※会話の中で倉持とその嫁の話が出てきます。倉持嫁の名前は名前変換の友人のところでご変換下さい。
ポキポキ、という音を立てて机に置いていたスマートフォンが鳴った。手に取って確認すると親友のえみちゃんからのLINEである。
『失敗した』というメッセージと共に送られてきたのはえみちゃんの旦那の倉持の、元々短かった眉毛が更に短くなった写真。ぶっと噴き出しそうになるのを堪えて何て返そうか迷った末に目の前で新聞を読んでいる自分の旦那の左側に回り込んでカメラを起動する。
写真を撮られるというのが分かったのであろう一也は「ん?」と言いながらこちらに向かってキメ顔を作ってくれたがそうじゃない、そうじゃないから新聞の方向いてて。
「違う、撮りたいのは顔じゃないから新聞の方見ててよ」
「なんだよせっかく真面目な顔してやったのに」
「だから顔は関係ないんだってば」
言われた通り新聞の方に顔を向けた一也の耳の前の立派なもみあげを画面で捉えてカシャリ。すぐさまそれを『分けてあげたいわ』というコメントと共に送り満足げに頷いていると気になったらしい一也が私のスマフォを覗き込む。
「倉持眉毛失敗したんだって」
「営業なのにこれはマズいだろ〜」
「だよね」
二人して倉持の眉毛に笑っていると『いらねえだってさ(笑)』と返信。そして『私の自信作』と言ってアイブロウで眉毛が書き足されたらしい倉持の写真が送られてくる。やばいしっかり書かれすぎてて超違和感。
「ご立派すぎるだろ」
「倉持に眉山があるの笑えるんだけど」
二人でひとしきりゲラゲラ笑った後、昨日整えていた一也の眉毛を見たがこの倉持に負けず劣らずご立派で安心した。
「えみちゃんの眉毛は倉持が整えてんだってよ」
「何だそれ」
「自分眉毛短い癖に嫁の自眉が無いのは許せないんだって」
「意味分かんねえ!」
再びゲラゲラ笑い出した一也は「相変わらず仲がよろしいことで」とにやにやして自分のスマフォで何かしらを送っていた。多分相手は倉持だろう。
「俺も名前の眉毛整えてやろうか?」
「間に合ってるんで大丈夫です」
「うちの嫁超冷てえ」
はっはっはっ、といつもの笑い声で笑っている一也にもう結婚して2年も経つのに未だに一也の口から出される「うちの嫁」という単語に照れる私。
そろそろ慣れろよと自分でも思うものの子供も居らず、いつまで経ってもいってらっしゃいのちゅーからおやすみのちゅーまで求めてくるこの男のおかげで新婚気分が抜けないのである。
学生時代付き合っていた時はお互いドライな私と一也のことだから冷え切った家庭になってしまったらどうしようと少し心配していたのにとんだ杞憂であった。
高校を卒業してプロ野球選手になった一也はシーズン中は忙しいだろうから無理に連絡してこなくて大丈夫です、という私の言葉を無視してマメにメールを送ってくれた。今日はこんなことがあっただとか、こんなトレーニングをしただとか、先輩にご飯奢って貰っただとか。寮で頑張る一也から送られてくるそんなメールのおかげで、急に遠い人になってしまったと感じていた私の不安は和らいで順調に交際が続いたのであろう。
プロ野球選手になって5年が経った頃である。
一軍正捕手となった一也はその容姿もあって若い女性にモテた。それ自体はまあしょうがないと思っているし一也だってまだまだペーペーなのだから先輩に誘われてキャバクラに行ったりもすると思う。それもまあしょうがない。男の人なんてそんなものだろうと思っている私だし、浮気するにしても一也ならきっと私にバレないように上手くやってくれるだろう。
そ の時結婚したてだった倉持夫妻の家に招かれ、一緒に一也の出ている試合を見ていた時「彼氏がこんなにモテるの嫌でしょ」と言ったえみちゃんにそんなようなことを返せば、えみちゃんには「物分りが良いのかドライなのか……」と呆れられたし倉持にも「男はそういうの、嫉妬してくれた方が嬉しいぜ。まあ度を越えた束縛っていうのはどうかと思うけど」とアドバイスされた。
なので次に一也に会った時に少しばかり愚痴を言ってみた。
たまに一也がスポーツ担当の女子アナの人と話してるのみるとちょっとやだと思うだとか、鳴くんから今日先輩と一也とキャバクラ行った! という謎の報告メールが届くともやっとするだとか。
何だか気まずくてぼそぼそと蚊の鳴くような声で言った私に一也はびっくりしたような顔をしていた。それから、「何だよ、そんなの今まで全然言わないからさ。俺、結構不安だったんだぜ」と抱きしめられた。
「何かそういうの、名前に愛されてるって感じしていいな」
そう言って笑った一也に、こういうの言ってもいいんだ、とちょっと安心した。あと鳴は後でぶっころすと不穏なことを言っていたのには笑ったが多分あれは鳴くんなりの善意だと思うのでやめてあげて欲しい。
