※今回オリジナルキャラ(男性)がかなり出ますので苦手な方はご注意ください。


 ある日の放課後、ナマエは学校の級友二人に誘われて中心街に繰り出していた。ショッピングを一通り楽しんだあと、カフェでお茶をしていると、ふいに一人の友人が「そういえば」と机に前のめりになりながら少し声を落として話し出す。


「今日イザベラが来てないでしょ?なんでだと思う?」
「・・・お稽古か何かかしら?」
「それがねっなんと!ショーンとデートなんですって!」
「あら、ついにお付き合いしたのねあの二人!」


 貴族の子といえども、花盛りの女子が集まるとなれば恋愛話で盛り上がるのはどこでも同じである。友人の一人であるイザベラがずっと同じクラスのショーンに思いを寄せていたこと知っていたが、まさか関係が進んでいるとは聞いていなかったため、ナマエは友人の言葉に驚きながらも紅茶を口にする。


「もうキスまでしたらしいわよ」
「きゃー!!すごいわ!」
「いいわよねぇ・・・キスってどんなものかしら」
「ねぇ、ナマエはしたことある?」


 ふいに話を振られ、ナマエは思わず口に含んでいたものを勢いよく飲み込んでしまい、そのままむせそうになる。ナプキンで口を拭いながら否定すれば、友人は唇を尖らしながらナマエの腕を小突いた。


「あら。あのマリウスに言い寄られてるのに相手にしてないから、てっきりお相手がいると思ってたのに」
「そんなの・・・いないわ」
「だってあのマリウスよ?三大貴族のお家柄で顔も性格も抜群に良くて、成績も優秀なうえにスポーツも万能だなんて非の打ち所がない相手じゃない」


 友人たちの言葉に、ナマエは話に上がったマリウスのことを思い出す。新学年になってから初めて同じクラスになったクラスメイトであり、席が隣なので男子の中ではよく話す間柄ではあるが、ただそれだけで、言い寄られているというのは少々話が盛られすぎである。
 ナマエがそう告げるも、友人たちはまだ納得いかないと言わんばかりに食い下がってきた。


「今度のクリスマスパーティのダンスの相手に、マリウスがナマエを誘うらしいって噂で持ちきりなのに!」
「そうなの?・・・でも誘われてないから、言い寄られてるっていうのもそれも、きっとただの噂話よ」


 そう言うとナマエはバッグの中から懐中時計を取り出し時刻を見る。リリーが迎えに来る待ち合わせ時間まではあと三十分ほどあったが、このままここに入れば永遠に質問攻めにあってしまうだろう。
 ナマエはウェイターに声をかけて先に代金の支払いを済ますと、「そろそろ時間なので失礼するわね」とにっこりと笑顔を浮かべて店を後にした。



-03-



 中心街の大通りをぶらぶらと歩いていれば、街の装飾が少しずつクリスマスの色合いに変わっているとに気がつく。雪だるまやサンタクロースのモニュメントが顔を覗かせ、赤や緑、黄色のカラーリングに染まり出す街並みを見ていれば、自然と心がわくわくとしてしまうものだ。

 そういえば、エースに今年はどんなクリスマスプレゼントを渡そうかと、ナマエはちょうど通りかかった雑貨屋のショーウィンドウを眺める。
 エースとナマエはクリスマスに毎年ささやかなプレゼント交換をしており、去年はナマエからエースへマグカップを、そしてエースからナマエへは羽根ペンが送られていた。
 年が明けて少しすればエースは海に出て行ってしまう。最後に何か思い出になる品を渡せたらいいなと考えながら再び歩き出した時、ナマエの視界が見慣れたオレンジ色を捉えた。


 店と店の間にある薄暗い路地裏。そこにはエースと、彼に腕に絡ませながら佇む同じ歳くらいの少女の姿があった。何やら話し込んでいる様子で、時折浮かべる笑顔とその距離が彼らの親密さを伺わせる。
 そんな二人を見るや否や、ナマエは思わず街灯の柱の影にその身を隠した。
 見てはいけないものを見てしまったと、ドキドキと心音が高まり、胸の当たりがきゅうっと痛み出す。頭では早くこの場を立ち去るべきだと分かっているはずなのに、体が言うことを聞かない。

 ナマエが再び柱の影からエースの姿を捉えた時、少女の腕がエースの首元に伸び、彼の顔を引き寄せる。二人の唇が重なろうとしていたその瞬間、ナマエは弾けるようにその場から走り出していた。


 胸が張り裂けそうなくらい痛くて、苦しい。
 いつからか、エースも同じ気持ちでいてくれていて、彼の特別な存在になれているのではないかと思っていた。けれどそれは、ただの勘違いだったのだ。手を繋いでくれたのも、花火大会の時に抱きしめてくれたのも、全部。
 エースにとってはきっとなんてことの無いことで、ナマエ一人だけが浮かれていたのだ。

 出会った時からエースに恋をして、一緒にいられるだけでも幸せだったのに、いつからこんなにも欲張りになってしまったのだろう。こんなにも辛いなら、好きになんてならなければ良かった。出会わなければ良かった。
 いつか別れが来るからと、自制していた気持ちがナマエの中でガタガタと崩れ去っていく。
 息を切らしてたどり着いた港の堤防で、ナマエは一人涙を流した。


