昔、まだ誰とも付き合ったこともなくて、恋だって『恋に恋する』状態でしかなかった頃。
仲のいい友人に彼氏とのちゅープリなるものを見せてもらったことがあった。
恥ずかしくてこっちが赤面してしまって、机の上にあるプリクラをどうしていいかわからなくなったし、目の前にいる友人を直視出来なくなった。
しかもそれを後ろから辰也が背負いかかってきて取り上げたものだから、頭が真っ白になっておデコから机にダイブした。
それをまだ辰也が覚えていたなんて。
いやこの帰国子女タラシに不可能はないのだと思い知らされた。
「いぃーーーやぁーーー!!!」
「いいじゃないか、アメリカでは挨拶の一環なほどだぞ?」
「私は日本人!加えて言えば恋人以外にキスするなんてありえない!辰也キライ!」
「俺は家族以外はしないよ。名前だけ」
キラリ
効果音がつきそうなほどの完璧なスマイルにぐうの音も出ない。
絶句している間に素早く辰也は小銭を四枚、片手で器用に入れる。
「あ!何してんの!」
「あ、なんか選択画面出てきた。こんなにあるんだ、へえ…この背景可愛い、名前のイメージにぴったりだ」
私の片腕を鷲掴みしたまま辰也はすごくナチュラルにプリクラ機を使いこなしてる。
恐るべし氷室辰也…
もうここまできたら諦めがついた。
要は、辰也は昔私たちが付き合う前に見た友人のちゅープリに触発されて撮りたがっているのだ。
ちゅープリ撮ると別れるんだよ、なんて伝えても「アメリカにもそんな意味のない迷信たくさんあったな」と笑うだけだった。腹立つ。
普通にプリクラを撮るだけだ、キスをしなければいい。不細工になってもいいから辰也を全力で跳ね除けよう。
意気揚々と撮影コーナーに入ってく辰也を見ながらニヤリと笑ってやった。
「まだ嫌がってるの?早くおいでよ名前」
「もう諦めましたー」
アメリカンを気取って肩まで両手を上げて降参、とすれば辰也は機嫌良さげに目を細めた。
垂れ目だからか、笑うと彼はかなり幼く見える。呆気にとられた時なんかもそうだ。
そこが、本当に可愛い。
うまく辰也の笑顔のプリクラ撮れないかな、と思いながら自分もブースへ入って並ぶ。
「うー…久しぶりだしポーズ撮るの恥ずかしいんだよね」
「そんなこと言ったら男の俺の方が恥ずかしいだろ?」
「美形はなんでもサマになるの!」
「名前だって可愛いじゃないか」
「っ…!」
「ほら、機械が喋ってるよ、ポーズとれってさ」
肩を抱き寄せられて、彼の胸にほっぺたがくっつく。身長高いから入りきるのかな、て見上げた瞬間パシャって音がした。
「あ」
見つめ合ったような形で撮られたそれはプレビューされたあとにすぐ次の撮影へと移っていく。
照れくさい。
初めての彼氏と、初めてのプリクラ。
でも本当によく言うじゃないの、ちゅープリ撮ると別れるんだよって。
辰也は私を好き放題抱きしめて楽しげに撮ってたけど、私はなされるがまま辰也を見つめてるプリクラばかりになった。
そして、全身撮影がラスト二枚。
「辰也入りきる?」
「ん、んー…あ、ちょっと頭見切れてる。けど問題ないよ」
カメラに横顔を向ける形になって、辰也は私の肩に肘を置いてグッと近づいてきた。
「こうするから」
視界で灰色の目がニッコリ細まったのを確認する前に、思い切り唇を重ね合わせられた。
「んっ!?」
「ほら、ラスト一枚だよ。今度はちゃんと、目を閉じてね」
息が唇にかかる。
ささやき声で辰也がそんなこと言うから、迷信なんて消え失せて。
情けなく縋るように彼の胸に両手をつく。
迷信なんてどこかへ行ってしまえ、なんて思いながら。
「で?結局流されてこれアルか」
「きゃぁあああああっ!?」
劉くんが私に突き出してきたのは辰也の携帯であり、そこにはドデカく自分と辰也がキスしている例のプリクラがあった。
「なっ!?ちょ、辰也何見せてるの!?」
「見せてないよ、ただ携帯を見てる時に劉が覗き込んできたから」
「氷室がニヤニヤしてたから気になったアル」
気持ち悪くて。という劉くんにヒドイな、なんて欠片も思ってなさそうに軽く言う辰也に、頭が痛くなった。
バスケ部の帰りを待っていたらこの仕打ちだ。
「もうなんで見せるのっ!?私なんていつも友達に見られないようにコソコソ携帯いじってるんだからね!?」
「堂々としてたらいいじゃないか」
「イヤだよバカップルじゃないんだからそんな自慢しないよっ」
「のう紫原……」
「なにー?」
「ちゅーぷりってなんじゃ…バカップルってなんじゃ…恋愛ってなに…」
「ちょ、この人ガチすぎるんだけど。福ちんなんとかしてー」
「知らねーよ。ていうか氷室と名字もいい加減にしろっ!!」
「アゴリラにもいつか出来るといいアルな」
「り、劉…!」
「一生出来ないだろうけどアルな」
「上げて落とす技やめてっ…!」
岡村先輩が泣くから待受にするのはやめようと思うのに、あともうちょっとだけ、迷信を打ち破るためにこのままにしてたいなーだなんて。
やはり私は帰国子女に汚染されているのだろうか。
辰也を見上げれば、ん?と言って手を握ってきたから、お先に失礼します、と声をかけて彼と帰ることにした。
「みんなの前で見せないでよ」
「なんで?俺は自慢したいんだけどな」
「………私は辰也のキス顔ほかの子に見られたくない」
「…!」
迷信よりも何よりも、ぎゅう、と抱きしめられたこの腕だけを信じていたい。
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