今頃東堂さんと私の同期のあの子は二人でデートでもしているのだろうか。
 日曜日の昼、ぼんやりと日曜日はデートなんだとこっそり教えてくれた彼女の幸せそうな顔を思い出した。
 社内恋愛かあ。
 私が社内で一番仲の良い新開さんとはもう何度も二人で飲んでいるが、居酒屋以外の場所に彼と出掛けたことはない。
 居酒屋で酒を飲みながら会社の話、お客さんの話、この間あった面白かった話を二人で、または近くに居た見知らぬ人も巻き込んでするのは楽しいし、それ以上を望んだことも無かったのだが。
 最近付き合い出した東堂さんと、私の同期のあの子を見ていると何だかいいなあと思ってしまう。
 新開さんがそういう意味で好きなのでは無く、ただキラキラとした恋がしたいだけなのだけど身近に居る一番仲が良い男が新開さんなので自然と彼の隣を歩く自分を想像して、いや……と首を振った。
 無いな、無い。
 彼と飲むのは楽しいけれどそういう意味で好きかと問われるとやっぱり違う。
 ここ最近は彼とばかり飲んでいたのでそんな妄想をしてしまったが私は本来年下で弟系の、かわいらしい男の子が好きなのだ。
 久しぶりに合コンとかしたいなあ。

 私が所属する会社は地域の付き合いを大事にしているので、基本的に事務員は会社付近の高校に求人を出す。私も同期も例に漏れずその高校出身で、卒業後すぐに就職した為に大学に行った子よりも出会いという物が少なかった。
 ちなみに新開さんと東堂さん、それから荒北さんの3人は私と同期が就職した次の年に大卒で入って来たので、実は私達の方が先輩である。歳は向こうの方が上なので敬語を使うけども。
 最初の一年は仕事を覚えるのに必死でプライベートを充実させる余裕なんて無かった。
 二年目ではそこそこ出来るようになって余裕も出来たが、仕事が楽しかったので特に彼氏を作ろうとはしなかった。
 三年目での会社の慰労会で、ようやく成人した私は初めて会社関連の会でお酒を飲んだ。隣の席に居た新開さんと話が盛り上がって、二次会でもずっと新開さんと話していて、それから個人的にも飲みに行くようになり……。
 その後の二年間は高校の時の同級生とご飯に行ったり、たまに合コンするけど特に収穫無く帰ったり、新開さんと飲みに行ったりすることでプライベートが潤った気になっていたがよく考えたら私、高校卒業以降彼氏が居ない。
 最後の彼は卒業と同時に疎遠になって自然消滅してしまった。
 まだ23歳だが二十代のうちに結婚することを考えたらそろそろ彼氏が欲しい。
 ただ仕事ばっかしてると出会いが全然無いんだよなあと唸っていたところにLINEの通知が来た。
 ねえ名前って今彼氏居たっけ? という一言にもしかしてと期待が膨らむ。
 すぐに残念ながら居ないよと返し会話を進めて行くと、名前のこと紹介して欲しいって人が居るんだけどと返事が来て思わずガッツポーズしてしまった。
 なんて良いタイミングなのだ。
 指定された日時にOKと返してごろんと寝転がる。友人が紹介してくれる彼が私にとって良い人とは限らないけれど、それでも期待はしてしまう。
約束は今度の土曜日。来週は楽しく仕事が出来そうだ。

***

「何か今週機嫌良く無かったか?」
「分かります?」
 最早恒例となった毎週金曜日の新開さんとの二人飲みでそう尋ねられて思わずにやっとしてしまう。
「だっていつもは締切時間すぎに当日出荷の注文ねじ込むと絶対一言文句言うのに今週は無かっただろ」
「イラっとはするんですけどね、工場に調整かけて小言言われるの私なんで。でもまあ、ちょっと浮かれてたんですよね」
「何で?」
「明日、デートなんですよ」
 にっこり笑ってそう言った私に新開さんは、珍しく驚いたような顔をした。
「……彼氏居たっけ?」
「私に彼氏居ないの新開さんよく知ってるでしょ」
「出来たのか?」
「出来たら多分新開さんに一番に言ってますよ」
「ふうん、じゃあ明日は彼氏になるかもしれない男とデートなんだ?」
 へえ〜と言った新開さんは「それなのに今日はオレと二人っきりなんて名前はひどい女だなあ」とにやにやしている。
肩 に手を回されて至近距離で「オレというものがありながらそんなことするのかあ」とにやにやされるのも、最初はどきどきしていたが最近ではちょっと面倒くさい。
 はいはい酔っ払い酔っ払いとあしらったが確かに彼氏が出来たら新開さんとこうして二人で飲むのは控えなければならない。
 それはちょっと寂しいかもしれないな。
 ねえコバさんオレ振られちゃったと店主に話しかける新開さんに「まだ分かんないだろ〜、名前ちゃんかわいいけど性格キツいから」と返す店主のコバさん。小林だからコバさんだ。
 あ〜確かに名前キッツいからなあ、こないだもさあといかに私の性格がキツいかで盛り上がる二人にうるさい! と怒ってコップに入った酒を一気に飲み干した。

