何かと因縁を付けてくる生徒がいる。アズール・アーシェングロット。おそらく成績の関係だろうが、今まで私はこの男と何かにつけてペアにされてきた。ペア作業の時にあーだこーだ言われるのは分かる。自分の成績に関係するのでなるべく良い結果を残したいのだ。それは分かる。でも全然関係ない一人作業の時にも口を挟んでくるのははっきり言って余計なお世話である。

 私とアズールの因縁の始まりは半年前、「貴女、話を聞いていましたか? この薬草はこのタイミングで入れるんですよ」とお節介を焼いてきたので「アーシェングロットくんって私のこと好きなの?」と言い返した時からだ。大抵の男はこう言われると「バッ、お前なんか好きじゃねーよ!」と言ってすっこむのだが、アズールは「目の前で失敗しようとしているのを止めただけで、どうしてそうなるんです?」と言ってきやがった。他の男子と同じように引いときなさいよ。
 面倒くさい、という態度が前面に出てしまったのが分かったのか、アズールはこう言った。

「僕と貴女は成績の関係か何故かペアを組まされることが多いですからね。今後、支障が無いように貴女も言われたことぐらいは出来るようになってください」

 言い方が悪い、言い方が。成績の関係を強調しやがった。成績悪くて悪かったですね! 最初は他人行儀にアーシェングロットくんと呼んでいたが、なんだかムカついてアズールと呼び捨てにすることにした。
 それ以来、指導されるたびに「アズールって私のこと好きなの?」と言うようにしている。私のことが好きだという理由以外で口うるさく言われるのが嫌だからだ。アズールは律儀に「違います」と訂正してくるのでこちらも半ば意地になっている部分もある。
 今だって「……先生の話を聞いていましたか? 何でそうなるんですか」と言われた。先生の話はちゃんと聞いているし言われた通りにやっているつもりなのだこっちは。アズールが「今から入れるのはこっちです」と指した薬剤にあっ、なるほど、と思ったがそれを素直には言えなくて「……自分の鍋に集中しなよ」と返すと「僕のはもう終わりました」だと。半分くらい私が素直じゃないのも悪いと思うが、最初が最悪だったせいでアズールが言うことには全部イライラしてしまう。器が小さいと言われればぐうの音も出ないが、こんな喧嘩腰で来る相手に「そうなんだ〜、ありがと〜」と言えるほど私は人間が出来てはいなかった。

「自分が終わったからって私の鍋ばっかり見て小言言わないでよ。そんなんだから陰険だって言われるんだよ」
「どこで言われてるんですか、そんなこと」

 どこで、と聞かれると私が陰険だなこいつ、と思っているくらいである。

「私の脳内でだけど」
「……貴女、僕のこと陰険だって思ってるんですか」
「……だって意地悪な言い方するでしょ」
「意地悪な言い方なんてしてませんよ、貴女があまりにも行き当たりばったりだから手伝おうと」
「頼んでないでしょ。私が失敗するのを見守るのも愛だよ、アズール」
「貴女に愛なんてありませんよ、回避出来る失敗は回避すべきでしょう」
「私、失敗しないと学べないから放っておいて」
「貴女が学習しないと僕に迷惑がかかると言っているんです」
「今は一人でやる実習だから迷惑かけてないでしょ」
「だから……」
「アズールが私のこと大好きだから心配だって気持ちはよく分かったよ、ありがとう。でももう黙ってて」

 精一杯の皮肉である。というかもう自分にそう言い聞かせないとキレそうなのだ。流石に鍋をひっくり返すわけにも行くまい。
 アズールが「ちょっと、なんでそんな解釈して……ちょっと! 話は終わってませんけど!?」と言っているが無視だ無視。無視しないとやってられない。
 結局、緑色の薬剤を作るところをピンク色にして先生に怒られたけど、先生と手順を確認して手順6を飛ばしてかき混ぜないまま手順8に行くとピンクになる、という学びを得たのでいいのだ。テストで間違えないようにちゃんとメモもしたし。


