冬の篠突く雨

狐の嫁入り



繊細な空気の冬の日、兄は父を殺した。
私が気付かないうちにお兄ちゃんはお父さんへの何らかの負の感情を膨らませていて、それを私には決して見せなかった。
だからこうしてお兄ちゃんと一緒に京都にきてこの家の──お兄ちゃんの秘密を知っているのも、すべて偶然だった。


「お兄ちゃん!」
「明」


兄は元からよく出来た人で父にも親族にも大層可愛がられていた。そんな兄が自慢であったしとても魅力的に見えていたから、父が私に見向きもせずにいたことなど、あまり取るに足らないことだった。
何よりお父さんが私をそんなに構わなくたって、私は自分からお父さんやお兄ちゃんと話すことが出来る。
母は早くに亡くなってしまったとお手伝いさんを通して幼い頃、早々に知ったけれど、別に寂しくなかった。
一回り離れた兄は私がもの心つく時には父に連れまわされていたが、私は学校へ通っていたし家にいる間は兄の好きな花を愛でることになぜか喜びを感じていたから寂しさを感じる暇はあまりなかったのだ。

そう考えると変わった子供だったのかな、と思うが、この家に生まれたことがもう普通といわれる範囲から外れていたように思う。

呼びかけに応じてくれたのは決して優しいからなどではなく兄からしたらきっと私が鬱陶しいだけだった。あしらう程度の対応。
大好きな母と顔立ちだけが似た私が好ましくなかったことなど、これっぽっちも気付けなかった。

母と似たこの面立ちが私と母を繋ぐ唯一の証拠であるような気がして大切だったし、お兄ちゃんの部屋に行けば連なる母との写真が、さらに私にその繋がりへの気持ちを強くさせた。

この顔であればお兄ちゃんに好かれる。

水飴みたいな、透明で純粋な、だけれどドロドロとしていて一度絡んだらとれない。
そんな思いが私に這いつくばった。
浅はかな思いに支配されるあまり、兄から向けられる視線も父からとられる態度にも、あの日まで気づけなかったのだ。


お兄ちゃんは呼べば応えてくれる。
愛情は、ないけれど。
愛情などないことに気がついたのはいつだっただろう。わからない。
砂の城はすぐに崩れる。
私たち家族の砂の城が壊れたあの日に起きたことは、胸の中に眠らせて、私は墓で蹲るしかない。


「明。僕のことが大好きな明」
「……おにい、ちゃん」
「父さんは最期まで君を愛さなかった。なんでかわかるかい?もちろん僕だってそうだ。父も、明。君でさえ憎いんだ」


憎いと表立って言われることなんて、人間そうそうあることじゃない。
私は、兄からの悪意を飲み込めないでいた。


「母さんはどうしたって戻らない。僕の研究でさえ、だ。なら明、父さんだって死んだ方がいい…そう思わないかい?」


彼が何を言っているのかわからなくなって、それでも理解しようと、兄の足下に転がる父の亡骸に正当性を当てつけようと必死な私を、兄はまた嘲笑った。


「お前は本当に愚鈍だね。だから大嫌いで……大好きだよ」


にんまりと笑ってお兄ちゃんは初めて私の頬を包み込んで、抱きしめてくれた。


「だからこのことは僕と明の秘密だ。永遠にね」


次の週、京都への転校をお手伝いさんから教えられ、兄の大学の研究室入りを知った。
ここまで来ても、どこまでも蚊帳の外だ。


「明?」
「…玲央、くん」
「どうかした?顔、真っ青よ」
「何でもないよ」


うまく笑えただろうか。
何でもなくなんてない。お兄ちゃんに執着して、でもこわがっているわたしを、助けて玲央君。


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