***

 土曜日、紹介された彼と会った感想は顔は好みだけど……という感じだった。このてんてんてんのあたりで色々察して欲しい。
 顔は好みなのだ。本当に。ただ性格的に、合わないだろうなと思ってしまった。
 悪い人では無いのだが優柔不断すぎてイライラしてしまうというか……。
 幸か不幸か先方は私を気に入ってくれたようで次の約束を取り付けられたのだが、付き合う未来が見えない以上断った方がいいのだろうか?
「名前、おはよう」
「あ、おはようございます」
 そんなことを会社のデスクで両肘をついて考えていると新開さんが出勤した。
 月曜日は朝礼があるので少し早めに出勤するようになっている。
 大抵事務員の中では私が一番か二番目に来るのだが今日は事務員どころか部署の中で一番目だったのでパソコンとプリンタの電源を点けて来ていたファックスを配り終えると特にすることも無くてぼーっとしてしまっていた。
 新開さんは大抵後ろから数えた方が早いくらいにいつも来るのが遅いのだが今日はどうしてしまったのか。
 尋ねると「いやあ、名前が例の彼とどうなったか気になって夜も眠れなくてね」なんて笑っているがどこまで本気なのやら。私の隣の椅子に腰掛け「で、どうだった?」と追及してくるので彼とどうなったかは本当に気になっているらしい。
「次のデートの約束はしたけど……って感じですよ、察してください」
「ふうん、お気に召さなかった訳だ?」
「そんな感じといいますか……」
「まあそうだろうなとは思っていたけど」
「どういう意味ですか?」
「いや、身近にこんな良い男がいるから、よっぽどの男じゃないと無理だろうなって」
 バキュン、と手でピストルを作って私の胸を撃ち抜いた新開さんに「新開さんも身近にこんな良い女がいるから彼女作らないんでしょ?」と笑ってやる。
 新開さんがおめさんのそういうところ大好きだ、と笑い出したのでほらそろそろ仕事始めましょと自分の机に追いやった。
 さっきの、冗談とはいえちょっとどきっとしたなと胸の辺りを摩っていると「おはよう、早いね君ら」と部長がやってきたので真面目に仕事をしているフリをして挨拶を返した。

***

 金曜日。やっぱり私は新開さんといつもの居酒屋に来ていた。
 今週は忙しかったなあと二人で話していると「そういえば名前ちゃん、今日ここにいるってことはやっぱり上手くいかなかったんだ?」とコバさんに話しかけられる。やっぱりって何だやっぱりって。
「いや、明日もデートなんですけどね」
「え、そうなの?」
「ただ名前はあんまり乗り気じゃないんだってさ」
「なんて言うか、優柔不断というか何でも良いが多い人といいますか……。お昼ご飯決めるのにもどうする? どうする? って何回も聞いてくるんですけど一切提案はしてこないから何かイライラしちゃって」
「ああ、なるほどね」
「オレも結構何でも良いが多いタイプだけど、名前イライラしてんの?」
「確かに新開さんもやっといてとか何でも良いとかが多いんですけど、新開さんのそれは何か任されてる気がして嬉しいんですよねえ、何の違いだろう」
「仕事とプライベートかってことか?」
「いやコバさん、オレプライベートでも結構何でも良いが多いよ」
 オレも優柔不断なのかなと首を捻る新開さん。確かに新開さんは何でも良いが多いけどご飯とかでも食べたい物がある時は今日はカレーだな、とか主張しているところは度々見かける。カツ丼の気分の荒北さんと意見がぶつかっても絶対カレーと一歩も引かない。結局その日は荒北さんが折れてカレーを食べに行ってたなと思い出した。
 何だろう、許容範囲は広いけどある一点でとても頑固というか、自分の意思が無い訳ではない。
 だからなのか新開さんの何でも良いにイラっとしたことは忙しい時の無茶ぶりを除いてはほぼ無いと言える。
 プライベートではこの二人飲みの付き合いしか無い為何とも言えないが、これやっといてと仕事を投げられ、帰ってきて確認された時に流石名前は分かってるなって褒められると嬉しいというか。
 まあそれは仕事の話なのでプライベートとは違うけども。
「そんな男やめてオレにすればいいのに。ね、コバさん」
「そうだなあ。隼人くんなら息もぴったりだし上手くやってけそうだな」
「また二人してからかうんだから」
「オレと付き合ったら明日のデート断る口実出来るぜ?」
「断る口実は出来るけどもう明日なんだからドタキャンは申し訳ないでしょ」
「ま、そうだな」
 でもその気が無いなら早めに断った方がお互いの為だぜ、とご最もな意見を言われた。
 違いないなと頷くが告白された訳でも無いのに貴方とはお付き合い出来ませんと言うのも変な話だ。とりあえず、もしも次のデートに誘われたらその時に申し訳ないけど今後二人で会うのは控えたいと言うしかない。
 取り次いでくれた友人には悪いがどうにも合わなかったということで、彼女にも連絡を入れておこう。
 そうと決めれば少し気が楽になると同時に明日会うのが億劫に感じてしまった。

