを探そうと思って」


 一粒石のシンプルなリングだったため、探せばきっと似たようなものが見つかるだろう。運良く任務が入ってくれて良かったとナマエが笑顔で告げれば、目の前のコアラは眉をしかめた。


「あと一週間も?サボくん、今週は長期任務入ってなかったはずじゃない?」
「うん。でも、二日くらいは確か本部にはいないはずだし・・・今週も何とかなったから残りも逃げ切ってみせる!」


 そうコアラに高らかに宣言してから、ナマエは再びサボを避けて過ごす日々を送った。
 元から参謀総長のサボと事務雑用として働くナマエとでは仕事で関わることが少ない。遠くにサボの姿を見かければすぐに隠れ、万が一気づくのに遅れて話しかけられたとしても、手を後ろに組んだりして事なきを得ていた。
 問題は逢瀬の時だ。どうしたってバレてしまう可能性が高かったため、サボに「夜に部屋に行ってもいいか?」と尋ねられても、何度か断りをいれることになってしまった。明らかに寂しそうな顔をするサボに心が傷んだが、全て円満に終えるためだとナマエは心を鬼にした。


 ようやく買い出しの日を明日に控えた前日の夜。朝早く仲間と共に船で出立するため、早く寝ようとナマエは既に布団に潜り込んでいた。
 失くすまで四六時中つけていたためか、うっすらと指輪の形が白く浮き出た右手の薬指を眺めていれば、ふいにコンコンと部屋をノックする音が鳴り響く。こんな夜に誰だと思いつつも返事をすれば、返ってきたのはサボの声であった。


「おれだ、ちょっといいか」
「えっ、サボ?今日、泊まりの任務で帰るのは明日になるって・・・」
「それが早く終わって、帰ってこれたんだ。ナマエに会いたくなっちまって来たんだけど・・・今駄目か?」


 ナマエとて二週間もサボとまともに会話すらしていないため、会いたいのは山々だ。けれどここまで頑張ってきた努力を水の泡にしたくはないとナマエは歯を食いしばった。


「えーと・・・明日早いからもう寝たいな〜って」
「・・・そうか、わかった」
「ご、ごめんね。おやすみなさい」


 ベットに潜ったままナマエは扉に向かってそう答える。扉越しに聞こえる落胆したサボの声に、ナマエの心がずきりと痛んだ。指輪を手に入れたらサボの叶えて欲しいことを全部してあげようと、謝罪の念を込めて扉に向かってナマエが拝んでいれば、ふいにガチャリという音が部屋に鳴り響く。
 自分は確か布団に入る前に鍵を閉めたはずだと目を丸めていれば、扉が開かれ、にこにことした笑顔で立つサボが現れた。


「悪りぃな、入らせてもらうぞ」
「か、鍵・・・どして」
「ん?合鍵作ってたの言ってなかったか?」


 そんなこと一ミリも聞いていないと思いながらも、ナマエは咄嗟に右手を布団に潜らせた。サボは笑顔を一切崩さずそのままナマエがいるベッドまでやってくる。そしてどかりと端に腰掛けると、布団の中に隠れるナマエの右腕を勢いよく掴んだ。そのまま確認するように、サボの視線がナマエの薬指を捕らえる。
 ああ、これは完全にバレていると、ナマエは首根っこを掴まれた猫のようにただ縮こまることしか出来なかった。


「指輪、どうした?最近ずっと付けてねーよな?」
「えーと、それがですね・・・」
「それにここ最近おれのこと避けてたよな?何か言えないことでもあんのか?」


 先程までの笑顔はどこへやら、するどい目つきのサボにナマエは今すぐにでもこの場を逃げ出したかった。
 いつもナマエに対しては丁重かつ甘々な態度しか取らない恋人のこんな冷たい表情を、未だかつて見た事がない。申し訳なさと恐怖心から、思わずナマエは口をへの字に曲げ、子供のようにべそべそと涙を零した。


「ごめんなさい・・・サボにもらった指輪、二週間前に排水溝に落として失くしちゃったの」
「・・・は?」
「もらってまだ半年だったから、言えなくて・・・。明日、買い出しの時に似た指輪買って凌ごうとしてたの。だから、それまでサボにバレないようにって、避けちゃってた・・・」


 鼻水を啜りながらナマエがそう告げれば、先程まで強く握られていた右手が瞬時に解かれる。ふとサボを見れば、彼は口元を抑えながら「よかった」と何やら安堵のため息をついていた。


「はぁ・・・そんなことなら早く言ってくれよ」
「ごめんなさい・・・」
「こっちはお前に振られんじゃねぇかって、毎日モヤモヤしっぱなしだったんだぞ?」
「・・・え?何で?」
「あのなぁ・・・恋人がずーっと自分のこと避けてるうえに、あげたはずの指輪を付けてないんだぞ?会いに行っても断られてばっかだし・・・。他に男でもできたんじゃねぇかって疑うに決まってんだろ」


 確かに言われればサボの言う通りである。自分が逆の立場でも同じように疑ってしまうだろう。そんなに心配をかけてしまっていたのかと、ナマエはサボの方に手を伸ばすと、ゆるりと彼の手を握った。


「私がサボのこと振るわけないよ?サボのこと、大好きだもん」
「・・・っ」
「心配かけてごめんね。あと、失くしたこと正直に伝えなくてごめんなさい・・・」


 謝罪をしながら、ナマエはすりっと自分の頬にサボの手を寄せる。久しぶりに触れることのできた温もりにナマエが心を和らげていれば、ふいに大人しく握られていたサボの手が大きく開かれた。
 サボはそのままナマエの顎を掴むと、その柔らかい唇に食らいつく。そしてそのままナマエをベッドに縫い付けると、上から覆いかぶさった。


「サ、サボ!」
「指輪なんていくらでも買ってやるよ。あれ、男避けのために付けさせてたからな」
「え・・・えぇ!?」
「いっそ次はこっちの指に似合うやつを買うか」


 嬉しそうに顔を綻ばせ、サボはナマエの左薬指を優しく掴みあげるとそのまま口に含んだ。そして付け根あたりをガリッと甘噛みする。濡れそぼつ付け根にはサボの歯型が荒々と刻まれており、それはまるで、もうここは予約済みだと主張しているようであった。
 そして流れるようにサボの手がゆるゆるとナマエの服の中に侵入してくる。サボの行為にすでに顔を真っ赤にしていたナマエは、その手を力の限り必死に止めた。


「明日!!船の出発!早い!!」
「ん?大丈夫だ。無理はさせねぇから・・・多分」


 思わず片言になりながらも大声で反発したが、二週間もお預けを食らわされていたサボが止まるはずがない。ナマエの願い虚しく、その晩サボに抱き潰されることになったナマエは、次の日、まるで死んだ魚のような顔で船に乗り込むこととなった。


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