企画サイトmimiの赤面する嵐山のつづき

「名前さん、止めといた方がいいんじゃないかって俺は言ったよな」
「……言いました」

 前回も同じこと聞いた気がするな、と思い出しながら私は路上にうずくまり嵐山に背中を撫でられていた。

「太刀川さんと同じペースで飲むと大体こうなるって分かってるだろう」
「……はい」
「俺の忠告も聞かないし」
「……ごめんなさい」
「大体、」
「嵐山、お説教は後で聞くから今は優しい言葉が欲しい……」

 今めちゃくちゃ弱ってるから。自業自得だって怒られるだろうか、と思っていたが予想に反して嵐山の声色は優しかった。

「良くなるまで付いてるから、歩けそうになったら言ってくれ。おぶってもいいぞ」
「優しい……」
「えっ、泣いてるのか」
「嵐山の優しさに感動したのと吐き気と一緒にこみあげてきたのと……」

 吐くなら袋、とポリ袋を渡された。ちょっと準備良すぎじゃない?
 思わず嵐山を見上げると飲み会のときは大体持ってる、と教えてくれた。すごいな嵐山。

「……吐きそうなのに吐けない」
「うーん、ちょっと辛いけど水飲んで薄めるか?」
「そうする……」

 嵐山が自販機で買ったミネラルウォーターを差し出した。気持ち悪い中飲むのはかなり辛いけど、これを通り越すと持ち直せることが多いので意を決して口を付けた。嵐山は無理はするなよ、と心配そうな顔をしている。いつもありがとう。嵐山が見守っていてくれるだけですごく心強いんだよ私は。

「どうだ?」
「……もうちょっと待機で」

 もうちょっとここで安静にしてたらよくなる気がする。多分。

***

「なんか……水飲んだらすごい元気出てきた」
「おお、良かったな!」

 少し回復したので歩き始めて、家に着くころにはあの気持ち悪さはどこへ、というくらい元気になっていた。

「嵐山、上がってくでしょ?」
「いや、元気になったならここで帰るよ」
「そんな……こんなに迷惑かけといて悪いでしょ」
「今更だなあ」

 介抱されて送ってもらって(ここにゲロの処理が入らなくて良かった)はいさよならじゃちょっと……、あんまりじゃないか。コーヒーぐらいしか差し出せないので早く帰りたいというのなら止めないけど。今日は私がダウンするのが早かったせいでまだ22時だしちょっとぐらいおしゃべりしてくれても……完全に私の都合だなこれは。

「……もうちょっとおしゃべりしない?」
「……それはずるくないか?」

 結局嵐山はうちに上がることを選んだ。

「あっ、こたつが出てる」
「そう、先週から」
「こたつなんか出したら名前さん、動かなくなるだろう」
「よく分かってるね、その通りだよ」

 トイレ以外でマジで出れない。こたつ。毎年こうなるって分かってるのに寒さに負けて出してしまうんだよなあ。

「着替えてくるから嵐山こたつ入ってていいよ」
「あ、コーヒー入れていいか?」
「いいよ。ついでに私の水も冷蔵庫から出しといてくれると嬉しい」
「分かった」

 いつものように別室で部屋着に着替えて洗面所で顔を洗った。給湯にしたけどなかなかお湯にならなかったので水で洗ったのだけど、冷たいし寒い。でもこたつが待っているし、と手早く準備を済ませて嵐山がいる部屋へと戻る。

「おまたせー。お水ありがとう」
「ああ」

 戻って嵐山が入っている面の隣面に脚を入れたのだけど、全然暖かくない。

「嵐山、これスイッチ入れた?」
「思ったんだが名前さん」
「うん?」
「飲んだ後にこたつに入ったらだめだと思うんだ」

 だからスイッチは入れてない。嵐山はきっぱりとそう言った。

「えっ」
「さっきまで体調悪かったよな?」
「……はい」

 まあ、酔った身体にこたつがよくないんだろうなっていうのは分かる。分かるけども。

「いや、でも嵐山も寒いでしょ」
「コートを着ているから平気だ」
「ええ〜……暖房つけるね……」

 嵐山は意思が固い。それを私はよく知っているし多分私がちょっとぐらいいいよって言っても駄目だと言い張るのは目に見えていたので大人しく暖房をつけることにした。私を気遣っての発言なのでそうするほかない。

「暖房がきくまで寒いだろう。こっちに来たらどうだ?」
「ん?」

 ほら、と嵐山は自分が座っている隣を叩いた。

「いやいや、流石に狭いでしょ」
「大丈夫じゃないか? 名前さん細いし」
「そういうお世辞はもうちょっと別のところで聞きたかった」

 だってこのこたつ、一人用だから一つの面に対して女の子が頑張って二人入れるかなってぐらいなんだよ。無理でしょう。それともあれか、嵐山、そんなに私とくっつきたいのか。

