正月休みくらいゆっくりしたい。
そんな私の希望を打ち砕いた母の「これ。新開さんちに持って行って」という言葉と共に手渡されたみかんと餅。ちょっとならはいよと言えるが毎年恒例で今年も例に漏れず箱で渡されたみかんと餅。
やだよ重いじゃんお母さん行きなよと言ったが大学の冬休みの大半を実家のこたつで過ごす私をよく思っていなかったお母さんにぶちぶち言われたので仕方無く外出する用意を始める。
たかがお隣にみかんと餅を持っていくだけだが着ていた半纏を脱ぎ、スウェットの中にヒートテックとTシャツを足して、更に上にウルトラライトダウンを羽織る。流石に下もスウェットで行くのは憚られたのでジーパンに履き直した。あーあーめんどくさい、と口に出したらお母さんに張っ倒されるので心の中だけで悪態をついてマフラーをして、玄関に置いてある箱を持ち上げようとしたが重い。重すぎる。お母さんこれ絶対台車要る。
ねー、お母さん、と交渉しようとしたのにお母さんは誰かと電話をしているようで、早く行けとばかりにしっしっと手を振ってくる。
仕方がないので予め玄関のドアを開けてから十二分に気合を入れて箱を持ち上げた。
ぎっくり腰になったら恨んでやるんだからな。
よろよろしながら尻でドアを閉めてお隣へと歩く。早く下ろしたいので脚だけはせかせか動かしてお隣の玄関前に辿り着いた瞬間限界とばかりにどすんと箱を下ろした。
ピンポンとチャイムを鳴らしたらとたとたと人が近づいてくる気配がした。
「はい」
ガチャリと扉を開けて出てきた、同じ大学なので大して久しぶりでも無い新開家の長男に「よっ」と片手を挙げて挨拶する。家だからかスウェットに半纏、ついでに邪魔なのか前髪を頭上で結んだ隼人が自宅での自分すぎて笑えたがそんなことより家にこのくそ重い箱を運んで欲しかったので「これうちのお母さんから」と箱を指す。
「おー! よく来たなあ、オレのみかんと餅! あ、名前も良かったら上がってけよ」
「みかんと餅のついでみたいに言うのやめてくんない」
「だってついでじゃん」
「張っ倒すわよ」
ふざけんな。こんなことなら我が家に呼び出して運ばせれば良かった。
なんだかイラっとしたので私があんなに苦労して持ち上げた段ボール箱をいとも簡単に持ち上げた隼人の尻を軽く蹴っ飛ばすと「痛てっ」という声が聞こえたので、ちょっとすっきりした。
早速食べようぜ、とリビングに箱ごと持ってった隼人に付いて、勝手知ったる新開家のリビングに鎮座するこたつにいそいそとお邪魔する。みかんをごろっと机にぶちまけた隼人に「やめてようちからの贈り物を粗末に扱うの」と言うと「あっ、そうか。ごめんなみか吉、みか子」とみかんに名前を付けて謝り始めたので不覚にも笑ってしまった。
「まあ今から食うんだけどな」
「みか吉とみか子はアンタにあげるから大事に食べるんだよ」
「分かった」
二人して無言でわこわことみかんを剥き、割って割って口に含む。
しばらくその動作が続き、次に私が口を開いたのは二個目のみかんを剥き始めた時だった。
「そういえば今日おばさんとかは?」
「それがさあ、聞いてくれよ。親父と母さん、この正月息子二人を置いて海外旅行行っちまったんだぜ」
「へえ、だから正月の昼間に一人で寂しく正月特番を見てる訳だね」
「そうなんだよ」
「っていうか悠人は?」
「コンビニ」
「この寒い中よく行くね」
流石高校生は若い、と二粒まとめて口に放る。この果汁が口の中いっぱいに広がる感じが好きなので、みかんは専ら二粒以上で頬張ることにしている。
こたつの右隣の面に座る男もそのタイプで三粒まとめて口に入れておいしそうに目を細めている。ちなみに今食われたのがみか吉かみか子かは定かではない。
新春お笑いパレードなる物がつけっぱなしになっているテレビをぼうっと眺めていると「あっ」と隼人が突然声を上げるのでびくりと身体を揺らす。なんだなんだ。
「名前、明けましておめでとう。今年もよろしく」
「そうだった。おめでと、よろしく」
最後に会ったのが三十一日で今日が一日。全然久しぶり感が無いのですっかり言うのを忘れていた。
お互い身体を捻って無理やり向かい合って頭を下げ合う。福ちゃんにあけおめメール送ってないやとスマホを取り出すと「オレもだ」と揃ってメールを作成し出す。
ふくちゃんあ、け、ま、し、て、と声に出しながらフリック入力すると画面を覗く隼人が「名前それ早いよなあ」と感心したように言う。 隼人が遅すぎんでしょと今度は隼人が打つのを見ていると、一文字打つのに何秒かかるんだ! といった具合だったので貸して私が打つと言いたいのを堪えるのに必死であった。
何とか無事にメールを送信し終えた私たちが特にすることもなくひたすらみかんを剥いているとガチャリと音がする。
「あっ、悠人じゃない?」
「多分そうだ。名前出迎え行ってやれよ」
「やだよ寒いじゃん」
「薄情な子だなあ。普段悠人悠人って可愛がってる癖に」
「いや寒いから」
「ただいまー。聞こえてるからね」
鼻の頭を赤くして帰ってきた悠人が私を見下す。
「悠人あけおめ」
「おめでとう。今年もよろしく」
ぺこりと頭を下げた悠人にこちらも下げ返す。
悠人何買ってきたのと聞けば「アイス」だってよ。こんなくそ寒いのにアイス! 確かにこたつで食べるアイスは絶品だけども。
「悠人餅焼いて」
冷凍庫にアイスを仕舞っている弟の後姿に兄が声を掛ける。便乗して「私二個食べたい」と言ったら「太るよ」と返ってきたが普段お母さんから散々怒られ続けて来た私のハートはこんなことじゃあ挫けたりしないのでもう一度「悠人二個」と言ったら隣から「オレ三個」いやいや隼人は食べ過ぎじゃない? だってまだ二時だよ? 昼食べたばっかじゃない?
