特に過去怪我をしたとかそういう訳でもないけど気圧のせいか雨の日に関節とか骨が痛むことっていうのがたまにある。それが今日は股関節だったってだけの話で、痛いところをとんとん拳で叩いてるとちょっと痛みが緩和される気がするから授業と授業の合間の休み時間、人と話している時でも構わずとんとん叩いていたら目の前の席でパックジュースを飲んでいた米屋がじっとそれを見ているのに気付く。
「なに、ビスケットでも出そうとしてんの?」
「違うよ、足の付け根が痛いんだよ。痛い時にこうやってとんとん叩くと痛みが緩和される気がするの」
「何でそんなとこ痛いんだよ、彼氏とセックスしすぎじゃね?」
「発言が下衆すぎるから今すぐ黙って」
 イラッとして痛くない方の脚で米屋の椅子を蹴る。半分くらいは私がその彼氏と昨日別れたことを知らないやつへの八つ当たりでもある。
「なんか今日イライラしてんな、生理?」
 返事の代わりにもう一度米屋の椅子を蹴る。そこはせめて雨だから? ぐらいにしといて欲しい。女のデリケートな話題をこうも簡単に口にする米屋は嫌いではないが今は放っといて欲しい。そんな気持ちを込めて机に突っ伏すとそれ以上米屋は構ってこなかった。空気の読めるやつなのだ。

 彼氏とは別れるし雨は降るし脚は痛いし生理はくるしで気分は最悪だった。何が一番最悪かって雨の日はいつもビニール傘を差して校門で待っている元彼氏が今日は居ないのに米屋が気付いたことだ。
「なあ」
「何」
「今日彼氏は?」
「……」
「喧嘩中?」
「……昨日別れたんだよ。ついでに言うとフラれたんだよ」
 下駄箱でスリッパから靴に履き替えながら尋ねる米屋に不機嫌を隠さずにそう返す。米屋は「へえ」と特に感情の籠らない声で相槌を打って、傘立てを物色しだした。
「苗字の傘ってどれだっけ」
「そこの無地のピンクのやつ」
「あー、これか」
 傘立てから私の傘を探し当てた米屋はそのまま私の傘を持って行ってしまう。ちょっと待て、まさか目の前でパクるつもりじゃないだろうな。
「オレ今日傘忘れちゃってさー。い、れ、て」
 わざとらしく甘えたポーズを取る米屋に顔を歪めるフリをしたが、米屋はもう完全に私の傘に入る気満々だった。傘に入れなかったことで風邪を引かれても後味が悪いので仕方なくどこまでかを聞くと返ってきたのは駅前のカラオケ店の名前だった。てっきり今日もボーダーへ行くと思っていたので少し驚く。
「珍しい、今日ボーダーは?」
「今日は防衛任務も無いから苗字と遊ぼうと思って」
「は? どういうこと?」
「カラオケいこ」
「いいけど二人でかよ」
「まあいいじゃん」
 二人で遊んで怒るやつも居ないわけだし、と続いた言葉には無言を貫いた。
 米屋とは去年クラスが同じになってからの付き合いで、席替えの度に近くになるという偶然が重なって以来仲良くなった。話してて気が合ったし、失礼な発言は度々あるものの私の本当に触れて欲しくないところまでは踏み込まない丁度良い距離感を保ってくれるので二人で遊びに行くことも度々あった。昨日別れた彼氏は、自分以外の男と二人きりで遊ぶ(これはまあ分かる)のはおろか他に女の子が居ても男と遊びに行くのを許さないタイプだったので、学校以外で米屋と過ごすのは久しぶりだった。

