「花火大会?」


 サンドイッチを頬張りながらそう声を上げるエースに、ナマエは先程街で配られてたチラシを見せる。
 長かった夏がようやく終わり、秋風が涼しくなってきた頃。エースとナマエはいつもの入江の堤防に膝を並べていた。
 紙には、今月下旬頃に港の沖合から花火が打ち上げられるとの文字が踊る。どうやら港が開かれて五十周年のお祝いをかねて行われるらしく、夜には港にも出店や屋台が並ぶらしい。
 それを知ったエースは目を輝かせた。


「おもしろそーじゃねェか」
「ルフィくんと行ってきたらどうかなと思ってもらったの。二人とも、こういう楽しいイベントとか好きでしょう」


 にこりと笑うナマエとは裏腹に、エースはキョトンとした顔でこちらを見る。


「ナマエは?」
「私?」
「おれはおめェと行けたらなと思ったんだけど・・・夜はやっぱ難しいか?」


 最後のサンドイッチに手を伸ばしながら、いけしゃあしゃあと述べるエースの言葉に、ナマエは思わずチラシと睨めっこを始めた。
 まさかエースから一緒に行こうと誘われるとは思ってはいなかったため、日付などをきちんと確認していなかったのだ。
 開催日を見れば、数日前母に「他の島にいる親族が開催するパーティに行く」と言われた日と花火の日か同じだということに気がつく。普段なら親の言う通りに大人しく同行するナマエなのだが、せっかくのエースからのお誘いをみすみす手放す訳にはいかなかった。


-02-


「エースお待たせ」


 花火大会の日。陽が少しずつ落ち始める夕方頃、中心街の待ち合わせ場所に到着したナマエは、すでにそこにいたエースに声をかける。
 かけられた声に振り向くも、エースはナマエを視界に入れた途端、目を見開いて彼女を二度見した。


「へ、変かな?」


 半袖のシフォンブラウスに薄手のロングカーディガンをはおり、下はデニムのショートパンツ。基本ワンピースや長めのスカートしかはかないナマエにしてはとても大胆な格好であり、慣れない格好にそわそわした気分でここまで来たのだ。
 不安そうなナマエの声に、口をパクパク上下にさせていたエースははっと我に返ると、恥ずかしそうに頭をかきながら「いいんじゃねェか」と小さく呟いた。


「・・・ほんと?」
「・・・おう」


 エースの言葉にナマエが安心したように笑顔を浮かべると、彼は「行くぞ!」とテンガロンハットを深くかぶり歩き出す。ナマエはそんなエースを慌てて追いかけながら、手に持っていた帽子を自分の頭にかぶせた。
 港に近づくにつれて出店や屋台の数が増えていき、街は賑わいをみせ始める。初めて経験する祭の喧騒に飲まれて頬を紅潮させるナマエを見て、エースは少し得意げな笑みを浮かべた。


「面白そうだろ?」
「えぇとっても!色んなお店があるのね」
「おう!適当に食べたいもの買って腹ごしらえしようぜ」


 そう言うとエースはナマエを後ろに引き連れて、人混みの中に紛れていく。はぐれないようにナマエを常に視界に入れながら、エースは彼女にずっと聞きたかったことを尋ねた。


「ところで今日はどうやって屋敷から抜け出してきたんだよ?」
「数日前から体調不良を演じたの。そしたら今回は来なくていいから部屋で休んでなさいって言われて、両親だけパーティに出かけて行ったわ。あとはリリーに部屋からリネントロリーで運び出してもらって、裏口からこっそり抜け出したの。帰りも同じ手筈よ」


 そう言えば祭りの前に「絶対になんとかするから一緒に行きたい」とエースに伝えただけで、詳しくどう対処するかなどは話をしていなかった。
 目に映る色々なものに興味をそそられながらナマエが説明すれば、彼は少し呆気に取られたような表情を浮かべる。


「お前、結構やること大胆だよな・・・」
「そうかしら?メイドたちは私が部屋で寝てると思ってるだろうし、お母様たちは泊まりで今日は帰ってこないから心配ないと思うわ。この服もリリーに借りた変装用なの。パッと見だと雰囲気が違うから私って分からないでしょう?」


 だから今日はそんな服装なのかと納得したエースは、ぐるりとナマエの方を振り返ると、いたずらっ子のような笑みを浮かべて彼女の帽子の鍔をグッと下に下げた。視界が狭くなると同時、ふいにナマエの右手をエースが捕らえ、そのままゆるりと指先が絡まる。


