かれこれ一週間、ルネくんの様子がおかしい。どこか壁があるような気がする。いつもなら休み時間の度に「クリームパン半分食べる?」だとか「昨日テレビで毒キノコ特集やってたの見た?」だとか話しかけてくるのに、ここ一週間は僕が話しかけるまでスマホを見ている。話しかけてもなんだか素っ気ない。クリームパンも一人で食べていた。一個丸々食べるとカロリーがね、と言っていたのに。
 ロッカールームでキスをしたことが原因だろうか。あの時は興味が勝り、ルネくんが言い出したことだし少し怒られるくらいだろうと思ってついしてしまった。僕が思っているよりファーストキスに思い入れがあったのだろうか。
 怒らせてしまったのなら彼の言い分を聞いて謝らなければ。そう思って放課後、早速ルネくんを呼び出した。いつもなら「えっ、告白?」なんて言って嬉々として着いてくるルネくんが、今日は「うーん」と考えるような素振りを見せていた。もう僕とは話したくないのだろうか。

「ルネくん、怒っています?」

 いつものように周りくどく聞くとルネくんは誤魔化すような気がして、単刀直入に切り出した。

「何で? 別にそんなことないよ」

 ルネくんは首を傾げながらそう言った。

「キスが嫌でした?」
「えっ、嫌じゃなかったよ?」

 本当だろうか。口にしている言葉全てが本心などという確証はどこにも無いのだ。他にルネくんが怒っている理由も見当たらないが、ルネくんは口を割るつもりも無さそうである。
 困りましたね、と言うと何が? と返される。
 ルネくんに効くかは分からないが、仕方がない。

「ルネくん、僕の目を見て」
「目……?」

 ルネくんにそっと顔を近づける。この前のキスを思い出して嫌な気持ちになるだろうか。

「貴方の気持ちを聞かせてください、齧りとる歯」

 本当はユニーク魔法に頼らずに本音を聞き出したかった。でもいつもあんなに近寄ってくるのに、ルネくんは決して本心を見せない。おねだりをしている風で、それはただのごっこ遊びなのだ。ごっこ遊びじゃないルネくんを、僕は知らない。ルネくんも僕の本心を知らない。こうして一方的に暴いたと知れたら彼は何というだろう。怒るだろうか。嫌いになるだろうか。

「僕とはもう、話したくありませんか?」
「……そんなわけないでしょ」

 一回きりの質問だ。もっと他に良い質問があったのでは、と思うのに思わず出たのがそれだった。他者の評価など気にしないし、相手がどう思っていようが自分の好きなように動くのだが。
 ルネくんはハッとしたような顔をしている。本当は違う答えを用意していたのだろうか。

「……今、何かした?」
「それは後でお話します。ルネくん、僕に言いたいこと、何でも仰ってください」

 こういう場面では、一度口が緩むとなし崩しになることが多い。少し狡いがルネくんに警戒される前に口を割らせなければ。

「……そーやって俺にばっか言わせる気でしょ」
「んむ」

 唇を指で挟まれた。ムニムニと揉まれている。

「お口の柔軟できた? これでジェイドくんもちょっとは口が滑りやすくなるんじゃな〜い?」

 意地の悪い顔で笑っている。そんな顔も見るのは久しぶりだった。

「ジェイドくんに言いたいことか〜。まずブームが来たキノコばっかり食べさせるのやめて欲しいでしょ、それと授業中俺のノートに変な似顔絵描いて笑わせるのをやめて欲しいでしょ」

