※直接的な描写は無いですが、そういった事を匂わす描写があります。

 今期の営業成績が良かった為に開かれた会社の慰労会での出来事である。
 同期の隣でちみちみとお酒を飲みつつ目の前の営業の話に相槌を打っていると「笹原さーん」と別の島に同期が呼ばれた。
 彼女がそちらへ行ってしまい、自分一人でこの営業の相手をするのもなあ、っていうかぶっちゃけめんどくさいなあという内心は隠しつつ「すみません、わたしもちょっとお手洗いへ」と告げて席を立った。
 一緒に持ってきた携帯で時間を確認すると、あと三十分程でお開きになりそうな感じだ。
 今日は二次会には参加せずにまっすぐ帰るかなあ。
 そんなことを考えながら歩みを進めるとトイレだろうと思われるドアの前に辿り着く。トイレは個室が二つで男女共用の様である。片方が埋まっていたのでもう一方のドアを開けてみたのだが、空いていると思っていた物の中には既に先客がいた。
 何で鍵を閉めない。
「うわっ、ごめんなさい」
 幸いなことに後ろ姿だったが、一応一言謝ってドアを閉めようとする。しかしその後ろ姿が妙に見覚えがある気がして、ふと動作を止めた。
「……東堂?」
「えっ」
「あ、やっぱり東堂だ」
 顔だけこちらへ向けた東堂を思わず指さすと、彼は一瞬驚いた表情をした後「……とりあえず扉を閉めてくれないか?」と言うので、そこでようやく今の状況を思い出したわたしは「ああ、ごめん」と再び謝って今度こそドアを閉めるのだった。
 パタン、とドアを閉めてから再び思った。鍵閉めろよ。まさか人入ってると思わないから痴女みたいなことしちゃったじゃないか。
 ずっとドアの前に立っているが未だに鍵を閉める音が聞こえないので仕方無くトイレ待ちも兼ねて扉番をしてやることにした。
 それにしてもカチューシャをしている訳でもなく、会うのも六年ぶりだっていうのに後ろ姿だけで東堂と分かるとは流石高校三年間片思いをしてきただけはある。
 相変わらず綺麗な顔してたなあ、後姿しか見てないけどスーツも似合うな、と考えていると目の前のドアが開き「何かすまんな」と言いながら東堂が出てきた。
「鍵しめなよ」
「いや、しまらなくてな……。隣はずっと埋まってるし」
「確かに隣ずっと開かないね。それより鍵閉まらないって嘘でしょ?」
「嘘なものか」
 やってみろ、と言われたので中に入ってがちゃがちゃと鍵を弄ってみたが確かに閉まらない。
 捻っている筈なのにガチャガチャとドアノブを動かすとすぐに開いてしまうので、自分のやり方が間違っているのかと右に回したり左に回したりしたが一向に鍵が閉まる気配は無い。東堂に嘘でしょ? なんて言ってしまった手前すぐに戻るのも気まずいのでしばらく格闘したがことごとく敗北して悔しい。
 仕方無くそろそろと扉を開けて外の様子を窺うと、「ほら、締まらないだろう?」と言いたそうな顔で東堂が立っていた。
「……東堂、お願いがあるんだけど」
「見張りならしててやるからさっさと行ってこい」
「言ったね!? 途中でいなくなったりしないでよ!?」
「そんなに心配なら会話しててやるから」
「いや、それもどうかと思うけど……」
 とにかく頼んだよ、と言って再び扉を閉める。何でこんなところでこんな危ない橋を渡らなければならないのか。とりあえず便座に座ったが、何となく不安でドアノブは掴んだまままだ。
「東堂、居る……?」
 そしてトイレのドア越しに会話するのはどうかと思うと言ったものの、不安は不安なので声を掛けると「ちゃんと居るぞ」とノック付きで返事が返ってきた。
 ドアのぶに手をかけたまま何とか用を足し終える。最中何回も「東堂、居る!?」と尋ねその全てに「ああ、ちゃんと居る」とノック付で返してくれた東堂に感謝はしているが、この近い距離だと用を足す際の音が漏れてないか心配だ。
 水を流し終え、中に付いている手洗い場で手を洗った後、お待たせと言ってドアを開く。
 ありがとうね、とお礼を述べると彼は小さく首を振った。
「そういえば、今日は会社の飲み会か何かか?」
「そうだよ。スーツってことは東堂もそうなの?」
「まあそんなところだ」
 そろそろ戻らないとな、と自身の時計を見るその姿はびっくりするぐらい様になっていた。
「スーツ、よく似合ってるよ」
 なので、わたしにしては素直な感想を言ってみる。
「ありがとう」
 すると、返ってきたのは簡素な言葉と微笑みだけでちょっとどきどきした。
 学生時代なら「まあオレに似合わない物は無いからな! オレが着たことによってこのスーツも実力以上の実力を発揮してしまっているな!」と調子に乗ったことを言っていたのに何だか月日を実感してしまうよ。お互い年を取ったなあ、としみじみ。
「そういえばこの後は二次会か何かがあるのか?」
「この後? 多分二次会があるけど今日はこのまま帰ろうかと思ってるよ」
「体調が悪いのか?」
「ううん、気分じゃないだけ」
「そうか。じゃあオレがこの後二人で飲もうと誘っても気分じゃないと断るか?」
 びっくりして目を見開いたまま東堂の顔を見上げる。相変わらず微笑んだままの東堂に忘れかけていた恋心が蘇るのを感じた。