「嵐山が私に引っ付きたいってことはよく分かったよ」
「はは、まあ違いないな」
「えっ」
「……名前さん、俺が告白したこと忘れてるだろう」
「……あはは」

 しまった、墓穴を掘った。
 予想外の返事にうろたえていると嵐山がじと目で私を見上げた。いやいや、覚えていますとも。その告白を誤魔化すというか、保留? のような形にしてしまった私は今回も笑ってお茶を濁すしかない。冷静に考えたら最低だな私。でも断って嵐山と今の関係が崩れるのは嫌だから現状維持でいたい。……本当に最低だな。

「隣が無理ならここでも良いぞ」
「げえっ、それは無理」
「そのリアクションはひどくないか?」
「いやだってそんな……無理でしょ」

 嵐山が指さしたのは嵐山の脚と脚の間だった。無理でしょう。

「名前さん」
「……何」
「じゃーんけーん、」
「待ってよ、ここで使うの!?」

 グーを差し出した嵐山を慌てて制する。
 俺がじゃんけんで勝ったら何でも一つ言うこと聞いてくれるか? というのは以前レポートの資料集めを手伝ってもらった際、お礼は何が良いかと嵐山に訊ねたときに言われた台詞である。一応、告白された身であるので一瞬身構えたが「付き合ってくれとかではないから安心してくれ」と言われたのでまあ出来る範囲なら、と了承したのだった。その場でじゃんけんするのかと思いきや、とっておく、と言われたのですっかり忘れていたし嵐山ならそんな無茶は言わないだろうと思っていたのに! それを今、ここで使うのか嵐山!

「資料集め、手伝ってやったよな?」
「……その節は大変お世話になりました」

 嵐山はグーを差し出したままだ。……わかったよ、やればいいんでしょ!

「……一回勝負だからね」
「その言葉、忘れるなよ名前さん」
「当たり前よ。じゃーんけーん、」

 結果を見た瞬間、崩れ落ちた。そうだよ、この男はこういうときに絶対勝つんだよ。
 うなだれる私と対照的に嵐山は笑顔で膝の間を叩いている。
 行きます、行きますよ……。

「……嵐山って体温高いよね」
「そうか? 名前さんはちょっと冷えてるな」
「腕は回さなくていいってば……」

 告白される前だったら後ろから抱きしめられようが、名前先輩のことが大好きなんだな、で終わったのに。いや、終わらないな。告白されてなくても嵐山がそんなことしだしたら、どうした嵐山って思うわ。

「……満足でしょうか」
「ああ、満足だ」
「……いつまでこうしていればいいのでしょうか」
「名前さんの身体が温まるまでかな」
「もう十分温まってるよ……」

 嵐山が温かいことはよく分かった。よく分かったのでなるべく早めに解放してくれると名前先輩は嬉しい。
 腹に回った手をなんとかしてどかせないだろうかと触ったらめちゃくちゃ温かくてびっくりしたし、私の手、こんなに冷たいのかよ、とそれにもびっくりした。
 ごめん、よく分かったとか言ったけど全然分かってなかった。嵐山、本当に私と同じあのクソ寒い道を歩いてきたんだよね?

「手、すごいあったかいじゃん!」
「名前さん、びっくりするぐらい冷たいな」
「あ、さっき水触ったからだ」
「お湯にしなかったのか?」
「古いから時間かかるんだよ」
「まあ、温まるまでの水ももったいないしな」
「そうそう」

 話している間、嵐山はずっと私の手を両手で包んだり、握ったりとなんとか温めようとしてくれていた。ありがたいんだけど、冷静になるとすごい恥ずかしいよね、これ。
 居た堪れなくなってまだ冷たい手の甲をを少しだけ後ろを向いて確認した嵐山の首に押し付けると「つめた!」と声がしたのでちょっとだけすっきりしたのだが、嵐山の反撃は素早かった。

「!? ちょっとくすぐったい!」

 片手で顎をくすぐるように動かされる。逃れようと首と身体を動かしていたら支柱に脚をぶつけた。コップの中身は幸いなことに無事だった。こぼれなくて良かった。

「……脚ぶつけた」
「ええっ、大丈夫か?」

 暴れたせいで下にずれた身体を脇を持ち上げられて引っ張られた。これ以上の羞恥はないと思っていたけど、こんな猫みたいな扱いをされるのはなかなかに恥ずかしい。ていうか嵐山に脇を持ち上げられているって何だ。なかなかどころじゃなくてものすごく恥ずかしい。