 その後、ナマエはどうやって家にたどり着いたか、記憶が朧気だった。気がつけば部屋のベッドで死んだように眠っていた。
 後で話を聞けば、リリーがなかなか待ち合わせ場所に現れないナマエを探し周り、ようやく港で見つけてくれたらしい。目を腫らしたナマエを見て、リリーは何も言わず何も聞かずに、気分がすぐれないらしいと両親に説明をしてすぐに部屋にいれてくれたようだった。そのため両親からも特に何も言われず、次の日にはナマエはいつもと変わらない朝を迎えた。



***



「ナマエ様。今日も来てますよ、彼」


 リリーの声に、レオタードから洋服に着替え終わったナマエははっと我に返った。窓から外を見れば、中心街の門のところにエースの後ろ姿が見える。
 あの出来事から二週間、ナマエはエースと一度も会っていなかった。否、彼を避けて過ごしていた。いつものようにナマエが中心街に来るタイミングに合わせてわざわざ会いに来てくれているエースに、「今日は会えない」とリリーに言付けさせて、毎度逃げるように屋敷に戻っていたのだ。

 どうせエースがこの国にいるのも残りわずか。元から週に一度会えるか会えないかというただの友人関係なのだ。こちらから断ってしまえさえすれば、あっという間に月日は流れ、彼は何事もなく去っていくだろう。


「・・・今日も用事があるからと伝えてくれる?」
「・・・いいんですか?」
「ええ。じゃあ私は先に行ってるわね」


 キュッと唇を結ぶリリーにナマエはそう告げる。「貴方がそんな顔をしないで」と声をかければ、リリーは小さく息を吐くとナマエにお辞儀をしてそのまま部屋を出ていった。彼女を見送ると、エースに鉢合わせないよう、ナマエは建物の裏口から外に出て屋敷のある高町へ続く道を歩き出す。


「これでよかったのよね」


 そう自分に言い聞かすように呟いたナマエの言葉が、風にのって消える。
 元から未来のない恋なのだ。結末が同じなのならば、今終わらせてしまった方ががきっと傷が浅い。なのに、どうして涙が零れてしまうのだろう。
 落ちてきた雫を手の甲で拭うと同時、ふいに後ろから足音が聞こえてくる。リリーが追いついてきたのだろうとナマエが振り返れば、そこには思いがけない人物がいた。


「やぁナマエ」
「・・・マリウス?」
「たまたま君を見かけて声をかけたんだけど・・・何かあった?」


 現れた級友の言葉に、はっと息を飲んだナマエは慌てて首を横に振る。エースの一件があってから学校でも常に上の空で過ごしていたナマエは、隣の席といえどもマリウスと話す機会がなかったため、こうして面と向かって喋るのは少し久しぶりな気がした。


「何も無いわ。少しお稽古で疲れちゃったみたい」
「そっか、それならいいんだけど。最近元気がなさそうだったから声をかけずらくて、心配してたんだ」
「そうだったの・・・。ありがとう、気にかけてくれて」


 ナマエがそう告げれば、マリウスは少し恥ずかしそうに肩を竦めながら、一呼吸置いて意を決したようにナマエの瞳を見据えた。



「それで、ずっと言えてなかったんだけど・・・。二週間後の学校のクリスマスパーティで、もしまだダンスの相手が決まって無ければ、僕のパートナーになってくれないかい?」



 真剣な声に、ナマエは思わずマリウスの深い海のような青色の瞳を見つめた。
 きっと自分が幸せになるためには、目の前の彼のような人を選んだ方がいいのだろう。家柄や育ってきた環境も同じで、きっと親も周りも盛大に祝福してくれるような、むしろ自分にはもったいないくらいの相手である。
 失恋した瞬間に次の相手を探そうとするだなんて、己はなんて薄情な人間なのだろうか。
 そんなことを朧気に考えていれば、無言を貫くナマエの様子に、マリウスが少し不安そうな面持ちで首を傾げた。


「・・・実はもうパートナーが決まってたり?」


 彼の問いにナマエはゆるりと首を振る。


「・・・ううん。いないわ」
「そう。じゃあ僕だと役不足かな?」
「いいえ、そうじゃないの。貴方に誘ってもらえてとても嬉しいわ。でも、私の気持ちが上手く整理できてなくて・・・。ごめんなさい、上手く伝えられない」
「・・・もしかして、誘って欲しかった人に誘って貰えなかった?」



 ああ、なんて痛いところをついてくるのだろうかと、ナマエは思わず視線を地面に落とした。
 そんなナマエの様子を見て、無言の肯定と受け取ったマリウスは、こちらに一歩足を踏み出す。そしてぐっと拳を握りしめていたナマエの右手を掬い取ると、マリウスはそれを己の両手で優しく包み込んだ。


「そいつの代わりにしてくれていい。だからクリスマスの日だけは、少しでいいから僕のことを見てくれないか?」


 その言葉に、ナマエが弾かれたように顔を上にあげたちょうどその時、マリウスの肩越しに誰かの影が現れたのが目に映った。なんてタイミングなんだろうと、ナマエは思わず目を瞬かせる。
 夕陽を背に路地に飛び込んできたエースは、肩を上下させて、こちらをただじっと見つめていた。ナマエと一瞬目線が交わるも、彼はテンガロンハットをぐっと目深く被ると、すぐに来た道を戻っていく。
 エースのその姿にナマエはただ項垂れるように目を伏せると、暖かいマリウスの手をぎゅっと握り返した。


「ありがとう、私を選んでくれて」


 紡がれたものは、本当はナマエがいつかエースに伝えたかった言葉だった。


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