少し残業があったが許容範囲内の時間に終わり、休日出勤の予定も稽古の予定もなく、ソシャゲのイベントも開催されていない珍しい金曜日。ふと彼女の存在を思い出した。
思い出した、と言うと自分がすごく薄情な人間のようだが、実際その通りなところもあるので言い訳は出来ない。三週間ほど前に繁忙期突入とだけ書かれたLIMEにおつ、と返して以来何の音沙汰もない。自分も仕事が慌ただしくなり、そこに稽古だなんだと入るうちにすっかり忘れていた。
思い出すとそれまで忘れていたのが嘘のようにちゃんと生きてんのかな(ソシャゲのログイン履歴が1日前なので生存はしている筈)、とか最後に会ったのいつだっけ、とか彼女のことばかりが頭に浮かぶ。普段彼女から送られてくるメッセージに返すことが多い自分が、珍しく久しぶりに連絡でもしてみるかとLIME画面を開き、まだ仕事中?と送るが返事が返ってこない。まどろっこしくなって通話画面を開く。
数コールの後にもしもし、と声がした。
「生きてる?」
「今、一人で勝利の美酒に酔いしれてるとこ」
「は? もう飲んでんの?」
つか、この時間にもう家にいるってことはもう繁忙期は終わったのか。聞いてないけど。
尋ねると今度は彼女が「は?」と言った。
「先週くらいに終わったって送ったじゃん」
「いや来てないし」
目が滑ってたのかと思ってもう一度確認したがやっぱり来てない。
「……本当だわ。力尽きたのか”終わった”だけ打って送信して無かった」
ええ?と最初は怪訝な声だった彼女はLIME画面を確認した後、しれっと「ごめんごめん、今送った」などと抜かした。いや遅いわ。
「……今から家行っていいの?」
「今からか〜」
「……嫌なら別にいいけど」
久しぶりに話した割にそんなに嬉しそうでもないのってなんか普通に傷つくよね。まあ嫌なら無理に会うこともないんだけど。一人で盛り上がりつつあった気持ちがちょっと冷めていくのを感じながらもそう言うと彼女が違うんだよ、と言った。
「嫌っていうか、明日休みだし好きなもん食べようと思ってにんにく使いまくったから部屋がにんにく臭いんだけどそれでもいい?」
あ、ちょっと嫌かも。俺と同じように彼女もオタクでだから一人でやりたいことがあるんだろう、と思っていたら予想のななめ上だった。ワンルームだから何か作る度に部屋中ににおいが籠るし、それなのに名前は換気扇を回すのをよく忘れる。このまま寮に帰ろうか、なんてちょっと考えたけどやっぱり久しぶりに顔が見たい。
「換気しといて」
「りょ」
呆れたように言った俺に対して、彼女の声が少しはずんでいたように聞こえたのは俺の気のせいじゃないと思いたい。
***
「うわっ、本当ににんにく臭いんだけど」
合鍵を使って部屋に入るとあの独特なにおいがした。別に嫌いなわけではないけれど、ずっと嗅いでいたいにおいかと言われるとそうでもない。
「だから言ったじゃん、ってうわっ、なんか久しぶりに顔見たな」
「久しぶりに会った彼氏にうわって言うのどうなの?」
「……照れ隠しみたいな?」
「もうちょっとかわいい感じでお願いしたいんだけど」
とは言ったものの、へへ、と笑った彼女は電話で聞いた声色よりも大分機嫌が良いし表情が緩い。酔ってんのかなと思ったけど彼女のコップに注がれていたのはお茶だった。
「一応換気はしたんだよ」
「ん〜、ファ●リーズないの?」
「そんな臭い?」
「お前もう鼻が慣れてんでしょ、臭い」
「マジか。ファブるわ」
「よろ」
あの後、至の分のご飯は無いからなんか適当に買ってきて、と言われた通り買ってきた自分のご飯(ファーストフードである)を並べているとファブり終わって隣に座った名前がいいな〜、とうらやましそうにポテトを見つめていた。
「何、やらないよ」
「ケチ」
「ご飯食べたんでしょ? なんだっけ、にんにくスタミナ丼?」
「そう。おいしかった」
至の分も取っておこうかと思ったけどお腹すいてたから食べちゃった、ごめんね、と言われたけど別に要らないのでいい。ハンバーガーあるし。
