花催い



 プルプルプルと部屋の中で電伝虫の音が鳴り続ける。かれこれ昨日と合わせて七度目となるその発信音に合わせながらつま先で床を弾くことで、ナマエは己の中の苛立ちを必死に押さえ込んでいた。
 明日にでもかけ直すべきか、もしくはもういっそのこと諦めてしまおうかと考えていた矢先。ふいにガチャリという音とともに、待ち望んでいた相手の声がナマエの耳に飛び込んできた。


「・・・なんだ」
「っ!あーっもう!ようやく出た!!あのですね!一週間後の十八日にっ」
「今マクータ島にいる。用があるなら直接来い」


 会話ができたのはものの十秒ほどか。プツリと途切れた声に、ナマエは呆然と立ち尽くしたまま電伝虫の受話器を見つめることしかできなかった。しかし数秒たてば、沸騰したやかんのようにすぐにふつふつと怒りが湧いてくる。


「あーーー!!もうっ!!ほんといっつも何様なのあいつ!?」
「お〜。びっくりしたねえ。どうしたんだい」


 堪らず声を荒らげながら電伝虫に力強く受話器を押し付けていれば、ナマエの後ろからのんびりとした声が投げられる。
 ここが上司の執務室だということが怒りによってすっぽりと頭から抜け落ちてしまっていたらしい。はっと我に返ると、ナマエは慌てて声の主・ボルサリーノに向かって頭を下げた。


「お仕事中なのに申し訳ありません・・・!」
「いいんだよお。戦桃丸ならまだしも、ナマエちゃんが声荒らげるなんて珍しいから、よっぽどのことだろうねえ。またトラファルガーかい?」
「はい・・・。招集の連絡だったんですが、用があるなら直接言いに来いと・・・」



 湯のみでお茶をすすりながら首を傾けるボルサリーノの言葉に、ナマエはげっそりとした表情でため息をついた。
 二ヶ月ほど前に王下七武海に新しく加入したトラファルガー・ローは、ナマエにとって何かと因縁深い相手である。
 海軍に入隊後からずっと北の海に駐在していたナマエとローは幾度となく顔を合わせており、少佐だったナマエは昼夜彼を捕らえることに奔走していた。ローが偉大なる航路に足を踏み入れてからは、手の届かないところへ行ってしまったと歯がゆさを感じていたが、いつか海軍本部に行って必ず捕まえてやると前を向いた日も懐かしい。
 そんなナマエが北の海から海軍本部に引き抜かれたのがつい二ヶ月前。大佐に昇級となり本部に移動となったことで、己の実力がついに認められたのか!と喜んだのも束の間であった。


『王下七武海にはそれぞれ海兵の中から担当者がつく。いわゆる目付け役じゃ』


 本部に着任した日。執務室に呼ばれ、サカズキを目の前にしたナマエは一言一句を聞き逃さないよう、緊張した面持ちで元帥の言葉に耳を傾けていた。


『ドンキホーテ・ドフラミンゴにおつるさん、ボア・ハンコックにモモンガがついているように、基本的には中将クラスのもんがその担当につくんじゃが・・・。トラファルガー・ローが北の海で顔なじみだったお前さんにしてくれと指名してきおってのう』
『・・・は?』
『異例じゃが、特別に承認することになった。よう目ェ光らせちょれよ』


 そんなこんなでローと再会することになったナマエではあるが、王下七武海となってしまえば不可侵条約で彼を捕らえることができない。望んでいたものとは違う結果にナマエの中では悔しさが募るばかりであった。
 そればかりか彼は事ある毎に船に呼びつけ、そのまましばらく船で連れ回すなどナマエを好き勝手に振り回すようになった。そうかと思えば、今回のように自分の都合の悪いこととなると雲隠れをしたりもする。
 自由を好む海賊らしいといえばそうであるが、正義を背中に掲げるナマエからすればそれは到底受け入れ難い行為だった。


「・・・とりあえず、今からトラファルガーの元に行ってきます。前回もすっぽかされたので今度こそ招集に応じてもらわないといけませんし」
「う〜んそうだねえ。気をつけて行っておいでよお」


