一つ上の先輩がいる。
中学からの付き合いの先輩であるが、どういう訳か彼は私を気に入っているようで学校ですれ違う度に声をかけてくる。
「あ、名前ちゃんだ」
自分を呼ぶ声が聞こえたと思うとのろのろとこちらへ歩いてくるので、そのたびに足を止めてこちらからも先輩のもとへ歩みを進める。
しかし呼び止めておいて先輩が話すのはいつも「今日は天気が良いね」だとか「今自販機でジュースが当たったんだ、良いでしょ」だとか挙句の果てには「ごめん、特に用事ないや」だとか。
毎回本当にどうでもいい用事なのだが、なんやかんやで「はい」だとか「はあ」だとかの相槌を打って話を聞いてしまう。
そこそこというかかなり女の子に人気のある人だから友人達にうらやましがられるが、一体何がそんなに気に入られているか分からない身としてはちょっと不気味で怖い。まあ変わった感性の人だから、普通の人とはちょっとずれたポイントで私を気に入ってくれたのかもしれないと思っている。どんな理由にせよ人に好かれるのは嬉しいことなので、いくらどうでもいい用事で呼び止められようが私も真波先輩のことは割と好きである。
「あ、名前ちゃんだ」
今日もいつものように呼び止められた。
いつものようにゆっくり歩く真波先輩のもとに、今日は少し距離があったので少し小走りで近づく。
「こんにちは先輩」
「こんにちは。移動教室?」
「はい」
「今日は水曜日だから化学かな?」
「えっ、すごい。真波先輩なのに覚えてる」
「えー、オレだってたまにはそのくらい覚えるよ」
「たまにはなんですね」
「うん、たまには」
好きなことはちゃんと覚えてられるんだけどねえ。
そう言って笑った真波先輩に「まあそんなものですよ」と返す。
先週の記憶を掘り起こして「先輩は美術でしょ」と確信を持って尋ねると「当たりー」と頭を撫でられた。彼は度々こうして私の頭を撫でたがるが、これが結構気持ち良いのでされるがままである。
私は選択が音楽なので美術の授業を受けたことが無いが先輩がどんな絵を描くのかは少し興味があった。5月頃、「今はりんごを描いてるんだよ。完成したら見せてあげるね」と言われていたがまだ見せてもらってないことを思い出したのでそういえばと口に出すと「ああ」と先輩は今思い出したようだった。
「そうだ。すっかり忘れてたや」
「写真とか無いんですか、写真」
「写真かあ。オレ、普段携帯持ち歩かないからさ」
「そこは携帯してくださいよ」
「あはは、それよく言われる。あ、参考になるか分かんないけど泉田さんには程良い丸みの堂々とした良いりんごだなって言われたよ」
「へえ、私の中にはただのりんごしか思い浮かばないんですけどきっと良いりんごなんでしょうね」
ちょっと見てみたかったがスケッチブックは美術室で保管されている為真波先輩が携帯を携帯して写真を撮るという奇跡が起きない限りはきっとお披露目されることは無いだろう。
本当、携帯なんだから携帯してくださいよ、と既に散々言われているであろう言葉を投げかけるが先程同様あははと笑うばかりなのできっと改善はされないだろうな。
「そういえばオレ、名前ちゃんの番号知らないね」
「そういえばそうですね」
既に3年の付き合いになるがお互い特に必要としていなかったため連絡先を交換したことは無かった。学校内での付き合いのみなのでこれから先も必要になるとは思えなかったが「オレが教えてって言ったら名前ちゃんは教えてくれる?」とかわいらしく小首をかしげるので(こんな仕草も似合ってしまうのでそりゃあ人気もあるよなあと思う)、いいですよと了承する。
「名前ちゃんからメールが来るなら携帯持ち歩くのもいいかもね」
「本当ですか? でも先輩がどんなメール打つのか興味はあります」
「もっと興味持ってくれていいよ」
「何言ってんですか」
「だって名前ちゃんいつも素っ気ないんだもん」
