※手嶋視点
同じクラスの苗字名前は学年で1位2位を争うぐらいの美少女なのに頭が少し残念だ。
普段の彼女は成績優秀だし品行方正だし生徒会の副会長だしでとてもしっかりしている様に見えるのだが、とにかく頭の具合が少し残念だった(あ、あと人前では猫被ってるけど性格も割ときつい)。
彼女の異性の友人の中では一番仲が良いのではないかというオレは、彼女から度々恋愛相談をされていた。なんだか手嶋に聞いてもらったら上手くいくような気がする、という理由で放課後度々オレの元を訪れる苗字は、今日も帰り際「ちょっといいかしら」とオレを呼び止める。
今日は既にオレを迎えに来ていた青八木も一緒に居たのだが、苗字の相談を受けるようになってから苗字は青八木とも交流するようになったので、青八木が同席することに特に文句は言わない。
「ごめんなさい、あまり時間は取らせないから」
人も居なくなって猫被りモードを解除してオレの前の席の椅子に座り「それでね、」と口を開いた苗字は普段、はじめの5分は彼女の好きな人について余すことなく語り、次の5分で彼に近付くにはどうしたらいいかの相談を持ちかけてくる。
今日も「購買のパン戦争に堂々と突っ込んでたくさんのパンを勝ち取ったときの笑顔とパンを抱きかかえるたくましい腕が素敵」だとか「まるで熊のような後姿がかっこいい、抱き着きたいし、抱かれたい」だとかたっぷりと好きな人について語り、最後は「やっぱり素敵、田所さん…」とうっとり呟いて締める。
そう、彼女の好きな人とは我が自転車競技部の先輩で、オレと青八木も尊敬して止まない、田所さんなのだ。
彼女の語りにうんうんと頷く青八木に気を良くしていつもより2割増しの量を語った後はいつもの相談タイムだ。
かれこれ一年と半年程この相談会を開いているが、最初は恥ずかしがって部活中もほんとに遠くの方から見ているだけだった彼女も最近では近くまで来て応援するようになったし、丁度苗字と話しているタイミングで田所さんと出会った時に田所さんのファンということで苗字を紹介した。それ以来、オレか青八木が一緒に居る時に限るが彼女は田所さんと会話する機会も得るようになった。
もうそろそろアドレスでも交換させてやりたいなあ、と考えながら苗字の言葉を待っていたのだが、彼女の口をついて出てきた言葉はオレも青八木も想定外すぎる一言で思わず椅子からずり落ちそうになった。
「あのね、田所さんとお付き合いするのなら田所さんに相撲で勝てるような強い女じゃないといけないと思うの」
………どうしてそうなった。
びっくりしすぎて何も返事が出来ないオレと青八木の様子など全く気にせず彼女は更に言葉を畳み掛ける。
「だから手嶋と青八木、ちょっとわたしと一緒に田所さんにぶつかり稽古お願いしに行ってくれない?」
がたたんっ!
青八木が椅子からずり落ちた。
***
通い慣れた自転車競技部の部室の前にオレと青八木と体操服姿の苗字が並ぶ。
結局彼女に押し切られて部室の前まで来てみたが、これから先どうしよう。まさか本気で田所さんとぶつかり稽古をしようとしているのだろうか彼女は。こういうところはやっぱり頭が残念だなあ、と思わずため息をつきそうになってしまう。
田所さんは別に相撲部な訳じゃない、という一言が言えないままここまでずるずる来てしまったが、それじゃ付き合うっていうか物理的に突き合うことになるだろ……と考え付いたときにはっとした。
もしかして恋愛的にお付き合いするのが難しいから身体的に突き合いたいみたいな話か……!?