 ボルサリーノに見送られ、ナマエは船の手配をするために執務室を飛び出した。ここからマクータ島までは片道四時間ほどの航路である。一時間後に出航したとしても夜までには着くだろうと思案していれば、ふいに曲がり角から出てきた影にナマエは勢いよくぶつかってしまった。
 視界に広がるピンク色の柔らかい何か。思いがけない衝撃にナマエはバランスを崩し、その場で盛大に尻もちをついた。


「痛たた・・・」
「フッフッフ、ちゃんと前を見て歩くんだなァ女海兵」


 降ってきた嘲笑うような声に、ナマエは思わず目を見開きながら面をあげる。ナマエがぶつかったのは王下七武海の一人であるドフラミンゴだったようで、通常の人間より三倍はあろう巨体がこちらを見下ろしていた。


「す、すみません。前方不注意で・・・」
「おや。誰かと思えばナマエじゃないかい」
「おつるさん!」


 慌てて謝罪をすると、聞きなれた声とともにドフラミンゴの後ろからつるが姿を現す。見知った人間の登場にナマエが思わず安心したように顔を綻ばせていれば、つるはこちらに手を伸ばしそのままナマエを引き上げてくれた。


「すみません。ありがとうございます」
「そんなに急いでどうしたんだい」
「あっえーと、トラファルガー・ローに呼び出されていて・・・」
「・・・ローだと?」


 二人の会話に突然割り込んできたドフラミンゴの声。先程までの軽快なものとは異なり、威圧感が込められたその声色に、ナマエは思わずごくりと喉を鳴らす。しかしつるはそんなことは慣れっこのようで、彼女は腕を組みながらドフラミンゴを一瞥した。


「この子はトラファルガー・ローの目付け役なのさ。よく振り回されてるよ」
「ほう・・・お前がローが指名したっていう噂の奴か。フフフフフフ!!!」


 先程までの威圧感はどこへやら。ニヒルな笑みを浮かべ、ドフラミンゴはその大きな身体を折り曲げると、そのままナマエの耳元に薄い唇を寄せる。突然詰められた間合いにナマエが思わず肩を揺らせば、彼はポンっとナマエの肩を叩き、「ローによろしく伝えといてくれ」とぼそりと声を漏らした。
 そしてドフラミンゴはそのまま何も無かったかのよう廊下を歩いていく。はぁとため息をつくと、つるはナマエに別れの挨拶を済ませ、ドフラミンゴの後を追うようについて行った。
 謎めいた伝言に、ドフラミンゴとローの間に何か確執でもあるのだろうと頭を巡らせるも、過去に両海賊団がぶつかったという情報は聞いたこともない。それよりもまた姿をくらまされる前に一刻も早くローに招集の命令を伝えるべきだと、ナマエは再び急ぎ足で廊下を歩み始めた。



***


 海軍本部から出航して数時間。マクータ島に着くと、ナマエはすぐさま部下数名を引き連れてハートの海賊団のポーラータング号に向かう。王下七武海にもなると海賊といえども堂々と正面の港に停泊することがほとんどだ。
 案の定、すぐに黄色い船体を見つけるとナマエは正義のマントを翻しながら船番をしていた船員たちに声をかけた。


「あっナマエちゃんだ!」
「元気してたー?」
「キャプテンなら部屋にいるぜ」
「ありがとう。上がらせてもらいます」


 愛想よく声をかけてくるハートの海賊団の船員たちは皆、ローと同じく北の海からの付き合いである。海賊と馴れ合う気はないにしても、彼らのこの何とも言えない緩い感じは相も変わらず憎めない。
 ナマエは船の前で部下を待機させると、ミンク族の白熊たちに見送られ、慣れた様子で船内に入っていく。不可抗力とはいえ、過去に数え切れないほどこの船に乗った経験から船の構造は嫌でも頭の中に刷り込まれていた。
 最下層の一番奥にある部屋にたどり着くとナマエは木製の扉を軽くノックする。「ナマエですけど」と無愛想な声を投げれば、数秒後、ガチャリと部屋の扉が開かれた。