オレはもっと仲良くしたいんだよね、と言われてびっくりしてしまった。この人はお世辞とか、冗談の口説き文句とか、そういった類の事を言うような人ではないと思っていたのだ。
驚いたせいで妙な間が開いてしまったが一拍遅れて「そうなんですか」という当たり障りのない返事を返すと心外とでも言いたい表情をされた。全然意味が分からない。
「オレは名前ちゃんが好きだから仲良くしたいと思ってるのに名前ちゃんは一向に仲良くしてくれないね」
「急にどうしたんですか」
「急にじゃないよ、前から思ってたもん。……あれ、知らなかったっけ?」
「いや、初めて知りました」
そんなん言われたことないですって。
それを伝えると「いや、言ったよ。絶対」と言われたが私は絶対聞いていない。
「良かった。知っててその態度だと思ってたから遠回しに拒否されてるのかなって思ってたんだ」
「いや、そんなこととは露知らず申し訳無かったです。って今知ったところでどうしたらいいのか全然分かんないですけども」
「もっとこう、真波先輩すきすきってオーラを出したらいいんだよ」
「先輩、無い物は出せません」
「今オレすごく傷ついた」
大真面目な顔をしてそんなことを言うのでこちらも大真面目な顔をして返してやったらあからさまに物凄く傷ついた顔をされた。
確かにこれはちょっと傷つかせてしまうかもしれないと思ってやったので素直にごめんなさい、嘘ですと謝った。
「オレ、遠回しっていうのが向いてないみたいだから言うけどさ。名前ちゃんのこと好きなんだ」
「それさっき聞きましたよ」
「ええ? 普通もっとこう、きゅん!とかするもんじゃないの?」
「えっ、もしかして先輩今そういう意味で言ってました?」
「そういう意味って? あれ、もしかして伝わってなかった?」
おかしいなあ、東堂さんは困ったら直球勝負だって言ってたのに、と首を傾げる先輩。東堂さんとは真波先輩の口からたまに語られる、私と入れ違いに卒業していった先輩のことだろう。
そんなことは置いといて。もしや真波先輩が今私に言った好き、とは恋愛的な意味の好きなのだろうか。さっきはこう、先輩が後輩をかわいがる的な好きだと思っていたのだがもしかしてもしかするのだろうか。無言で真波先輩の顔を見つめてみた。そんなに見つめられたら照れちゃうよ、と困ったように笑った真波先輩。先輩のそんな顔は初めて見る。もしかして、もしかしちゃうのか。
気付いてしまうと急に恥ずかしくなった。
真っ赤な顔になっておどおどし始めた私に「あはは、やっとそれっぽい反応だね」と先輩は笑ったが私がおどおどしたまま何も返せないでいると次第に無言になって下を向く。私も倣って下を向いた。中庭で黙って下を向く二人。何だこれ、気まずい。
「名前ちゃん」
「はい」
「うちの家の近所の鳩はみんな太っちょなんだよ。知ってた?」
「いえ、全然知らないし興味もないです」
いつもの調子で話しだした真波先輩に私もいつもの調子で返してしまった。返してからハッとして、これじゃ素っ気なさ過ぎただろうかといつもは全然気にならなかったことを気にし始めてしまう。ていうか何で今その話。
「オレ、名前ちゃんが好きだけど変にぎくしゃくしちゃうのは嫌だから、これからも今まで通りでいてよ」
「えっ」
「また名前ちゃんが今だっ! って思う時に返事きかせて」
じゃあね、と言っていつものように手を振って立ち去って行った先輩に呆然と立ち尽くす私。
こんなの言い逃げみたいなものじゃないか、と気付かなかった自分を棚にあげてそんなことを思ってしまう。困ったら直球勝負だ、と言った東堂先輩とやら。後輩へのアドバイスはそれで間違っちゃいないがあんたのアドバイスのおかげで今私は大荒れだ。どうしよう、次に真波先輩に会ったらどうすればいいんだ。というか今だっ! って思う時っていつだよ!
真っ赤になった顔を押さえながらいつまでもぼうっと突っ立っていた私は予鈴が鳴ったことによってようやく本来移動すべきだった化学室への移動を開始した。
150108