「ルネくん」
「はぁい」
「今日の放課後はお暇ですか?」
「暇だよ〜」

 何だろ、またモストロラウンジのバイトかな、と思っていたら案の定だった。今日は賄いも用意しますので、と言われたら俄然張り切ってしまう。

「あ〜、ウミウシちゃんだぁ。今日は一緒なの? よろしくねぇ〜」
「うん、よろしくね〜」

 借りた制服に着替えてフロアに出るとフロイドくんと出くわした。今日はご機嫌みたいだ。

「あ、アズールくん。今日はよろしくお願いします」
「ああ、ルネさん。いつもヘルプに入って頂いてありがとうございます」
「いいえ〜、お給料くれるから俺もありがたくて」
「今日はジェイドの賄いも付けますのでラストまでお願いしますね」
「は〜い」

 アズールくんも居たので声をかけると、支配人の顔でお礼を言われた。ジェイドくんは居ないのかな、と思っていると「ジェイドには今日、キッチンの方に入って貰っているんです」とアズールくんが教えてくれた。

「そんなに顔に出てた?」
「ええ、きょろきょろして。ルネさんが探す人間と言ったらジェイドでしょう?」
「えっ、そんなイメージなの? 恥ずかしいな」
「ふふ、ジェイドをよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、いつも仲良くしてくれてありがとうと伝えてください……」

 何だかジェイドくんのお母さんと話しているみたいな会話だな、と思ったらアズールくんもそう思ったようで口元は笑っていたが目が複雑そうな色をしていた。
 俺はキッチンには入れないので、ホールでせこせこ働くしかない。フロイドくんに「ウミウシちゃん、これ八番ね〜」と渡されたトレーを持って、帰りに空いたお皿を回収して、と動き回る。途中言われた用事も忘れないようにするのは中々難しい。前に一緒に働いた時のラギーくんはどのポジションでも見事なものだったなあ、と考えているうちに閉店時間となっていた。結局働いている間ジェイドくんには会えなかった。

「ルネさん、スタッフルームに賄いを用意していますので」
「わーい! ありがとう、アズールくん」
「こちらこそ。助かりましたよ」

 バイトをしている間のアズールくんは、ちゃんと働いているうちは優しい。制服を汚さないように、先に着替えてからスタッフルームに向かうとお皿と一緒にジェイドくんが待っていた。

「あれ、どうしたの」
「ルネくんを待っていたんですよ」
「今日会えなかったもんね〜。寂しかった?」
「ええ、とても。本当はルネくんと一緒にホールに出たかったのですが今日はキッチンに回されてしまいまして」
「あはは、俺も寂しかったよ♡」
「ルネくん、最近ちょっと雑になっていません?」
「えっ、そう? ごめんね?」

 芝居がかった口調で切なげな顔をするジェイドくんにいつものように返したつもりだったが、雑だったらしい。

「で、本当はなんで待ってたの?」

 お皿に乗っていたのはきのこのパスタだ。そういえばジェイドくんもお昼にきのこのパスタを食べていたな、と思い出す。
 椅子に座っていただきます、と言うとジェイドくんがどこからか椅子を持ってきて隣に座った。

「……なんか近くない?」

 食べづらいよ。なんで利き腕の方に座るんだ。

「今日、ご友人と食べさせ合っていたでしょう? 僕もやってみたくて」

 食べさせ……? そんなことやったかな、と考えて仕方なく口で受け取ったチキンか! と思い当たった。ヴィル寮長に見られたら確実に雷が落ちるやつだ。いなくて良かった。

「食べさせ合ってはないかな」
「はい、ルネくん。あーんしてください」
「聞いてないね」

 綺麗にパスタが巻かれたフォークが口元に差し出される。ジェイドくんの顔を見たが、食べるまでフォークは貰えそうにない。仕方なく口を開けるとフォークが差し込まれる。口を閉じたタイミングでフォークが引かれた。

「味の方はどうです?」
「ん、おいしい」
「良かった。じゃあもう一度。あーん」
「えっ、まだ?」
「もちろん」

 はい、と差し出されるのでもう一度口を開けた。いつまで続くんだろう。

「このきのこ、僕が作ったんですよ」
「へえ、そうなんだ」
「僕のきのこ、おいしいですか?」
「それは下ネタに聞こえる……」

 僕が作ったきのこ、なら良いけど僕のきのこはちょっとダメだ。笑いそうになるのを堪えているとジェイドくんがわざとらしく首を傾げた。

「おや、何を想像したんです? 僕に教えてください」
「な、い、しょ!」
「残念です」

 全然残念そうじゃない顔でジェイドくんが言った。いつかそういうことをする日が来るのだろうか。キスをしたのがジェイドくんなのでなんとなくジェイドくんで想像してしまう。多分だけど、俺は迫られたら断らないだろうなと思う。ちょっと興味もあるし。でも俺からそんなことを言ったら「ルネくんは意外とエッチなんですね」だとかなんとか言ってからかわれるので黙っておいた。
 ジェイドくんは飽きずにせっせと俺の口にパスタを運んでいる。食べている途中でフォークから一本溢れた。