***

 次の日は水族館に行く予定だった。
 実際水族館に行ったしそれなりに楽しめたのだがやっぱりイラっとしてしまう場面はあったし、どこか違うなと感じたのだ。
 次回も誘われたら断ろう。幸い私はきっぱり物を言える女だ。きっぱり言いすぎて苗字さんはちょっと物言いがきつすぎると言われる位にはきっぱり言える。
 そういえば水族館を回っている最中、もしも隣に居るのが新開さんだったらと考えてしまった瞬間があった。きっと昨日散々語り合ったからだ。
 平日は毎日顔を合わせる上に最低でも二週に一度は二人で飲みに行くが毎回楽しい時を過ごせるので、きっと楽しいんだろうなあと思ってしまった。隣に居る彼に失礼なのと、新開さんとはそんなんじゃないなあと思った自分によってすぐに掻き消されたけども。
 昨日もオレと付き合えばいいのにと軽い調子で言われたがあの人は一体どこまで本気なんだか。
 周りに人が居る時に肩を組んだり腰に手を回されたことは何度かあるが、二人きりの時にされたことは一度も無いのできっと冗談なのだろうけど心臓に悪いことは確かだ。
 男に免疫が全くない初心な少女という訳でも無いので適当にあしらって何でも無い顔をしているがそりゃドキドキはしちゃうよな。新開さん普通にかっこいいんだもん。
 仕事上でのパートナーという印象が強すぎる為に今まで彼に恋をするという思考に至ったことは無かったが、別に彼氏が欲しいなら新開さんでも構わないんじゃないのか? と考えたところでハッとした。
 今は別の男の人と遊びに来てるのに、これではあまりに失礼だ。やめやめ、と再び掻き消したところで丁度彼から声がかけられる。
名前ちゃん、と呼ばれたのでん? と返事をする。
 次に言われたのはボクと付き合ってくれませんか、という一言でそれを聞いた瞬間一瞬時が止まったように思えた。
 早く返事をしなければ。
 そう思うのに口は開かない。
 どうしちゃったの私。普段あんなに苗字さんははっきり言いすぎと言われるのに今はっきり言わないでどうするのだ。
 結局、声を出すのにたっぷり十秒は要してしまった。
 ごめんなさい。
 ようやく出たその一言と共に頭を下げると当たり前だが彼は断る理由を尋ねてきた。
 性格が合いそうにないから、と答えるのにはさすがの私も躊躇してしまい、他に好きな人がいるのと嘘をついた。他に好きな人が居るのに男と二人で遊ぶ女もどうなんだよと思うものの、彼の方にも私の方にも未練が無くなるように、どうしても忘れられない人がいるのと更に嘘を重ねた。
 彼はそっか、と言って笑ってくれたが私の方はすさまじい罪悪感でいっぱいだ。
 彼とのデート中に他の男のこと考えるわ断るのに嘘はつくわで本当に彼には申し訳ないという思いしかないので、もう一度ごめんなさいと頭を下げた。

