テスト週間前、大概テスト勉強に苦労している東堂、新開、そしてチャリ部女子マネのわたしは東堂の部屋にて、この3年間で何度開いたか分からない緊急テスト対策勉強会を開いていた。ちなみに何故東堂の部屋かと言われれば東堂の同室が元ヤンの癖に勉強のできる荒北だからだ。もしどうにもならなかったら図書室から帰ってきた荒北に泣きつこうという算段である。
 お互いの苦手分野を補って助け合って乗り越えようね、ともう何度目かも分からない励まし合いをしながら黙々と課題をすること数時間。おなかすいた、と新開が呟く。
「チロルチョコならもってるよ」
 この間友人からもらってそのまま制服のポケットに入りっぱなしだったものを差し出す。いくら冬とはいえ制服のポケットでカイロと共に温められ続けたチロルチョコは開けるまでもなくどろっどろだと分かる有様だった。いくら質より量派で食にあまりこだわらない新開と言えどちょっと嫌そうな顔をする。さすがにわたしもこれを渡すのは気が引けたので後で冷蔵庫で冷やしてあげよう、とチロルチョコを再びポケットへ戻した。流石にカイロが入っている方には入れなかった。
「あ゛ーーーー」
 新開のその発言をきっかけに集中力が途切れたのか、東堂がファンには聞かせられないようなおっさん臭い声で仰向けに寝転がる。それにつられてわたしも盛大な溜息をついて机に突っ伏す。
 休憩するか、と言った新開に全力で賛成の意を示して、何の気なしにテレビをつけた。
「トイレ行きたい」
「行けばいいだろ」
 バラエティの再放送を見ながら呟いた言葉に新開から冷たい返事が返ってくる。
 だって、ここから女子トイレまでって遠いんだよ。暖房がきいたこの部屋から寒々しい廊下を歩いて、女子寮の方まで行って用を足して戻ってくる間に確実に体は冷えることだろう。やだなあ。めんどくさいなあ。
「じゃあ男子トイレに行くか? ここから近いぞ」
 ぐちぐち言いながら立ち上がる気もないわたしに新開がとさも名案かのように提案してくる。
 ごめん、さすがのわたしもそこまで女捨ててないんだよ。
 マネージャー業も3年目なおかげか部員が着替えてる後ろを「はいちょっと失礼するわよー」と何事もなく通っていけるレベルにはなっているが、男子トイレで用を足すのは流石に出来ない。それはただの痴女。
「ちゃんと洋式だぞ?」
「そういう問題じゃないんだよ新開」
 今まで黙って寝転がっていた東堂も「そういう問題じゃないだろ」と口を挟むぐらいにはそこじゃない。
「早く行け、膀胱炎になっても知らんぞ。男子より女子の方がなりやすいと言うし」
 急に起き上がってそう言った東堂は去年その膀胱炎にかかって色々辛い思いをしたらしい。
「アレは地味に辛い」
「経験者の語りは重みが違うよね、もう完治したんだっけ?」
 苦い声で言う東堂に訊ねたがいいからさっさと行けと背中を押された。ハイハイ行きますよ、と重い腰を上げて扉を開けたら一歩踏み出した瞬間、冷気。思わずもう一歩足を踏み出すのをためらうくらいには寒々しい廊下に心が折れそうになっていると、寒いからさっさと閉めろと東堂に言われたので仕方なく扉を閉めて小走りでトイレへ向かった。