「遅かったな」
「・・・これでも早い方ですよ」


 現れたローはニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべながら、こちらを見下げた。開口一番が嫌味とはと、思わず帰りたくなる気持ちを抑えながらナマエがそう返せば、ふいにローの視線がナマエの首元に注がれる。
 瞬間、ナマエの全身をぞわりとした悪寒が駆け巡った。首元に伸びてくるローの指先。彼の灰色の瞳からは明らかな殺気が発せられており、ナマエは凍りついたように動けなくなってしまった。冷や汗を流しながらはくはくと口を上下させていれば、ローの指がそのままつつっとナマエの首元をなぞる。


「っな、んですか」
「・・・お前、どこでドフラミンゴに会った」


 思いもよらない人物の名に、ナマエは呼吸を整えながら出航前のドフラミンゴとの出来事をローに話す。もちろん「ローによろしく」と言っていたことも伝えた。けれどなぜドフラミンゴと接触したのが分かったのだろうかと怪訝な顔をしていれば、ふいにローは触れていたナマエの首元で指先にグッと力を入れると、引っ張るようにして何かを引きちぎった。
 そのままナマエの目の前にローの手元がかざされるも、そこには何も無い。目を丸めて不思議そうな顔をするナマエにむかって、ローははぁと盛大な溜息をついた。


「見聞色を使える奴じゃないと見えねェ。お前の首にドフラミンゴの寄生糸が巻きついてた」
「えっ!っなんで!?」
「・・・おれへの嫌がらせだろ」


 なぜ初対面の人物に、それも王下七武海という海軍とは協定を結んでいるはずの相手にそんなことをされないといけないのだろうか。そして何より、自分がそれにまったく気づけなかったことが恥ずかしい。
 悔しさから唇を噛んでいれば、目の前のローは小さく舌打ちをすると、ナマエの首元に顔を寄せてくる。まだドフラミンゴの糸がついているのかと身構えれば、突然ローに肩を捕まれ、そのまま首筋にざらりとした生暖かいものが触れた。


「ひゃっあ・・・!な、なにするんですか!?」
「・・・黙ってろ」
「待って、あっ・・・んぅ!」


 ローの長い舌がゆっくりと首筋を這う。ちろちろと舌が細かく動いたかと思うと、時たま噛み付くように歯をたてられ、ナマエの身体は一気に熱を帯びた。
 引き剥がそうとしてもローに力で適うはずもなく、ナマエは顔を真っ赤にしながらも、苦し紛れにローの腹に向かって足を振りかざす。けれどそんな抵抗虚しく、その足はローの手によって簡単に受け止められてしまった。


「・・・おい、躾がなってねェな」
「〜っ!それはこっちの台詞です!さっさと離してください!」
「無理な話だ」


 掴んだ足をそのまま持ち上げ軽々と抱きかかえると、ローは部屋の端にあるベッドの上にナマエを放り投げた。腕を頭の上に抑え込まれたまま覆い被さられ、ナマエは一瞬で身動きが取れなくなる。まるで獲物を狙うような鋭い眼光が、ただこちらを見下ろしていた。


「おれが何のために、わざわざ北の海からお前を呼び寄せたと思ってんだ」
「・・・っは、離してっ」
「よりによってドフラミンゴなんかにちょっかいかけられやがって」


 怒気を含んだ声と共に、ローの唇がナマエの唇に食らいついた。まるで捕食するかのようにかぷりと噛みつかれ、思わず息を漏らせばローの舌がそのまま口内に割って入ってくる。中を蹂躙するように舌を動かすと、彼はナマエの舌を絡め取りそれを存分に吸い上げた。
 少なからず男女の経験があるものの、こんなに情熱的に感情が注がれるキスを、ナマエは未だかつて経験したことがなかった。どちらのものか分からない甘い唾液の味が、脳をびりびりと刺激する。生理的な涙をこぼしながら、ナマエはただひたすら息を吸うことに必死であった。

 何度かそれを繰り返すうちに満足したのか、離れたローの唇からはつうっと銀色の糸が滴り落ちる。肩を上下させながら呆然とした顔でローを見上げれば、彼はきゅっと目を細め、そのままナマエの服の中に手を滑らせた。


「おれのもんだって、きちんと印を付けときゃいけねェな」


 それはまるで、じわりじわりと追い込まれ張り巡らされていた罠にかかった魚のよう。
 きゅうと子宮が疼き、鼓動が早まっていく己の心臓の音に、ナマエは思考を手放すしかなかった。


(アンケート結果 第一位のロー夢。投票ありがとうございました)


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