***

 目が覚めたら見慣れない天井だった。
 え、ここどこ。
 とりあえず起き上がって辺りを見回していると隣には東堂が寝ていた。何だこのドラマみたいな展開は。
 まさかそんな馬鹿なと自分の身体を見ると、悪い想像通りの結果で思わず頭を抱える。何だか腰もだるい気がしてきたのだが、信じたくなくて現実逃避。生憎、高校時代好きだった、もっと言えばさっきまた好きになった男とヤれたラッキーだなんてポジティブビッチ思考は持ち合わせていないのでただただ頭を抱えるだけである。
 5分位はそうしていたのだが、5分も経てば少しは落ち着くものでようやく覚醒してきた頭でこれからどうするべきかを必死にシミュレーションする。とりあえず服を着るでしょ。それから東堂に気付かれないようにホテル代だけ置いてそっと出て行く。
 よし、それで行こう、とベッドから降りようとしたその瞬間。がしり、と腕を掴まれて動作が止まる。どうしよう、後ろ振り向きたくないんですけど。
 しかしわたしの腕を掴む手が離される気配など無い。仕方無く顔だけ後ろに向けると、ばっちり東堂と目が合った。
 引きつった顔のわたしに「どこへ行く気だ?」と尋ねる東堂。怖い。セリフが怖い。
 どこにって着替えて家に帰るんだよ、とは言えず仕方無く布団をたぐり寄せてから東堂の方に身体を向ける。
「ごめん、全然記憶無いんだけど、……もしかしてもしかする?」
「そのもしかしてがヤったかどうかだと言うのならもしかする」
「ヤってんのかよ!」
 ああー! と再び頭を抱える。そんなわたしの様子を見てむっとした表情になる東堂。
 何でアンタはむっとしてんのと尋ねる前に「言っとくけど誘ってきたのはおまえからだからな」と更なる爆弾を落とされた。絶句。
「……待って、ちょっとおさらいしよう?」
「ああ」
「東堂に誘われて二軒目行ったでしょ」
「ああ」
「そこで結構飲んでたのは覚えてるのよ」
 高校の時の先生の話とか新開の話とかしたもんね。そこまでは覚えてるんだよ。記憶が無いのは二軒目のお会計を済ませた後からで。
「とりあえず扉を開けるじゃん」
「そうだな。それで外に出た瞬間オレに抱き着いた」
「ちょっと待って、それは嘘でしょ」
「嘘なものか」
「……じゃあ、外に出てわたしが東堂に抱き着きました。次は?」
「人目も多い中でオレにキスをしました」
「いやいやいや」
 絶対嘘じゃん。そう言いたげなわたしに「だから嘘じゃない」ときっぱり否定をする東堂。だってそんなのほんとに性質の悪い酔っ払いじゃん、と落ち込むわたしに「性質の悪い酔っ払いだったんだよ」と彼は容赦なく傷を抉ってくる。
 ぐっとわたしの腰に手を回して、「ほら、この距離でも思い出さないか?」と言ってくるがただどきどきするだけで記憶なんて戻る様子はまるでない。寝起きなのに綺麗な顔してんなあとか考えるだけだ。そしてお互い全裸なおかげで触れる肌が生々しくて嫌だ。
「とりあえず、一旦距離を取ろう?」
「このままの方が思い出しやすいかもしれないぞ?」
「いや、寝起きのひどい顔至近距離で見られたくないこっちの身になって欲しいんですけど」
 多分化粧もしたままだろうし。アンタがいくら美しかろうとこっちは小汚い顔のままなんだから至近距離で眺められるのは耐えられない。腰から手を離してもらった隙に距離を空けるとちょっと寂しそうな顔をされた。
「で、わたしがキスをしたその後?」
「その後流れでホテルに行ってヤって寝て起きた」
「……東堂ってもっとそういうのしっかりしてるのかと思ってたよ」
 高校の時は婚前交渉もっての他みたいな空気出してた癖に人って変わるんだな。いや、別に処女でも何でもないからいいんですけどね。ただ高校時代好きだった男に酔っぱらった勢いで迫った挙句簡単に脚を開く女みたいに思われるのがショックとかそういうだけなんですけどね。
 ……とりあえず化粧も落としたいしシャワー浴びてこよ。
 東堂の返事を待つ前にそう思い立ち、今更隠す物など無いという風に今度こそベッドから降りる。
 再び東堂に腕を掴まれたが「ちょっとシャワーだけ浴びさせて」と言えば簡単に手を離してくれた。