***

 その一週間後。同じ曜日、同じ授業で私は今日もアズールと言い争っていた。

「もう! 何で私のやること全部にケチつけてくるのよ!」
「だから何度も言っているでしょう!? 貴女の手際が悪いと僕に迷惑がかかるんです!」
「今は迷惑かけてないじゃない!」
「貴女が意識を改めないことが迷惑なんですよ!」
「もー! うるさーい! 私は失敗して学びたいからアズールは私を見ない努力をして!」
「はあ!?」

 先生、席変えてくれないかな。私の目の前がアズールなせいでいっつもこんなことになるんだし。
 またも意図せぬアレンジを加えて失敗した私が先生にそう言うと「失敗するのも大事だけど、アーシェングロットくんの言う通り貴女は失敗しない努力ももっとするべきね。ちょっとうっかりしすぎてるから」と言われた。それはその通りなんだけど、アズールに言われると素直に聞けなくなっちゃうんです。先生、そういう年頃なのねえ、じゃないんですよ。アズール以外に言われたなら聞けるんですよ私は。

 先生との居残りも終わったところで、実験室を出て教室に戻ろうとすると聞き覚えのある声がする。この声は多分、アズールとジェイドとフロイドだ。声の聞こえない方から行こう、とUターンしかけて、自分の名前が聞こえたので足を止めた。

「そんなに言うこと聞かせてえなら嘘でも好きって言っちゃえばいいじゃん」
「馬鹿言わないでください。好きじゃないのに言えませんよ、そんなこと」
「でも、好きと言われたらどうするんでしょうねぇ、彼女」
「……確かに」

 確かに、じゃない。最悪だ、こいつら。私に言うことを聞かせる為に私がいつも言うことを逆手に取ろうとしている。好きって言われたって絶対言うこと聞いてやらないんだから!


***

 その次の週の実習。
 絶対にアズールに小言を言われないように、とメモした通りに慎重にやっていたら「ちょっと、これは素早くかき混ぜると言われたでしょう」と口を挟まれた。いつもならここで嫌になって「はいはいアズールは私のことが大好きだからいつも口出さずにはいられないんだよね」と言って話を終わらせようとするのだが、先週ジェイドと話しているのを聞いていた私はぐっと口を噤んだ。普段すぐに言い返す私が何も言い返さないのを不思議に思ったアズールが「聞いているんですか」と言った。
 聞いてるよ。聞いてるけど、何も言い返さないのって思ったよりも辛いのだ。口を閉じて俯く私に何を思ったのかアズールが平素よりも柔らかい声で言った。

「……その、こうして口うるさく言うのも貴方のことが好きだから、心配なのであって、決して虐めたい訳ではないんです」
「そ、そうなんだ…………」

 思わず顔を上げてしまった。これは罠だって分かっていたのに。私のバカ、これはアズールの作戦なのであってこんな赤い顔してたら後で双子と笑われるに決まってるのに。
 だが、顔を上げた先にいたのは同じく顔を真っ赤にしたアズールだった。ちょっと、そんな顔してたら私を笑えないでしょ。

「何を言わすんですか……」
「勝手に言った癖に何言ってんの……」

 二人して赤い顔をして、いつもより勢い無く言い争いながらこの日はアズールの言うことをちょっとだけ聞いた。アズールはここで素早くかき混ぜられなかった時は代わりに熟成のスピードを早める薬草を入れるといいと教えてくれた。何でそんなこと知ってるの、と聞くと予習しましたから、と返される。私だって予習したけど教科書には載ってなかったけどな、と考えていたらアズールは授業の調べ物はわざわざ図書室まで行って、教科書に載っている以上のことを調べているのだと後で知った。それを聞くと確かに私は全然努力してなかったな、と反省したけど、でもやっぱり言い方ってあるよね、とも思った。


