井浦が方針を変更し始めた。
「できた!」
「残念、やり直し」
「嘘でしょ?」
「ヒント、式は合ってる」
「そっか〜」
 なんと宿題を自分でやらせるようになった。あまり無いが時間が合う日は放課後ファミレスで直接見てくれる。ちなみに代金は私持ちだ。私の金で食べる定食は美味いか井浦。
「慶、苗字さん」
「おう」
「あれ、王城くんだ」
 王城くんは先週退院した。退院したその日に宵越くんとぶつかって吹っ飛ばされた話を聞いたときはまた病院に逆戻りなのでは、と心配したけれど元気そうだったので安心した。今日は特に井浦と待ち合わせした訳では無く、窓際の席に案内された井浦と私を見かけたので様子を見に来ただけらしい。
「何してるの?」
「作業しつつ合間に苗字の宿題を見て励ますバイト」
「生姜焼き定食のドリンクバーセットで面倒見て貰ってます」
「苗字さんが宿題を自分で? えらいね!」
「やさしい……」
 王城くんはどんなに小さいことでも褒めてくれるから元気が出る。たまに天然で剛速球を投げてくるけど。
「王城くんお夕飯食べた? お給料入ったばっかだから退院祝いで奢るよ」
「えっ、悪いからいいよ!」
「いいよいいよ、何が食べたい? 私ね、ガトーショコラ」
 端に置いてあったメニューを開いて王城くんに見せると「じゃあハンバーグのAセットにしようかな」と言ったので自分の分と合わせて注文した。
「ほら、続きやるぞ」
「は〜い」
 井浦にノートをトントンされたのでさっきの間違えた計算をやり直し始める。
「途中のやつ書き間違えてたわ」
「はい正解」
「やった〜」
「あと何問?」
「3問かな」
「よし、ケーキ来る前に終わらせるぞ」
 こういう文章のときは大体さっきの式、と教えられたのでその通りにやっていく。井浦と王城くんがカバディ部の話をしているのをちょっとだけ聞きつつノートに書いていく。話の合間に井浦が「また書き間違えてんぞ」と言ったので教科書と見比べたら今度はそもそもの問題を写し間違えていた。
「なんだか静かな苗字さんを見るのって新鮮だね」
「えっ、どういう意味?」
「ほら、いつも元気だから」
「ククッ、確かにいつも元気だな」
「王城くんは分からないけど井浦のが嫌味だってことは分かるよ」
「あっ、元気ってうるさいとかそういうことじゃなくて明るくて良いなってことだよ?」
「王城くん、なんかありがとね」
「慶もそうでしょ?」
「そうだな」
「井浦はせめてこっち見て言って」
「慶は照れてるんだよ」
「そっかあ」
 かわいいとこあるじゃん井浦、と続けたらイラッときたらしく「あんま調子乗ってると放り出すからな」だって。そういう脅しはよくないと思う。
「喋ってないでさっさとやれ」
「はい」
 怒られたので真面目にやっていたら王城くんがもっと優しい言い方しなよー、と井浦をゆるく注意していた。いいぞ、王城くん。その調子。
「締めるとこは締めてかないといつまで経っても終わんねえだろ」
 井浦の反論。
 わかる。さっきまで王城くんもっと言ってやってとか思っていたんだけど、仮に井浦が優しかったら多分喋りながらぐだぐだやってたから厳しくて良かったのかもしれない。
「お前はわかる〜って言ってる場合じゃねえだろ。あと3問に何分かける気だ」
「うそ、口に出てた?」
 王城くんを見る。
「うん、出てた」
 出てたらしい。今度こそ集中してやります。
 私の意識を逸らさないようにか二人はぴったり口を閉じた。井浦は作業に集中しだしたし王城くんは再びメニューを開き始めた。

 途中、何回か計算に躓きながらもなんとか残りを書き終えると、私が終わった! と声をかける前に井浦がノートをチェックしだした。
 井浦は自分の作業も進めている筈なのに、私の手が止まっているとすぐに気付いて声をかけてくるからすごい。
「よし、正解」
「やった〜!」
 無事に井浦チェックを通過できた! 万歳! いつも思うけどさっと見て合ってるかどうかすぐ分かるのってすごいよね。さっきから私すごいしか言ってないな。
 今日の分の宿題が終わったので、教科書とノートをカバンに仕舞うついでにファイルからカードを1枚取り出した。
「じゃーん」
「なにそれ?」
「これはね〜、宿題頑張りましたカード」
「うん?」
「宿題を自力で頑張れた日に花丸を描くカード」
「ああ、前言ってたやつか」
 モチベーションを上げるためにこういうの作っていい? と井浦に相談したときに夏休みのラジオ体操カードみたいだなと言われたカードである。
 ラジオ体操カードもスタンプ集めて達成感! みたいなのが目的だろうから同じようなものだ。私は高校生だけどモチベーションを上げるために出来ることは何でもしたいのですよ。
「今日は頑張れたから花丸を描く! この前家で作った」
「上手だねえ」
「えへ。王城くん今日の分の花丸描く?」
「いいの? わーい」
 なんか緊張しちゃうねー、と言いながらも王城くんは今日の日付の部分に立派な花丸を描いてくれた。
「花丸もらうことってもうあんまりないからさ、人に描いてもらうと結構うれしいんだよね」
「なんか分かるな。僕も描いててちょっと楽しかったし」
「じゃあ俺も描くかな」
「ん?」
 今日の分はもう描いちゃったからノートにでも描いてくれるのかと思っていたら、王城くんからペンを借りた井浦は迷うことなくカードに描きはじめた。
「明日の日付のとこに描いといたから!」
「すごい圧力のかけ方してくるね!?」
 消さないで済むように絶対明日も自力でやれよってことでしょ? 井浦の花丸だけ圧がすごい。
「ええ……うん……がんばるよ」
「どうせ次の日わかるけどズルはすんなよ」
「分からないとこあったらLINEするね……」
 丁度机を片付けたタイミングでケーキとハンバーグAセットがきた。

 王城くんは細いのに男の子で瞬く間に食べ終えてしまったし、私のガトーショコラは一口、と言った井浦に半分取られた。

190914


Lilca