 蛇口を捻って、少し熱めのお湯を頭から浴びる。
 いや、それにしてもなんてことをしてしまったのか。普段酔っぱらってもそんなに羽目を外したことが無いだけにショックが大きい。
 はあ〜、と溜息をついて暫くお湯を浴び続けていたが、過ぎてしまったことはしょうがない、と無理やり切り替えて洗顔料をのボトルをプッシュした。
 ぼんやりとしながら出てきた泡で顔を洗っていると、断片的にだが昨夜の記憶が戻ってきた。
 あまりにもかっこよくなっていた東堂の腰に気付いたら手を回していて、東堂も戸惑った顔をする割には全然抵抗しなくて。何となく目を瞑ってみたらキスされて。あれっ、キスしたのわたしからじゃ無いじゃん。確かにわたしからモーションかけてるけどキスしたのは東堂からだ。
 騙された、と一人舌打ちして顔を洗い流した。

「東堂!」
 簡単に水気だけを取って部屋に戻ると、パンツだけを履いた東堂に「もっとちゃんと拭け」と小言を言われた。しかし今はそれどころじゃない。
「キスしたの東堂からじゃん!」
「何だ、思い出したのか」
「思い出したよ! 何で嘘ついたの!」
「あながち嘘でも無いだろう。誘ってきたのはおまえからだったし」
「そこは否定しないけど。なんだかんだホテル入ってからも騎乗位でしてたみたいだし」
「……待ってくれ、よりにもよって思い出したのそこか?」
「そこって? わたしの記憶の東堂、結構お疲れみたいだったから騎乗位でしてるのかと思ってたけどもしかして色んなのでやってた?」
「全三戦中、三戦目の記憶だそれは」
 はあ、と溜息をついた東堂に唖然とする。わたしが思い出した最中の記憶はそれのみなのだがまさか三回もしていたとは。っていうか一晩で三回出来るって東堂年の割に元気だな、という一言は同い年のわたしに返ってくることになるので言わないでおく。
「……ちゃんと三回ともゴム着けてくれたよね?」
「安心しろ、その辺はちゃんとしてある」
「良かった、一回目は着けるけど二回目以降は着けないとか言う男もいるからさー」
 流石東堂、とだんだん心の傷が回復してきたわたしが親指を立てると、何故か先ほどのようにむっとした顔をされたが何でそんな顔をするのか理解できない。
「……他の男には着けずに挿れさせたのか?」
「あ、今の二回目以降はって話は友達の話ね」
 わたしは着けないやつとはしないから。
 きっぱり否定したわたしの言葉に東堂の表情も元に戻る。結局何でそんな顔をしたのかは理解出来ないままだった。
「いい加減拭かないと風邪ひくぞ」
 東堂の言葉で思い出したように髪を拭き始めると、見かねた東堂が「貸せ」とタオルを要求してくる。
 言われた通りにタオルを渡すとわたしよりもよっぽどスムーズな動きで髪の水気を取ってくれた。更にはホテルに備え付けのドライヤーで乾かす作業までやってくれて、急な優しさにちょっと困惑する。一応ありがとうとお礼を言うとやっぱり小さく首を振るだけだ。
 わたしがシャワーを浴びている間に拾い集めてくれた衣服に袖を通す。顔がすっぴんなこと以外は昨日と同じ状態に戻ったわたしを見て、同じく昨日と同じスーツ姿の東堂が「一人で帰れるか?」と尋ねる。
 ここがどこか分からなかったが、携帯の充電も60%程残っているし何とかなるだろうと頷く。一応東堂に地名を尋ねると自宅まで電車で二駅分位のところだったのでまず帰れるだろう。
 帰りにホテル代を出そうと財布を開いたわたしだが、「これくらいは男に払わせてくれ」と言われた為渋々財布を引っ込める。
 ホテルを出て、それじゃあ、と言ったわたしに東堂も頷く。
 手を振りながら別れて、どうせなら携帯の番号くらいは聞いておけば良かったかもしれない、と少し後悔したがこの先連絡を取ることがあるだろうかと考えて首を振った。久しぶりに会った東堂に、やっぱり好きだなあと思ったものの今回の件で完全に悪い印象を植え付けてしまったに違い無い。
 見つけた駅の改札をくぐって、目当ての電車に乗ると休日だからか結構空いていた。隅の席に腰を下ろして携帯を開く。一通メールが来ていたので何も考えずに開いたのだが、そのメールの差出人欄を見て車内なのに大声を出しそうになった。慌てて口を閉じて、おそるおそる内容を確認する。

『好きでも無い女とホテルに入る訳が無いだろう、馬鹿。』

 一行だけ書かれたその文字に閉じかけた口を再び開けることになった。ここが電車じゃなければ間違いなく叫んでいた。
 わたしが言った「東堂ってもっとそういうのしっかりしてるのかと思ってたよ」という言葉に対する返事であろうそれに、いやでも段階踏んでないし! と返信を打ちかけて止めた。あまりにも可愛げが無さ過ぎる。
 電車を降りたら一番で電話してやろうと決意したわたしが、二軒目を出た後、しっかり東堂に告白されていたことを思い出すまであと10分。

140619


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Lilca