カップラーメンが伸びている。もうお湯を投入して五分の時が経過しているのだ。きっと麺はカップ内の汁という汁を吸い付くし始めているに違いない。
 そのことにイライラした私だが目の前の男は私よりはるかにイライラした様子で私の目の前に仁王立ちしていた。
 どうでもいいけど早くラーメン食べさせてくれませんかね。イライラしながら目の前の男、迅を見上げると彼はようやく口を開く。
「話があるんだけど」
「どうぞお話下さい」
 出来ることならさっさと話してさっさと私にラーメンを食べさせて下さい。ただでさえちょっと汁少なかったかなと思っているのだから私が食べる頃には汁が無くなってしまっているのでは無いかと思う。はらはらしながらラーメンを心配してるのがバレたのか「こっち集中して」と怒られてしまった。
「……名前さ、今度の土曜どっか行くの?」
「……何で?」
「視えちゃった」
 その一言だけで何が視えたのか分かってしまう程に彼のサイドエフェクトはこのボーダー内に知れ渡っていた。思わず顔を歪めるが視えてしまうのはしょうがないので悪いのは迅じゃない。悪いのは土曜日まで徹底的に迅を避けるべきだったのに、それを怠った私だ。
 チャイムが鳴ってドアスコープで確認した時ドア一枚隔てた先に居るのは迅だと分かっていたが開けてしまった。ドアを開けた瞬間不機嫌な顔になった迅を見て、やばいと思ったのに追い返すことも出来ず家に上げてしまった。そう、悪いのは私なのだ。
「やめときなよ」
「何で」
「……いいじゃん、別に彼氏なんて作らなくても」
「彼氏が出来るかどうかは行ってみないことには分からないよ」
 ていうかラーメン伸びるからもう食べるよ、迅の返事を待たずにフタを開けると白い湯気と共に醤油の香ばしい薫りが部屋に広がる。箸を持って一口啜るとやっぱりちょっと柔らかかったがまあおいしく食べられる範囲なので目の前でむっとした顔をしている迅を無視して二口、三口と音を立てて啜る。
「……おれにも一口ちょうだい」
「はい」
 においにつられたのか不機嫌そうな顔のままで迅がラーメンをねだるので容器と箸を一緒に渡す。
 てっきり少しだと思ったら一度に大量の麺を箸で掴んで、口一杯に頬張るので呆気にとられてしまう。確かに一口は一口だけどそんな食べるなんて聞いて無い。これは迅なりの怒ってますよアピールなのだろうか。
「別にいいじゃん、合コンくらい」
「よくない」
 最早わずかしか残っていないカップラーメンを食べる気にはなれなかったので、そのまま残りも迅に食べさせると立ち上がって容器と箸を流しに持っていく。すると迅も私の後ろを着いてきた。何だ、私が合コンに行くのがそんなに気にいらないっていうのか。
「何で迅がそんな機嫌悪くなんのよ」
「……名前がおれと嵐山を差し置いて男作ろうとするからだろ」
「えっ、何、そんな寂しがりやだったっけ?」
 迅とは高校からの付き合いだが、元々嵐山の知り合いだった私がボーダーに入り嵐山も交えて三人で話すうちに迅が少しずつ心を開いてくれるようになって今に至る。三人でどうでもいい話をしたりご飯を食べたり迅がS級に上がるまではランク戦をしたり(これは私が一方的に負けることが常だった)してこつこつ友情を育んできたのだと思っていたが、こんな迅は初めてでちょっと戸惑った。