「ただいま〜」
 帰りも小走りで戻り、中へ入ると2人は食い入るようにテレビを見つめていた。何をそんなに見つめているのかとテレビを覗くと、なんのことはない某下着メーカーのCMであった。
 腕上げて、ねじりましょ、そのとき胸にご用心〜♪と流れる音楽に合わせて下着姿で踊る異国の少女を真剣に眺める二人を見てなんとなく微笑ましい気持ちになる。マネージャーをやり出してから何かと部員を母親のような目線で見ることが増えたような気がする。
 真顔で見る新開はともかく少し頬を染めて、だが視線は逸らさない東堂のなんとかわいいことか。
 元の定位置に戻り二人の顔を観察していると先に気付いた新開が「お、おかえり」と軽く手を上げる。それにつられて東堂も「おかえり」と言ってくれた。
「これ欲しいけど流石に高いんだよね〜」
「そうなのか?」
「大体若い子が着けてるのって上下セットで3,000円ぐらいの安いやつなんだけどこれ上だけで普通に5,000円超えるから」
「そんなにするのか。女の子は大変だなあ」
「今年のバレンタインのお返しこれでもいいよ」
「おまえ、今年もお徳用キットカットだった癖によく言うな……」
「大体ブラ着けるのめんどくさくていつもユニクロのブラトップの奴が何言ってんだ」
「何で知ってんの? こわっ」
「いや前みんなでユニクロ行った時自分で言ってただろ」
「そうだっけ」
 確かにそんなことを言ったような気がしないでもない。
 最近夏だけじゃなくて冬もめんどくさくてブラトップなんだよねえみたいな話を新開としたような記憶がおぼろげだがあるような……。おめさんそんなんでいざって時が来たらどうすんだ? いくらゴリラ並の握力つったって一応女の子なんだからいつかはそういう機会あるだろ? みたいな心配をされた気がする。ほんっとマジで余計なお世話だと心から思った記憶があるような。
「男は結構、そういうのがっかりするぞ」
 そんなこともあったかもしれないと思い出していると東堂もそんなことを言いだしてきて、心底放っといて欲しいと思った。
「わたしだって好きな人とデートに行くときぐらいはかわいいやつ着けるよ」
「なんか想像つかんな……」
 万年ブラトップみたいなイメージを持たれるのも嫌だったから反論したけど、想像されるのもそれはそれで嫌だな。
「でもさ〜、女ばっかり勝負下着とか用意しなきゃなんないのってどうかと思うよね」
「まあな」
「だからと言って男が勝負下着ですとか言って紐パンで来ても嫌だけどさ」
「それは確かに嫌だな……」
「ちなみに東堂は紫とかピンクとかのパンツ履いてそうってイメージあるよ」
「何だそのイメージは……。普通にグレーとか黒だぞ」
「何となく制服のシャツの下に着てるTシャツがチャラいからパンツもそうなのかな〜って思って」
「別にチャラくはないだろう」
「いや、チャラいだろ」
「隼人まで……」
「新開はうさぎ柄のやつ履いてるみたいなこと前言って無かったっけ」
「よく覚えてんなおめさん」
「こういうので新開くんかわいい〜って世の女の子は騙されるんだろうなって思った記憶がある」
「騙されるってひどい言い様だなあ」
 ハハハ、と笑っている新開に顔はすごくいいんだよなあ、と今まで彼に泣かされてきた女の子達を思い出し何とも言えない気持ちになる。東堂も苦い顔をしているからきっと思ってることは一緒なんだろう。
 女の子達も新開と別れて泣きはするものの最終的にたった3日だけど新開くんと付き合えて良かったなどと抜かすからほんとこの男はどうなってんだとも思う。そんなことをだらだらと話していたら、突然開くドアと流れてくる廊下の冷気。思わず3人でさむっと身を縮こまらせると
「テメーらまだ居たのかヨ……」
 呆れたような声の荒北大先生のご帰還である。おかえり荒北。待ってたよ荒北。やあやあとみんなで荒北の帰還を喜べば毎度のことなので荒北も何も言わず「で、どこまで終わったのォ」と空いている新開の隣に腰を下ろす。
「つーか何でテレビ点けてんだ、切れ」
 そう言うや否や問答無用でブツリとテレビの電源を落とす荒北。そのあたりから段々と荒北の機嫌が下がっていくのが分かったわたし達は大人しくしていたのだが、それから隣の新開の手元を覗き込んでなんだこれ、と眉をひそめた荒北に「うさ吉の絵、なかなか上手く描けただろ?」とにこにこしながら返す新開はなかなか勇者だと思う。
 案の定、状況分かってんのかテメェ! と荒北の怒号が響き渡るのに、うさぎで女子達のハートは掴めてもさすがに荒北の機嫌は掴めなかったな、と東堂と顔を見合わせるのだった。

140322


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Lilca