***

 あの日の実習以来、アズールは私がちょっとイラッとして「アズールは私のことが好きなんだもんね」と言うと「ええ、貴女のことが好きだから心配して差し上げてるんです」と返すようになった。これがまたムカつくのだが好き、と言われると「そっか……」となってしまうので大概私もチョロい女である。くそっと思いながらもアズールに手伝われて珍しくきちんと薬剤を完成させた私に、先生はにっこり笑って「やっぱりアーシェングロットくんと組ませて正解だったわね」と言った。

 授業の帰り、たまたまジェイドと鉢合わせた私は「そういえば、アズールと付き合おうとかそういう話にはならないんですか?」と聞かれて噴き出しそうになる。なんだそれ。ジェイドなんてアズールが私に言うこと聞かせるために好きって言ってるの知ってるでしょうに。

「ならないよ! なんか、最近のアズールって私に好きって言っとけばいいと思ってるじゃない?」
「そう思います?」
「思うよ! でも好きって言われるとまあ私のこと好きで言ってるなら聞いとくかってなるんだよね、心が篭ってなくても」
「……いつか結婚詐欺とかに遭いそうですね?」
「やめてよー!」

 いや、チョロいのは分かってるんだけど!

「ふふ、二人なりのコミュニケーションが取れているのは分かりました」
「我ながらどうかと思うんだけど小言の前に好きなんだど、って付くと心はオープンするわけよ」
「本当に将来気をつけて下さいね」
「ありがとう、気をつけるよ」
「何の話してんの?」

 じゃ、とジェイドと別れようとしたところでジェイドの片割れ、フロイドとアズールがやってきた。絡まれる前に去りたい、と思ったがそういうわけにもいかないようだった。

「結婚詐欺には気を付けようという話です」
「何でそんな話になってるんです?」

 アズールが怪訝な顔をする。知り合いが結婚詐欺に遭ったとかいうニュースも無いのにどうしたらそんな話になるんだ、というのも分かるが、私のチョロさを露呈するだけになるので出来ればこの辺りで話を切り上げたい。そう思っていたのにジェイドが私を見てにっこり笑った。嫌な予感がする。

「僕も結構、貴女のことを気に入っているんですよ」
「そ、そう……?」
「ふふ、好き、ということですよ」
「そ、そっか……?」

 やめてよー! 男の人に好きとか言われると赤くなっちゃうんだから! というのも言えずにそっか、しか言えなくなるのを最近知ったんだから!

「あはは、顔真っ赤じゃん!」
「う、うるさいな」
「は? ちょっと、貴女誰でもいいんですか?」
「そういう訳じゃないんだけど……」
「アズール、どうして結婚詐欺なんて話になったのか分かりました?」
「よく分かりました」

 アズールの目が据わっている。別に好きでもないのに好きって言ってるやつがそんな顔するんじゃない!

「アズールは私のこと好きじゃない癖に好きって言ってるんだから私のこと責める権利なんてないでしょー!」
「はあ? 好きって言ってるじゃないですか」
「そ、そっかあ……」
「ちょっと、貴女のそのチョロさ致命的ですよ。僕は別に貴女のことは好きじゃありません」
「どっちよ!」

 好きって言ったり好きじゃないって言ったり面倒なやつだな!

「僕が貴女のこと好きかどうかそんなに気になるんですか? もしかして僕のこと好きなんじゃないですか?」

 こ、こいつ、意趣返しのつもりか! ここで好きじゃないよ! と返すのは私に突っかかってきた男共と同じになってしまう。

「好きだけど何か!?」
「……は?」

 だから真逆を言ってやろうと思ったら勢いよく間違えた。意図的には間違えてないけど、間違えた。アズールもそう返してくると思っていなかったらしくポカン、としている。やった、やってやったぜ、と思ったけど言ってしまったことを考えると全然やったじゃないんだよ。だって私は別にアズールのこと好きじゃないし。

「え、貴女、僕のこと好きなんですか?」
「す、好きじゃないけど」
「どっちなんですか!?」

 思わず否定するとアズールがイライラしたように言う。あれ、なんかこのやりとりデジャヴだな、と思っているとジェイドとフロイドが腹を抱えて笑っていた。ほんとウケる、じゃないんだよ!


200427


back
Lilca