ひとつ、何かをしようとすると必ず彼女が頭の隅にチラつく。これは好きだろうかから始まり、きっと彼女はこういうことはやりたがらないだろうな、だとか。まるで酸素を吸って二酸化炭素を吐き出すかのように、自然にそれは己の中で行われてしまう。
そんな風に僕を侵食する幼馴染の彼女とは付き合いが長い。意地っ張りで可愛げのない性格をしていた僕を外に連れ出し、飽きもせずに世界を広げてくれた彼女には面と向かっては言わないが感謝をしている。


「名前」
「ん?あ、蛍くん!」


廊下で前方を歩いていた名前に声をかける。体育の後なのだろう、少しだけ暑そうにしている彼女の制服の襟元が乱れていた。


「名前、ちゃんとしなよ。襟がめくれてる」
「え、ほんと?んんー…今両手塞がってるからいいや。教室で直す。ありがとね蛍くん!」


彼女の笑顔は純真無垢、清廉潔白というのが一番相応しいのだろう。そのくらい曇りなく僕にいつだって笑いかけてくれる。それが嬉しくもあり、同時に恐怖でもある。……いつか手元から離れてしまう時が来るのだろうか、と。


「……おいで。直してあげる」
「えっ。大丈夫だよ?」
「僕が不愉快」
「ヒドイ!」


ヒドイと言いながらも至極楽しそうに笑って、彼女はくるりと後ろを向いた。
小さい。
昔は太陽のように大きく感じていたこの存在は、いつから僕よりこんなに小さくなってしまったんだろう。それでもそばにいて寄り添ってくれる彼女は、いつから僕の心に住み着いていたんだろう。
そ、と襟元に手を添える。指先がかすめたうなじに目を細める。
ああ、君はいつしか女性になっていたんだね。
そんなことはわかっていたことだけれど、この肌に触れるのは僕だけでいい。


「………蛍くん?」


振り向いて、僕を見つめるその瞳。今は僕だけしか映っていない。
僕だけを見ていて。他の誰も、余所見なんてしないでよ。


「……なにしゅるの、」
「ハッ、マヌケ面」
「蛍くんが意地悪してるんでしょ!もー、私教室戻るよ!?」
「ウソだから。………はい、出来た。優しいやさしい幼馴染にお礼の言葉はないの?名前」
「…………………アリガトーゴザイマシタ」
「駅前のショートケーキでいいよ」
「たっか!?全然良くないよ!蛍くんに襟直してもらうだけで対価すごくない!?」
「当たり前デショ」


僕が気にかけて世話を焼いてやるなんて、この世に一人だけなんだから。それくらいワガママ言って一緒にいる口実を作ったってバチは当たらないよ。
取り逃さないように飴と鞭で君を縛り付ける。


「じゃあさ、日曜行こうよ。蛍くんの部活終わったら」
「日曜なら15時くらいには行けると思う」
「せっかくだからいろいろ見たいな。蛍くんとゆっくり出かけられるなんて久々だもんね」


隣にある小さな肩。僕の左半身を預けるのはこの華奢な存在だけでいい。
無邪気に笑ってくれるその存在を撫でて、小さく紡ぐ。


「…………ありがと」
「?何か言った、蛍くん」
「何も」


まだこの気持ちは心の箱庭の中にしまっておいていい。
時がきたら、僕は君を息を吸うように、手に入れるのだろう。



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