「お、井浦じゃん」
「お疲れさん」
 バイトを終えて店の外で自転車に跨りながらLINEの返信をしていると見知った顔が通りかかる。バイト帰りは結構な頻度でランニング中の井浦に会うので今日も声を掛けるとランニングを中断してこちらに歩いてきた。
「スマホ見るなら外じゃなくて中で見ろよ」
「すぐ帰るつもりで見始めるんだけどいつも長くなっちゃうんだよねえ」
 一応店のすぐそばだしさ、と言い訳すると「変な輩に絡まれても知らねえぞ」と井浦が言うので「ああ、井浦とかね」と返す。
「……そういえば明日の数学当てられるの、丁度苗字からじゃなかったっけ?」
「あっ、嘘です井浦様ごめんなさい調子乗ったこと言いました」
 にっこり笑顔でそう言った井浦に私は即座に謝った。3年間クラスが一緒の上、何故か毎回席が近い井浦には授業で当てられる度に助けてもらってきたし、明日も助けてもらう気満々だった。最初は井浦くんて優しいんだな〜とか思ったりもしていたが猫を被っているのを知った瞬間から昼休みにパンを買いに走らされたりなどしているのでウィンウィンだと思いたい。
「ほら、帰るなら早く帰るぞ」
「やだあ〜送ってってくれるの〜、井浦クンやさし〜」
「お前のその時々出るオネエみたいなのはなんなんだ」
「なんか、内なるオネエみたいな……イラッとさせられるかな、と思って……」
「こんなに世話になってる癖して何イラッとさせようとしてんだよ」
 びこん、と額をはじかれ「イテッ」と顔をしかめた私を見て井浦は盛大に笑っていた。ずっと思ってたけど笑いのツボ浅いよねこの人。