「ちゃんと深くかぶっとけよ。人混みだしはぐれたらいけねェ」


 その声に、ナマエは安心して彼の後ろをついて行った。


***



 花火の開始まであと少しという頃、ナマエとエースは海に面したコルボ山にほど近い丘の上にいた。グレイターミナルを通り抜けなければたどり着けないうえに、山賊が出ると有名なコルボ山エリアにあるためか、そこにナマエたち以外の人の姿はない。
 少し遠いが穴場があると言うエースに連れてこられたナマエは、この丘から眺められる海の広大さに感動していた。


「すごい!とっても眺めのいい場所ね」
「だろ?おれとルフィのお気に入りの場所なんだ」


 そう言って嬉しそうに笑うエースに釣られて、ナマエも笑みを浮かべながら地面に腰を下ろした。
 先程の祭の喧騒とは打って変わって、波の音だけが響き渡る静かな雰囲気がとても心地よい。けれど風よけとなるものが何もないためか、潮風が直接肌にあたり、少し肌寒さを感じる。ナマエは両腕を擦りながら思わずくしゅんとくしゃみを出した。


「大丈夫か?」
「ええ、ごめんなさい。もう少し厚手の羽織にすればよかったわ」


 少しでもエースに可愛く思われたくて、リリーと共にあれじゃないこれじゃないとコーディネートを考えたのだが、いかんせん夜の気温のことまでは頭に入っていなかったのだ。仮病を使ってまでして来たのに、これでは本当に風邪をひいてしまうかもしれない。
 もう一度くしゃみを出したナマエを見るや否や、ふいにエースがナマエの腕を引っ張った。


「こっちこい。少しは風避けになるだろ」


 こっちと指さされたのは、座っているエースの足の間。いやいくら何でもとナマエがしばらく固まっていれば、エースは少し膨れたような顔でこちらを見る。


「嫌か?」
「・・・嫌じゃない」
「じゃあなんでだよ」
「・・・エースは、嫌じゃない?」
「嫌だったら言わねェよ」


 押し問答の最中、三度目のくしゃみを出したナマエは、そのまま大人しくエースの足の間に収まった。背中に直接エースの体温を感じ、いつもより近い距離に己の心音がどんどん高まっていくのがわかる。
 胸の鼓動が悟られないよう、ナマエは「そういえば」と態とらしく大きな声をエースに投げかけた。


「ルフィくんはお祭に来てるの?」
「おう、ドグラたちと行くって言ってた。最初おれが一緒に行けねェって言ったら駄々こねだしてよ。小遣い渡して黙らしたから、それで今頃肉でも食いまくってんじゃねェか」
「そうなのね・・・。エースを独り占めしてルフィくんに悪いことしちゃった。一緒に行こうって言えば良かったわね」


 エースの義弟ルフィとはナマエも何度か会ったことがある。太陽のように無邪気に笑う少年で、ナマエも彼にはとても良い印象を抱いていた。
 そんなルフィから大切な兄を拝借してしまい申し訳無いと言えば、頭上のエースがふいにぼそりと呟いた。


「おれと二人より、ルフィがいた方が良かったか?」


 その言葉と同時、先程まで地面の草を弄んでいたエースの両腕がナマエの肩に周り、しなだれ掛かる。
 熱いのは自分なのかエースなのか。
 ナマエは爆発してしまいそうな気持ちを抑えながら、ゆるゆると首を横に振った。


「ううん、二人で良かった」
「そっか」
「・・・エースは?」
「・・・うん、おれも良かった。こうしてナマエと思い出を作れるのもあと少しだろうからな」


 その言葉にナマエの胸がちくりと痛む。
 あと数ヶ月もすればエースは十七歳になる。出航まで残りわずか。燃え上がってしまったこの気持ちを一体どうしたらいいのだろう。淡い思い出だったと言って、笑い飛ばせる日はいつか来るのだろうか。
 ふいに「ナマエ」と己の名を呼ぶ声がして、後ろからナマエを抱きしめるエースの腕に力がこもる。
 それと同時、爆音と共に夜空に大輪の花が咲き乱れた。


「きれい・・」
「すげぇ・・・」


 次々と打ち上がる花火を見上げて、エースとナマエの口からは思わず感嘆の声が漏れた。光が乱反射して次々と海を照らし、夜の海に彩りを添える。
 いつか来る別れの日。悲しみの海に溺れないよう、この風景と思い出をしっかりと胸に刻んでおこうと、ナマエは流れ出た一粒の涙をそっと拭った。


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