 ルネくんが指折り数えて不満を言う。どれもこれも、かわいらしいものばかりだ。

「あと、たまには本心で話して欲しいとかかな」
「……それは、ルネくんもでしょう?」

 今回の件でよく分かったが、ルネくんは思うことがあっても沈黙するタイプだ。

「じゃあ本心で言うけど、ジェイドくんのキス最悪だった」

 やっぱり、キスが嫌だったようだ。

「それは、生理的にですか? だとしたら、」

 ひどいことをしてしまった、と謝ろうとしたのをルネくんが遮る。

「違う、もっとドキドキさせて欲しかったってこと」
「ドキドキ、ですか」

 こんなに不満気な顔をしているのは初めて見た気がする。僕はルネくんの芝居がかった表情しか知らない。

「そうだよ、せっかくするなら、失礼します、チュッなんて業務的なやつじゃなくてもっと情熱的に見つめて激しいやつにしてくれないと!」
「ほとんど経験のない僕に無茶を言いますね」

 これもいつもの冗談なのだろうか。この前はそれを逆手に取って、どんな反応をするのだろうと好奇心に負けてキスをしてしまった。いつものようにかわされるのだろうか、と思ったがルネくんにとって予想外に大きな出来事だったらしく一週間冷たくされてしまった。

「……今のも本心だよって言わなきゃ分からない?」
「ルネくん、やっぱり怒っていますね」
「当たり前でしょ」

 ほら、リベンジは? とネクタイを引っ張られる。ルネくんの顔は少し赤い。ん、と顎を少しだけ持ち上げたのを見た瞬間、急に身体が汗ばんできた。自分がどんな顔をしているか分からなくなるなんて初めてだ。前回の性急さが嘘のようにゆっくりと顔を近付ける。

「ふふ、ジェイドくんも顔真っ赤だ」

 ルネくんが堪えきれないように笑った。いつもの僕ならここで一呼吸入れて何でもないように返す筈なのに。気付くとルネくんの頬を掴んで唇を押し付けていた。
 ん、とルネくんが声を漏らすたびに腰のあたりに熱が籠るような感覚がする。粘膜の接触はこんなにも気持ちいいものなのか。息が苦しくなってきてようやく唇を離すとルネくんが蕩けたような顔をしていた。またキスをしたくなったのを見越したのかルネくんは「終わり」と言って笑う。

「ドキドキしてくれましたか?」
「うん、ドキドキしたからこの前のは許しました」

 いつものように笑ったルネくんになんだかホッとした。ルネくんに冷たくされたぐらいでこんなに取り乱すなんて思っていなかった。

「そういえば、さっきのって口が滑っちゃう魔法?」
「僕のユニーク魔法なんです。この魔法をかけられると何でも正直に話しちゃうんですよ」
「うわっ、ジェイドくんっぽいなあ」
「……嫌いになりました?」
「どうかなあ、ユニーク魔法使ってみたら?」
「ルネくんにはもう使いませんよ」
「そうなの?」
「ええ」

 正確には使えない、だがそれは黙っておく。

「ん? ジェイドくんが魔法使ってまで聞きたかったことって俺に嫌われてないかどうかってこと?」
「そうなりますね」

 素直に認めるとルネくんがニヤニヤと笑った。

「俺に冷たくされて不安になったんだ?」
「そうです。ルネくんは、陸で出来た初めての友達ですから。特別なんですよ」
「……またそういうリップサービスをさあ」
「ふふ、本心ですよ」

 ルネくんは信じていないような目で僕を見る。

「冷たくされると寂しいので不満は小まめにぶつけてくださいね」
「ジェイドくんもね!」

 ルネくんは露骨に怒っていたわけではない。僕から話かければ会話も普通にしてくれる。呼び出して、ましてや一度しか使えないユニーク魔法を使ってまで仲を戻す必要は特に無かった筈だ。なのに怒らせてしまったなら謝らなければ、と思って即実行してしまうなんて、僕は思っているよりルネくんのことを気に入っていたようだ。ルネくんにキスしたのも、キスに対する好奇心と動揺させて彼の素の表情を暴きたかったからかもしれないのだと今更気付いた。

「てか、友達はキスしないんだけど?」

 ルネくんは不満気だが、僕はさっきルネくんとしたキスがどうにも忘れられそうにない。

「キスする友達が居てもいいんじゃないですか?」
「爛れてる……!」

200525


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