本丸の縁側に座って、じりじりと身を焦がすような日差しを眺める。ここは日陰だから何とか大事ないが、これが日光を遮らない中だったらどうなることやらと思う。

こう暑くちゃ麦わら帽子だって役に立たないな

主から刀剣男士全員に渡されていた麦わら帽子を傍らに置く。
俺のには白い飾り紐が付けられていて、鶴丸は白ね!と言って渡された時のことを思い出し笑う。彼女は明るくて人の嫌がることはしなくて、そんなことは当たり前なのかもしれないけれど、俺にはそれがとても素晴らしいものに見えていた。
額を伝う汗を拭って、ふうと息を吐けばからんと麦茶を入れた湯のみが鳴った。


「あ、鶴丸こんなとこにいたー」


氷の溶けかけた、若干薄まった麦茶を口に含めば横から先ほど頭の中で流れていた声が聞こえた。
主だ。
俺とは色素の違う髪の毛を揺らして彼女は笑いながら隣に腰掛ける。そのこめかみから一筋の汗が伝っているのが見えて、手拭いなんて気の利いたものを持っていないため素手で拭ってやる。


「短刀たちはもういいのかい?」
「うん。遊び疲れて寝ちゃったから私も休憩っ」
「こんな暑い中よく寝れるな」
「こんな暑い中走り回ったからね」
「それに付き合うきみも大概だな」
「主は遊ぶことに関しては全身全霊だよ?」


俺は彼女の初期刀でも初鍛刀でもない、謂わば特に思い入れのしようがないただ訪れた刀であろう。
でも、仲が良い。軽口も叩くし、遠慮なく触れ合うし、相談だってされる。
短刀たちとはわざわざ遊ぶ時間を設けるけど、俺のことは無条件に探し出してそばにおいてくれる。
何が彼女の琴線に触れたのかわからないが俺を気に入ってくれてることは素直に嬉しい。
この関係に甘んじていたいし、他の刀剣にやるつもりもない。


「暑いだろ?」
「そりゃあ…」
「麦茶飲むか」
「冷たい?」
「まだ氷は溶けきってない」
「じゃあ飲む」


ほれ、と湯のみを手渡せば冷えた陶器を熱い手で包み込んで、じんわり目元を和らげた。結露が彼女の腕を伝って流れ落ちていく。甲斐甲斐しく世話するのは俺の役目じゃないのになぁ…。苦笑しながらも、腕に流れた雫を再度拭ってやる。
世話されることに慣れているのか俺の行動に特別彼女は何を言うでもなかった。
まあ、あの鶯丸も何かと主にはかまっているし。
刀剣たちに世話されるものなのだろう、主と言うものは。

ずり落ちてきた着流しの袖を捲り直して膝に頬杖をつく。
本丸の天気は主の霊力で保たれるんだっけか。
春は桜が春うららと謳わんばかりに咲き誇り、夏はセミと太陽の大合唱、秋は美しい月夜に冬は凍てつくような空気と白銀世界。
主はそういうお人だ。決して自分の都合のいいように季節を変えたりせずに、四季を俺たち刀剣に感じさせる。
人の身を得てから知った四季は色濃かった。
ふと視線を感じてその出所を伺えば先ほど渡した湯のみを握りしめ、微妙な顔持ちをしている。


「なんだ?どうした」
「……や、別に…」
「煮え切らないなぁ」
「大したことないんだけどさ」
「おう」
「鶴丸は、元気?」


ざあっと生ぬるくて若干の気持ち悪さを孕んだ風が主と俺の髪を揺らした。
まあ、予想外の質問であったため目を見開いてしまったことは自覚している。そしてここ数週間なんだかいつものように馬鹿騒ぎする気にもなれず、一人ふらふら本丸をほっつき歩いていたことも、自覚していた。
そりゃ元気と言われれば元気なんだろうな。元は刀であるし病気なんてあるわけがない。ただ柄にもないことをしていたのは認めよう。


「なんだそりゃ。元気も何もあるか。これよりもっと熱い灼熱の炎の中打たれた刀だぞ?そう簡単に人間が罹るような病にならないさ」
「それはわかってるんだけど、心配じゃん」


たぶん彼女は本丸全体の刀たちに気を配っているんだろうな。別にそんなやわでもない。もっと乱雑に扱っていいのになぁ。不器用っちゃ不器用なのか。

ちょっとだけ、俺たちを大切にしすぎるこの若い主に呆れた笑いをこぼして、己の頬をたらたら流れる汗をふく。
はー…暑いな。主が来たら体感温度が三度くらい上がった気がする。嫌ではないけれど太陽が隣にいると眩しいんだよなぁ


「鶴丸」


立ち上がり彼女がいつの間にか飲み干した湯のみを奪い、厨へ向かおうとするところを呼び止められる。


「んー?」
「花火、しよう」
「あー、言ってたなぁ」
「短刀ちゃんたちがプール入ってみたいって」
「あー、水溜めて遊ぶあれか。蔵に主が現世から持って来た簡易的なのあったろ?明日出してやる」
「宵宮行こう」
「いいけど、外出許可の申請は長谷部に頼めよ?俺はこの暑い中書類と睨めっこは御免だぜ」
「近侍なんだから仕事してよ」
「主も遊んで飯食って寝てばかりいないで仕事しろよ」
「う……」


歩みを進めようとしたらぽつりと主の声が聞こえた。


「元気なら、いいんだ」


だから、元気なんて無くすはずないだろうに。言ったとしても主は心配することをやめはしないのだろう。
それを鬱陶しく思わない自分に笑ってしまった。手に持った麦わら帽子の飾り紐がゆるゆる揺れる。
そうだ、この帽子を俺のためにともらったときも、なんだかこんな気持ちだったなと心を懐かしい気持ちがよぎる。


「みんなが鬱陶しがるくらい、元気だよ」
「鶴丸」
「手短に頼むぜ、主」
「………いなく、ならないでよ」


俺はきみの初期刀でも初鍛刀でもないけれど、何故だか相当に思い入れは強いらしい。
そこそこにいい気分だ。だから優しく返事をしてやりたい。
けれど、どうだろう
この夏を胸にしまって、共に消えてしまってもいいかもだなんてらしくもないことを、分厚い入道雲を見て思った。


「約束なんて無責任なことはできないなぁ」




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