「あ、苗字。今日いつものスポーツショップ行って荷物受け取っといてくれ」
 やっと授業が終わって、今日はバイトもないしサッカー部が休みのマリちゃん達とカラオケに行こう、なんて話していた矢先だった。
「えっ」
「能京高校って言えば分かると思うから。今日はバイト無い日だろ?」
「バイトは無いけど私にも予定ってものがね」
「今日英語のノート見せてやったの誰だっけ?」
「井浦くんです、喜んで行かせていただきます」
「ははは、悪いな。あ、これ伝票の控えな」
 じゃ、と片手を挙げて用事を押し付けた井浦はさっさと教室を出て行ってしまった。
 私のバイトシフトをなぜか把握しているのは随分前からのことなので、今更突っ込む気はない。
「……マリちゃん今日のカラオケさあ」
「先に始めてるから早く行っておいでよ」
「ありがとう、急いで行ってくるね……」
 話を聞いていたマリちゃんに手を振られ出来る限り急いで玄関を目指す。以前急いでいたときに走って学年主任に長々と説教されたので、それ以来廊下を急ぐときは競歩を心がけている。
 井浦、カバディ部の部長の王城くんが入院してから何かとばたばたしてるんだよな。日頃の礼もあるので本当に困っているのなら助けてやりたいきもちはあるけど、そういうことは当日の今じゃなくて事前に言っといてくれませんかね。

***

 いつものスポーツショップ、で通じてしまうのは悲しいかな私が何度も井浦にお使いをさせられているからである。ショップの店員さんも私を見るなり「ああ、能京のカバディ部さんね」と取り置きの商品を探し始めたくらいだ。カバディ部所属でもないのに店員さんに能京のカバディ部の人間だと覚えられてしまっている。

 代金はもう受け取っているからサインだけ、と出された伝票に受取のサインをして学校に戻る。受け取った後どうしろとか言われてないけど多分体育館まで持って来てほしいんだろうな。箱を乗せた自転車ごと旧体育館へゴーだ。

 旧体育館の扉は閉まっていた。少しくらい開いていたらこそっと置いて連絡しようと思っていたのに。真剣に練習している中お邪魔するのも悪いし井浦だけ呼び出そうか。いやでも通知切ってんのかな。自転車に跨ったまま通話ボタンを押すとすぐに気付いたのかスマホ片手の井浦が出てきた。
「忙しいとこごめんね〜」
 何で私が謝ってんだって感じだけど。
「いや、今休憩中だから丁度良かった。悪かったな」
「ほんとだよ」
 受け取った荷物と控えの伝票を渡して、そういうのはもっと早く言ってよね、と言うとお礼を言いながら井浦がにんまり笑った。
「なによ」
「いやぁ、俺に使われることにすっかり慣れたなと思っただけだけど?」
「いつも思ってるんだよねえ、等価交換に見せかけて私の労働の方が多い気がするなって」
 1個に対して2個要求されるのはしょっちゅうだし。助けてもらっている身なのであんまり強くは言えませんけどもね。
「その割に毎度毎度泣きついてくるから学習しないよな」
「私もそう思うんだけど家に帰ると多少の肉体労働で毎日の宿題がなんとかなるならまあいっかって思っちゃうんだよね」
 パシられてるときは明日こそって思うんだけど家に帰った瞬間まあいいや! ってなっちゃうし家で机と向かい合いたくないんだよね。これをマリちゃんに言うと名前の素直なとこは好きだけど宿題はちゃんとやった方がいいよって正論言われる。
「ははは、これからも仲良くやろうな」
「えへへ、受験まで面倒見てね〜?」
「よし、明日から自力で頑張れ!」
「ちょっと!?」
 井浦がいつものにこにこ笑顔で言うので私も負けじと笑いながら返した瞬間の手のひら返しであった。
「やっぱ甘やかすのって苗字のためにならないもんな」
「そんな急に放り出されると寂しいでしょ〜!?」
 わざわざ神妙な顔を作って言った井浦に何て返そうかと思ったが、こういうときはプライドを捨てて素直に寂しいな〜とか言うと意外にも井浦は無碍にできないんだと最近知った。ので積極的に言ってみる。井浦は意外と人の心がある。
「苗字が俺のこと大好きなんだってことはよお〜く分かった」
「えっ、それはちょっと都合よく解釈しすぎじゃない?」
 そこまでは言ってない。
「寂しいんだろ?」
「またそういう言い方する」
 にこにこしてるから絶対面白がってるんだよな。むきになったらますますからかわれるって分かっているんだけども! 王城くんが帰ってきたらまた井浦がいじわるな言い方してましたってチクッてやろ。
「井浦こそ彼女作ったとしても私がパシリなことに変わりはないとか言った癖にそんな簡単に放り出してんじゃないよ」
 丸二年も付き合ってきたからなんだかんだ情みたいなのがあるの私だけかよって思ってたら井浦の犬です! って感じのセリフを言ってしまった。待って、別にパシリを続けたいとかそういうのではない。
 慌てて否定しようとしたんだけど、私の焦った顔を見た井浦の方が早かったしまた悪い顔で笑っている。
「俺のことが大好きなんだなっていうのは伝わったよ」
「その顔マジでむかつくから今すぐやめて」
「これからも俺の為に働いてくれるっていうことだよね」
「パシリであり続けることを認めたわけでもないよ! 今まで通りのお互いにとって良い関係でいたいねってこと!」
 私が差し出してる方が多いから良い関係って訳でもないんだけど!
 年一で年賀状のやり取りをするくらいの距離感でいたいんだよ、わかる? 今まで一回も井浦に年賀状は出したことないけど例えるならそのくらいなんだよ。年に一回近況を一言で報告し合うみたいな。そのくらいのお付き合いは続けていきたいよねとかそういうのなの。それが正しく伝わっている筈なのにからかってくるから!
「でもそういう井浦も私のこと大好きでしょ?」
「う〜ん」
「おい、私の片思いっぽく話を終わらすな」
 声を出して笑い始めたので自転車のタイヤで攻撃すると脇腹を抑えながら「痛い痛い」と言っていた。明らかに私のタイヤ攻撃より笑いすぎて脇腹が痛い感じだ。
「大好きかは置いといて俺はお前のそういう素直さとか前向きさみたいなのは大事にしてった方が良いと思う」
「置いとかなくていいと思うけどなんかありがとう」
 素直でとても良いですみたいなことは小学校の頃からよく通知表に書かれてたんだよね、と言うと褒めるところがそこしかなかったんじゃない? と返された。そんなことないと思う。
「もっとあると思うよ。明るくてかわいいとか」
「ああ、笑顔が超かわいいんだもんな」
「あっ! 動画見た? 超かわいかったでしょ」
「そうだな、超かわいかったな」
「絶対思ってないでしょ」
 そういう顔してるときは絶対思ってないって知ってるんだ私は。
「思ってる思ってる」
「そう? じゃあ切り取って壁紙にしてもいいんだよ」
「あー、気が散るから遠慮しとく」
「ああ、壁紙がかわいいから作業が進まなくなっちゃうのか」
「さっきの前向きさに関しては撤回するか」
「ちょっと」
「思ってた以上に前向きだった」
「照れ隠しだって思っとくね。てか私そろそろカラオケに行くわ」
「ああ、受取ありがとな」
「どーいたしまして!」
 マジで今度は事前に言っといてよね、と念押しすると自転車の向きを変える。
 井浦は別れるとき毎回こけんなよ、と言うが今日も例に漏れずだった。

180911



Lilca