そんなことがあった一か月後。
突然呼び出されたので何事かと思って指定されたレストランに行ったらばっちりスーツ姿の一也が居て、白い箱が差し出される。
「俺と結婚してください」
真剣な表情で言ってくれた一也への返事はもちろんイエスである。イエスであったが、そんなことが起きるとはまるで予想していなかったその時の私は普通の私服姿であった。
メールには何時にこの店に来て欲しいとしか書いていなかったから。こんなことなら、もっとおしゃれな格好してくれば良かった。プロポーズされた瞬間、思わず泣きそうになったのだが指輪をはめて貰った後スーツ姿でかっこいい一也を見ながら出てくるおいしいご飯を食べていたら急に冷静になってきたのである。
「そういうことがあるなら言ってよ。自分だけスーツ着てずるい」
「いやそれ先に言ったら台無しだろ」
「それはそうだけど! でもちょっとこじゃれた格好してきてぐらい言ってよ〜!」
ナイフとフォークに苦戦しながら、何か私だけ超普通の格好じゃん! と一也に文句を言ったが一也ははっはっはっと笑うだけであった。プロポーズされたばっかりなのに、確かに感動した筈なのに、いつも通りのやり取りをする私達に「ま、俺ららしくていいんじゃね」と一也は言った。
そんなやり取りをして、数日後にお互いの両親に挨拶に行った。
私のお父さんに殴られないかどきどきしている一也が珍しくて笑ったのも良い思い出だ。
いやお前これ一回体験してみ、めちゃくちゃ緊張するんだぞ! と笑った私に一也はそう言ったが気持ちは分かる。私も一也の家に挨拶行った時めちゃくちゃ緊張したから。
そう返したが男と女じゃ微妙に違うんだよ、と一也は家が見えた時に一回、うちの玄関の前で二回スーハーしていた。それが面白くてまたけらけら笑っていたら一也は不機嫌そうな顔になったが私が「ただいまー!」と勝手に玄関を開けたらびくっとした後ピシッと姿勢を正していた。
挨拶はお父さんに殴られるなんてことも無く、一也を気に入ったお父さんとお母さんの質問攻めに一也が緊張しながら答えるという感じでまるで問題無く終了した。
挨拶を済ませ、婚姻届を出しに行って。結婚式は12月に行った。久しぶりに見る青道高校野球部のみんなに今や一也が所属する球団の絶対的エースとなった鳴くん。更には海外からクリス先輩も駆けつけてくれて、ちょっとした同窓会のようだった。
友人代表の倉持のスピーチで「えー、名前さんを泣かせたらうちの嫁が黙っていないので、そこんとこ覚悟しといてください」と言われたのに一也が「えー、元ヤンの倉持くんを尻に敷く奥さんには勝てる気がしないので肝に銘じておきます」と返したのには全員が笑ったがえみちゃんはちょっと恥ずかしそうだった。
それから一緒に住み始めるにあたってベッドをどのサイズにするのか真剣に悩んだりだとか、しばらくは新婚生活を楽しみたいから子供は要らないと言った一也に私がえーと不満を言ったら一也が拗ねただとか、家に遊びに来たいと鳴くんが煩いと一也が愚痴ったりだとか。
色んなことがあったなあとコーヒーを飲み、えみちゃんとLINEのやり取りをしながら懐かしい気持ちになってしまう。
えみちゃんのLINEのアイコンは去年生まれた子供とえみちゃんと倉持の3人の写メである。
それまではえみちゃんとえみちゃんのほっぺにちゅーする倉持の写真で、恥ずかしいから止めろとキレた倉持とえみちゃんがマジ喧嘩したと聞かされたが結局倉持が折れてえみちゃんのアイコンはちゅー写真のままであった。
本当懐かしいと幸せそうな3人の写真を眺めながら「ねえ一也」と目の前の旦那に声をかける。
「んー?」
まだ新聞に夢中になっている一也が一旦新聞を閉じて私の顔を見た。
「そろそろさ、うちも子供が欲しいなあ、なんて」
ちょっと緊張しながら言ってみる。
なのに返ってきたのは「朝からセックスのお誘い? 激しいね」という大変イラッとするものだったので最大限の冷めた顔とトーンで「違います」と他人行儀に返してやった。
「まあそれは冗談として。良いんじゃね?」
「えっ、本当!?」
「んー、まあ倉持んとこ見てたら子供も結構良いなあと思い始めてさ」
丁度俺も同じこと考えてた、と笑った一也に私は大変喜んだ。
もしかしたらまた渋られるかな、と思っていたのだがどうやら今回は一也も乗り気のようで一安心だ。
一也はどんなパパになるんだろう。全然想像がつかないが、きっと私を愛してくれたように子供のこともたくさん愛すのだろう。男の子だったらきっと野球をさせるし、女の子だったら溺愛しそうだ。
今からそんな想像をしてにこにこ笑う私に一也も笑顔を浮かべる。
が、次の瞬間その笑顔から「じゃ、早速ベッド行くかあ」という言葉が出てきたのには机の下で脚を蹴ることで返事をしてやった。
150110