***

「元気無いなあ」
 次の月曜日の昼休み。寝坊してしまいお弁当が作れなかったので会社の近くのセブンにお昼を買いに行くと新開さんに遭遇した。
 新開さんも今日はコンビニでご飯を買って事務所で食べる予定だったらしい。
「飯行くか」
「新開さんお昼もう買ってんじゃん」
「これはおやつにするからいいよ、何か食べに行こうぜ」
 近くにうどん屋あったろ、時間もないし行くぞ。
 有無を言わさず停めてあった営業車に乗せられた。
 営業数人と事務員達で昼を一緒に食べに行くことはあったが、新開さんと二人でお昼というのは初めてだ。二人で飲みに行くのはしょっちゅうなのに二人でお昼は何故だか緊張してしまう。
 着いた先のうどん屋でさっさと注文を済ますと、で? と新開さんが話を促す。
 十中八九、例の彼とどうなったのかと私が微妙に落ち込んでいる原因を話せと言うことだろう。
 昼休みが短いから時間が無いとは言えうどん屋でする話じゃないなあと思いつつも口を開く。
「告白されたんでちゃんとごめんなさいって言ってきましたよ」
「じゃあ何でそんな落ち込んでるんだ?」
「いやあ、何か悪いことしちゃったかなって」
「何で」
「彼と上手くいきそうにないなって思ってたんだから次の誘いも断れば良かったなって」
「まあそれがベストなんだろうけど、今回ちゃんと断ったんだからいいんじゃないか? その気も無いのに考えるって言ったりずるずる先延ばしにする方が酷いし、二回デートしただけならまだ向こうの傷も浅いだろ」
「そうですかね」
「そう思うぜ。で、何て言って断ったんだ?」
「それ聞きますか」
「いや、気になるだろ。もしかして優柔不断なところがイライラするって言っちゃった?」
「言いませんよ。何か途中色々あってちょっと罪悪感があったんでやんわり断ろうと思って忘れられない男が居るって言っちゃったんですよ」
「えっ、名前そんな男居るのか?」
「居ませんよ、嘘なんですよ。だから余計に罪悪感感じちゃってねえ」
 お互い未練が無くなるようにと重ねた嘘だったがまさか私の方がこんなになろうとは。
 はあ、と溜息をついたところでうどんが来た。良いタイミングなのかどうなのか。
 来たうどんをすすりながらどう思いますと聞けば「そんなのオレが忘れさせてやるって食い下がる男も居るんだろうけど、名前の話聞く限り例の彼はそういうタイプじゃないだろうしまあいいんじゃないのか」とのお返事。
 更に過ぎたこと悔やんでもしょうがないぜと言われたので、そうよね、と少し前向きになることが出来た。
 まさか新開さんとこんな話をする日が来ようとは思っていなかったが流石年上だけあって言葉に説得力がある。
 結局お昼もご馳走になってしまい至れり尽くせりだ。
「どうもありがとうございました」
 頭を下げると「いやいやいつも世話になってるからこれくらいはな」と言われてまあ世話してるなと思ったので否定せずにしれっとした顔をしていたら「……そこは嘘でもこちらこそって言うのが日本人じゃないか?」とちょっと寂しそうな顔をされたのでお望み通りこちらこそ新開さんにもいつもお世話になってましてありがとうございますとわざとらしく返しておいた。

「でもちょっとほっとしたな、名前がその男と付き合わなくて」
 会社に向かう車内で急にそう言われたので、何で?と聞き返す。
「いや、彼氏がいるのに他の男と二人で飲みに行くのは駄目だろ? オレ、あれ結構楽しみにしてるからさ」
「やだ急に嬉しいこと言わないでくださいよ」
「言っとくけどこれ本音だからな? こんなに気の合う女の子は他に居ないって思ってるんだよ」
「ちょっと待って、本気で照れるから」
 まだ昼からも仕事があるのにそんなことを言われては支障が出てしまうと慌てて止めさせようとしたが新開さんの口は止まってはくれなかった。
 飲みの席で周りに人が居る状況で言われる時は大抵冷たい態度を取る私が慌てているのが面白いのだろう。何て悪趣味なんだ。
「本当、何回も言ってるけどさ、彼氏欲しいならオレにすればいいのに」
「いや、もうやめてくださいって」
「この件に関しては割と本気だぜ?」
 割とって何だ割とって。珍しく狼狽える私にハハハと笑った新開さんはまあ考えといてくれよと言った。
 ずるずる先延ばしにするのが酷いと言った後での「考えといてくれよ」とは本当に良い性格をしている。
「わ、忘れられない男性がいるので」
「そんなのオレが忘れさせてやるよ」
 苦笑いで言った私の一言もにっこり笑ってそう返されてしまってはどうすることも出来ない。
 挙句、一昨日彼氏が欲しいなら新開さんでもいいのではないか? と思い至ってしまったことを思い出してしまいますます逃げ場がない。私の長所でも短所でもあるはっきりとした物言いはどうしてしまったのか一昨日からまるで発揮されない。
 前のように右手でピストルを作ってバキュンと撃たれる。
 とりあえず昼からの私が使い物にならなくなるのが確定した瞬間だった。

141108


Lilca