もう2年の付き合いになる彼女の思考がだんだん読めるようになってきたのがちょっと嫌だ。
アドレス交換でもなんでも協力してやるからやっぱりやめないかとオレが止めに入る前に「行くわよ、手嶋、青八木」とこっちを振り返った苗字の顔は既に覚悟を決めていた。やっぱり、美人なんだよなあ。オレがそんなことを思っている間に、行動的すぎる苗字は既に「失礼します!」と部室のドアをノックしていた。
あーあ、と青八木と顔を見合わせて彼女の後ろについて行く。
1年の頃、半径3m以内で田所さんを直接見たらわたしの目が幸せすぎて逝っちゃうから、という理由で田所さんとすれ違う時は持ってる手鏡ごしに田所さんの姿を見るような女だった苗字が直接田所さんの元を訪れるなんてなあ。お願いするのぶつかり稽古だけど。
苗字の成長に少し感動していると、丁度田所さんも今来たところらしく、制服姿で「おう、珍しいな」と苗字の姿を見て驚いたような顔をしている。そりゃそうだ。
「本日は田所先輩にお願いがあって参りました」
畏まってそう告げた苗字に、同じく制服姿の巻島さんも何だ何だといつものようにストローでペッドボトルのジュースを啜りながら様子を窺いに来る。
「おう、何だ?」
気の良い笑顔で返事をした田所さんに苗字が言葉を続ける。
「わたし達とぶつかり稽古をして頂けないでしょうか!?」
ぶっ
巻島さんが啜っていたジュースを噴き出した。
何言ってるショ、コイツという目でオレらを見てくる巻島さんにオレらも分かんないっす、という思いを込めて首を横に振る。
「おう! いいぞ!」
田所さんが気前良く返事をしたので巻島さんは再び噴き出しそうになったのだが、寸でのところで堪えたようだ。かわりに変なところに入ったらしくげほげほと咽ていたが。
「本当ですか!?」
田所さんの返事に喜んだ苗字は「やった! じゃあ早速! 手嶋、青八木、行くわよ!」とオレらの方を振り返ってガッツポーズをしたのだが、それはもしかしなくてもオレらも参加するってことだろうか。
思わず青八木の方を見ると「そういえば、さっきわたし達って言ってたな……」と思い出したように言うので、数十秒前の記憶を辿る。うーん、確かに言ってたな。
マジかよ、と呟く前に苗字に引きずられ、部室の中は狭いからと外に出る。
「よろしくお願いします!」
礼をする苗字につられて、礼をすると、「おう! 遠慮しないでぶつかって来い!」と田所さんは制服をまくり片腕をぐるぐると回す。
「じゃあまずは青八木だな!」
田所さんご指名された青八木は大分戸惑っていたが、田所さん直々に指名を受けたとあれば行かない訳にはいかない。
こくり、と頷き田所さんの元へ走って行き、田所さんの胸を押すが、流石の田所さんはびくともしない。
そのうちにやあっと倒され、「次!手嶋!」と名前を呼ばれたので「は、はい!」と返事をして青八木と同じく田所さんの胸を押してみるが、ほんと、びくともしねえ。
べちべちとつっぱりの如く左右交互に押してみたが、「何だその蚊の鳴くようなツッパリは!」と駄目だしされて倒された。ほんと何やってんだろうオレ。そして田所さんは何でそんなにノリノリなんだ。
「次!苗字!」
いよいよ名前を呼ばれた苗字が「ハイ!」と元気よく返事をして田所さんへ向かって行く。
ヤーッ!という掛け声と共に田所さんにツッパリをする苗字に「いいツッパリだ!」と笑顔を見せる田所さんは確か自転車競技部の筈だったのだが。
田所っちはいつから相撲部になったんショと遠くで呟く巻島さんに全力で同意する。
苗字も倒され、再び青八木、オレ、苗字、と3ターン繰り返したところで、「お前ら、精進しろよ!」と部室に戻って行った田所さんに「ハイ!貴重な練習時間を割いていただいてありがとうございました!」と頭を下げる苗字は一体どこへ向かおうとしているのだろうか……。
140417