「そんなに暴れるから」
「暴れさせたのは誰よ」
「もとはと言えば名前さんだな」
「……返す言葉もございません」

 だめだ、嵐山は基本正しいので口論になると負ける。またお腹に腕回してるし。私はいつになったらここから出られるんだ。

「……もう満足した?」
「ん? まだだなあ」
「もう十分あったまったよ」
「名前さんはこの体勢、嫌か?」

 後ろから嵐山が語りかけるように言う。うーん、嫌だけど、嫌っていうか……。

「落ち着かないんだもん」
「そのうち慣れるさ」
「ええ、そんな返事されると思ってなくて今びっくりしちゃったよ……」

 解放してくれる流れかと思ってたよ、今。

「たまにはいいだろう」
「うーん……」

 いつの間にか嵐山が抱きしめる力が強くなっている気がする。やっぱり落ち着かない、と思ってたら今度はゆらゆら左右に揺れだした。

「これならちょっとはましじゃないか?」
「いや、うーん……?」

 ましなのか……? そう思っていたが一緒に揺れているうちに本当にましになってきた気がする。
 少なくともさっきみたいな妙な落ち着かなさは無くなってきた。

「……なんかさ、揺れてると眠くなってくるよね」
「ん? 寝ていいぞ」
「いやいやいや、私が寝たら嵐山はどうすんのさ」
「そうだなあ。ここで名前さんを温めながら一緒に寝る」
「怖いこと言わないでよ……」
「怖いか? ずっとこうしてるだけだぞ」
「朝起きて嵐山の顔があるって考えてよ」
「慣れてくれ」
「無理でしょ」
「名前さんはいっつもそれだな」
「ええ……急にそんな突き放したような言い方しないでよ。分かった、慣れるように頑張る……って言おうとしたけどこの件はやっぱり無理じゃない!?」

 私は宅飲みで寝落ちしたときも起きて嵐山が寝てるのを見るとヒッてなるんだから。イケメンは寝顔もイケメンなんだよ。

「名前さんの今年の目標は俺に対しての無理を減らすことだな」
「今年ってもうあと一か月ぐらいしかないじゃん……」
「まず俺がここで温めるのを無理って言わない」
「ええ〜、無理」
「……罰ゲームとかつけるか。無理って一回言うごとに何か」
「げっ」
「どうしようかな。俺と手を繋いで歩く、とかにするか?」
「……やだ」
「……無理よりかわいくて良いな」

 ショックだけど、と嵐山は付け足した。そんなこと言わないでよ。保留にしている身だが心がめちゃくちゃ痛い。

「……誰も見てないとこだったらいいよ」
「……名前さんはずるい女だな」
「……だって嵐山と友達でいたいんだもん」
「恋人にはなってくれないのか?」
「……恋人になったら別れるかもしれないでしょ」
「別れないかもしれない」
「……嵐山が他の女の子と仲良くしてたら絶対怒っちゃうもん」
「それは嬉しいな」
「……嬉しいんだ」

 名前さんが嫉妬してくれるのは嬉しいよ、と嵐山は言った。私、かつてここまで熱烈に想われたことがあっただろうか。

「名前さん、こっち向いてくれ」

 それは、体勢的に無理では。そう思ったが一応顔だけ向けると、よいしょ、と言って嵐山が身体を動かした。背中から嵐山が離れた途端、急に身体が冷たくなったような気がした。もう暖房は効いているのに。
 私と向かい合うような形になった嵐山の手が私の頬に触れる。やっぱり嵐山の手は暖かい。

「名前さん、好きだ」
「……うん」
「俺と付き合ってくれるか?」

 じっと嵐山の目が私を見つめる。流石に無理とは言えなくて、言葉を探す。
 なんでか目を逸らせなくて嵐山の目を見つめ返す形になってしまう。

「……もし別れても友達でいてくれる?」
「俺は名前さんとどんな関係でも一生付き合っていきたいと思っているから、付き合ってみて、もしお互いが納得してそういう形になるのならそれはしょうがないな」
「……分かった」

 どんな関係でも一生付き合っていきたい、なんて言われたらもう、頷くしかない。

「……嵐山ってなんでそんなに私のこと好きでいてくれるの?」

 自分で言うのもなんだが嵐山の忠告は聞かないで失敗はするし、レポートは手伝わせるしで迷惑をかけた記憶しかない。寝顔を見てると微笑ましくなるとは言われた記憶はあるけど。そんなことでこんなにも熱烈に想ってもらえるものなのか。

「うーん、言葉にしろって言われる難しいな。きっかけは名前さんの寝顔だったが、それまでも多分、意識してないだけで名前さんのことは好きだったんだよ」
「ええ……」
「あっ、嘘だと思ってるだろ」
「だって出会ってから大体迷惑かけてる記憶しかないよ」
「うーん、名前さんが迷惑かけてるって思ってることも名前さんのことなら別に迷惑でもないんだよな。名前さんの何かを手伝えるのは嬉しいし」
「よく呆れてるのに?」
「それは違いないが、そういうところも好きなんだよ」

 再びうーん、と唸った後「難しいな、言葉にするのは」と嵐山は言った。それから、とりあえず名前さんは俺が名前さんのことが大好きなんだってことが分かってくれればいい、とも。いや、それは伝わっているけども。

「それで名前さん」
「はい」
「……キスしていいか」
「えっ」

 ちょっとそれは流石にまだ無理。そう続けたかったのに嵐山は私の返事を聞く前に口づけていた。

「……良いって言ってないんだけど」
「すまない。ちょっと、嬉しくて我慢がきかなかった」
「……まあ私も散々ひどいことしたから許します」
「名前さん」
「……はい」
「抱きしめてもいいか」
「…………」
「名前さん」
「…………どうぞ」

 順番、逆じゃないか、とも思ったがさっきまでも抱きしめられていたようなもんだし、まあ良いか、と許可した。
 この後、いつまで経っても離さない嵐山に根負けして寝落ちた私は翌朝目の前のイケメンの寝顔に悲鳴をあげる羽目になる。

181210


back
Lilca