「もー、二人共動かな過ぎじゃない?」
「こたつが私たちを離してくれないんだよ。ね、隼人」
「な。餅焼いたら悠人も入ってきていいぜ」
「言われなくても入るし」
段ボールから袋に入った餅を八個取り出した悠人。アンタも三個食べるんかい。オーブンに餅をセットし終えた悠人はその間に醤油と砂糖とのりまで持ってきてくれた。本当よく出来た弟だこと。
こたつの魔力は恐ろしく一回入ったら出るのが困難だと分かりきっているため悠人は餅が焼けるまで入ってきちゃだめだよとブロックをする。何て大人げないやつなんだろう私はとちょっと自分で悲しくなったが、悠人がこたつに入ったが最後焼けた餅を誰が取りに行くかでジャンケンする羽目になるので致し方ない。
悠人がキッチンで手持無沙汰にしていたので「悠人悠人!」と声を掛け、大して距離も無いのでみかんを一個投げてやった。その際に「ああ! みか太郎!」と隣で言った兄、そういう不意打ち笑うから止めて欲しい。みか太郎は犠牲になったのだ。
みかんうめーとみかんを頬張る悠人はやっぱり二粒以上の塊で口に含むので兄弟だなあとほっこりした。まあ兄弟じゃない私もそれをやるんですけど。
みかんを食べながらテレビを見て待っていると餅が焼けた音がしたので「悠人! 餅焼けたよ!」と隼人と二人でお知らせすると「言われなくても一番側で聞いてるのオレだから! 二人ともそわそわしすぎだから!」と怒られてしまった。兄と二人でしょんぼりしていると「はい。お待たせ」という言葉と共に餅を乗せた皿と箸が机に置かれる。
やったあ餅だあ! と喜ぶ私たちにお茶まで持ってきてくれた悠人、アンタは本当に素晴らしい。
ようやく私の左隣の面に座った悠人に「ありがとう」と二人でお礼を言うと「今度ダッツね」と返されたがアイスそんなに好きだっけ!? 聞いてみたら最近アイスの食べ比べにハマッているらしい。なるほど。
「あっ」
「何、名前ちゃん」
「やばい私今新開に挟まれてる」
「新開サンドだな」
「オセロなら名前ちゃんも新開になってるよ」
「良かったよ、オセロじゃなくて」
「まあ既に新開家の人間みたいなもんだけどな」
「それは自分でも思う」
なんやかんやお母さんに用事を押し付けられて用事のついでに中に入れてもらって長居する、みたいなことがしょっちゅうなのでたまに別の用事があって「いや、今日は大丈夫です」と言うと逆にびっくりされるのだ。
「大事な一人娘もこんな男達の巣窟に送り出すお母さんもどうかと思うよ」
「まあ心配されるようなことは何一つ起こらないからいいんじゃないか?」
「名前ちゃん、毎回足のマッサージ頼んでくるけどそういう雰囲気には全くならないしね」
「何よ、お返しに私もマッサージしてあげてるじゃない」
「普通の男女だったらそこで何かが起こりそうなんだけどね」
「全くないよな」
うんうんと頷き出した新開兄弟。何この急なアウェイ感。
だってバイトで立ち仕事したら足がむくむんだもん……。足のマッサージしてもらう度に「そのおっさんみたいな声なんとかした方が良いよ」と悠人に言われるけど勝手に出るんだからしょうがない。
ごにょごにょ言いながら餅を頬張ると「何かごにょごにょ言ってるけど」「放っといていいよ」と私を挟んでやりとりをする奴ら。畜生、今日はバイト無かったけどマッサージさせてやる。
150110