「俺を、好きにしていいんだよ?」
優しく腕を伸ばしてくれるから、つい甘えてしまうんだ。
目の下の濃いクマが疲れを主張している。昨日の帰路をふらふら歩む姿は、さながら幽霊のようで不気味だったろうと、自嘲気味に少し口元を歪めた。
ああもう、本当に疲れたとかもう嫌だとか、マイナスな言葉しか口からも頭からも出てこない。
今日が休日である事が幸いだ。
負の感情が爆発している今のタイミングで休めるのは不幸中の幸い、くらいのレベルであって、嬉しいだとか何か予定があるとかいう幸せな感情はない。
ぼうっと起き抜けの頭で考えていれば、恋人からの連絡があったのだが、返信する気が起きずにそのままにして携帯を一番の癒しである寝床へ投げ捨てる。
はあ、と深いため息を吐いてとりあえず水を飲む。
──なんか今日部活休みだから家に来るとか書いてあった…
メールの内容を思い出して少しうんざりする。疲れているという声も出ないほどに疲れているのだ、恋人をもてなす余裕なんてない。
さらに言えば返信さえめんどくさい。
年下となんか付き合うんじゃなかったかな、と最悪なことを考えながらボサボサの髪をさらに乱す。
とりあえず洗面と歯磨きしてスッキリしよう。
そして溜まった洗濯物たちや諸々を片付けたらボケーっとしよう。
片付いた部屋を見て、多少は気持ちも落ち着いた。
またしても寝具にダイブしてその際にぶつかった携帯を拾い上げる。案の定、定期的な昔なんかのチケットを取ったときに登録したサイトからのメルマガと彼氏からの連絡だけ。
『まだ寝てるの?疲れてる?』
そりゃあもう。当たり前でしょ、と無性にイライラしてこれだから学生は嫌だと思う。勢いで別れてやろうか。
ムカつく。
何もかもがもう嫌だ。放り出したい。
縛られたくない、自分の時間は自由に使いたいし何も干渉されたくない。
「……似合わなかったんだ、私には」
言葉に出したら妙に納得してしまった。
女の子の理想を詰め込んだ王子様と、普通に生きてきて、その普通ですらいっぱいっぱいの私には、あんな人は似合わなかったのだ。
「!」
毛布に包まって自己嫌悪に陥りながら居眠りでもしようと思っていたところでチャイムが鳴る。
宅急便も特に頼んでいたものもないし、なんだろう?
慌てて手櫛で髪を整えてからインターフォンをとる
「は、はい」
「やあ名前。開けてくれる?」
「は!?」
今の気持ちとは正反対な軽快な声で聞こえてきたのは別れようかとも考えていた恋人のそれだった。
頭が真っ白になって、でも何故か早足になりながら玄関に向かう。その一瞬の間で理不尽な出来事への苛立ちが発生する。
返信してないのになんで来るの?
こっちだっていろいろあるんだから勝手なことしないでよ
「久しぶり名前」
「……とりあえず上がって」
「相当疲れてるんだね。何も食べてないかなと思って適当にご飯物とか飲み物買ってきたよ」
「っもう!勝手なことしないでってば!早く上がってって言ってるじゃん!」
ニコニコした笑顔から一転、辰也はポカンとした表情になる。
なんだか気まずくて、情けなくて、俯きがちになりながらひとり先にリビングへ行く。
もうやだ。何なの?なんでこんなにもすべては思い通りになってくれないのだろうか。
意味のわからない感情が入り混じって涙が出てくる。
ガサガサとビニール袋が擦れて冷蔵庫を開ける音がして、辰也が買ってきてくれた荷物を整理してくれているのだとわかる。
リビングにうずくまって涙を拭う。
情けない
恥ずかしい
でも、今は最高にイライラしてるし疲れてる。
握りこぶしにつく滴がここで生きていることを実感させるように、妙に現実的で。
さっきまで一人きりで閉じ篭ってた世界が、氷室辰也というひとりの人間で彩られていく。
柔らかく背中にのしかかる重みと体温。
「やっぱり疲れてるね」
「……わかってるなら来ないでよ」
「名前がそうなってるってわかったから来たんじゃないか」
「っうるさいなぁ!」
素直にごめん、て言えばいいのに。
言えればいいのに。
いや、言えてたらこんなになるまでストレスを抱え込まないんだろうな。
こうして八つ当たりして勝手に泣いて、最低だ。何が年上だ。
ありえない、私に似合わないから別れよう、じゃない。辰也に私は相応しくないから別れよう、だ。
「うっ…」
「名前」
「ごめ、ごめん…」
「いいから。気持ち吐き出してくれないと俺だってわからないよ。だから話して。俺はもっと、名前の言葉をききたい」
くるん
向かい合わせにされて抱きしめられて。
そんな言葉をもらえたら、子供にみたいに泣いて甘えてしまう。
「俺はずっと名前のモノだ。名前のためにあると言ってもいいよ。だから、俺に何をしても、いいんだよ?名前の自由にして」
傷つけられたっていい
それで名前の気持ちがわかるなら
クサすぎるセリフが決まるのは彼が美形だからか帰国子女という先入観があるからか。
こればっかりはわからないけど、今はそんな彼に気持ちが落ち着いたから。
わんわん泣いて受け止めてくれる胸元で泣き疲れて眠ってしまった。
阿呆らしい。
別れようだのなんだの、ただの独り相撲だったんだもの。
私が彼から離れるなんて何よりも無理なことだ。
hope a Blue
「……っ!?あ、寝ちゃってた!?」
「泣き疲れた寝顔も可愛かったよ。出来たらもうそんな悲しい寝顔にさせたくないけど」
「う…ごめん、ありがと」
「じゃあ今度は俺の下で啼いてよ、そっちの泣き顔の方が好きだ」
「んんっ…ちょ、待ってベッドに、」
「忙しくしてる間我慢してたんだ、据え膳食わぬはナントヤラ、だろ」
ニヤリと笑って早速唇を塞がれ服を脱がされる。
疲れてるのに。でもその疲労さえ快感に変えてくれるのは、彼だけだ。
明日を出直す青い気持ちを抱えて、眠れない夜を過ごす。
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