 もっとも向こうが友情だと思っているそれは私にとっては友情とは別の意味を持ったもので、そのことを知っている嵐山に告白したら案外上手くいくかもしれないぞと励まされ続けて早二年。迅にまったくその気が無さそうなのとこの関係を壊したくないのとでタイミングを逃し続けて早二年。私の長い片思いを知る友人から告白する勇気もないならさっさと別の男に目を向けたら!? と組まれた合コンについて迅と語り合う日が来るとは思わなかった。
 おれと嵐山を差し置いてって二人より先に恋人を作ろうとしていることに拗ねてんの? 私を他の男に取られたくないなんていう自分に都合の良い考えは封印しておくべきだと友情以上にならなかった二年がそう言っている。
 二人分のコップに冷蔵庫から出した緑茶を注いで再びテーブルがある方へ戻るとやっぱり迅も着いてくる。隣に座った迅になんと言うべきか迷っていると「嵐山には言う癖におれには言わないんだ」と迅が口を尖らせた。
「……何、もしかして合コン行くって嵐山から聞いたの?」
「……そうだけど」
「私今日別の用事があってこんな夜中に家まで来たんだと思ったんだけど、もしかして迅の用事ってこの件?」
「そうだったら何」
 ますます不機嫌になる迅に口をつぐむ。
 確かに先日嵐山と会った時にそろそろ告白しないのかと聞かれてこの合コンのことを話した。嵐山は告白しないうちから逃げるなんて、とか考え直さないか、とか色々熱く語ってくれたがまあ合コンに行ったから彼氏が出来るという訳じゃないしの私の一言で渋々納得してくれた。もしかしてそれが気に食わなくて迅に話しちゃったのか。気まずいから迅には言わないでねって言ったのに。
「嵐山他に何か言ってた?」
「別に名前が合コン行くらしいってことしか言って無かったよ」
「そっか……」
「で、何で嵐山には言っておれには言ってくれなかったの」
 不機嫌そうな顔のままそう言った迅に別に嵐山にだって言いたくて言った訳じゃないと説明する。
「そんなに怒らないでよ。あ、ぼんち揚げは無いけど迅が前好きだって言ってたアイスはあるからそれ食べる?」
「……そんなので機嫌取れると思わないで」
 確かに、子どもじゃないんだからそんなものでは迅の機嫌は回復しないだろう。基本的に自分が引いて解決させることが多いが、迅はああ見えて怒ると長いし結構根に持つタイプだ。
「サイドエフェクトで視えたってのは嘘?」
「……それは本当。一回名前のこと見かけて声かけようとしたら名前が合コンみたいなのに行ってる未来が視えたから嵐山なら知ってるかと思って問い詰めた」
「あ、そうなんだ……」
「本当は嵐山のこともこんなぐちぐち言う予定じゃなかったし……」
「……今日の迅、なんかかわいいね」
 子どもみたいに拗ねる迅がかわいくてよしよしと頭を撫でる。私は迅を避けていたつもりだったが甘かったらしい。迅と対等に友達関係と言える人間はあまり多くないし、迅の話し方から考えるに私に彼氏が出来ることで今まで通りじゃなくなるのが寂しかったのかもしれない。あとは明日の合コンで良くないことに巻き込まれるか、万が一明日の合コンで私に彼氏が出来たとしてその彼氏と幸せにならない未来が視えたかのどれかだ、きっと。
「……彼氏なんていらないでしょ」
「んん……そうかな」
 迅が来たことで合コンに行く気はすっかり無くなっていた。
 そろそろ迅のこと諦めて彼氏の一人くらい作ったっていいんじゃないのかと思った時にこんなことを言って来るとは。迅のこの台詞のおかげで私の片思い期間は伸びたし当分、というか迅が生きている限り彼氏は作れない気がするな、と考えていた時だった。
「大体さ、おれのこと好きな癖に何で余所で彼氏作ろうとするの?」
 ……ん?