「ね〜、私自転車乗った方が良い?」
 ランニングの途中だったでしょ、と尋ねるといや、たまには歩くのも良い、と返されたので自転車は引いて歩くことにした。
「あ、そういや昨日撮影班の人見たよ」
「邪魔してないだろうな」
「お疲れ様〜って声掛けてカメラに向かって超かわいい笑顔でピースしといた」
「思いっきり邪魔してんじゃねえか」
「未来の井浦クンへのご褒美じゃん」
 マジで超かわいい笑顔だから、と言うとじゃあ今ここでやってみろよ、と井浦がスマホを構えた。今なんて真っ暗で見えないじゃん、と言ったがいいからいいから、と促されたので仕方なく自分の思うかわいい笑顔でピースしてやった。
「あ、やっぱ暗くて全然見えないわ」
「ふざけんな」
 笑い損だよ笑い損。肩を軽く小突くと「まあ動画で見るの楽しみにしてるわ、苗字の超かわいい笑顔」とにやにやしながら言われた。超を強調したあたり絶対後でからかう気だろ。分かるんだからな。
「てかこの前宵越くん? 見てさ」
「ああ」
「ミコミコ動画のサクラやらされたから私にとってはナイトエンドくんな訳なんだけどさ」
「…ッ、それで…?」
 また笑いを堪えだした井浦に突っ込もうかと思ったが、いちいち突っ込んでいたらきりがないなと思い直して続きを話すことにした。
「近くで見たらめちゃくちゃイケメンじゃん?」
「あー、まあタッパもあるし顔も整ってるな」
「まあまあ我らが井浦様には及びませんけども」
「急なご機嫌取り」
「宵越くん見たときマリちゃんと一緒にいたんだけどさ」
「ああ、サッカー部マネの」
「そう、サッカー部マネのマリちゃん。マリちゃんがさ、急にあんなかっこいいのに男にしか興味ないなんて女としてはちょっと悲しいよねとか言い出して。宵越くんてゲイなの…ってちょっと大丈夫!?」
 急に井浦がゲホゲホ咽だしたので一旦自転車を止めて背中を叩いてやる。肩が震えているので多分いつもの笑いすぎて呼吸困難になってるんだと思うんだけど、それにしたってツボ浅すぎないかこの人。ヒーヒー言いながら呼吸を整えている井浦の背中をさすりながら猫かぶってるときは笑うの我慢してんのかな、と考えているとようやく立ち直った井浦が「もう大丈夫だ、悪い」と言うのでさすっていた手を離した。
「絶対井浦70くらいで笑いながら死ぬよ」
「おい縁起でもないこと言ってんじゃねえよ」
「いやマジで」
「はー、で、宵越がゲイかどうかって話か」
「そうだった」
 宵越くんが男にしか興味がないというのはサッカー部では常識らしい。マリちゃんが顔も良くて運動神経も良いんだから欲しがる人多そうなのにね、精子、と言っていた(聞いたときは言い方〜と思った)ことは井浦には伏せておく。マリちゃんは一応サッカー部内でマドンナ的立ち位置だからだ。
「まあそれは不運な事故っつーかなんつーか。……まあ結論から言うと別にゲイなわけではない。面白いからその噂は放っといてるけど」
「えっ、そうなの?」
「何、お前宵越のこと狙ってんの?」
「いや、そうじゃなくて、えーと、なんていうか、受け継ぎたいよね、遺伝子、みたいな」
「ああ」
 流石に欲しがる人多そうだよね、精子、とは言えずに遺伝子を残したい方向に話を持って行ったが言いたいことは分かってくれたらしい。
「私はねー、どっちかというともう一人の畦道くん? みたいな方がタイプ」
「残念、畦道は彼女がいる」
「そうなんだ!? てか告白したわけでもないのに私がフラれたみたいになってる!」
「ククッ……」
「笑ってんじゃないよ!」
 話を聞くに畦道くんは彼女と遠距離恋愛中らしい。え〜、なんか良いなあそういうの。畦道くん、見た感じすごい友達とか彼女とか大事にしそうだしさ。良いなあ。
「我らが井浦様は?」
「何が」
「ほら、地元に彼女とかさ」
 私が見る限り学校とかにはいないっぽいので地元とかに居るのだろうか、と思い尋ねるが井浦は「ないない」と首を振った。
「なんだ、独り身仲間か」
「苗字と仲間になるのはちょっと嫌だな」
「おい」
 嫌だなとかじゃなくて仲間なんだよ、と空いた手で肩を組もうとしたが肩の位置が高くて自転車を持ったままだとちょっと無理だったし、バランスを崩した。
「あーあー、何してんだ」
 ふらついたのを見かねた井浦が私と自転車を支えてくれた。少女マンガだとここでドキッとかなるんだろうけど私と井浦なので別にそんなことにはならない。
「悪いねえ」
「明日の昼焼きそばパンな」
「は!?」
「焼きそばパンな」
「わざわざもう一回言わなくても聞こえてるよ!」
 やだよお、もう脱したいよこの負のスパイラルから……。どうせ明日数学で助けてもらうから何かしらでお返しはしないといけなかったんだろうけど。毎度毎度パシらされてんのを見たマリちゃんに名前って井浦くんの犬だよねと言われて割と傷ついているんだ私は。
「もういい加減お弁当作ってくれる彼女とかつくりなよ……」
「彼女作ったとしてもお前はパシリだぞ」
「何でよ」
「んー、面白いからかな」
「分かった、そうやってナイトエンドくんのこともからかって遊んでるんでしょ、この人でなし」
「自転車離すぞー」
「あああ待って待って、この前修理から帰ってきたばっかなんだから」
 井浦に離される前に自分の両手でがっしり自転車を掴んだ。この前土手でから落ちて壊れたのを直したばかりなのだ。
「もう手離していいよ」
「この前土手から落ちそうになった前科があるからな」
「井浦が手掴んでくれなかったら私も落ちてたよね」
「鈍くさいとは思ってたけどここまでとは」
「ちょっと」
 この前土手から落ちた自転車とともに私まで転がり落ちなかったのは井浦が咄嗟に手を掴んでくれたおかげなのだがそれ以来井浦は土手を歩くたびにあんま端よるとまた落ちるぞ、と私の腕だったり自転車だったりを掴むようになった。私だって一応学習するので流石にもう落ちることはないと思う。
 土手を越えるとそろそろ我が家が見えてくる。井浦が住む寮からも近い。
「そういえばお母さんがいつも送ってくれるお礼したいからまたおかず持って行ってってよ」
「ああ、なんかいつも悪いな」
「夕飯の残りで悪いけどさ」
「いや、ありがたいよ」
「白ご飯もいる?」
「米は冷凍したのがあるから大丈夫」
「はいよ〜」
 井浦の猫かぶりモードがきいているのか前にたまたま会ったときからうちの母親は井浦のことをものすごく気に入っている。寮暮らしと聞いて井浦くんはちゃんと食べてるの、だとか運動部だからお腹すくでしょ、だとか。
 井浦を待たせて家に入ると冷蔵庫のタッパ―を取り出す。保冷バックに保冷剤とともに入れて外に出るとスマホを見ていた井浦が顔を上げた。
「お母さんにいつもありがとうございますって言っといてくれ」
「配達人の名前ちゃんにもありがとうございますがあってもいいと思うよ」
「はいはい、配達人の名前ちゃんもありがとな」
「えっ、珍しく素直で怖い」
「いつも素直だろうが」
 笑顔で圧をかけてきやがった。この前王城くんに見せてもらった笑顔の写真は邪気がなくて良い感じだったのにな……、と思いながら「気を付けてね」と手を振ると「苗字も段差にこけんなよ」一言多い。毎日帰ってる家でこけるわけないだろ、と思ってたら変なところに停めていた自転車に脛をぶつけた。

180909


Lilca