食べる前にスーツ脱ぐか、とハンガーを拝借してジャケット、ネクタイ、シャツ、と脱ぐと名前がほい、と前に置いて行った部屋着を持ってきたので礼を言ってそれを受け取る。
「髪ゴムかわいいのしかないけどいい?」
「マジか。なんかリボンついてんだけど」
「それ中学校くらいから使ってるやつ」
「俺がこれ使うのきつくない?」
「至ちゃんかわいいから全然いけるって〜」
「じゃあつけちゃおうかな〜」
名前がたまに出してくる女子高生ノリに乗っかって前髪をくくってみたが、至ちゃんかわいい〜と撮られた写真を見たら思った以上にきつかった。太一とかならまだしも23歳の男がリボンつけてるの、普通にうわってなる。取ろうかな、でも邪魔だし、こいつしか見てないしな……って葛藤の末つけたままご飯を食べることにした。
相変わらず名前はいいな〜って顔でポテトを見ているので仕方なくほら、ってポテトを一本つまんでやると嬉しそうに食べた。ちょっとかわいい。雛に餌をやる親鳥の気持ちだ。
しかし図々しくも雛は親が持ってきたポテトをこっそり自分でつまんで食べるようになったのでそこまでは許可してない、の意味を込めて足を蹴った。いたっと足を抑えてうらめしげに見てくる名前にざまあと言ったら仕返しなのかポテトを5、6本まとめて食われた。俺のポテトをよくも。
***
久しぶりに会ったけれどそこは俺達なのでご飯を食べ終わるとそれぞれやりたいことをやり始める。俺はソシャゲの周回、名前は録画を消化しつつのトゥイッター。アニメでも見始めるのかと思ったらV●嵐だった。最近櫻●くんが好きらしい。
ところで、周回しようと思っていた俺はファーストフード店の待ち時間が予想外に長くて、そこで今からやろうと思っていたアプリの体力を結構消費してしまったことをすっかり忘れていた。じゃあ他のやつ、と思ったが緊急メンテだったりなんとなく今は気が乗らなかったりでホーム画面を見たっきり結局はスマホを机に置いた。
勝手なもので自分がやられたらうっとうしく思うが自分はついやってしまう。ちょっかいをかけるように彼女の服の裾をくいくいと引っ張っていると上からいたずらしている手を押さえつけられた。パワー、A+って感じ。友達にどちらかというとゴリラだと言われる、と前に彼女が言っていたのを思い出したが、どちらかというとゴリラって何とゴリラを比べてのゴリラなのか。悔しいが俺はこいつが締めたビンの蓋が開けられないことがある。抜け出そうともがいているとうっとうしかったのか「至。今、櫻●くんが喋ってるから」と怒られた。ハイ。
自分のことは棚に上げて、隣の彼氏より櫻●くんかとちょっと拗ねながら彼女の肩に頭を乗せたり、押さえつけられている下の手が痛くなってきたからもう一方の手で彼女の手をかりかりしたりしていると離してもらえた。押さえられた手を確認するとちょっと赤くなっていた。うん、これはどちらかというとゴリラだわ。言ったらグーが飛んでくるから言わないけど。
壁にかかっている時計を見てこの時間なら今日は寮に帰ろっかな、という気持ちもあったけど、もう少しこの空間に居たかった。自分では淡泊なつもりだったけど、やっぱり気を許している相手に久しぶりに会って触れ合っているとなんかこう、ちょっといちゃつきたいな、とかがあるわけだよ。こんな俺でも。しかしその相手は嵐に夢中になっているので俺は名前がこっちを向くまで名前の膝でLPを回復することにした。
ごろん、と名前の膝に横たわったが特にお咎めは無かった。調子に乗っておっぱいをつついたら流石にそれは駄目だったのかパン、と額を叩かれた。軽い調子で叩かれた筈なのにぺし、とかじゃなくて、パン、という音から威力を察して欲しい。
***
むに。頬をつねられた。痛くないように加減してくれてるのか、マッサージのように揉まれている。上から肉が少ねえな、と声が聞こえた。俺は今から食われんのかと錯覚するような台詞である。名前の膝の上で寝てた筈だけど気付いたら人食いモンスターの集落だったとか? 目を開けるとモンスターじゃなくて名前がいた。