 迅の一言に思考が止まる。ちょっと待って、おれのこと好きな癖にって…。
「な、何で知ってるの…!?」
 さっきまでどうやって迅の機嫌取ろうかなと考えていた私の余裕など一瞬で吹っ飛ぶ程の破壊力を持った迅のこの一言。
 長年隠し続けて来た想いは知らないと思っていた筈の迅が口に出して私が口を滑らせたことであっさりと事実として認められてしまった。
 気まずくて顔を逸らそうとするが「こっち向いて」と言われ阻止される。
「たまに差し入れとか言って手作りのお菓子くれたりしてたじゃん」
「してた」
「嵐山にも渡してたけどおれの方が数が多かったり気合い入ってたりとか、そういうの見てたら流石にあれ?っ て思うよ」
「それがばれてたっていうことが恥ずかしすぎて死にそうなんだけど」
 二人ともその場で食べないから絶対バレてないと思ってた、と両手で顔を覆う。迅はおかまいなしに話続ける。やめて、既にベイルアウト寸前だから。
「あとは三人で話してる時にやたらと用事を思い出す嵐山とか」
「そこまで気遣ってくれなくていいよってぐらい二人きりにしたがってた……」
「まあ名前が嵐山に色々相談してるのが聞こえちゃったり視えちゃったりしたのが決め手だったから半分くらいは嵐山のおかげかな」
「うわあ」
 もう恥ずかしくて迅の顔が見れない。顔を手で覆ったまま蹲ろうとしたが迅に阻止された挙句両手も顔から剥がされた。やめて、絶対顔赤いから。
「それなのに名前は何かあったら大体嵐山に相談するし、新しく出来た店も嵐山と行ってるでしょ。おれのこと好きならおれに言えばいいしおれを誘えばいいのにそういうの全部嵐山じゃん。おれは名前が告白してくれるまでは知らないふりをしようと思ってたけど、そんな未来が一向に視えない上に名前が勝手におれを諦めて合コンに行こうとしてるから名前を問い詰めに来たんだよ」
 私の目をしっかりと見ながら話す迅はやっぱり不機嫌だった。ていうかそれ、迅も私を好きだから告白して欲しいの? それとも、自分のこと好きな女が別の男と仲良くした挙句勝手に自分を諦めて別の男を作ろうとしているのが気に入らないだけ? 迅がどうして欲しいかは分からないけど、話し合いを進める為には前者でも後者でも私が迅に改めて告白するぐらいしか選択肢がないんじゃ?
「おれは、名前の口から聞きたいんだけど」
「う、はい……」
 じっと見つめられる。これは完全に私が告白する流れだ。二年温めた末にお蔵入りさせようとしていたこの想いをついに告白する時がきてしまった。
 まさかこんな展開になるとは思って無かったので告白のセリフなんて全く考えていない。
「あの、」
「うん」
「二年くらい前から、迅のことがずっと好きだったんです」
「うん」
「い、以上です」
 駄目だ、これ以上は言えない。
 もっと迅のどんなところが好きかとかそういうの、たくさんあるのに、いざ迅を目の前にして告白となると頭が真っ白になる。
 私のその台詞を最後に部屋に沈黙が訪れたことが余計に気まずい。頼むから何か喋ってくれ。
 俯きながら迅が何か喋るのを待っていたが一向にそんな気配が無いのでおそるおそる迅の様子を窺おうと顔を上げると、真っ赤な顔の迅と目が合った。
「迅、顔すごいことになってるよ……」
「……分かってるから今は見ないで」
 後頭部に手が伸びたかと思うと、私の顔が迅の肩に押し付けられていた。
 え、待って、そんな急に接触するなんて聞いて無い。
 多分さっきの迅に匹敵するくらい赤くなった顔で、かと言って迅から離れたら必然的に私のこの顔も見られることになるので離れることも出来ずにおろおろする。
「あのさ」
「うん」
「……好きじゃなかったら、わざわざ名前んちに押しかけてないから」
「……うん?」
「だから、名前のことがおれも好きだよって言ってんの」
 自分の顔もすごいことになってるとかそれどころじゃなくて、勢いよく顔を上げるとやっぱり顔が赤い迅が居た。
 お互い真っ赤な顔で顔を見合わせあって、先に耐えきれなくなったらしい迅に再び後頭部を掴まれる。てっきりまた肩に押し付けられるのかと思ったら、近付いてきたのは肩では無く迅の顔。どうしたらいいのか分からない私は目を見開いたまま、迅の唇を受け入れた。


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