***

「ジュース持ってくるけど何が良い?」
「んー、コーラ」
「オッケー」
 フリードリンクのコップに米屋の分のコーラと自分の分のオレンジジュースを注ぐ。
 ストローを差したコップ二つを抱えて戻ると米屋はマイク二つを準備してデンモクを操作しているところだった。
「とりあえず三曲ぐらい入れた」
「それ私の歌えるやつ?」
「んー、たぶん」
「多分て」
「歌えなくても苗字なら何とかなる!」
 ほい、と何の曲を歌うかも分からないままマイクを渡される。丁度ピッタリのタイミングで流れてきたのはバリバリの失恋ソングで思わず米屋を睨んだ。しかし何か言う前に歌詞が流れ始めたので仕方なくマイク片手に歌い始める。なんだかんだで久しぶりのカラオケが嬉しかったのである。
 一曲歌い終えて休憩する間も無く「次始まるぞー」なんて言われて次も私が歌うのかと思っていたらまたも失恋ソングだった。今度こそ文句を言ってやろうと思ったが曲が始まってしまったせいでタイミングを逃してしまった。曲が始まるととりあえず歌ってしまう。
 そんなことを繰り返して結局米屋が入れた三曲の失恋ソングを全て私が歌う羽目になった。最後の一曲を歌い終えてようやく米屋に向けて口を開く。
「選曲に悪意がありすぎるんだけど」
 慰めたいのか追い討ちかけたいのかどっちだよ、と米屋を睨む。
「悪意なんてねーって。こういう時って明るい曲より失恋ソング聴いた方がいいらしいぜ?」
「……確かにラブソングとか入れられた方が張ったおしてやろうかって思うね」
「だろ? だから苗字は今日思う存分失恋ソングを歌って思いっきり悲しんだらいいんだよ」
 何だろう、ちょっと米屋の優しさに泣きそうだ。私が彼氏と別れたと言った時に何も言ってこないかと思えばこれだ。
「……途中で泣くかもしれないよ」
「そしたらオレの胸貸してやるよ」
「いやそれは別にいらないけど」
「いらねーのかよ」
 今日だけはタダで貸してやるのにと不満そうな米屋に普段は金取るのかよと言えばオレの胸は高けーんだよ、って何じゃそら。米屋といつも通りのやり取りをしてちょっと前向きになった私はマイクを持って立ち上がる。
「よし、歌うわ。何か適当なの入れて」
「失恋ソングランキング女性部門トップ20上から順に入れていい?」
「どんと来いだよ。てかアンタもマイク持って」
「何? オレも歌うの?」
「なんか二人で歌ったら早く立ち直れそうな気がするじゃん」
「間違いねえわ。てかオレ声出るかな、キー下げていい?」
「いいけど下げ過ぎると原曲分かんなくなって変な感じになるよ」
「マジ? やってみよ」
「やるのかよ」
 なんだかんだで失恋ソングランキング女性部門トップ20どころか男性部門にまで突入して、時間延長までして全部歌いきった為悲しむどころか妙な達成感まで芽生えた。三分の一くらいは知らない歌だったけど米屋が知らない癖に適当に歌うから私も便乗して適当にハモってみたりした。
 騒いでる途中に突然情緒不安定になって泣き出した私の背中を米屋は何も言わずにとんとんと叩いた。米屋に背中をとんとんされ続けたらちょっと落ち着いてきて、また二人で歌った。
 店を出る頃には空は暗くて雨も止んでいた。お互い歌いすぎてガラガラの声で流石に疲れたと呟く。
「苗字んちどっちだっけ」
「んー、あっち」
「歩いて行ける距離?」
「10分くらいかな」
「へー」
「何、送ってくれんの?」
「うん」
 一応女の子だからな、と付け加えられた一言に一応は余計だとばかりに軽く背中を殴ると「いてっ」と米屋は全然痛そうじゃない声を上げる。歌い疲れて空っぽになった頭で米屋とまたこんな風に遊べるようになったのは彼氏と別れたからで、そう思うと悲しむことばかりじゃないのかもしれないと考える。米屋のおかげで思考は前向きになっていた。
「米屋」
「ん?」
「また遊んでね」
「おー」
「しばらくは米屋と遊ぶから彼氏作らない」
「なんじゃそりゃ」
「もしくは米屋と遊んでも怒らない彼氏を作る」
「はは、そりゃ無理だろ」
「そうかな」
「うん、オレでも彼女が他の男と二人で遊んでたらちょっと嫌だし」
「そうなのか」
「うん。まあ苗字が他の男と二人で遊んでるのも嫌だけどな」
「……うん?」
「苗字が嬉しい時も悲しい時も全部、隣に居るのはオレだったらいいのになって思う」
「……えーと、それって告白?」
 思わず立ち止まって米屋を見上げる。いつものように「……と、思うじゃん?」と続きそうな笑みを浮かべたやつの口から出たのはいつものセリフでは無かった。
「そう、告白」
 失恋を癒すのは新しい恋って言うだろ? と月並みなセリフを吐いて私の手を取った米屋はそのまま歩き始める。自宅までの10分間、さらりと言われたセリフに反して汗ばんだその手を、私は離すことが出来なかった。

150923


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Lilca