「おはよう。足が痺れたんだけど」
「櫻●くんはもういいの」
「珍しく至が構って欲しそうだったからね」
「別に」
ふん、とそっぽを向くとならばここをどけ、と言われた。ちょっと冷たすぎやしないか。足が痺れてんだよ、と言われたのでお約束のように痺れた足をつつくと面白いくらい絶叫した。マジで、そんな叫んでお隣大丈夫?ってくらい。ぜえはあしながらRC造だから多少は……と言った名前はここから逃げる為かお姉さんは洗い物をしてくるわ、と言って立ち上がった。
歳は同じの癖に名前は俺がちょっと甘えた時とかにお姉さんぶる。実際こいつは二人姉弟の姉なので、時々俺がなんとなく逆らえないのは弟持ちの姉が持つ姉オーラのせいなのかなとも思う。
まだ構って貰えそうにないのでスマホを取ってさっきやろうと思ったアプリを開く。ちょっとだけ回復していた体力を使ってクエストを進めるが、すぐに終わってしまったので洗い物をしに行った自称お姉さんの元に行って、後ろからぎゅっとしたが今度は怒られなかった。
「……ねえ、それいつ終わるの」
なんだかすごい構って欲しい人みたいな台詞だ。名前の家にいるとちょっとずつ、外での茅ヶ崎至の仮面がはがれる。
「至がお皿拭くの手伝ってくれたらちょっと早く終わる」
こういうのも、普段だったら絶対やらないけど隣に立って一緒にお皿を拭いた。
最後の一枚を拭き終わって、終わったよって言おうとしたら名前の方が早く振り向いてありがとうって言いながら笑ったから、もう良いよねって思いながら頬に手を添えて顔を近づけたんだけどさ。
名前が、あっ、て声を出したかと思ったら顔と顔の間に手を入れてきた。この女、この後に及んでまだ焦らすつもりか。
「今、自分がにんにくしこたま食べたこと思い出したわ」
自分でもむっとした顔をしてしまったなって思っていたら、名前がごめん! って言って急にぎゅっと抱き着いてきた。かと思ったらブレスケアしてくる、と身体を離して洗面所に駆け込んで行った。名前よ、言ってなかったけどお前いつも急に動き出すから俺はいつもちょっとびくっとするんだ。三角とかで大分慣れたかと思ったけど全然そんなこと無かった。
しばらく名前が出ていったのを眺めていたが俺も歯磨こ、と思い立って、一緒に洗面台に立ってごしごしした。
俺が磨き終わっても名前はまだ歯を磨いているので「まだ?」と聞いたら「念入りにしてんだからちょっと向こうで待ってて」と追いやられた。五分くらい経って戻ってきたと思ったらまた急に抱き着くのでまあ、それはちょっとかわいいなって思わんでもないんだけど、俺は今、無性にキスがしたい。さっき遮られたから余計に。だから顔上げてくんないかな。
肩をぐって押して念押しのようにいいよね、と目線で確認すると名前も目線で頷き返すので今度こそ顔を近づけて、唇を重ねた。
何回か触れるだけのキスをして、お互いの気分が高まってそろそろ舌入れたいなって思ってたらそれを察した名前がちょっと唇を開いてくれたから遠慮なくって思ったんだけどさ、ごめん、ちょっと待って。
「ねえ、あのモンダ●ンだかリ●テリンだかやった?」
「やった。歯磨きだけじゃちょっと心許なかったから」
「俺あの味嫌いだって言ったじゃん」
「えっ、それはにんにくよりも?」
「それはちょっと迷うけど多分にんにくよりもやだ」
今、すごい勢いでムードが台無しになっていくなって感じているんだけど俺の彼女、ムードとかそういうのあんまり気にしないみたいだ。まあいいじゃんって言いながらもっかいキスしてきた。
「多分慣れるでしょ」
慣れるでしょ、じゃない。今度は名前の方から舌を入れてきたし、なんかだんだん俺が押し倒されそうになってない? 踏ん張ろうと思ったんだけどやっぱ味まずいって思いながらも舌同士を擦ってるとだんだん一つになる感じがして気持ち良くなってくるし、同時進行で服の中から脇腹を擦られてヒッてなった俺はそのままカーペットの上に倒れこんだ。
名前を見上げたらにたにた笑っていた。やっぱり俺、今から食われんのかな。