※東堂の姉ねつ造
わたしの友人の東堂百合子はモテる。非常にモテる。
高校時代からの友人だが彼女の男が途切れてるのを見たことがないってくらいには男に言い寄られる回数も多いし、言い寄る男の質も高い。彼女が喧嘩別れなんてしているのを見たことがないし、大体いつも別れる理由は決まって彼女の実家のことだ。
彼女の実家は旅館を営んでいて、彼女は大学を卒業してすぐに実家に入り修行を積んだ後、そこの女将を継ぐらしい。その為結婚相手となると彼女の実家に入って一緒に家業を継いでくれる男しか無理なのだそうだ。
このご時世にお家の為に相手を選ぶなんてと思ったが本人がそれで納得しているらしいのでそこについては何も言わない。
「今回の子は長男じゃなかったしついに東堂も落ち着くかと思ってたのに」
「彼には夢があったから」
今回も例に漏れず実家のことで相手と別れたらしい東堂に思わず零すと綺麗な笑顔で微笑み返されて、彼にはもう何の未練も無いような顔をしているので少し悲しい。相変わらず良いお付き合いばっかりしてるのは彼女の女としての格が高いからか言い寄る男の質が良いからか。まあ、言い寄る男の質が良いのは彼女がそれほどまでに良い女だからってことかな、と言葉はキツイが顔の造形は恐ろしい程に整った彼女を眺めコーヒーを啜っていると、「そういうアンタはどうなのよ」と返ってくるので目線を逸らした。
「あー、破局寸前、みたいな…?」
「今度は上手く行きそうって言ってたのに?」
「んー、気のせいだったみたい……」
「気のせいって」
「なんかね、別の学科の橋本さんの方が本命だったみたいよ」
「は? 何それ、二股かけてたってこと?」
「まあ端的に言っちゃえばそう」
ずず、とコーヒーを啜りながら答えると目の前の彼女の眉が吊り上るのが分かる。
どうしてアンタはそんな男ばっかり選ぶのよとでも言いたげな目にこちらもごめんって百合子、と滅多に呼ばない名前呼びをしてみる。あたしに謝ってもしょうがないでしょうよ、と溜息をついた彼女に確かにそうなんだけどさ、と呟く。
東堂と違って男運の悪いわたしは大学に入って早3年だが付き合った男の全ては喧嘩別れか相手の浮気による破局である。
今の彼氏も友達に付き合って行った合コンで知り合って、彼の人間性に惹かれてわたしから告白して付き合うことになったのだが、彼には別にもう一人彼女がいたらしい。
先週、共通の友人から聞かされた告白に一瞬目の前が真っ白になったが、特に涙は出なかったので好きだと思っていたけれどその程度の物だったのかもしれない。
「もう今週中に別れるつもりだからそしたらいい男紹介してよね、百合ちゃん」
「あたしの世話にはならないって言ってたのはどこの誰だったかしら」
「だって東堂の知り合いの男って大体心の中では東堂のこと一番好きなんだもん」
あーヤダヤダ。もうわたし東堂と結婚して東堂の家に入ろうかなあ。
机の上に突っ伏しながらそう零すと「何バカなこと言ってんの」と頭をはたかれた。
「大丈夫だよ。わたし、東堂の顔も中身も大好きだから」
「そんなやつはアンタ以外にもたくさんいるわよ」
むかつく笑顔で返されたけど実際その通りだから何も言えない。何度も言うがむかつくぐらいに良い女なのだこいつは。
「そういえば弟居るって言ってたじゃん、もう弟でいいから紹介して」
「何よ、アンタ年下が好きだったの?」
「別に年下が好きってわけじゃないけどわたしのこと大事にしてくれる男だったらもう何でもいい」
東堂の弟だったらなんか大丈夫そうじゃん、と伝えると東堂は呆れたような溜息を漏らした後「まあ会った後の苦情は受け付けないからね」と脇に置いていたスマホを操作し始めた。弟くんと連絡を取ってくれているようだ。
「自分大好きだし、巷で森の忍者って呼ばれてるようなやつだけどほんとに良い訳?」
「まあ一回会ってみるだけだし、自分大好きなのは百合子も一緒だから問題ないし森の忍者ってめっちゃ気になるし。つーか会ったら向こうから願い下げだって言われちゃうかも」
弟くんって年上好き? と心配になって姉に尋ねると「知らないわよそんなの」と突っぱねられた。冷たい。
***
弟くんはロードというのをやっているらしく、毎日自転車漬けらしい。
だからもし、万が一、億が一付き合ったとしてもデートとか出来ないし楽しくないと思うわよ、とここに来るまでに東堂姉に散々言われたが既に彼とは別れて男探しに貪欲な自分には関係ない。
いい、デート出来なくても浮気しない男だったらいい、と前彼との傷を少し引きずりつつ待ち合わせの場所へと向かうと緑色のカチューシャに箱根学園の制服を着た男の子が居た。多分あの子だろうと側に近づくと向こうもこちらに気付いたようでぱっと顔を上げた。
「名前さんですか?」
姉とそっくりなその顔に思わず驚いていると、弟くんは爽やかな笑顔を浮かべる。姉には絶対に真似出来ない爽やかさだ。
「苗字名前です。ええっと、東堂尽八くん?」
「ええ、姉がいつもお世話になっています」
「こちらこそ、あの、ほんとに東堂、百合子の方にそっくりでびっくりしちゃった」
「よく言われます」
「今日はごめんね、せっかく部活がお休みなのに呼び出しちゃって」
「いえ、姉が高校の時から名前さんの話はよく聞いていたので、今日は会えて嬉しいです」
にこりと笑った尽八くんはじゃあ行きましょうか、と手を差し出す。
もしかして手を繋ごうってことだろうか。
最近の高校生ってこんなに女の子慣れしてんの!? あ、東堂の弟だから!?
