Lilie


2.


まだまだ暖かいとはいえない気候の中、長い学生生活を過ごす予定の校舎内を歩く。どこからか舞い落ちてくる限りなく白に近い薄桃色の花びらを視界に入れながら、こんな陰鬱な場所にも等しく春はやってくるものなのだなとなんとなく感心した。至極当然のことではあるが、編入した自分にとって、ここでの春は初めてだからそんなことを思ったのかもしれない。
とはいえ、普通の学校ではない此処に普遍的な行事は存在しなかったりする。入学式もオリエンテーションも、告知がないからきっとないのだろう。新入生は三人とだけ聞いたが、そのうちの一人は五条悟だという。この業界に足を踏み入れてまだ日は浅いが、そんな自分ですら知っている有名人だ。きっとろくでもない人間だろうと思うが、その他の二人はどんな人物だろうか。面倒な人間でなければいいのだが、まあ呪術界においてまともな人間はきっといない。

「あんたが御堂瑞貴?」

いきなり目の前に現れた銀髪とサングラスが特徴的な男。新品の学生服を見るに新入生、雰囲気からしてこの男が噂の五条悟だろうことはすぐにわかった。やはり、ろくでもない人間だ。好奇心の中に敵意が感じ取れる。初対面の先輩に対して失礼な話だ。
相手にするのも面倒だが、突っ切るにしても更に絡んでくるだろうから少しだけ会話して終わらせよう。

「ああ。入学おめでとう、五条君」

あからさまに嫌そうな顔を見て、内心ため息を吐く。初対面の術師はだいたいおれのことを見下しにくるものだ。慌てる素振りやへらへら笑って愛想でも振りまけば満足して離れるのだろうが、必要以上に自分を下に見せることはしない。彼等にとってはそれは気に食わないらしい。

「どーも。なんか噂と違って可愛らしい見た目だったからビビって声かけちゃった」

「なら用事は済んだな。早く教室に行ったほうがいい」

腕を組んで物理的に見下してくるところを見ると身長のことを言っているのだろうが、それがなんだというのだろう。わざわざ怒らせようとして、気を引きたい子供のようだなと思うと若干警戒心も薄れた。
横を突っ切るおれを旧知の仲だというように肩を組み、捕らえるように回された左腕、首を掴んだ手に反応は出来なかった。簡単に手折られそうな状況に噂通り、強いんだろうなと頭の片隅で思っただけだった。

「お前まじでムカつく。泣かすぞ」

じゃあ絡んでくるなよと言おうと口を開いた瞬間、ぱっと拘束が解ける。

「すみません、御堂さん」

後ろを振り返り見れば、五条の首根っこを掴んで困ったように笑う黒髪の男が立っていた。彼も新品の制服、新入生の一人なのだろうが、気配を感じなかった。今年の一年生は強い奴しかいないのか。

「ずっと会いたかった御堂さんについテンションが上がってしまったみたいで」

「オイ、傑!適当なこと言うなよ!」

「あ、申し遅れました。一年の夏油傑です」

「そうか。二年の御堂瑞貴だ、よろしく」

騒ぎ立てる五条を後ろに押しやって、右手を出してきた夏油に倣い、握手を交わした。先程の無礼者とは違って物腰が柔らかく、敵意もない。が、底知れないものを感じる。猫を被っているタイプだろうか。なんとなくあまりよろしくしたくないが、この場は当たり障りなく進めた方がいいだろう。
ゆるく握った手が離れた瞬間、右側から何かが向かってくる気がして咄嗟に身を屈めると風というにはあまりにも範囲の狭い風圧が、帽子を奪っていった。
反対側を確認すると、遥か先に五条がいて、その手には先程飛ばされた帽子がある。

「返して欲しかったら捕まえてみろよ!」

その姿が消えるまで見守ってから、二度目のため息を吐く。乱れた髪を手櫛で適当にといて、夏油に視線をやると頭を抱えているようだった。
哀れむと同時に少し笑ってしまったのはきっと見られていないだろう。

「後で取りに行く」

「いえ……お届けします」

「じゃあ取り返しておいてもらえると助かる。どちらにせよ一年の教室には用事があるから」



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