「おや、すみません」
「ん」

 行儀が悪いが、俺の手元にはフォークが無いので啜るしか無い。そう思っていたら、ジェイドくんが溢れたパスタをフォークですくってくれた。口の中を空にしてから貰おうと思っていたのに、すくわれたパスタはジェイドくんの口の中に消えていく。寄せられる顔、でも決してくっつかない唇。ぷつん、とパスタが切れた。

「すみません、お行儀が悪かったですね」
「…………何でそういうさあ」
「おや、どうしたんです?」
「……いい、早く次のちょうだい」

 俺がキスしたいのなんて分かっている癖に。どうせ俺の口から言わせたいのだこの男は。パスタを受け入れる為に口を開くとジェイドくんが「困りましたね」と言った。何がだ。

「……本当は、嫉妬したんです」
「うん? 何の話?」
「ご友人の方と、ごっこ遊びをされていたでしょう?」
「ごっこ遊び……、あ、お昼?」
「ええ」
「…………未遂じゃない?」

 友人には「は?」と言われて終わったわけだし。ていうか、ジェイドくんのところまで聞こえてたのか。恥ずかしいな。

「部屋まで行くから、なんて僕は言われたことがないので」
「ええ……だってあの子は同じ寮だし、そういうリップサービスもアリじゃない?」
「そうですか。じゃあ彼より長くルネくんに付き合ってきた僕には、もっと特別なリップサービスをお願いしても?」
「特別? 例えば?」
「そうですねぇ……。今だったら『我慢出来ないから、キスして』でしょうか」
「……そんなに俺に言わせたいんだ?」
「ええ、したくないと言ったのはルネくんですから。僕からは出来ないでしょう?」

 にこにこしている。ジェイドくんの、こういう、どこまで演技か分からないところが!

「『我慢出来ないから、キスして』? ……これで良い?」
「ええ、満足です」
「じゃあ、はい」

 てっきりキスする流れかと思って目を瞑ったが中々来ない。疑問に思って目を開けると、相変わらずにこにこ顔でジェイドくんは俺を見ていた。

「? しないの?」
「はい。早く食べないとパスタが冷めてしまいます。続きをしましょうか」

 白白しくそう言ったジェイドくんに怒りがこみ上げてくる。いや、キスしない関係に戻ろうって言ったのは俺の方だけど!

「ルネくん? ほら、口を開けてください」
「……ジェイドくん、キスして」
「おやおや、そんなにキスがしたかったんですか?」
「早く」
「キスしない関係に戻ろう、と言ったのはルネくんなのに。仕方がない人ですねぇ」

 フォークを置いたジェイドくんの顔が近付いてくる。ようやくキス出来る、そう思ったのに。ジェイドくんは俺の頬に手をかけたまま、鼻先が触れるくらいまで近付いて動きを止めてしまった。

「っ! ジェイドくん!」
「ルネくんが言ったんですよ? 『俺がキスしてって言ってもキスしちゃだめだよ』と」

 そうだった。そうなんだけど。こんなところでジェイドくんはこういう人だった、と思い出した。言い出したのは自分だが、こんな方法で煽るんじゃない。前はジェイドくんのこういう意地悪な部分も流せていた筈なのに。
 こうなったら意地でもジェイドくんからキスをさせたくて、ジェイドくんの太ももに手を置いてそっと撫でた。この前、ジェイドくんにされて気持ちよかったことだ。

「……ッ、いけない手ですね」
「この前のジェイドくんの真似だけど?」
「では、僕がルネくんにしても問題ありませんね?」
「んッ…………」

 ジェイドくんの手のひらが膝に触れた。確かめるように動いた後、内腿の方に動くので慌てて脚を閉じた。だめ、そこはだめだ。キスをされているわけでもないのにぞわぞわする。ジェイドくんの掌は挟まれたぐらいでは止まらない。挟まれていない親指で摩られる度に、くすぐったさとは別の感覚で変な声を出してしまいそうだった。

「や、やだ……」
「おや、先に手を出したのはルネくんの方では?」
「そうだけどぉ……」

 ジェイドくんが楽しそうに笑っている。一矢報いたいが、そんなことよりも。

「ジェイドくん、キスしたい……」
「……キスしない友達に戻る、というのは撤回致しますか?」
「……します」
「ええ、では僕からキスしても構いませんね?」
「うん、早く……」

 我慢出来なくて、ジェイドくんの太ももに手をつくと、腰を引き寄せられた。僕の上に乗って、と言われたのでのろのろと立ち上がってジェイドくんの膝の上に座る。座ってすぐに上を向かされて、舌を入れられた。いつもスマートなジェイドくんらしくない性急さだったが、感情がぐちゃぐちゃになっていたのでちょうど良かった。何も考えたくない、キスをしたい。俺はどうしてしまったんだろう。


200531


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