一人慌てながらもその手を取ると、尽八くんの顔が少し赤くなるのが分かった。
「もしかして、ちょっとは緊張してくれてる?」
「わ、分かりますか」
「うん、わたしが年上だからかな?」
なんかごめんね、と尽八くんに謝ると、彼はいや、と首を振った後、少し迷ったものの口を開いた。
「名前さんが年上だからというか、その……、姉の友人でしょう? 姉には小さい頃から女性の扱いについて色々言われてきたので、その、もし粗相をして姉にバレたら後が怖いな、と考えてしまって……」
すみません、せっかく名前さんと居るのに別のことを考えてしまって、と謝る尽八くんに思わずきゅんとしてしまう。かわいい、アンタの弟かわいすぎるよ百合子!
「百合子には尽八くんすごい良い子だったって伝えとくから大丈夫だよ、ね、それにもう敬語もやめにしない?」
「いや、でもそれは…」
「わたし、素の尽八くんがみたいな。あと、名前さんより名前ちゃんって呼んでくれた方がお姉さん嬉しい」
ね、と笑いかけると尽八くんはちょっと迷った後「名前ちゃん……」と口にしてくれたのだが、その後の照れ顔がなんとも言えないかわいさで、かわいい、年下かわいい、と心の中で一人もだえる羽目になった。姉と同じ顔の筈なのになんなんだこの初々しさは!
っていうか尽八くん学校帰りだから制服だけど、これ、犯罪に見えないかな? 大丈夫?
「そういえば尽八くん、森の忍者って呼ばれてるの?」
「!? ど、どこでそれを……」
「まあ普通に百合子なんだけど」
「〜〜っ!」
「何、尽八くん、あんまりこの名前気に入ってないの?」
「気に入ってないというか……。別の呼び名があるから、出来たらそっちで呼んで欲しいというか……」
「別の呼び名?」
尽八くんは高校生の癖にそんなにたくさんの異名を持っているのか。最近の高校生、すごい。なんて思っていたら「出来たらスリーピングビューティと呼んでくれ」と言われたので危うくこけそうになるところだった。
「な、何て……? ス、スリーピン……?」
「スリーピングビューティ、眠れる森の美形だ」
ビシッ、とどこかに向かって指を指してポーズを決める尽八くんにああ、間違いなくこの子は東堂の弟だと感じ入った訳だが、「分かった、スリーピングビューティね」とわたしが頷くと嬉しそうな顔をする尽八くんは姉程ドライアイスな人間な訳ではないらしい。
その後も尽八くんとはご飯を食べながら色んな話をして、更には連絡先も交換して別れたのだが、帰路に着く頃にはわたしは尽八くんにめろきゅんであった。
帰りの電車に揺られている中届いた『今日はすごく楽しかった! 部活が忙しくてなかなか会う時間は取れないけれど、出来ればまた会いたいとおもうのだが、名前ちゃんはどうだろう?』というメールには一発KOである。
すぐに『わたしも楽しかったよ!わたしもまた尽八くんに会いたいけど部活の邪魔はしたくないからまた尽八くんの都合が良い時に連絡ちょうだいね』と返信をする。
その後は電車の中でにやけた顔をどうにかしようと思ったのだがどうにもならなかったのでにやけた顔を隠す方に全神経を集中させることにした。
140413